時空超常奇譚2其ノ壱. サマータイム・スノー/僕らの宇宙戦争

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚2其ノ壱 サマータイム・スノー/僕らの宇宙戦争

 夏の訪れを告げる青い空とどこまでも広がる真っ白な積乱雲を背にして、地上に敷きつめられた緑の田園の中を走る、真っ直ぐな高速道路が続いている。

「あっ、スゴい。パパ、ママ、見て、UFOが飛んでるよ」

「ホントだ。スゴい、UFOだ」

「えっ、どこどこ?パパには見えないぞ」

「ママにも見えないわ」

「えぇ?あそこに飛んでいくのが見えるじゃん」

「そうだよ。何で、パパとママには見えないの?」

 高速道路のパーキングエリアに駐車した大型ワゴン車の中で、幼い兄妹が天空を翔け抜けていく小さな光に驚いて叫んだが、その言葉に込められた期待と違う答えが返って来た。

 不満そうな兄妹が指差し見上げる遥か上空に、雲を横切るように黄色い光が白い尾を引きながら飛んでいった。

 始業の鐘とともに井中小学校六年三組のホームルームが始まった。

「皆さん、明日から夏休みです。遊んでばかりいないで勉強もしましょうね。それから天気予報では明日は大型台風3号が関東に上陸するかも知れません。嵐になったら危ないですから、外で遊ぶのはやめましょう。わかりましたか?」

子供達の元気な声が教室に響いた。

「では、一学期最後の授業は国語と算数と社会、午後は特別授業の理科です。理科を担当する佐藤先生は東京から赴任されたばかりですから、先生を困らせないようにしましょうね。今日もしっかり勉強しましょう」

 春にインフルエンザが流行し、学級閉鎖になった影響で特別授業という名目の授業があるのだが、既に明日から始まる夏休みに生徒達の妄想は爆発している。

それぞれに「今日は何をして遊ぶのか」「明日はどうするか」「明後日は」と真剣に考え、心ここにあらずといった状況が朝から続いている。担任教師の話など、宙を舞ったままなのは仕方がない。

 午前の授業が終わり掛けた頃、けたたましい救急車のサイレンが校庭内に響き、四年生の女生徒が担任の女性教師に付き添われて運ばれていくのが見えた。教室の窓からは台風が近づいているとは思えない程の爽やかに晴れ渡った青空が見えている。

午後の特別授業が始まり、背の高い神経質そうなインテリ風の中年教師が教室に入って来た。何の愛想もないインテリ教師は、子供達に前振りの世間話をするでもなく、いきなり理科の授業を始めた。

「今日は理科の特別授業ですから、皆さんが大好きな太陽系と地球の話をします。教科書は33ページです。水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星は順番に覚えておくようにしてください、必ずテストに出ます。以前、海王星の次の惑星だった冥王星は準惑星になりました、これもテストに出ます」

『太陽系と地球の話は全ての子供が好きである筈』そんな恣意的な考えが透けて見えている。インテリ教師は一拍置いて本題に入った。

「さて、私達の地球は天の川銀河にある太陽系第三番惑星で『奇跡の星』と呼ばれています。

 何故かと言うと、地球には宇宙の中でとても貴重な液体の水と唯一無二の生命が存在するからです。固体の氷は火星や月にも既に発見されていて、火星には液体の水らしきものも発見されていますし、その他にも水を湛えている惑星や衛星が存在する可能性はあります。木星や土星の衛星にも液体の水があると言われていますが、未だはっきりと水が発見されたという報告はありません」

 インテリ教師の話は、まるで立て板に水の如くに進んでいく。

「宇宙には水素という原子がたくさん存在します、化学式はH。もう一つ、私達が呼吸する酸素O。この二つが結合したH2Oの水、しかも液体の水、その複合体である海が存在した事、それが大変に重要なのです。何故なら、その水の中で生命が生まれ、生物が進化を遂げて、私達人類が誕生したからです。これは正に奇跡的な事だと考えられています。皆さん、ここまでで何か質問はありますか?」

 インテリ教師は、ちょっと偉そうな仕草で間を置くように子供達に訊いた。

 すると、子供達は水を得た魚のようにここぞとばかりに一斉に手を上げ、インテリ教師が想定外の反応に戸惑い気味の顔をするのを楽しんでいるのかと思う程に、目を輝かせて次々に質問した。

「先生、UFOを見た事はありますか?」

「先生、宇宙人はいますか?」

「先生、アクウト星人がUFOに乗って地球侵略に来る事はねぇべか?」

 子供達は教科書の内容など発哺らかして、堰を切ったように宇宙人だのUFOやらでアクウト星人の質問をした。

「こんなにも子供達は宇宙に興味を持っているのか」と驚いたインテリ教師だったが、実は昨夜の超人気子供TV番組『地球防衛隊ゴレンジマン』の中で、悪の宇宙人アクウト星人のUFOがいよいよ地球侵略にやって来たのだった。

 何事かと子供達の反応に驚き顔のインテリ教師は、一通り子供達の質問内容が判明すると「何だ、そんな事か」と言いたそうに、鼻で嘲笑いながら言った。

「皆さん静かに。いいですか、良く聞いてください。地球にやって来るUFOや宇宙人なんてものは存外しないし、宇宙人の地球侵略なんか絶対にありません」

「えぇ、そんな事ねぇよぅ」

「そんな事ねぇ」

「そんな事ねぇで」

 子供達の反論が洪水のように教室内に溢れた。インテリ教師は、やれやれと言わんばかりに続けた。

「『宇宙人が地球侵略にやって来る』なんて事はあり得ません。では、これからその理由を説明しましょう」

 子供達は「アクウト星人がいない」と言うインテリ教師の言葉に納得がいかない。

 TVでは、間違いなく宇宙人であるアクウト星人が巨大なUFOで地球侵略にやって来たのだ。それは仮想現実ではあるが、子供達にとっては現実と大差はない。

「まず、宇宙というのはとても広く私達の想像を遥かに超えている事を理解してください。赤いサインペンはちゃんと持って来ましたか?」

 ざわめく教室の中で、インテリ教師が強引に話を進めた。

「それでは、そのペンで太陽から地球まで線を引いてみましょう」

 素直な子供達は、何の疑問もなく赤ペンで線を引いた。

「ノートからはみ出してしまいます。ほんのちょっとだけ宇宙の広さが理解出来ましたね?」

 子供達から不満の声が漏れて来る。

「わかんねな」

「全然わがんね」

「UFOがいねぇなんて、そんな事ねぇで」

 生徒達は小声で文句をつけているが、インテリにはそんな事に貸す耳はない。

「では、皆さんの中で宇宙がどれくらいの広さなのか知っている人はいますか?」

「わかんねよな」

「わかんね」

「そんなの全然わかんねぇけど、UFOはいるべぇよ」

 インテリ教師は「仕方がない、それなら教えてやろう」そんな顔で、黒板に天の川銀河の大きな地図を貼った。棒渦巻き型銀河の隅に太陽系の白い小さな点が描いてあり、右端には隣接のアンドロメダ銀河と思われる小さな銀河渦巻きが見える。

「この地図を良く見てください、これが私達の天の川銀河と太陽系です。UFOや宇宙人の地球侵略がない理由の一つ目は、『この宇宙の広さ』にあります。私達の住んでいる地球を考えてみましょう。日本或いはアジア諸国、更にアメリカやヨーロッパ各国世界中を旅行しようと思ったら大変な時間を必要とします。私達にとってはとても広い地球であっても、その直径は何と1万3000キロメートル弱で、太陽の僅か109分の1に過ぎません。何と、太陽は地球の109倍も大きいという事です」

「109倍って何倍だ?」

「109倍だべ?」

「その太陽と地球その他の惑星系全体を含めたものが太陽系ですが、太陽から準惑星になってしまった冥王星までの平均距離は約60億キロメートルもあります。更に、その外側には太陽系外縁天体群と呼ばれる小惑星帯があり、太陽系としての大きさは約120億㎞で地球の直径の何と10万倍近くもあります。しかし、何とその太陽系でさえも天の川銀河の中では唯の点に過ぎないのです」

 インテリ教師が黒板に貼った天の川銀河地図の太陽系を示す白い点を指し示した。

「天の川銀河程に大きくなるとキロメートルでは表現出来ないので、光の速さで距離を示す光年を使います、これもテストに出ます。1光年は光が一年間に進む距離です。光というのは大変速いスピードで進みます。そのスピードは秒速30万キロメートルに達し新幹線の360万倍にもなりますが、その光の速度で進んだとしても、天の川銀河の端から端まで行くのには10万年もかかります。直ぐ隣の銀河であるアンドロメダ銀河までは光速でも240万年以上が必要です。光には人は乗れないので、人の乗れるもので考えてみましょう」

 そろそろ、子供達に退屈の帳が降りて来る頃だ。

「例えば、時速300キロの新幹線や時速3万キロのスペースシャトルで飛んで行ったとするなら、天の川銀河を新幹線で渡るのには約4000億年、スペースシャトルでは40億年が必要です」

 いつものようにインテリ教師の暴走が始まりそうな予感に、退屈した子供達が一斉に叫んだ。

「先生、良くわかんね」

「わかんねぇな」

 インテリの暴走が始まった。いつもの事とは言え、子供達はあからさまに嘆息している。

「そうなのです、良くわからない程に宇宙は広いという事です。しかも、宇宙全体の大きさは未だ完全にはわかっていません。どこまでも無限に続いているとも言われ、宇宙望遠鏡の観測では遠去かる光が赤く見える赤方偏移が確認されている為、宇宙は更に大きく膨張している証拠であると考えられています。また、宇宙は有限だが果てはないという説もあります。結局、宇宙とは人間があれこれ語れる広さではなく、神の領域だという事なのです」

 小学校六年生の教科書には、「赤方変移」も「宇宙膨張」も「無限の宇宙」も「神の領域」も出て来ない。

「セキホウヘンイ?」

「カミのリョウイキって何だべ?」

「先生、そんな事より昨日TVの地球防衛隊ゴレンジマンの宇宙人アクウト星人が言ってた「宇宙は無から生まれた」っていうのは本当ですか?」

「あぁ、言ってた」

「俺も見た」

 思いもよらず子供達から振られた宇宙誕生論に、インテリの目が輝いた。

「現在の宇宙の誕生についての有力な説では、宇宙はエネルギーを内包する無から誕生しビッグバンで膨張した、そして宇宙は更に膨張していて永遠に膨張し続けるのではないかと言われています」

「ビッグバン?」

「ボウチョウって何だ?」

「永遠てのは、ずっとって意味だべ?」 

 子供達にはインテリ教師の言っている事はさっぱりわからないのだが、インテリ教師の暴走は次第に熱を帯びていく。

「UFOや宇宙人の地球侵略がない理由の二つ目は、『文明を築き宇宙に進出する事が出来るまでに進化する宇宙人というものが大変希少な存在だから』です。現在、太陽系には奇跡的に人類が文明を築いた地球以外には微生物さえ発見されず、少なくとも太陽系及びその周辺には地球人以外の宇宙人はいないと考えられています。もしかしたら、天の川銀河の中でさえ地球以外に宇宙人類が存在する星はないかも知れないのです」

 子供達を置き去りにし、インテリの暴走が宇宙ロケットのように加速する。

「生命体が存在する為の条件は幾つかありますが、重要なのは星が恒星太陽から適度な位置にある事、そしてその星の質量です。一般的に、生命体は極度の高・低温度に耐える事は大変難しく、極度の高・低温度の中で高等生物に進化する可能性は極端に低いと考えられます。また、私達のように水がないと生きられない有機体生物を前提とするならば、適度な星の質量が必要です。何故なら、小さければ火星のように水が星に留まれず、大きければ木星のように宇宙の水素やヘリウムなどを引き付けガス惑星となってしまうからです。結果的に、幾つかの条件と偶然が重ならなければ生命が生まれて宇宙人類、つまり宇宙人に進化するのは難しいと考えられるのです。現在の有力な考え方としては、生命体には太陽から地球程度までの距離、即ちハビタブル・ゾーンと地球程度の質量が必要と言われています。宇宙人という存在はそれ程希少なのです」

「ユウキタイって人の名前か?」

「ヘリウムって声がヘンになるヤツだや?」

「ハビ?」「?」

 インテリの話はまだまだ続き、終わりそうもない。尤も、それは今日に限った事ではなく、子供達はいつもの事だと達観している。辛うじて、宇宙やら星の話がSF的な要素を含んでいる事が幸いしているだけなのだが、もう小学校六年生の理科の授業内容ではない。

