第2話 お友達!
「ねぇねぇ、どうして女の子の制服なんて着てるの?あ、もしかして今、有名な『おとこの娘』ってやつ?」
コーンポタージュを持った手を伸ばして渡してくるスーツ姿の女性。
お酒でも飲んでいたのだろうか、マスク越しからでもほんのりと香水と違った匂いを感じた。表情は暗くてわかりにくいが、ほんのり赤く染まっているようにも見える。
「ほらほら~、受け取らないの?さめちゃうよ、せっかくの飲み物が」
「あ、ありがとうございます・・・」
「いや~、やっぱり暖かい缶類は長時間持てないね、熱くてしょうがなかった!やっぱりまだ冷えるからこういうの飲みたくなるよね」
「こうやって人もいないと、なおのこと寒く感じるな。大学生の時は、まだこの時間だと人が多かったのにな~」
「ごめんね、話しちゃって」なんて呟きながら手に持った缶コーヒーを口につける。きっと、僕が小銭を追いかけていた時にでも購入したのだろう。プルトップ缶の空いた先には、温かい湯気が立っていた。
「ねぇ、とりあえず聞いていい?何で女装しているの?歳はいくつ?見た感じ未成年って感じに見えるけど、この時間帯に出歩いていたら補導対象だよ?」
やっぱり気づいていたか、きっと普段なら見逃しているはずだろう。この時間帯に出歩いている学生なんて塾帰りだとかバイト終わりなど、考えられる可能性だって高い。それに不良学生ならこの時間帯に徘徊している。
だからこそ、近くを通ったとしても何にも思わない事だろう。けれど何があったのか、この社会人OLである彼女は話しかけてきた。
彼女の質問には、答えたくないものもあったが回答を待つ向こうの表情はこちらを嘲笑するようなものでもなく、ただこちらに興味を持っているような雰囲気でこちらの様子をうかがっていた
「・・・はい、高校生で今年、三年生になります。女装は趣味です、家族には伝えていないしこの時間帯でしか外を歩けないんで。補導されるのは分かっています、だから家からあまり遠くない場所までしか行ってません、、、」
「ほうほう、なるほど。確かに家族の人が分かっていないとなると家でやるには難しいもんね・・・いや、それでもダメでしょ!」
先程からノリが鬱陶しく感じる、お酒の力なのだろうか。コンポタを渡してきた時の年上お姉さん感はもうなく、ただの酔っ払いが年下に絡んでくる感じだった。
「もし、補導されたらその格好のまま電話がいくんだよ!学校に家にそれってもっとやばいことになるんじゃな~い?」
言われて自分が今までかなりのリスクを背負ってやっていたことを理解した。
外へと足を踏み出すまで色々な懸念点を考えていった、友達に会わないか・家を出る際に家族の誰かに遭遇しないかどうかなど。
考えたつもりではあったが、我欲がそれを上回り、今この時に最悪の結末について知る羽目になるとは思いもしなかった。
「お、思いつかなったです…あの!通報だけはやめてください!!」
もしバレたら、学校でネタ扱いされるだろうし両親からなんて言われるか分からない。泣くだろうか、いや補導されたことを怒るだろうか。冷や汗が滝のように流れ、インナーとYシャツは雨に濡れたかのように染み出している。
考えるように缶コーヒーを飲む彼女はまだ判断を下さない。
僕は今すぐにでも逃げ出したかった…
「あははは!!言わない言わない!知らないお姉さんが通報って、今の高校生にも色々あるのは分かってるし」
「けれど、この時間帯に出歩くのはダメ。年齢的な面もあるけど、今のご時世でも変態はいるんだから、男の子でも怖い思いするんだよ?」
「わ、わかりました…夜中に出歩くのは控えます」
「よし、これからはお姉さんが付き合ってあげよう!年上のお姉さんがいれば警察からは何も言われない筈だろうし。はい!スマホ出して!」
催促されて言われた通り、アプリを開いたのち友だち登録を行う。
彼女の名前は「駒形雪音」というらしい。トイプードルを抱きしめた笑顔がよく似合っていた。
「それじゃあ、今日はこれで!もし仕事が早く終わるようならこっちから連絡するから。君も早く帰るんだよ〜」
そういった来た道とは反対方向を歩いていった。僕はその後ろ姿が見えなくなったのを確認し、言われた通り自宅へと向かっていった。
「駒形 雪音さんか・・・なんか不思議な人だったな」
こっそりと家の玄関を開けて部屋に戻るとすぐさま、ベットにもたれかかり今日あった出来事を思い出した。
真っ暗な部屋でスマホのトーク画面を開く。駒形雪音の文字を眺めて、この非日常をまた、味わえるのを楽しみにスカートを下ろしていった。
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