夢叶う夜明け〜beyond the miracle〜

星合みかん

第−10話 日が落ちる

 俺は、いつから彼女に恋をしていたのだろう。彼女との出会いは、よく覚えていない。家が隣で母親同士の仲も良かったので、その子供の俺たちも自然と一緒に遊ぶことが多かった。一番古い記憶は、幼稚園の頃。

『こうえんまできょうそうだ!』

『えー、はしるのにがてだよぉ……』

 俺は外で遊ぶのが好きで、よく近所を走り回っていたっけ。運動が苦手で体力の無かった彼女は、そんな俺に無理矢理付き合わされていた。

『おれのかちぃ!』

『はぁっ……はぁっ……ゆーくんはやいー』

 女の子相手に本気で走って勝ち誇っていた。今思い出すと、少し恥ずかしい記憶。




『またかぜひいたの?』

『そうなの。ごめんね優真くん、また今度遊びに来てあげて』

 小学生になっても、放課後はいつも彼女と遊んでいた。そしてその頃から、彼女は風邪を引きやすくなった。クラスは違ったから知らずにいたが、学校も休みがちだったのだろう。それが長いこと続いた。いつの間にか彼女と外を駆け回ることは減っていき、二人でする遊びといえば、家でゲームして宿題を一緒に片付けるくらいになった。


 小学校で彼女と同じクラスになったのは五・六年生の時。その頃にはもう、周囲の男子と女子の間に壁が出来上がっていて、同性と仲良くするのが当たり前。そんな狭い世界だった。でも俺と彼女は変わらず仲が良かった。登下校は一緒にしてたし、教室でもよく話していた。

『お前ら付き合ってんの?』

 そう言われるようになったのは、確か五年生の夏頃。初めの一回を皮切りに、俺と彼女の仲は噂されるようになった。

『またあの二人がイチャイチャしてるぞー』

『今日もラブラブだなー』

 幼稚に揶揄ってくるのは、大して仲がいいわけでもない男子たち。

『ほんと、二人とも仲良いよね』

『実はカレカノなんじゃない?』

 女子は揃いも揃ってコソコソと噂話をした。

『優くん、私と一緒にいたら嫌でしょ?』

 俺に気を遣ってか、彼女がそんなことを言ってきたことがある。

『なんで?』

『ほら、私たちよく揶揄われるから……』

『俺は気にしてないよ』

 当時俺は、周りの男子のアホくさいノリが少し苦手だった。アホだったのは幼稚園の頃までで、年齢を重ねるごとにクールになったというか、精神年齢の成長が早かったのかもしれない。歪んだ成長をしてしまったために、友達が他にいないというわけではなかったが、素の自分を曝け出せる友達は彼女だけだった。だから俺は、彼女から離れる方が嫌だった。

『ほんと?』

『ほんとだよ』

『じゃあ良かった!』

 彼女は安心したように笑ってみせた。その笑顔に、いつも俺まで心が温かくなっていた。




 彼女はが学校を休む頻度は、五年生の時点で月に二日か三日だった。それでも多かったに、六年生の半ばには二週間に一回は休むようになった。

『最近休む日多くない?』

『うん……なんか調子悪くて』

 学校に来ても、顔色が悪かったり、早退する日もたまにあった。

『無理するなよ』

『ありがとう』

 彼女の微笑みに力が無くなっていたのには気が付いていた。でも確証は無かったから指摘できなくて。病弱ではあったものの、成績も良いし、友達もいて、学校行事だって楽しんでいた。普通だった。だから心配はいらないと、自分の中で決め付けてたんだ。




 迎えた小学校の卒業式の日、式が終わると、友達と涙を流し、言葉を交わしていた。傍らからそれを見てた俺は『どうせ中学も一緒なのに』とか、ドライに考えていたのを今でも覚えている。

 その後、いつも通り彼女と帰った。小学校の思い出と中学校への期待で話に花を咲かせる中、彼女は言った。

『春休みの間に、大きい病院で検査することになったの』

 そう聞いた時、背筋を冷たいものが走った。

『……身体、悪いの?』

『ううん、念のために診てもらうだけ』

 彼女が首を横に振って、俺はほっと胸を撫で下ろした。

『なんだ、びっくりしたよ』

『ごめんごめん』

 冗談っぽく言っていたけど、どこか元気が無さげだった。もしかしたら既に、彼女は自身の身体の異変に気づいていたのかもしれない。




 そして、彼女は入院した。初め話を聞いたときは耳を疑った。念のためだって言ってたのに、やっぱりどこか悪かったんじゃないかと。けど後に検査入院だと聞かされ、心底安心した。

 それを聞いた翌日、母さんに連れられてお見舞いへ行った。彼女は相変わらず元気そうで、くだらない雑談で笑っていた。この様子なら大丈夫だって思った。俺も、母さんも、彼女の両親も。




 入学式が近付き、彼女と遊ぶ約束していたゲームの練習をしていたときだった。

『優真』

 さっきまで誰かと電話をしていた母さんが真剣な面持ちで俺を呼び、静かにダイニングテーブルに座った。

『何?』

『……ゲーム、一回やめて』

 いつも俺を叱るのと声のトーンが全然違って、まだ何も聞いていないのに、感じたことのないような不安が芽生えた。ゲームはいいところだったけど、コントローラーを手に持ったまま母さんの向かいに座った。

『そんな改まってどうしたの?』

『検査の結果、出たんだって』

 母さんの言葉には主語が抜けていた。真剣な眼差しの裏で動揺していたのかもしれない。でも誰とは言わずとも、俺の周りで検査なんて受けた人物は、一人だけだった。

『あぁ、そうなんだ』

『……いい? 落ち着いて聞いて』

 もう嫌な予感しかしなくて、固唾を飲んだ。

『臓器を移植しないと……余命三年だって』

『……は?』

 手に握っていたコントローラーが床に落ちて、鈍い音がした。





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