「地球の歴史を考えてみても、例えば我達人類以前に地球を闊歩していた恐竜は、約2億年前のジュラ紀から約6600万年前の白亜紀末までの1億5000万年以上栄えていたにも拘らず、宇宙人類に進化する事が出来ずに絶滅してしまいました。1億5000万年以上もの間地球を支配しながら恐竜は人類に進化出来なかったのです。それは、つまり仮に星に生命が誕生して人類にまで進化する事、人類が誕生して文明を築く事、文明が生まれて宇宙に進出するレベルにまで達する事は非常に難しいという事なのです。更に、文明とは永遠に続くものではなく、常に発祥と滅亡を繰り返すものであり、私達の文明、人類がいつまでこの地球上に存在できるかは誰にもわかりません」

 既に、子供達はインテリの「地球文明論」など聞いていない。インテリの独演会は続く。

「UFOや宇宙人の地球侵略がない理由の三つ目は、『文明が出会うタイミングが余りにも難しいと考えられるから』です。地球が誕生したのは今から約46億年前、我々人類が最初の猿人として誕生したのが今から500~700万年前、原人に進化したのが約180万年前、最初のヒトである旧人ネアンデルタール人が生まれたのが約20~30万年前、新人クロマニョン人が約4~5万年前で、四大文明が4~5千年前です」

 子供達は「おい明日、野球すべぇよ」「いや、サッカーすべぇよ」

「でも台風が来るでねかぁ?」と小声で囁き合っている。インテリの講釈は、いよいよ佳境に入っていく。

「一般に良く言われる例ですが、地球が誕生してから現在までの約46億年を1年に凝縮してカレンダーとして見るならば、恐竜が存在した時間は1年の内の約12日間、人類が誕生してから現在までの時間が約10時間、四大文明誕生から現在までは僅か34秒に過ぎません。仮に遥かな星に宇宙人がいたとします。当然彼等にも文明にも同じように寿命があり、限られた時間の中でしか存在出来ません。彼等が地球誕生から46億年間のどこかの時点で地球に辿り着いたとして、私達人類と出会える可能性はあるでしょうか?その可能性は殆どゼロと言わざるを得ないのです」

 インテリ教師の暴走を止める者はいない。子供達の消しゴム投げが始まった。小さく千切られた消しゴムが教室の中を流星のように飛び交っていく。

「UFOや宇宙人の地球侵略がない理由の四つ目は、宇宙人が『地球に来る理由がない』という事です。考え方によっては、これが最大の理由と言えるかも知れません。宇宙を飛行するというのは、実はとても危険で大変な事です。もし私達が宇宙服なしで宇宙空間に出てしまったらどうなるでしょうか?わかる人はいますか?」

 生徒達は暴走するインテリ教師の話など聞いていなかったが、いきなりインテリが振った質問に転校生のツヨシとタケシが答えた。

「はい、無重力だから体がフワフワと浮くと思います。それと空気がないんです」

「どっちが上か下かわからないフワフワなんだぜ。俺、行ってみてぇなぁ宇宙」

 二人の答えに、インテリが怪訝な顔をした。

「フワフワ?飛んでもありません。宇宙空間では気圧が極端に低いので体液が沸騰し体が膨れ上がり、紫外線や宇宙線が体を貫き、勿論空気がないので呼吸も出来ません。宇宙というのは、人間や生物にとっては死の世界なのです」

「そうなのかぁ、宇宙って体が膨れて息が出来ねぇのか?」「そうらしいね」

「仮に、宇宙船を持った宇宙人類が住むAという星が天の川銀河の地球と反対側にあったとします。地球を含む太陽系は、天の川銀河の中心から約2万8000光年の距離にあり、A星から地球までの距離は×2=約5万6000光年で、それは光速で片道5万6000年、スペースシャトルで片道約22億4000万年という膨大な時間を必要とします。天の川銀河より遠い星であれば、更に途方もない時間と大きな危険を伴う事になります。正に、命懸けなのです。我々人間の寿命は精々100歳程度ですが、平均寿命が5万6000歳の宇宙人がいたとして、一生を掛けてまで地球に来る意味はあるでしょうか?宇宙人がそこまでして地球に来る理由はありません。他にどうしても地球に来なければならない理由があるなら別ですが、そうでなければ宇宙人が命懸けで地球に来る事などあり得ません」

「でも先生、光の速度よりももっともっとずっと早いスピードで進めるロケットを発明して、あっと言う間に地球まで来れるようにすればいいんだと思います」

 東京からの転校生ツヨシが、インテリ教師の長編小説の如き講釈に敢然とツッコミを入れた。

「良くわかんねぇけど、そだな」

「そだ」「そだ」「ツヨシ、賢いぞ」

 他の子供達ともう一人の転校生のタケシが合いの手を入れると、消しゴム投げ真っ最中の教室内からパチパチと拍手が起こった。ちょっと得意気にツヨシの鼻が高く伸びた。殆ど試合終了寸前と思われた草野球の試合だったが、9回裏1アウトからヒットが出た。得意気な顔のツヨシにインテリ教師が反論した。

「残念ですが、アインシュタインが相対性理論の中で『物体は光より速くは進めない』と言っています。何故かと言うと、光の持つ質量がゼロだからです。例えば重い荷物を持って走るよりも軽い荷物の方が速く走る事が出来ます。つまり、軽ければ軽い程速く走れるというのは質量ゼロの時が最高速度になりますから、それ以上速く走る事は出来ないという事です。光の質量はゼロです。これを光速度不変の原理と言います」

 当然の事ながら、小学校六年生の理科の教科書には「アインシュタイン」も「相対性理論」も「光速度原理」も載っていない。

「光速度不変の原理は絶対です。例えばロケットの中から光速で発射されたボールは当然『光速度C+ロケット速度A』で光速を超える筈なのですが、実際には運動する物体時間が遅れます。従って光速度を超える事は出来ません」

「何だがわからねぇな」「アインシュタ・て何だ?」

「ソウタイセイリロンって何だぁ?」

「シツリョウって何だがぁ?」

「わかんねな」「シツリョウゼロって何だぁ?」

 インテリの暴走は、勢い良く子供達の疑問さえも蹴散らしていく。

「つまり、この広い宇宙のどこかの星に文明を持ち他の星の侵略を目指す邪悪な宇宙人がいるかも知れない。でも宇宙を光の速度以上で進めない限り、宇宙人がUFOで地球侵略に来るなんて事はないのです。もしも宇宙人がUFOに乗ってこの地球にやって来たら、先生は今直ぐに教師やめますよ」

 今度はインテリ教師の鼻が天井まで伸びた。バッターが三遊間へのヒット性の当たりを打ったが、好守に阻まれて9回2アウト。インテリは、相変わらず得意気に高笑いした。

 だがその時、生徒の一人が窓の外を指差して叫んだ。窓の外を見た子供達は一斉に騒ぎ出した。

「そしたら先生、窓の外を飛んでる。ありゃ何だや?」

「あっ、UFOだ」

「UFOが飛んでる」「すんげぇ」

「俺、こんなに近くでUFO見るの初めてだぁ」

「私も初めて、スゴい」「びっくりした」

 小学校至近にある米軍基地への離着陸の為に、比較的低空を頻繁に銀色の米軍機が飛んで行く。今も、轟音を響かせて銀色の大型対潜哨戒機が天空を横切っている。その後方に、楕円形の小さな黄色い物体が白い尾を引きながら飛んでいるのが窓の外に見える。

 洗面器を二つ合わせたような形の黄色い物体が米軍機を追うように飛んでいるのだが、子供達の騒ぎにインテリ教師は小首を傾げて不思議そうな顔をした。

「私には米軍の飛行機しか見えませんよ」

「先生、飛行機のケツに黄色いのが飛んでるべぇよ」「飛んでるがぁ」「飛んでる」

「皆さんは何を言ってるんですか、何も見えないじゃないですか?」

「先生、何言ってんだぁ?」

「何で見えねんだぁ?」「そうだ、飛んでるべぇよ」

 埒の明かない議論を、インテリ教師は無理やり締め括った。

「はいはい、皆さん席について。皆さんいいですか、UFOというのは今のように目の錯覚や見間違い、それに光の屈折などによって起こると考えられています。地球上にはUFOや宇宙人なんてものは存在しないのです」

「錯覚なんかではねぇがよ」「皆、UFO見えたでねぇかぁ?」「先生の方がおかしいでぇ」 

 目前のUFOの出現という突然のサプライズにはしゃぐ生徒達を一蹴したインテリ教師に、再び激しい不満が漏れている。納得出来ない子供達はぶつぶつと文句を言い、不満はどうにも止まらない。

 9回裏2アウト1塁でバッターが打った球は、高く上がりレフト際ポールを内側に巻き込みスタンドに入った。誰もが逆転サヨナラ2ランホームランと思ったが、審判は非情にもファールを告げた。審判は頑としてファールの判定を覆す気はない。

訳のわからない授業と納得のいかない結論のUFO騒動のせいで、授業に飽きた子供達がサインペンで遊び始めた。

「あぁ先生、ツヨシが自分のほっぺたに赤いサインペン付けたがぁ」

「ツヨシ、NIKEみたいでカッコいいぞ」

「ツヨシ君、可愛い」

「ツヨシ君、大丈夫ですか?」

「先生、大丈夫です。授業続けてください」

 ツヨシの頬に赤いⅤが付くと、珍しくインテリ教師がツヨシを気遣った。教室の中のあちこちで笑い声が木霊し、重たい空気を吹き飛ばした。タケシがツヨシの後からシャーペンの頭で背中を突付き「ツヨシ、カッコいいぞ」と揶揄う。ツヨシは顔から火が出そうになった。

「はい皆さん、今からいつもの小テストをします」

「えぇ、テストかぁ」「嫌だなぁ」

「テストかぁ、嫌だよな。ツヨシ、おい、ツヨシ?」

 インテリ教師がテスト用紙を配り、子供達が口々に文句を言う状況を気にする様子もなく、ツヨシは早々に妄想ワールドへ旅立っている。ツヨシの心の叫びが、宇宙を包み込む。

『僕はこの地球にはきっとUFOや宇宙人が来ているんだと思う。先生はUFOも宇宙人も地球には来れないって言ったけど、宇宙のどこかに地球よりも科学が進んだ星があって、光よりも速く進めるUFOに乗って宇宙中を自由に飛び回っているに違いない。もしかしたら、宇宙大魔王なんて悪者とか宇宙海賊や宇宙パトロールがいたり、宇宙人達同士で宇宙戦争なんかやっているかも知れないんだ。だってね、これは誰にも秘密なんだけどね、去年のクリスマスの日の塾の帰りに、黄色いUFOを赤いUFOが追い掛けているのを見たし、さっき窓の外を飛んでいたのは絶対に目の錯覚なんかじゃない。去年見たUFOにそっくりだった。今度はきっとUFOだけじゃなくて、絶対宇宙人に会えるような気がする。でも、その宇宙人がタコのお化けだったら……どうしようかな……あっ』

 地響きがした。突然つよしの目の前の景色が変わり、一面が廃墟のような瓦礫の山と炎で真っ赤に染まった空が見える。嵐が吹き荒れ、天空から数え切れないUFOとタコの形をした化け物が地上に降りて来た。タコの化け物達が叫んだ。

『地球は、もう我等タコタコ星人のものだ』

 タコの化け物達が、何故か教室の窓を破ってツヨシに襲い掛かって来る。タコが叫んだ。

『地球は我々のものだ』

「タコのお化けだぁぁぁぁ……ぁ?」

「ツヨシ君、煩いですよ、静かにしてください」

「あっはい、すみません」

「ツヨシ、やっと戻ったか」

 教室にツヨシの寝惚けた叫び声が響いたが、子供達は気にする事もなく、インテリ教師もいつものように淡々と注意を促した。いきなり教室に響いたツヨシの声に、子供達が驚く気配はない。ツヨシの妄想ワールドには、既に皆が慣れている。ツヨシが妄想ワールドから無事生還した。

