復集華族/リベンジファミリー

玄行正治

プロローグ



 ぱちり


 碁石をおく音は、ひとつの小さな決断の音でもあるような気がする。


 静謐な彩虹の雲海。

 ここが天上楽土なら、今の自分にはなんと場違いなところなのか。


「あなた様の番でございますよ」

「で、あるならば」


 ぱちり


 白い碁石がおかれると、御方はため息を聞いた。


「ヒロコ。もう気が済んだのではありませんか」

「気が済む、とは?」

「碁石を囲み、もう何局しましたか」


「六〇七二局目です。ちなみに手前の価値は、四六四九勝です」


「それは素晴らしい。あなたの大勝ですね」

「はい。あなた様が手心を加えなければ、の話ですが」


「……」


「いみじくも光臨招来の神たる御方であれば、もはやこの未練と怒りをお解りいただけると存じますが」


「ヒロコ。過去を捨てなさい。彼の者への復讐を忘れなさい。さもなければ天上楽土へは連れて行けぬのです」


 ぱちり


「その件についてはお断り申し上げました。この身を極楽悪趣どこへ流していただこうとも結構でございます。ただ、その際は、わが盟友の勇士たちとともに、と」

 

「その願いは、理にあらずと申したではありませんか」

 

「そこを曲げての請願でございます。明石護斗、千葉雄馬、上杉憲顕、そして紫雲秋水、四名との現世転生を重ねてこいねがい申します。でなければ、叶うまで待たせていただきますと申し上げました」

 

「ヒロコ。現世の未練を捨てなさい。そなたは斎宮いつきのみやとして、ちんによく奉り、聖女の階位を得ました。天上へ参れるのです」


「それはご辞退申し上げます。かれこれ何度目だったか忘れましたが」

 

「三七六度目です」おお、さすが御方だ。


 そこへ、小鳥が碁盤にとまり、小さなくちばしに布きれをくわえていた。その布きれを御方の手に落とすと、飛び去っていった。


「これは……。ヒロコ。天帝からの恩赦が下りましたよ」


 よほど異例のことらしく、これには神様もびっくり……らしい。


「四名ともでございますか?」

「ええ。ただ、いづる所は、元の極東ではありません」

「どこでしょうか」


「極西の島です」


「西。また島ですか」

「何か不満が?」

「いえ。かたじけなく」


「では、行くがよいでしょう。あなたが最後から二番目です。いつも通りですね」

「ありがとうございます。御神」

 

 こうして、私は天籍に入ることを捨て、下野した。


 私たちから祖国と世界すべてを奪った〝十二夜〟を打倒するために。



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