テオス・プレッジ

第一章 悔悟を溶かす物語

テオス・プレッジ front of war

変わってしまった少女

 赤い熱線が躍る、かたわれ時。


 少年の前には、夕焼けに追いやられた青い空。

 耳を澄ませば、眠気を誘う夜の前奏が聞こえてきそうなほどの、静かで緩やかな夕暮れ時だ。

 背後には、空に縫い付けられたような黒く染まりつつある雲。地平線に乗っかった太陽が燃えている。

 それは放心した心には、何故だかとても軽いものに見えた。

 肌を撫でる気持ちの良い涼風も、鼓膜を撫でる風の音も、少年を射止めるほどの魅力はない。


 網膜に突き刺さる陽光を背にした〝それ〟を見る。

 ひらりと舞う絹糸のような紺碧こんぺきの髪。晴れ渡る空にある白雲のような真白の肌。

 壮大なひなげしの紅空に佇む空虚な蒼穹は、終わる世界に取り残された独りぼっちの青空だ。

 空は、興味から現世にその身を下ろし、遊び惚けている内に、元の時間への帰り道を見失ったのか。はたまた天から追放されたため、空虚な心を持ったままここに残っているのか。


 俺は、それがどちらか知っている。


 行く当てもなく彷徨う空はがらんどうでありながら、その輪郭を色濃く世界に刻み付ける。

 大の男を萎縮いしゅくさせる鋭い瞳に迷いは見られない。

 自身を異物と受け入れていながらも立ち姿には揺るぎがなく一本筋である。

 凛々しき声は、揺蕩たゆたう理性にとっての冷や水だ。

 おもわず身を構えてしまいそうな声は、そうして、あの空の向こうへと消える。


「私は———」


 先程とは一転して呟かれた、耳入りに優しい言葉は、少年にあることを認識させた。


 ああ、そうか。あの時、俺は——————。


 一人の女の子を、殺してしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る