「次に、人類とは何かについて・」

 インテリ教師の『宇宙論第二部』が開幕しようとした時、終業のベルが鳴った。何を勉強したのか誰にもわからない、そんな謎の特別授業が終わって放課後になった。

 帰り支度をしているツヨシに、タケシがウンザリ顔で言った。

「ツヨシ、オレ今日も掃除当番だぜ、嫌だな」

「タケシ君、仕方ないよ。皆がやるんだからさ」

 子供達がサッカーボールを携えて、タケシとツヨシ呼びに来た。

「掃除が終わったら、サッカーやろうぜ」

「あっごめん。僕、塾があるから帰らなきゃ」

「俺も、掃除当番が終わったら早く帰って店の手伝しないと、ばあちゃんにシバかれるんだ」

「お前ぇ達ぃ、付き合い悪いぞ」

「タケシ君、また後でね。アレ忘れないで持って来て」

「おう、アレな、OK。また後でな」

 ツヨシが帰ろうとすると、教室の入口付近で女生徒達の悲鳴がした。目付きの悪い大柄な子供が「どけ、どけ」と居丈高に入って来た途端に、教室内を見渡しながら叫んだ。周りにいた子供達は、小さな声で囁き合っている。

「おい。『田中ツヨシ』ってのはどいつだぁ?」

「ゴジラが来た」

「ツヨシ君がゴジラに喰われる」

「誰か止めねば、ツヨシ君ヤバイでぇ」

「私、先生呼んで来る」「私も行く」

 六年生にしては異様に体の大きい170センチはあろうかと思われる、丸々と肥ったゴジラと呼ばれる小学生が、悪意の気を発しながらツヨシを呼んでいる。

 ゴジラは、教師も手を焼く程の乱暴者で、この小学校で知らない者はいない程有名なのだが、転校生のツヨシとタケシはそんな奴は知らないし、興味もない。

「田中ツヨシは僕だけど、何か用?」とツヨシは平然と答えた。ゴジラは「お前が田中か」と言ったまま腕を組み、威嚇している。

「お前ぇよ、オレが誰だか知らねぇのがか?」

「知らないよ」

「知らなければ教えでやるがぁよ、オレは六年二組の村上だ。この学校で『井中小のゴジラ』って言ったら知らねえもンはいねぇ、オレが恐いか?」

「全然」

「オレが恐くて、喋れなくなったがぁ?」

「そんな事はないよ、全然怖くなんかない」

 ツヨシは恐いというより呆れた。いきなり他所の教室にやって来て、「恐いだろ」と訊く頭の悪そうな目の前の子供に、返す言葉がない。

 教室の入口で揉めているツヨシとゴジラの姿に、窓際の隅っこで頭にホウキを乗せて渋々掃除をしていたタケシは、目を輝かせ嬉しそうな顔で一目散に駆け寄った。

「何だ、何だ、この野郎。ツヨシにケンカ売ろうってのか、それなら俺が相手になってやんぞコラ」

 タケシがゴジラに啖呵を切った。ツヨシとタケシは、転校生同士で家が近くいつも一緒なのだが、タケシはケンカっ早くどこへ行ってもイザコザを起こす。悪気がないのはわかっている。元々正義感が人一倍強いのと、無駄な威勢の良さで買わなくてもいいケンカに入りたがる。本当は根性なしの空元気小僧なのだが。

「誰だ、お前ぇは?」

「誰でもいい、やんのかコラ」

「タケシ君、ちょっと待った。取り敢えず話を聞こう、用件は何?」

 突然出て来た威勢の良いタケシの嬉々とした大声と、殴り掛からんばかりの勢いに気圧されて、ゴジラが後退りした。ツヨシは、タケシを制してケンカ腰のゴジラに問い掛けた。ツヨシは、普段は常に冷静だ。 

「お前ぇよ。転校生のくせに、オレ様に挨拶がねぇだろがぁ」

「はぁ?何が『転校生のくせに』だ馬鹿。俺達が転校して来たのはもう一年も前だ。今更、挨拶もクソもねぇだろ。間抜けな事言ってんじゃねぇ馬鹿」

 タケシは眉間に皺を寄せ、間髪入れずに正論を言い返した。いつもの事なのだが、タケシの空元気は中身はないが力強い。ゴジラが舌打ちしながら続けた。

「まぁいい、挨拶の件は大目に見てやるがぁ。ところで、四年生の田中メグミってのはお前ぇの妹かぁ?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「四年二組のお前ぇの妹がな、オレの弟を殴って泣かせたんだ。このオトシマエは、どうする気だぁ?」

「ん?」「はぁ?」

「お前ぇの妹が・」

 ツヨシとタケシは、ゴジラの話に笑いを堪えようとしたが、互いに顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。

「弟が泣かされた?」「オトシマエだってよ」

「何が原因かは知らないけど、メグならやりかねない」

「メグさんなら、絶対グーで殴ったに決まってる。あれさ、痛いんだぜ」

 二人の笑いが止まらない。

「何が可笑しい?兄貴のお前がオトシマエつげるのが筋ってもんだろがぁ」

「スジだって、オトシマエだって」

「もう笑わせないでくれ」

 笑い転げる二人にゴジラが再び叫んだが、ツボに嵌った二人の笑いが止まりそうにない。

「ふざけるなや」

 ゴジラが一喝すると、教室が一瞬の内に静まり返った。ツヨシは、面倒臭そうに溜息を吐きながら嘆息した。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ。それで一つ訊きたいんだけど、何が言いたいの。オトシマエって何?」

「オトシマエって言ったらオトシマエだぁ、お前ぇの妹に、俺の弟の前で土下座させろや」

「今、何ンて言った?」

「お前えの妹に・」

「ふざけるな」

「何だと。オレはゴジラ・」

「ふざけるなって言ってるんだよ」

 ゴジラが言い終わらない内に、ツヨシがぶちギレた。学校中にツヨシの怒声が響き渡る。

「今、『妹に土下座させろ』と言ったのか?おいコラ、ふざけた事を言うな。女に泣かされたヘタレ小僧が殴られたのは、それなりの理由がある筈だ。土下座するのは、お前とヘタレ小僧だ、馬鹿野郎」

 ツヨシは普段は大人しいのだが、妹の事になると瞬時にキレる。ツヨシと妹は、母親と三人でずっと生きて来た。今は新しい父親がいるが、長い間ツヨシが妹の父親代わりだった。そのせいなのか、ツヨシは妹の事になると見境いがなくなる。ツヨシの目は既に臨戦態勢に入っている。呆れるタケシがゴジラを諭した。

「お前よ、ゴジラだかゴリラだか知らねぇけど、とっとと帰った方がいいぞ。キレたツヨシに恐いものなんかねぇし、やるなら俺も相手になるしな。それでもやんのか、おいコラ」

「村上君、何やっているの?」

 女生徒達が呼んで来た担任教師の悲鳴の混じった呼び掛けに、ゴジラは悔しそうに逃げ出した。

「くそっ、覚えてろや。このままじゃすまねぇからな」

「覚えてねぇよ。ウスラ馬鹿」

 タケシがゴジラに後から追い討ちの言葉を投げた。

「ん?あっ塾の時間だ。タケシ君、じゃあね」

 タケシの声で我に返ったツヨシは、急ぎ足で教室を出て行った。残された子供達は、突然の事件とその結末に、唯々唖然とするしかない。

「いつも思うけど、ツヨシを怒らせたらいかん、と思う」

 掃除用のホウキを頭に乗せたタケシが呟くと、子供達が一斉に頷いた。

 駅前に広がる大きな公園の中を、大勢の人々が忙しそうに足早に歩いている。いつものように、ツヨシは独り言を呟きながら急ぎ足で歩いた。

「今日は塾のテストだから早く行かなきゃ。急げ、急げ。そう言えば、引っ越してからもう一年になるんだ、あの時は恐かったなぁ……」

 ツヨシは一年前を思い出した。母が再婚し、ツヨシと妹に父親が出来た。ツヨシ達はその後暫くの間、東京の田園調布にある父親の大きな家に住んでいたが、突然父と母とツヨシと二歳下の妹の四人で、母の実家のあった千葉県井中市に引っ越す事になった。理由は良くわからなかったが、引っ越し当日まで人相の悪い男達がずっと家の周りを彷徨いていた。前日には、通っていた空手道場に妹と最後の挨拶に行った帰り、目付きの悪い刺青のある男数人に追い掛けられた。

『ヤツのガキに間違いねぇ、攫っちまえ』

 ツヨシは、妹の手を引いて家に逃げ帰った、死ぬかと思った。引っ越しの当日、父は留守だった。家の周りを彷徨く怪しい男達は、時折罵声を発しながら周囲の目を気にする素振りもなく、家の前に居座っている。

『こらぁ。借りた金返さんかい、泥棒』『居るのはわかってんだぞ』

『出て来んかい、泥棒』『借りた金返さんかい、泥棒』

 母が『ママ恐いよ』と泣きじゃくる妹を、『大丈夫、大丈夫よ』と宥めている。

 突然、窓ガラスが割れる音がした。ツヨシは、あらん限りの勇気を振り絞って、『ママ、僕があいつ等に文句言ってやる』と言った。だが、いつもは気丈な母が唇を噛み締め、『ツヨシ君やめなさい、絶対に駄目。じっとしていて、お願いだから・』と言って、ツヨシを制止した。ツヨシは、恐いのと悔しいのと、どうしていいのかわらない衝動の中で、何故か涙が止まらなかった。

 タケシも、同じ頃東京の成城学園から引っ越して来た。タケシの実家は、ツヨシの家の隣でコンビニを経営していた。ツヨシは、タケシの父親に会った事はないが、母親には何回か会った。TVのドラマで見た事のあるとても綺麗な人だった。ツヨシの母とタケシの母は昔かなり仲が良かったらしく、今でもツヨシの母を『姉さん』と呼んでいた。

 タケシの家で見た古惚けた写真には、金髪のツヨシの母と茶髪のタケシの母、そしてその他大勢の女の人達が同じ赤い星のマークのついた白い服を着て、オートバイの前で仲良さそうに座る姿が写っていた。

『ツヨシ君、メグミちゃん、タケシと仲良くしてくださいね。お願いね、お願いね。タケシ、ごめんね。ごめんね。本当にごめんね。姉さん、本当にすみません』

 タケシの母は、そう言っていつも同じように必ず泣いた。何故泣くのか、ツヨシには良くわからなかった。そんな事もあって、ツヨシとメグミとタケシの三人は、本当の兄妹のようにいつも一緒にいる。

 今日の夜も、ツヨシの家で勉強する為に、タケシが来る事になっている。本当は、TVゲームをしてお菓子を食べながらマンガを読むだけで、勉強などした事などない。今夜も、タケシの母が東京から送ってきた最新ゲームをする約束になっている。

「あれは、何だ?」

 ツヨシが公園を通り抜けようとすると、公園の隅っこに幼稚園児と思しき四人の子供が何かを取り囲んで大声で怒鳴り合っている。

「カメだべぇや」「いんや、ナベに決まってるべぇよ」

 ツヨシが「何だろう?」と近づいた時、それは起きた。幼稚園児達が取り囲んでいた辺りから、黄色の円形物体が小さな音を立てて空高く舞い上がったのだ。

 幼稚園児達は一斉に声を上げ、空を飛ぶ黄色い何かを追うように見つめている。子供達の歓声が響くと、忙しそうに通り過ぎていた人々は一瞬だけ足を止めて空を見上げたが、その視線の先に何も目視できないと知ると、また忙しそうに足早に通り過ぎて行った。

 黄色の物体は、空の中に消え掛けたかと思うと今度はジグザグに急降下して、広い公園の地面スレスレを飛び、また上昇して上空をぐるんと回った。そのスピードの速さと曲がる角度の鋭さに、幼稚園児達は「おぅ」と言ったきり口をぽかんと開け、目で追うしかなかった。

 しかも、それは殆ど無音なのだ。広い公園を飛行する度に風を切る音と上昇時に小さな音はするが、それ以外は全く音がしない。誰かが隠れてラジコンを飛ばし、どこかで操縦しながら面白がっているのかと思ったつよしも、そのスピードと飛行の複雑さを見て驚き、そして確信した。

