アイロン掛け

高里 嶺

アイロン掛け

 初心者マークのような形の台を組み立て、その前に正座する。台の右手に置いた機械の電源を入れ、姿勢を正し、セラミックの表面が十分に熱を持つまで目を閉じる。しん、と静かなこの時間が好きだ。やがて機械音が準備が整ったことを知らせる。私は小さく息を吐いてから山積みになった洗濯物に手を伸ばす。


 アイロン掛けは一番好きな家事だ。シャツの肩口から袖に向かって、丁寧にアイロンの先を沿わせる。ボタン周りをなぞり、襟を伸ばす。擦る側からシワが消えていく。自分の手元で洗濯物がパリッと仕上がるのは、なんとも気持ちが良い。


 大した趣味もない私は、毎日ラジオを聴きながら家事をこなすことに結構な充実感を覚えている。掃除、洗濯、料理や買い物。ルンバやドラム式洗濯機の導入で家事の時間が短縮されたときは嬉しかったが、どこか寂しさを感じたくらいだ。家電にいくつかの家事を頼るとしても、アイロン掛けは変わらずに私のものだ。このちょっとした手間に、大きなやりがいを感じる。うまく言えないが、家事の中でこの時間だけは特別な気がする。この作業を一日の最後にやると、気持ち良く寝れるのだ。もはや生活のリズムの一部になっているというか、アイロン掛けをすることで、私は自分の形を保っている。そんな気がする。


 淡々としたペースのまま、無心で目の前の洗濯物をやっつけていく。洗練された私の所作はまるで職人のようだ。ひとつの動作を延々と繰り返すことで、その道を極めることができるとするならば、世の中の主婦たちは皆アイロン掛けの奥義を習得しているだろう。それはさながら居合の達人だ。得物を持った右手の一振りで、次々に現れる敵をバッタバッタと撫で切りにする。敵は一撃で改心し、しおらしい姿でクローゼットに仕舞われる。


 最後の一着にアイロンを掛け終わり、肩口を持ってパン、と広げる。シワひとつないことを確認し、大いに満足して作業を終える。我ながら今日もいい仕事をした。アイロン掛けは大きな達成感を私にくれる。

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アイロン掛け 高里 嶺 @rei_takasato

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