第2話約束の反故

 アホがやらかした。

 浮気だ。

 よりにもよって『聖女』と。


 聖女は、回復魔法に長けた者がなる。

 いわば神殿の広告塔のような存在。


 国全体が結界に覆われているといっても、外の世界には魔獣がウヨウヨいる。それを討伐するのが国軍や冒険者達だ。もっとも、国に侵入しない限り討伐しないのが国軍である。魔獣討伐は専ら冒険者達がやっていた。


 冒険者達というのは、国に帰属しない者ともいい。大半が冒険者ギルドに所属している。

 この冒険者ギルドが、そもそも国に帰属していない独立組織である。


 そして神殿もまた独立組織であった。


 神殿は主に回復系魔法を使用する者が多く、冒険者ギルドとの関わりは深い。中にはパーティーを組む若い神官もいる。怪我を治す神官は重宝される。神官の方も修行の一環と考える者が多くいた。控えめに言っても双方は蜜月の関係だ。


 当然、王太子と聖女の恋を歓迎した。


 彼らにとって目に見えない恩恵よりも、目に見える恩恵な方が有り難いのだろう。精霊の愛し子であり公爵令嬢の姉を口汚く罵る事も厭わない程に。


 

『安全な王宮にいる“愛し子”はいいな。も贅沢三昧だ』


『全くだ。俺達の“聖女様”とは大違いだぜ。“聖女様”は俺達のために治癒の力を使ってくれてるっていうのに』


『あんなの存在を敬う必要があるのかい?』


『俺達の税金で暮らしてやがるのか』


『働けっての』



 人の悪意になれていない姉はみるみる憔悴していき、遂に王太子と婚約解消に同意した。


「ごめんなさい、ミコト」


「姉様?……どうしたんです?急に……」


「私が王太子殿下との婚約を解消したせいでミコトの縁組まで……駄目にしてしまって……」


 どうやら姉は、私の婚約解消も自分のせいだと思っているよう。


「姉様のせいではありませんよ」


「でも……」


 今にも泣きそうな姉に苦笑する。

 あの婚約者は姉の味方をしなかった。

 他の者と違って姉の悪口も言わなかったし、排除に動く事もなかった。そのかわり何もしてくれなかった。徹底的に傍観を決め込んだ。そんな男、こちらから願い下げである。


「ご安心を。これでも一応公爵家の跡取りですからね。私と結婚したら公爵家の権威も富も名誉も手に入るのですから。求婚者に事欠きませんよ」


「ミコト……あなたって子は」


「さあさあ、もうそのような顔はしないでください。私は姉様には笑っていて欲しいんですから」


「ありがとう、ミコト。貴女が妹で本当に良かったわ。王都でミコトがいなかったら私の心は壊れていたかもしれないもの」


「姉様にはしばらく休養が必要ですよ。あの方々の提案をお受けしてはいかがですか?」


「……いいのかしら」


「今、姉様に必要なのは心の休息です」


「……ミコト……私は貴女に甘えてばかりのダメな姉ね」


「私も姉様に甘えてますからお互い様です。留守の間に嫌な噂も払拭しているはずです」


「ええ」



 こうして姉は精霊界へ旅立って行きました。

 

 願わくば、私が生きているうちに帰ってきてください。

 


 

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