「これはラジコンじゃない……UFOだ」

 上空を飛び回っていたUFOと思われるその物体は、いつの間にか地上に舞い降り、今度はつよしと子供達の周りを回りながら、何かの音を発している。

「жΥфйжδйжΥфйжΥδйжжΥфйж」

「おい、こいつ何か言っでるんでねか?」

「そんだなぁ、±●〇■△」「絶対、▽●〇■△」

 訛りが強く、ツヨシには子供達の言った事の全部を理解できない。

 ツヨシにとっては、UFOが飛んでいようが宇宙人がやって来ようが、今はそんな事はどうでも良いのだが、さっきからどうしても理解出来ない事があった。ツヨシが呟いた。

「今、こんなに不思議な事が、現実に、ここで、起きている。それなのに、僕とここにいる子供達以外に、誰も、この不思議な物体を見ようともしない。何故だろう?不思議だな」

 ツヨシの呟きに、子供達が透かさずツッコミを入れた。

「おい、兄ちゃんよ、独りで何をデカい声で言っでんだぁ?」

「不思議な事ってのは、これの事かよ?」

「そんなもん、不思議な事ではねぇべよ。大人にこれが見える訳ねぇべ?」

「そうだ。おめぇよ、これはUFOだでぇ。大人に見えねぇで当たり前だぁ」

「えっ。子供達はこれがUFOだって知っている、それにUFOは大人には見えないのか?」

 ツヨシは驚いた。UFOは大人には見えないらしい。再びの呟きに、子供達は見下すような目でツヨシを見つめた。

「おめぇ、そんな事も知らねんかぁ?」「おめぇ、馬鹿でねかぁ?」

「そうだな、馬鹿だべ?」

 ツヨシは、呆れ返る子供達に問い掛けた。

「じゃぁ、君達は何をしていたの?」

「何って、これは誰が見たってUFOだべよ」

「ほうだぜ。問題はナベ型UFOかカメ型UFOかの議論だぁよ」

「当たり前ぇだべよ」「当然だべ」

「僕ら、さっきから何騒いでるがぁ?」

 今度は、園児達の背後から、ギャルと思われる若い女の声がした。髪は金色に染まり肌は真黒い、顔は部分的に白く瞼は青い、一見しただけでは国籍がわからない。その更に後ろからもう一人、緑色髪のギャルがじっとツヨシ達を見据えている。

「わ、お化け」

「誰がお化けだや?」

 話し掛けた金髪ギャルの顔にぎょっとして、思わず口走ったツヨシが状況を説明しようとした。

「あっいやいや、あのですね。ここにUFOが飛んでいるんですよ。それで・」

「はぁ?何もいねぇでねか?」

「あっそうか、見えないのか」

「だがらぁ、兄ちゃんよぅ、さっき言ったべぇよ」「そうだで」

「兄ちゃん、学習しねぇヤツだなぁ」

 ツヨシの呟きに、園児達の冷たいツッコミが続く。そもそも、誰に見えて誰に見えないのか、理解も説明も出来ない。

あれこれと考えていると、公園の中央に設置された噴水時計が午後3時を告げた。

「あっヤバい、3時だ。今日は塾テストだ、遅れる」

 ツヨシは脱兎の如く家に向かって走り出したが、何やら園児達が叫びながら必死の形相で追い掛けて来る。

「おら達のUFO返せ」「返せ」「返せ、泥棒」「返せぇ」

 そんな言葉に関わっている暇はない。一心に走り続けるツヨシには、園児達の叫ぶ意味がさっぱり理解出来ないが、走りながら視線を上げて納得した。ツヨシの頭上を、黄色いUFOと思しき物体が寄り添うように飛んでいるのだ。

 ツヨシは「ついて来るな」と叫び、UFOを振り切るように全力で走った。園児達の後方から、金髪ギャルの声がした。

「僕らぁ、嘘吐くでねえぞ。嘘ばっか吐いてっと、政治家になっちまうぞ」

 そう叫んだ金髪ギャルの後ろで、緑色髪のギャルが不思議そうに訊いた。

「姉さん、今のUFOみたいなの何すか?」

「UFO?」

 金髪ギャルが不思議そうな顔をした。

 夏を生き急ぐ蝉の声が空に響き渡り、船が行き交う遥か遠い水平線に夕日が沈もうとしている。海沿いを走り続けるツヨシの頭上を、黄色いUFOはいつまでも離れようとしない。諦めたのか、園児達の姿は既にない。

急ぎ足で家に戻った。UFOは部屋の中まで付いて来たが、ツヨシにはそれにさえ構っている余裕はなかった。

「あっお兄ちゃん、それ何?」

「多分UFOだと思う、公園で拾ったんだ。メグ、後は頼む」

 部屋の中を旋回するUFOらしきその黄色い物体を、妹のめぐは興味深そうに好奇の目で凝視している。それは、逃げるように天井の隅に移動した。

「うわぁ、動いた」

「遅れる、遅れる。行って来まぁす」

「ツヨシ君、車に気をつけてね、行ってらっしゃい」

 隣の部屋の奥から、顔に白いパックを塗った母の声がした。ツヨシは背中で母の声に答えながら自転車に飛び乗り、風のように隣町の学習塾へ出掛けて行った。

「コイツ、こらどこへ行く」

 部屋の奥、メグがリコーダーの先で天井の辺りを突いている。

「メグちゃん、何してるの?」

「UFOを突っついてるだけだよ、何で?」

 メグミが不思議そうな顔で訊き返すと、母が不思議そうに首を傾げた。

 ツヨシが塾から帰った頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。7月だというのに何故か風が肌寒い。空には赤い小さな光がツヨシの家を取り囲むようにゆらゆらと輝いていたが、誰もそれに気づく事はなかった。

「ただいま。何だこれ?」

 玄関のドアを開けたツヨシは目を疑った。家の中を、幾つもの野球ボール大程の赤い玉がプカプカと漂っている。赤い玉は金属性の光沢を放ち、真ん中には黒い目玉のようなものが付いていて、両端からは黒い鬚がヒョロっと出ていた。赤い球の中の一つが、目玉をツヨシに向け、ビデオカメラのような機械的な音を立てている。

『こいつか?』

『はい大王様、顔に赤いⅤ印があるので間違いありません』

『シムキナよ、さっさとカタをつけろ。全て任せたぞ』

「ツヨシ君、HELP、HELP、HELP」

 家の奥で、母が悲壮な声を出している。ツヨシの母は、気は強いのだが、理屈の合わないものやオカルトの類が頗る苦手だ。

 妹のメグミと犬のシロは、正体不明の何かが部屋を漂う奇妙なこの状況の中でも、楽しそうに走り回っている。追い掛けられた赤い玉が、生き物のようにあちこちへ逃げ惑っている。

「この赤い玉は何だろう?」

 不思議がるツヨシの横で、走り回るメグミは力任せに金属バットで赤い玉を思い切り叩いた。すると、赤い玉は玩具のような金属音を立てて床に落ちて割れ、腐った魚に似た強烈な匂いを部屋中に撒き散らした。

「臭い、何だこの匂いは。何もかもさっぱりわからないな」

「ツヨシ君、何、ごの匂い?臭ざぁい、臭ざぁい。HELP」

 母が奥の部屋の隅で泣きそうな声を出して叫んでいる。部屋中を鼻を摘まむ程の悪臭が漂っている。メグミとシロは、それさえ楽しそうだ。

「ツヨシ君、パパがお仕事でいないから、この赤い変な玉何とかしてぇ。こっちに来たぁ、HELP」

 母はもう半べそになっているようだ。ツヨシは、父が留守のこんな時こそ自分がしっかりとしなければと思ったが、何をどうして良いのかさっぱり見当もつかない。

「そうだメグ、昼間のUFOはどうした?」

「二階にいる。さっき、中から小っちゃい宇宙人が出て来たんだけど、ケガしてたから絆創膏貼ってあげた」

「宇宙人、絆創膏?多分それだ」

 ツヨシは昼間のUFO事件を思い出した。きっと昼間のUFOがこの赤い玉と何らかの関係があるに違いなかった。名探偵ツヨシは、一目散で二階の部屋に駆け上がった。メグミはツヨシの後に続き、メグミの後にシロが続いた。

「めぐ、静かに」

「お兄ちゃんも、シロも静かに」

「ワン」

 ツヨシとメグミとシロ、二人と一匹のUFO探検隊は、慎重に二階の部屋の前で立ち止まり、少しだけドアを開けて中を探った。部屋には明かりが点いて、パソコンの音がする。

「メグ、部屋の明かりとパソコンのスイッチ入れた?」と小声で訊くツヨシにメグが首を振った。『明かりとパソコンのスイッチを入れたのは、きっと宇宙人に違いない』とツヨシがそう思った時、部屋の中からあの声が聞こえて来た。

「ЖИЧДЛКЖИЧЕЧФ」

 公園で聞いたあのUFOの声だった。ツヨシとメグミとシロはそっとドアの隙間から中を覗いたが、宇宙人らしき人影はなく、部屋の中には洗面器を二つ合わせたようなあの黄色いUFOがツヨシの机の上に置かれているだけだった。

 何かを探る音がした。ツヨシには黄色いUFOが動き出したように思え、『ワシは宇宙人だ』とUFOがそう言っているように聞こえた。

『あっ、やっぱり黄色いUFO自体が宇宙人だったんだ。あっ、UFOが動き出した。ああ、UFOが段々大きくなってきた、口を開けてこっちに来る、どうしよう』

音が更に大きくなった。いきなり、目の前で巨大化した黄色いUFOが大口を開けて襲い掛かった。

「わぁ、黄色い化け物だあ。喰われる……」

「お兄ちゃん、何言ってるの?」

 メグミが呆れ顔でツヨシに訊いた。いつの間にか、部屋の中央に浮かぶUFOが、巨大化して……いない。大口を開けて、襲い掛かって……来ない。洗面器のままの黄色いUFOがフワフワと宙に浮いているだけだ。

「巨大化した黄色いUFOは……どこだ?」

「お兄ちゃん、また妄想してた?しょうがないなぁ、この前もそれで車に轢かれそうになったじゃん」

「・こんにち・は」

 部屋中央に浮かんでいる黄色いUFOの上部から、突然小さな宇宙人が半分だけ顔を出した。額にメグミが貼ったのだろう絆創膏が付いている。目の前に、正体のわからないヒト型の小さな生物がいる。しかも、空中に浮いたUFOから顔を出して挨拶をしている。驚きを超えて頭が真っ白になったツヨシは、仕方がないのでカタチだけ驚いて見せた。

「わあ、わあ、わあ、たいへんだ、うちゅうじんがきたぞ」

「お兄ちゃん、何それ?」

 余りにも態とらしい反応に、メグミがツッコミを入れた。暫くすると、漸くツヨシの驚きが収まった。良く見ると、ドングリ眼の小さな宇宙人らしき生物は中々に可愛い。

 人懐こい目をしたその宇宙人は、目の前に浮かぶ宇宙船の中から喋り出した。

「・-@hk・ボクの・名前はミニモ・プリンズ・アルカイ銀河のプリン星からやって・来ました・ツヨシ君助けてくれて有り難う・メグちゃんも有り難う・」

宇宙人の感謝にメグミが照れている。

「どうも、ツヨシです。あれ?何で言葉が理解出来るのかな。僕の超能力?」

何故か、ツヨシの頭に言葉が浮かんでくる。

「e5・いえ・w;テレパシー型翻訳機・で・会話しています・ちょっと機械の調子が悪い・で・す・」

「何だ、そうかぁ。ところで、ミニモくんは宇宙人、地球外生命体?地球人じゃないよね」

「・やっと・何となく翻訳機械の調子が・良くなってきました。はい、ボクは地球人ではありません。ボクの星は・地球から約300億光年離れたアルカイ銀河に・あります」

「そうか、宇宙人なんだ。やっぱり、僕の思った通り宇宙人はいたんだ」

 ツヨシは、今度は嬉しさで気持ちが昂って来るのを感じた。ミニモと名乗る宇宙人と話すのは、ぬいぐるみのような外見のせいか、奇妙な程に違和感がない。

「ミニモくん質問してもいい?えっと、えっと宇宙にはミニモくんの他にも宇宙人がいるの?それから、どれくらいの数の宇宙人がUFOに乗って地球に来ているの?それから、えっと、えっと・それと・」

「お兄ちゃん、落ち着いて」

 メグミは、どんな時も常に冷静だ。どちらが年上かわからない。

「地球人と話すのは初めてなので、少し緊張しています」

 小さな宇宙人は、青い宇宙服にヘルメット、背中には何やら宇宙の装備らしいものを身に纏っている。まるで宇宙飛行士のようだ。ヘルメットの奥には、薄ピンク色の顔にパッチリとした人懐こい目と小さな口が見える。子供なのか大人なのかは良くわからないが、しっかりした口調で話し出した。

「ボクには、この星に他の星の宇宙人類が来ているかどうかはわかりませんし、この宇宙にどれ程の宇宙人類が存在しているのかも知りません。ボクのプリン星の恒星ラディッシュ系属内では、三つの惑星開発が行われ、更に隣接する恒星系属の惑星の開拓も行っていましたが、プリン星人以外の人類に出会った事はありません。但し、この宇宙には他星の侵略を唯一の目的とするモノボラン星人という宇宙人がいます」

「宇宙人は、いるんだね」

 小さな宇宙人が宇宙論を説き始めた。

「宇宙に、沢山の宇宙人類がいるだろうという事は想像出来ます。何故なら、ツヨシ君達の地球があるアマノガワ銀河系やボクのプリン星があるアルカイ銀河系その他を含めたこの宇宙には、全部で1兆個以上の銀河があると言われており、正確な数は不明です。また、それぞれの銀河には、相当数の恒星、即ち太陽が存在しています。例えば、ボクのプリン星があるアルカイ銀河には、約1500億個を超える太陽が存在し、ツヨシ君達のアマノガワ銀河内には、約2000億個以上の太陽があると考えられているそうです。例えば、各銀河に平均1500億個の太陽があると仮定すると、この宇宙全体では1500億個×1兆=1500垓個の太陽が存在することになり、更に宇宙人類がいるだろうと考えられる惑星や衛星の数は、それ以上と考える事が可能です」

 小さな宇宙人が始めた宇宙の話は、ツヨシにはまるでインテリ教師の理科の授業の続きのように聞こえる。メグミは、目をパチパチさせて聞いているが、顔に珍紛漢紛と書いてある。小さな宇宙人が続けた。

「ツヨシ君達の太陽系には、地球を含む惑星や衛星が合計150個以上確認され、その外側に1000個以上の太陽系外縁天体群があるので、太陽系の惑星類の累計はわかっているだけで1150個、正確な数字はわかっていないそうです。これをこの宇宙全体に当て嵌めてみた場合、仮に平均10個の惑星類が太陽に属しているとすると、この宇宙の中には太陽その他の星が1秭個ある計算になります。しかし、その中で生物が誕生し文明を築き、宇宙人類となる可能性の星となると、それ程多くはありません」

 メグミの目が半分閉じ掛けている。小さな宇宙人は更に続けた。

「まず、アマノガワ銀河に存在する約2000億個の太陽系に1個以上の惑星が存在する割合を全体の10%、惑星数を1個と仮定します。惑星は特に珍しいものではなく、ツヨシ君達の太陽系に1150個以上の惑星類がある事を考えれば、かなり低い仮定値です」

 小さな宇宙人の話は次第に白熱した。ツヨシには話の内容はよくわからないが、宇宙人の余りの真剣さに話を止められる雰囲気ではない。メグミの目が閉じている。小さな宇宙人の話が佳境に入っていく。

「そうすると、アマノガワ銀河には2000億個×10%×1個=200億個の惑星類がある事になり、その惑星類の内で、何らかの生命体が存在する割合を0.01%とすると、200億個×0.01%=200万個。生命体は、それなりの条件の下で相応の確率で発生すると考えられ、200万個の内の0.01%が知的生命体に進化し高度な文明を形成すると考えると200個。更にその高度文明の内の1%が宇宙に飛び出せる宇宙人類になるとすると、アマノガワ銀河の中の2個の星に宇宙人類が存在する計算になりますが、それでも全宇宙で考えると銀河内2個×宇宙全体1兆=2兆個もの星に宇宙人類がいる計算になるのです」

 小さな宇宙人の話は終わりそうにない。

「でも、例えこの宇宙の中の2兆個もの星に宇宙人類がいるとしても、宇宙人類同士が出会うのは途轍もなく難しい事です。その理由は、この宇宙が気の遠くなる程の大きさだからです。アマノガワ銀河で考えると、約10万光年の銀河の中の2個の星に宇宙人類が存在するので、宇宙人類の住む星同士は約5万光年離れているという事になります。計算上の話とは言え、「何のあてもなく光速度で5万年の間探し続けて出会う」というのは、現実には出会う可能性は限りなくゼロに近いという事です。もっと範囲を広げて、銀河の外まで考えるならば、例えばアマノガワ銀河と隣接するアンドロメダ銀河が250万光年以上離れているように、銀河と銀河はかなりの距離を保っているので、それを考え合わせると単純に光速で250万年を要する人類同士が偶然出会う可能性はゼロです。実際に、ボクは300億光年を飛んで地球まで来たのですが、地球以外に宇宙人類の住む星を見つけられませんでした」

 メグミの寝息が聞こえている。小さな宇宙人の宇宙論はまだ終わらない。

「地球と地球以外の文明の出会いを考える場合に、最も可能性が高いのは同じ太陽系内の文明です。計算上1つの銀河内に存在する筈の2個の宇宙人類の惑星が、同じ太陽系内にあるという偶然も絶対にないとは言えません。でも残念ながら、太陽系にはかつて火星や木星、土星の衛星に文明が存在した痕跡はあるようですが、現在の太陽系内に地球以外の人類は存在していません」

「ミニモくん。話が難し過ぎて良くわからないけど、同じ事を理科の先生が言ってたと思う。宇宙人がいても地球まで飛んで来れないんだって。それに光より速く進めないんだよね」

「お兄ちゃん、すごぅい」

「それ程でも」

 いつの間にか起きているメグミの言葉に、ツヨシがちょっと照れた。

「地球の宇宙物理学もプリン星の神託物理学でも、『原則的』に物質は光より速く進めません。ボクの宇宙船の光子推進ロケットを使っても、プリン星から地球まで来る為には光速で300億年が必要になります」

「じゃあ、ミニモくんは300億年かけてプリン星から地球に来たって事?」

「いえ、物質は光より速く進む事は出来ませんが、『光より速く移動する』事は出来ます。銀河の中には、ワームホールという時空間の孔があって、別の銀河と繋がっています。この孔を抜ける事で、銀河から銀河を一瞬で移動する事が出来るのです」

「そのワームホールを抜けても、宇宙人を探すのは難しいの?」

「大変に難しい事だと思います。この広い宇宙を飛ぶには、光速では遅過ぎるのです」

「それも、理科の先生が言ってた。宇宙人には中々会えないんだよね」

「でも、ボクのプリン星に昔から伝わる光の神様から授かった宇宙の知識『神託の預言』によれば、『この宇宙には数え切れない程の宇宙人類が存在し、幾つもの大きなコミュニティを形成していて、いつの日かそれぞれのコミュニティが光より遥かに速いタキオンという物質で一つに結ばれるようになる』のだそうです」

「じゃあ、宇宙には宇宙戦争なんかやってる宇宙人もいるかも知れないし、宇宙帝国や宇宙海賊、宇宙警察なんてのもあるかも知れないんだね?」

 次から次へと小さな宇宙人ミニモの口から出て来る宇宙の姿に、ツヨシの目はキラキラと輝いた。メグミは欠伸をしながらも、まだ頑張って聞いている。ツヨシは公園での不思議な出来事を思い出した。

「そうだミニモ君、何故UFOは子供にしか見えないの?」

「ボクのUFOは、光子シールドに包む事で見えなくなります。これは、光の屈折率を変化させるシステムなのですが、何故か地球の子供達には全く効果がありませんでした。地球人の大人と子供では聞こえる音の周波数が違うのと同じように、見える光の屈折率が違うのではないかと推測されます」

「光の屈折ってのは、理科の授業で勉強したぞ。それに、大人と子供で聞こえる音が違うの?」

「違うようです」

「TVのニュースで言っていました」

『NHKニュースです。東京都足立区が真夜中の公園に屯し騒ぐ若者対策として、実験的に17.6KHZのモスキート音を公園に流す事にしました。この音は10代から20代前半の若者だけに聞こえるもので、人体には影響はないそうです』

「子供にだけ聞こえる音や見える光があるって事かぁ、良く知ってるね」

「はい。世界中のインターネット情報を収集しました」

 ツヨシが感心した。

「ミニモくん、もう一つ教えて欲しいんだけど、宇宙ってずっと々どこまでも無限に続いているって本当?」

「ボクのプリン星の科学アカデミーでは、全ての科学体系を確立しています。宇宙の時空間は、どこまでも続いていますが無限ではありません」

「どこまでも続く事を無限と言うんだよ」

「いえ、この宇宙が無限なのは、時空間が内側に閉じている閉鎖型宇宙だからです」

「どこまでも続いているけど無限じゃないの、どういう事?」

「例えば、星の上をどこまで歩いて行っても果てがないのと同じように、本来有限である時空間に始まりと終わりがないという事です」

「?」

「時空間としてイメージするのはちょっと難しいのですが、この宇宙は真っ直ぐに進むと元に戻ってしまうという閉鎖型宇宙です。宇宙のカタチは誰も宇宙を外から見た事がないのでわかりませんが、プリン星の神託天文学では、この宇宙は球形をしていると理解しています。そして、その球形の宇宙が一つではなく、無数に存在しているのです。地球やプリン星が存在しているこの宇宙を核宇宙、各宇宙の集合体を多元宇宙、全体宇宙を神聖宇宙と呼びます。無数の星が銀河を構成しているように、無数の核宇宙が多元宇宙、神聖宇宙の中に存在するのです」

「宇宙はたくさんあるんだぁ、宇宙ってどうやって生まれたのかなぁ?」

 ツヨシには、宇宙が一つではなく無数に存在している事以外は殆んど理解不能だったが、『宇宙がどうやって生まれたのか』というツヨシの呟きに、小さな宇宙人の宇宙論はどこまでも熱を帯びていく。

「宇宙の誕生について説明します。そもそも、核宇宙は多元宇宙の一部であり、多元宇宙は神聖宇宙の一部として生まれ、神聖宇宙から多元宇宙へそして核宇宙へと神のエネルギーであるインフラトンが放出されます。そして、インフラトンが急激に膨張する事によって、宇宙始まるのです。核宇宙に放出されたインフラトンは、神の第一変位で膨大な熱を発生し、斥力によって宇宙は一気に膨張します。これを、地球ではインフレーションと呼んでいます。次に、第二変位で粒子と反粒子への変化と対消滅によって光を生み出し、第三変位で対消滅後に残った粒子が素粒子となり陽子と中性子から原子核を生み出して、水素その他全ての原子となる事で、星や銀河が形成されていったのです」

 ツヨシの理解が追いついていないのは当然なのだが、興味のある内容の質問をする事で、ギリギリ宇宙概論を受講している。

「そう言えば、宇宙は「無から生まれて永遠に」大きくなっていくんだよね?理科の先生が『宇宙は今でもどんどん大きくなっている』って言ってた」

「核宇宙の始まりと終わりを知る事は、核宇宙に住む人類にとっては大変重要です。ボクのプリン星の科学アカデミーでは、核宇宙の始まり及び未来の宇宙の変化、終焉について一つの結論を得ています。ツヨシ君の言う『宇宙は無から始まり、永遠に宇宙は膨張し続ける』というのは、ボク達の理解とは異なっています」

「違うの?」

「まず、無から宇宙が始まる事はあり得ず、無からは何も生まれないのです。核宇宙は、有たる神聖エネルギーであるインフラトンから始まり、膨張し、収縮して終了します。核宇宙が永遠に膨張し続けるという事はありません。始まったものは、必然的に終わらなければならない、それがこの宇宙の真理です。「始まり」と「終わり」とは同義語でなのです」

「終わりって、宇宙はなくなってしまうの?」

「現在、この宇宙の構成割合は、銀河や星々を構成している素粒子即ち物質の占める割合が全体の4%程度、プリン星で万能素粒子と呼んでいるダークマターの割合が約23%、プリン星で神聖エネルギーと呼んでいるダークエネルギーの割合が約73%となっています。これらが、この宇宙の未来を決定するのです」

 増々、意味不明の宇宙概論が続く。ツヨシは80%の眠気と格闘している。微かにメグミの寝息が聞こえる。

「宇宙が何故膨張するのかというと、物質4%とダークマター23%合計約27%の物質は重力、即ち宇宙を収縮させる力を持っており、他方で残りの約73%のダークエネルギーは斥力、即ち宇宙を膨張させる反重力を持っています。現在この宇宙は、27%の宇宙を収縮させる重力と73%の宇宙を膨張させる反重力が鬩ぎ合う結果として、反重力が勝り宇宙膨張が持続されているのです」

 ツヨシの眠気がMAXに近づいている。メグミの寝息が聞こえる。

「ダークエネルギーであるインフラトンは、宇宙を膨張させるとダークマターである万能素粒子に変わり、更に素粒子である物質へと変化して、銀河や星等となります。その仕組みによって宇宙の膨張が持続されるのです。従って、現在73%であるダークエネルギーが50%以下になるまで宇宙の膨張は続き、それ以降、今度は逆に宇宙は収縮に向かい、ビッグクランチで宇宙終焉となります」

「?」

「『宇宙がどんどん大きくなっている』というのは、現在この宇宙が未だビッグバンからの膨張の過程にあるという事を意味します。いつの日か逆に『宇宙がどんどん小さくなっている』と言われる時が来るのです。そして、全てが収縮により核宇宙は終わります」

 ツヨシの意識が飛びそうになっている。

「では、宇宙がいつ消滅するのかと言うと、宇宙誕生時は物質もダークマターも存在せず、ダークエネルギー100%であった。その後、宇宙誕生から約138億年後現在の構成割合となったと考えるならば、138億年間で0%→73%へと変化した事になり、50%になるのは宇宙誕生から255億年後、宇宙が消滅するのは宇宙誕生から511億年後という計算になります。今から373億年です。但し、正確に言うなら宇宙の消滅とは消えてなくなるのではなく、あくまでも収縮であり宇宙は膨張と収縮を繰り返しているのです」

 ツヨシの眠気がMAXになったが、何とか堪えて我に返った。メグミの爆睡は続く。

「ミニモくん、全っ然、さっぱり、何にもわからない」

「すみません。つい、夢中になってしまいました。何となくで、理解してもらえれば良いかと思います」

「宇宙がたくさんあるんだって事だけはわかったよ」

「無数にあると言われています」

 小さな宇宙人の宇宙概論第一章がやっと終了した。そのタイミングで、聞いた事のある声がした。

「おぅい、つよしぃ。来たぞ」

ツヨシとメグミの部屋のドアが開き、タケシが入って来た。

「オッス、ジュースとコーラ持って来たぞ。ばぁちゃんが持ってけって。ポテチとチョコもあるぞ。それにしても、下は凄げぇ匂いだぜ、どうなってんだぁ。それに何だよ、プカプカ浮いてるこの赤い玉は?」

「ボクにも良くわからないんだよ」

「まぁいいか、それより新ゲームやろぅぜぃ」

タケシは相変わらず能天気だが、いつもの事なので違和感はない。寝起きのメグミが言う。「オッス、ビビリのヘタレ」

「メグさん、ヘタレはないですよ。ビビリは合ってるけど」

「五年生でオシッコ漏らしたくせに、偉そうな事を言えるのかなぁ。そんなにヘタレが嫌なら学校でオシッコ君って呼んじゃおうかなぁ?」

「いえ、ヘタレで結構です」

 タケシは、去年の夏祭りのお化け屋敷でオシッコを漏らして以来、メグミにヘタレと呼ばれて以来、頭が上がらない。タケシが気を取り直して言った。

「メグさん、今日ゴジラの弟ぶっ飛ばしたでしょう?」

「えっ、何で知ってんの?」

 メグミが不思議そうな顔をした。

「放課後にあのゴジラが俺達のクラスに来て、ツヨシに『オトシマエつけろ』って言って、そしたらツヨシがぶちギレて大変だったんすよ」

「あれ、そんな事あったっけ?」

 今度はツヨシが不思議そうな顔をした。

「また腹が立ってきた。ミニラの奴め、明日また殴ってやる」

 憤りを隠せないメグミは、小さな拳に怒りを込めて力強く宣言した。

「四年生のミニラってゴジラの弟っすよね。聞いた話だと、メグさんグーでそいつがションベン漏らすくらいぶっ叩いたらしいじゃないすか?」

「だって、ミニラのヤツがふざけていきなりナナちゃんの首を後から締めたんだ。そしたら、ナナちゃんが泣いちゃって、震えが止まらなくなって救急車で運ばれたんだ。それなのに、あの馬鹿野郎はちっとも反省してなくて・」

『何だぁ、俺はちょっと触っただけだぁ。ナナのやつ、大袈裟だがぁ』

『おい、クソ野郎』

『何だ田中、おめぇやんのがコラ。女のくせにいつも生意気だがぁ』

 メグミが敢然と愚昧ミニラに挑戦した。ミニラは、今度はメグミの首を絞めようとしたが、メグミはその手を振り払うと怒りの鉄拳をミニラの顔面にぶち当てた。

「すごく腹が立ったからさ、ミニラの顔をグーで思い切り3発殴ってやったんだよ。そしたら、ミニラが泣きながら鼻血を出して涙と鼻血と鼻水とがぐちゃぐちゃになって、殴り掛かって来たからもう5発殴ったらオシッコまで漏らして、ミニラのあだ名がションベン小僧になって、私が皆に誉められたんだ」

 メグミの話は支離滅裂なのだが、何となく情景と感情が伝わって来る。

「3と5で、8発だって」「ションベン小僧だって」

 ツヨシとタケシはまた吹き出した。笑いの止まらない二人の前で、メグミは泣きそうな顔で話を続けた。

「それでね。放課後、先生に職員室に呼ばれて叱られるかと思ったら誉められたの」

『田中さん、反省してる?』

『はい』

『田中さん、暴力が駄目って事はわかるわね?』

『はい』

『じゃ、これで終わり』

『えっ、終わり?』

『そう、暴力は絶対に駄目。でもね、女の子だからって泣いていればいいなんて事はない。女の子でもやる時はやらなきゃ駄目だし、女の子だからこそ絶対に負けちゃいけない時だってある。先生は暴力を良い事だとは決して思わない。でも、立ち向かう勇気、立ち向かえる力も大切なのよ。田中さんがケガしなくて良かった』

「言われた意味が良くわからなかったけど、すごく嬉しかった。でも、それよりナナちゃんが首締められたショックで救急車で運ばれて、まだ病院にいるらしい。そっちの方が心配」

「メグさん、グーで8発はさすがっす。ツヨシと二人で幼稚園の頃からカラテ習ってるから当然っすけど。そもそも、女の子の首を絞めるとか殴り掛かるなんてあり得ねぇっすよね」

「お兄ちゃん、ゴメンね」

「いや。メグ、お前は正しい。でも余り無茶してケガするなよ」

「ほぅい」

 ツヨシの励ましに、メグミはほっとして嬉しそうに照れた。

 学校事件の話の途中で、タケシが「何だ、これ?」と宇宙人に気づいた。ツヨシもメグミも、遥か300億光年の彼方からやって来た宇宙人ミニモの事を、すっかり忘れていた。

「ツヨシ、プカプカ浮かぶ赤い玉も良くわからねぇんだけど、そこに浮いてる洗面器は何だ。ラジコンか、でも音がしねぇぞ、何でだ?」

「宇宙人のUFOだからだと思うよ」

 ツヨシは何の疑問もなくさらりと答えたが、タケシの疑問の明確な答えにはなっていない。

「宇宙人?ツヨシ、お前大丈夫か。勉強し過ぎか、熱射病か、病院行くか、救急車呼ぶか」

「宇宙人って言ってるじゃん」

「宇宙人だと思うよ。多分」

 メグミが自信を持ってきっぱりと言った。ツヨシはちょっと自信がない。タケシは腕を組み首を捻り、空中に浮かぶUFOと小さな宇宙人を疑い深そうにじっと見つめた。タケシと目が合った小さな宇宙人は、恥ずかしそうにUFOに隠れた。

「ボ、ボ、ボクはプリン星から来たミニモ・プリンズです」

「おっ、喋った。こいつ本当に宇宙人なのか?」

「しつこいな、宇宙人だって言ってるじゃん。わかったか、ヘタレ」

「はい。でもあれれ、今、俺宇宙人の言葉がわかったぞ。オレって天才なのかな、それとも超能力者なのかな?」

「テレパシー型の翻訳機で喋っているんだってさ」

「ん、テレパシ、何だそれ?」

「そうだ、良い事を思いつきました。皆さんにボクのプリン星をお見せします、多分、これで信じてもらえると思います。これがボクのプリン星です」

ツヨシの説明にタケシがパニクったが、小さな宇宙人が右手に持ったリモコンのような機械のスイッチを右に回すと、一瞬の内にツヨシとメグミの部屋が3Dの宇宙空間に変化した。遥かに広がる宇宙空間に、赤い銀河と黄色いプリン星らしき星、そして幾つかの惑星と遠くには無数の星が輝いている。プロジェクターマッピングのように像を映し出しているのだろうが、それ以上の凄まじい空間の奥行、立体感に圧倒される。まるで、その宇宙にいるのかと錯覚する。

「すげぇ」「キレイ」「凄い」

「これで、信じてもらえましたか?」

 メグミの得意げな声がした。

「ほら、やっぱり本物の宇宙人だったじゃん。二人とも信じた?」

「はい」「はい」

 小さな宇宙人が機械のスイッチを左に回すと、瞬時に煌めく銀河宇宙が元の部屋に戻った。まだ鮮やかな残像が目に焼き付いている3D銀河宇宙の余韻の中で、目の前を赤い玉がプカプカと通り過ぎた。たけしが思い出した。

「あぁ、忘れてた。ツヨシ、この赤い玉でママさんがパニクってたぞ。これ一体何なんだ?」

「それがさ、良くわからないんだよ」

 腕組みする名探偵タケシの推理が、正体不明の物体に迫る。

「俺が思うに、この赤い玉も宇宙人なんじゃねぇかな。赤玉型宇宙人が地球侵略に来たんだ。きっと、そうに違いない。それともアクウト星人の目玉かな?」

 この状況、この謎の全てを知っているだろうと思われる小さな宇宙人は、名探偵の推理に首を振りながら、事態の説明をしようとして思案に暮れた。

「えっと、そうではありません。えぇと、どこから説明したらいいのでしょうか」

「宇宙人の襲撃だ、宇宙戦争だぁ」

「うるさいヘタレ、違うって言ってるじゃんか」

 ツヨシは小さな宇宙人に改めて訊いた。

「ミニモくん、まずこの赤い玉が何なのかを教えて」

「これは、モノボラン星人の偵察用ロボットです」

「モノボラン星人?」

「それも宇宙人なのか?」

「別宇宙から来た生物と言われているのですが、正確には宇宙人類なのかどうかもわかっていません。ヤツ等の中には特殊な能力を持った者がいて、文明のある星を感知し、時空間に開けたワームホールを抜けて、光速を超える何らかの航法で飛びながら、星々を壊し続けているらしいのです。ボク達は、ヤツ等を『預言の赤い悪魔』と呼んでいます」

「赤い悪魔って何だぁ?」

「そのモノボケ星人の偵察用ロボットが、何故僕の家にいるんだろう?」

「モノボケではなくモノボラン星人です。では、モノボラン星人について説明します。奴等は、元々ボク達のこの宇宙ではなく別宇宙から飛来し、星や銀河を荒らし回るだけの生物だったのですが、ある星で光の石を手に入れ秘密を知ってしまったらしいのです」

「えっ、光の石って何?」

「秘密って何?」「何?」

 宇宙人ミニモの「秘密」の一言に喰い付いた三人の前で、上向きに翳した宇宙人の手から赤く光る丸い石が現れ出た。

「これが、紅朱ノ天日と呼ばれる朱赤色の神石です」

 石の中で赤い炎が燃え盛る光の石は、激しく光りながら空中を舞った。ツヨシは、光の石に見惚れながら冷静に訊いた。

「この石と赤い球はどういう関係なの?」

「古に、プリン星が光の神様から頂戴した「光の神託」によれば、昔々光の神様は宇宙の秩序と安定の為にこの宇宙を三つに分け、それぞれの宇宙に三連の神石である朱赤色の「紅朱ノ天日」、蒼青色の「青藍ノ天満」、黄緑色の「萌黄ノ天河」を措いたのです。その神石の力によって、宇宙には真理と平和が生まれ、人々は幸せに暮らしていたのです。しかし、その宇宙の理を壊す者が現れる事は必然でした」

新たに、神託基礎講座が始まった

「何故ならば、神石には宇宙の真理と平和を生み出す力だけでなく、『三連の神石を全て揃えた者に、一つだけどんな願いも叶えられる』という神秘の力が備わっていたからです」

「神秘の力?」

「ボクには具体的な事はわかりませんが、モノボラン星人達は三つの光の神石を集め、その神秘の力を得ようとしているらしいのです。秘密を知った奴等は、既に二つの神石を手に入れ、三つ目の神石である紅朱ノ天日を持つボクを追っているのです。ここに偵察用ロボットがいるという事は、奴等がこの近くまで追って来ているという事を意味しています」

 小さな宇宙人ミニモの母星プリン星は、ある日突然に宇宙の赤い悪魔に襲われた。アルカイ銀河系恒星ベジタイル系属第三惑星プリン星の首都キャンディスには、かつて光神の使徒であったラジモ・プリンズ王とその一族がいた。彼等は天空に浮ぶ太陽の宮殿に住み、神の力を注ぐ光の神石で人々の幸せを祈る事を使命としていた。太陽の宮殿の壁には光の神から授かった神託の一部が刻まれている。

『光の神託』

 護る者よ、貴方に光の神の石を授けましょう。三つの神石は、全ての人々に幸せと

 希望を与えます。貴方は光の石で人々を導かねばなりません。そこから三つの地の

 理が生まれ、宇宙の理となるでしょう。

 しかし、いつの日か宇宙の理を破壊しようと邪悪な赤い悪魔が天空より地に降りて

 来るでしょう。その時、あなたは決して恐れず立ち向かわなければなりません。

 勇気の力は光の勇者と光の戦士を呼び起こし、神の力によって悪魔は地上から消え

 去るでしょう。

 勇気の力こそ神の力なのです。全ては尊厳たる宇宙の為に。

『王様、今日も一日が平和に暮れていきます』

『王様、今日も無事に過ごせた事に感謝します』

 第一王子のミニモと第二王子のマルモは、敬虔な思いで一日の平和に感謝した。

『うむミニモ、マルモよ、こんな平和が永く続いて欲しいものじゃな。その為に、お前達もいつの日か光の神の使徒たる護る者となり、光の神より授かりし大切な紅朱ノ天日と神託ノ預言を守護していかねばならぬぞ』

『ボクも、いつかきっと護る者となれるように努力します』

『ボクも、護る者となれるよう努力します』

 ラジモ王は、二人の王子の言葉に満足しながらも、浮かない顔で西の空をじっと見詰めている。

『王様、何か心配事でもあるのですか?』

『どうしたのですか?』

『神託ノ預言とは、その昔神の光の石とともに神様より授かりし、いつの日か我等が乗り越えねばならぬ試練だと言う事は知っておるな』

 二人の王子が頷いた。

『西の空に赤く光る星が見えるであろう。昨夜突如として現れたあの星が何故か気に掛かるのじゃ。あの星は、明らかに邪悪な気を発しておる、預言の日が近いのかもしれぬ。あの赤い星が、伝説の赤い悪魔と無関係である事を祈るばかりじゃ』

王宮の窓の外、西の空に赤く怪しい十字の星が輝いている。ラジモ王が言い終えるのを待っていたように、慌てた様子で報告官が王宮へと駆け込んで来た。

『王様大変です。警察軍より報告があり、西地区に正体不明の何者かが侵入した可能性があるとの事です。詳細は現在調査中です』

『とうとう来たのかも知れぬな……』

 太陽の王宮の外壁に刻まれた神託ノ預言の金属板が、何かを暗示するように沈む夕陽に反射して鈍く輝いた。

太陽の王宮の外側を取り巻く市街地には、天空を貫くように細く尖った無数のビル群が連なり、その隙間を小型飛行艇が忙しそうに飛び回っている。

『あぁ、やっと今日の仕事が終わったな。帰りに一杯やっていこうぜ』

『いいね。いつものあの娘の店にしようぜ』

 警察軍の飛行警備艇が、緊急を知らせる赤色灯を点滅させながら、慌ただしく西の空へ飛んで行った。

『やけに騒がしいな、何かあったのかな?』

『知らないのか、西地区に何者かが侵入したらしいってニュースで言ってたぜ』

『赤い悪魔か?』

『さあな、でもそうだったら大変な事になるぞ』

 パトロール中の警察軍飛行警備艇C33の通信機が鳴った。

『こちら本部、応答せよ』

『はい。こちら警察軍C33』

『西47183地区に何者かが侵入した模様だ、調査に向かってくれ。但し、既に調査に向かったA233グループからの連絡が途絶えた。何があったかは不明だが、無理はするな。直ぐに応援が行く』『了解』

 また一機、警察軍の飛行警備艇が街の中を猛スピードで西へ飛んで行った。

警察軍飛行警備艇C33は、西47183地区に到着し、早速捜索を開始した。警察隊員の一人が赤外線センサーで入り口周辺を見渡したが、不審なものは見えない。西47183地区は植物育成特別保護区の為に昼間でも薄暗く、入り口の先に鬱蒼としたジャングルが広がっている。夏だと言うのに、何故か空気が異常に冷たい。

『寒いな』

『あぁ、だが特に変わった様子はないな。化け物め、どこだ、出て来い』

『そこから先か最も怪しいエリアだ、油断するなよ』

 自らを鼓舞する隊員と別の隊員の二人は、慎重にジャングルエリアの捜索に入って行った。

『何だこれは?』

 隊員の一人が何かを発見した。薄緑色に不気味な光を放つ渦巻状の物体が、微かな鈍い音を立てて空間に浮かんでいる。

『これは、時空の渦巻き、ワームホールの残骸だ』

『何者かが、異空間から侵入したって事なのか?』

『そうだ。渦巻きが動いているという事は、まだこの辺に侵入者かがいるかも知れないぞ』

 緊張が走った。二人の隊員がビームガンを構えた。

『本部応答願います、C33より報告。何者かが異空間からワームホールで侵入した形跡を発見、調査を続けます』

『了解、十分に気を付けろ』

『大丈夫ですよ、あれは何だ?』

『どうした、C33?』

 隊員達の激しく叫ぶ声と発砲する音が響いた後、無線が途切れた。状況がまるで掴めない。

『王様、警察軍より報告。西地区への侵入者探索に向かった者達が次々に行方不明になっているとの事です。詳細は不明です』

 続けざまに、王宮報告官のヒステリックな声が王宮に響いた。

『やはり来たか、きっと奴等に違いない。ん?』

『・・jm.mk・』

 王宮内に、何者かの声が聞えた。

『・・護・る者プリン星の・王よ・ワシは宇宙の・支配者・モノボラン大である・この星にある赤色の神の石を渡せ・渡さな・ければ・この星を・破壊し宇宙のチリにしてしまうぞ・』

 明らかに、赤い星からと思われる声だった。

『お前がモノボラン大王か。神の石など手に入れてどうするつもりじゃ、お前如きがそんなものを手にしたところで何の役にも立たぬぞ』

『・馬鹿め・ワ・シは神の石の秘・密を知っているのだ・三つの光の石を集めれば光の神がどんな願いでも叶えてくれると・モカルア銀河にあるアリー星の王が・教えてくれた・のだ・黄緑色の神の石もワシにくれた・その礼に・アリー星を跡形もなくぶち壊してやった・ワシは既に蒼青色の石青藍ノ天満、黄緑色の石萌黄ノ天河の二つ・を持っている・・お前の持つ朱赤色の紅朱ノ天日を揃・える事で・ワシは神の力を手にる事が出来るのだ・朱赤色の光の石を渡せ・渡さなければ直ちに攻撃する・こんな星の破壊など造作もないぞ・』

『馬鹿な、尊厳たる光神の石、朱赤色の紅朱ノ天日はお前如きが手にするようなものではない。早々に立ち去れ』

『・馬鹿め・攻撃だ』

「なる程。モノボラン星人達は、宇宙を荒らし回って二つの光の石を手に入れて秘密を知った。それで、奴等はもう一つの石、ミニモ君の持っている赤い石を手に入れようと地球まで追い掛けて来た。ここに飛び回っている赤い玉は、そのモノボラン星人達の偵察用ロボットって事なんだ」

「お兄ちゃん、そのまんまじゃん」

 ツヨシが今起こっている事態の全てを解き明かし、手を叩いた。同時に、宇宙人ミニモが必死な顔でいきなりツヨシに向かって叫んだ。

「ツヨシ君は、「光の勇者」ですよね。ボクはどうしても光の勇者に会わなければならないのです。ツヨシ君、光の勇者だと言ってください」

「光の勇者って何?」

「光の勇者は、赤い悪魔と戦う正義の戦士です」

「僕は違うと思うよ」

「そうだぜ、ツヨシは違うんじゃねぇかな?」

「そんな筈はありません。光の神の使いツカイ様によれば、光の勇者には額に赤いⅤ印があるのです、ツヨシ君の額のその印のように」

「これは授業中に赤いインクが付いただけで、明日には取れちゃうよ」

「うん。お兄ちゃんのオデコには、赤いⅤ印なんかないね」

 ツヨシは、唐突で確信に満ちた宇宙人の問い掛けに困惑した。

「絶対にそんな筈はありません。ツヨシ君、赤い光の石の前に立ってみてください。光の石は、光の勇者の前に立つと激しく反応するのです」

 半信半疑で、ツヨシが赤い石の前に立った。途端に、石は花火のように輝いた。

「やっぱり、僕の思った通りです。ツヨシ君が光の勇者に間違いありません」

「本当かぁ?」

 宇宙人は、ほっとした顔で嬉しそうに叫んだが、タケシは疑いの眼差しで赤い石を下から覗き込んでいる。

「本当です、その証拠にメグちゃんでは反応しませ・あれれ?」

 赤い石がメグミの前に来ると、ツヨシと同じように、いやそれ以上に一段と激しく輝いた。

「俺ならどうなるんだ?」

 野次馬タケシが赤い石の前に立つと、同じように眩しい光が見えた。

「何だぁ、誰でも光るじゃねぇか」

「そんな、ツヨシ君が光の勇者ではないなんて、そしてセンサーまで壊れてしまうなんて……」

「ツヨシ、宇宙人が泣きそうだぜ」

「まぁまぁミニモくん、落ち着いてよ」

「お兄ちゃん、光の勇者だって言ってあげちゃえばいいじゃん」

「そんな」

 宇宙人を宥めるツヨシにメグミが無茶を言い、今度はツヨシが泣きそうになった。そんな事をいきなり言われても困る、ツヨシには嘘が吐けない。

「ボクは、絶対に奴等に光の神石を渡す事は出来ないのです。ボクは奴等に光の石を渡さない為に、その為に300億光年の遥かな時空間を超えて地球までやって来たのです」

「でも、ミニモ君は何故地球にやって来たの、偶然?」

 何故地球なのか、それは偶然なのか、それもまた謎だ。恐らくは決して出会う事のない300億光年離れた遥かな星から、こうしてやって来たのは偶然ではない。

宇宙人ミニモは目を閉じ、今までの出来事を振り返るように続けた。

「偶然ではありません。地球に光の勇者がいる事を、光の神様に教えていただいたのです。ボクは、その為に、地球にいる筈の光勇者に会う為に、来たのです」

「本当に地球なのかぁ?」

「間違いありません。その経緯をお話しします」

 宇宙人ミニモは泣くのを必死で堪えながら、長く続く冒険物語を話し始めた。

「元々、プリン星は光の神様の使いが守護する神託の星で、人々は永い間平和に暮らしていました。そこに、突然モノボラン星人が攻めて来て、あっという間に占領されてしまいました。その時、ボクは王様の命を受け、光の石を奴等に渡さない為に一人プリン星を飛び立ったのです」

 モノボラン星人が侵入したプリン星大王宮で、ラジモ王がミニモに優しく諭した。

『ミニモよ。光の神石紅朱ノ天日は決して奴等に渡してはならぬ。お前は光の星で光の勇者と出会い、神の力で必ず赤い悪魔を打ち倒さねばならぬ。それが、お前の天命じゃ』

『はい、ボクが光の神石を護ってみせます』

 プリン星王宮に侵入したモノボラン星人達は、街を破壊し必死に探索したが、赤い神石を見付け出すことは出来なかった。

『シムキナ様、最前線より報告します。この星の王子が、赤い石を持って宇宙船で逃げたとの事です』

『シムキナ様、プリン星から宇宙船が一機飛び出し、連動する光の石の反応が遠去かっております。光の石を持って逃げたこの星の王子の宇宙船と思われます』

『あれか。高速追尾弾、発射しろ』

 遥か漆黒の空に、小さな光が見えた。遠去かる黄色い宇宙船に向けて、モノボラン星人のUFOから小型追尾ロボットが高速で撃ち込まれ、黄色い宇宙船の後尾に着弾した。

『これでもう、どこへも逃げられん。プリン星の王子め、我等から逃げられるとでも思っているのか』

「ボクは、プリン星を出た後直ぐに衛星ババロアの宇宙都市に避難するつもりでいました。しかし、衛星ババロアに着いて驚きました。何とババロアにある街は全て破壊された後だったのです。それだけでなく、アルカイ銀河系恒星ベジタイル系属第一惑星キャビッジ・衛星ラディッシュ、第二惑星ピナッツ・衛星アモンド、どの星も既に奴等の手に墜ち、街は完全に壊滅されてしまっていました。その他にもプリン星のある太陽系内には永い間行われて来た惑星開発によって造られた星や宇宙ステーションがありましたが、それ等もまた悉く壊滅されていたのです。ボクは更にそこから恒星ベジタイル最終開拓星ヨーグルへ飛びました。ヨーグル星には、プリン星最終開拓基地があったのです。しかし、何とそこに星の姿はなく、宇宙空間に星の残骸が漂っているだけでした」

「大変だ」

 妙な声を出したタケシを、メグミが「煩い、ヘタレ」と一喝した。宇宙人が続ける

「ボクは必死でした。後方からは奴等が追って来ます。そこから、ボクの宛てのない宇宙の旅が始まったのです。ボクは文明が存在するだろうと予測されていたアルカイ銀河内の星を虱潰しに回り続けました。ALE133522では植物系肉食生物に喰われそうになったり、爬虫類系生物の星ALN3365221では彗星の衝突に遭遇し危機一発で脱出し、巨大な赤色矮星SN785213で焼かれそうになったり、ブラックホールBH5428865ではもう少しで飲み込まれそうになりながら、勇者の待っている筈の光の星を目指して唯只管どこまでも進み続けたのですが、勇者に会うどころか文明を持つ人類にさえ会う事は出来ませんでした」

「そうだったんだ」

「それでも、奴等は諦める事なくどこまでも追い掛けて来ます。例え、この宇宙にどれ程多くの宇宙文明が存在しているとしても、この宇宙の中で宇宙人類同士が出会う可能性は極端に低い、それ程に宇宙は広いのです」

「なる程、同じ事を理科の先生が言っていたね」

「そうだったか?」

 宇宙人の冒険物語は続く。

「ボクに残されたのは、銀河の中心にあるワームホールを抜けて銀河から銀河を超えて翔び、奴等を振り切る事しかありませんでした。ボクは迷いました。何故ならば、ワームホールは銀河と銀河を繋ぐ時空間ですが、複雑に絡み合っていてどんな銀河に飛んで行くのか全く予想が付かないので、超新星爆発やブラックホールに遭遇してしまうかも知れません。でも、意を決してワームホールに飛び込み別の銀河に飛びました。ボクには、それしか方法がなかったのです。光の勇者を求めて更に幾つもの銀河を越え、星々を彷徨い、銀河を越えて進んで行きましたが、それでも光の勇者どころか人類にさえ会う事はありませんでした」

 宇宙人は目を閉じて自分の世界に浸っている。物語は続く。

「ボクは、泣きながら「光の神託」を何度も読み返し、飛び続けました。光の神託は、ボクが進むべき道を示した羅針盤でした。ボクは、光の神託を携えてどこまでも真っ直ぐに進み、更に銀河を越えたその先に、静寂の空間が広がっていました。それがアマノガワ銀河でした」

 宇宙物語はまだ々続く。

「静寂の銀河に入って暫くすると、遠くからキラキラと輝く美しい光が近付いて来るのが見えました、光の神様でした。神様はボクにこう言われたのです」

『どこまでも真っ直ぐに進みなさい。アナタは光の星の勇者と出会い、勇気を試さなければなりません。アナタと光の勇者の大いなる勇気が試された時、光の戦士は深き眠りから目覚め、神の力によって願いは必ず叶うでしょう。このツカイの導きで、進んで行きなさい』

『ツカイやで、ワシの後を付いて来なはれ』

「神の使いツカイ様に導かれ、ボクは銀河の中を神様に教えられた通りに真っ直ぐに進んで行きました。星々を越え、やっと地球まで辿り着いたのです」

『ここが勇者のいる星やで』

『やった、ツカイ様有り難う御座いました』

『いやいや、えぇ仕事したでぇ。それとな、勇者は額に赤いⅤ印があるから、忘れんといてや。もしも、それでもわからんかったら、光の石を翳すんやで。光の石は、勇者に反応するからな。ん、何か忘れとるような気がするけど、まぁ、エエか。ほな、さいなら』

「その星、地球は煌めく棒渦巻き銀河の外側に浮かぶ青く輝く美しい星でした」

「そうか、地球は神様が教えてくれた星なんだ」

「そう言う事なんか」

 いつの間にか、ツヨシとタケシも宇宙人の長編冒険物語に引き込まれている。メグミは寝ている。

 インテリ教師が誇らし気に言っていた『宇宙人が地球に来る理由はない』筈の理由が存在した。宇宙人ミニモが地球に来るのは必然だった。

「この地球こそ光の勇者が僕を待っていてくれる筈の光の星なのです。神様が嘘を吐かれることなどありません」

 小さな宇宙人の言葉には、確信が溢れている。宇宙人は地球にやって来るのだ。

「ツカイ様に導かれたこの星に光の勇者がいるのだと思うだけで嬉しくて、ボクは地球の周りを何度も何度も回りました。その時、僕は飛んでもないものを見てしまいました。何と、モノボラン星人達の姿がそこにあったのです」

「ひゃ」「ほぅ」

「そこには、地球の衛星である月を覆い隠す程の無数の赤いモノボラン星人がいたのです。何故かはわかりませんが、奴等は僕のいる場所を探知出来るようなのです」

「大変・」

 何故か、メグミが起きている。ツヨシはその話を思い出した。

「あっそれ知ってる。TVのニュースで月が真っ赤に輝いていて『テンペンチイのマエブレ』って言って騒いでたやつだ」

「でも、ボクはもっと大変な事に気づいてしまいました」

 ツヨシもタケシも興味津々で聞いている。メグミは寝息を立てている。

「ボクは、光の勇者のいる場所を教えてもらってなかったのです」

「うわぁ、大変だ」「そりゃ、大変だよな」

「地球のどこへ行けば光の勇者に会えるのか、全くわからなかったのです。それなのに、後からは奴等が追って来ます。仕方がないので、勇気を振り絞って地球に飛び込んでいくしかありませんでした」

 宇宙人の遥かな宇宙冒険物語はまだ々続き、終わる気配はない。

「地球に飛び込んだ後、とても不思議に感じる事がありました。青い星は、宇宙から見てもとても美しい。でも、神様からこんなに美しい星を授かった地球の人々の感謝の心が見えませんでした」

 ツヨシの意識も飛びそうになっている。

「北極や南極は極地として星の冷却機能を持っていますが、地球の大気バランスの微妙な変化により機能が失なわれつつあります。それが直接的な理由かどうかはわかりませんが、人間の感情のバランスにも少なからず影響しているように思えます。例えば、気候の穏やかな避暑地では人々はとても穏やかなのに、気候の厳しい砂漠地帯では人々は狂ったように戦争し、それがまた環境に変化を齎し砂漠化を進めているように見えました。別の場所では、数え切れない煙突から黒い煙が躊躇なく排出されていました。この星の大気汚染は相当の速さで進行しています。地球の生命機能を支える最も重要な大気中に、自ら汚染物質を大量にばら撒く自殺行為を行うのは何故なのでしょうか。星はバランスで出来ています。しかも、一度失ったバランスを取り戻す事はとても難しいのです。ボクのプリン星では、戦争に次ぐ戦争の為に星のバランス機能が失われてしまい、平和になった今でも植物は局地的にしか育たず、星全体が砂漠化したままです。保護区での植物の育成栽培や酸素の製造を人工的に行わざるを得ないのです」

「地球が全部砂漠になったら大変だ」

「お兄ちゃん、砂漠って何?」

「地球が学校の砂場みたいになっちゃうって感じだと思う」

 宇宙人は更に続ける。

「その後、ボクは幾つもの大きな街へ飛んだのですが、海沿いのカリフォルニアという街で防御バリアを外していた隙に、奴等の総攻撃を受けてしまったのです」

『プリン星の王子よ、出て来なければこの街ごと破壊するぞ』

『どうしよう……』

『攻撃開始だ、街ごと破壊してしまえ』

「その激しい攻撃でUFOは故障したのですが、それでも何とか東へ逃げ、大陸と大海を渡り切った大地のサバンナを越え、砂漠の中のピラミッドを越え、雪深い山々を越えて飛んで、海を越えて、観覧車のある大きな港街から巨大な鉄塔のある大きな街へ飛んだ頃には、もう意識は朦朧としていました。最後の気力を振り絞って更に山を越えた後は、良く覚えていません。気付いた時には、あの公園にいました。後は、ツヨシ君の知っている通りです」

 宇宙人ミニモは長い宇宙冒険物語を終え、ちょっと満足そうだ。泣き顔でなく確信をもった清々しい顔をしている。

「ボクは、やっぱりツヨシ君が光の勇者だと思っています。プリン星から地球までは途轍もなく遠い道程で、神様に言われた通りに地球に着いたものの、こうして光の勇者に会えるとは思っていませんでした。あっ、神様を信用していないという事ではありません。ですから、公園で光の勇者のⅤ印のあるツヨシ君に会えた時には、とても嬉しくてついはしゃいでしまったのです」

「僕は光の勇者じゃないんだけどなぁ」

 宇宙人がまた話し始めた。

「ボクはまだ神の使いの修行中なのですが、でも絶対に光の石を奴等に渡さない為に命を賭ける覚悟は出来ています」

 宇宙人ミニモの目の色が変わった。天命に対する力強い確信が感じられる。

「ツヨシ君、皆さん、一緒に戦ってください。例え、ツヨシ君が光の勇者でなかったとしても、ボクは奴等と戦わなければなりません。それに、ボクがこの地球に来た為に、奴等は地球も破壊してしまうかも知れません。ボクの責任で地球が消滅してしまうかも知れないのです。だから、ボクは戦います。ツヨシ君、一緒に戦いましょう」

「えぇ、無理無理、無理だって」

「お兄ちゃん、何でやらないの?」

 メグミは、いつものツヨシの根性のなさを責めた。ツヨシは地球の消滅には興味がない。

「絶対無理だよ、そんなの。宇宙を暴れ廻っていた悪者宇宙人なんかとボク達が戦える訳ないよ、警察か自衛隊に知らせた方がいいよ」

「それも、既にシミュレーション済みです。残念ながら、地球のどんな武器を使ってもヤツ等を倒す事は出来ないでしょう。プリン星の科学力でも敵いませんでした。ヤツ等には核融合爆弾でさえ効果がないのです」

「それなら、ボク達じゃもっと駄目なんじゃないの?」

「いえ、ボク達だから出来る正義こそ宇宙の悪魔を倒す力なのだと、神様は言われました」

「オレ達が出来る正義の力って何だ?」

「ミニモ君、良くわからないよ」

 メグミの瞳に正義の光が宿った。メグミはどんな時もやる気十分だ。

「何で?やらないで諦めるのは、アンポンタンだってママが言ってたじゃん。メグはミニモ君と一緒に戦うよ、悪い宇宙人なんかギッタギタにしてやるんだ」

 母が言った。

『ツヨシ君、メグちゃん、良く聞きなさい。他人が自分をどう思うかなんて事はどうでもいいの、大切なのは自分がこれでいいと思えるまでの努力したかどうかなのよ。出来るか出来ないかなんて考えていて何もしないで諦めたり、後になってやれば良かったと後悔して泣いたりするのは、アンポンタンって言って凄くカッコ悪い事なのよ。わかった?』

 母の言葉がツヨシの胸に刺さる。

「それはそうなんだけど、宇宙の悪者なんかと戦える訳ないよ。どうしよう……」

「俺は、パス」

「パス?パスなんか駄目に決まってるじゃん、ヘタレが先頭で戦うんだよ」

「えっ、先頭?」

 ヘタレ小僧タケシの拒絶が当然のように却下されたのと同時に、部屋の明かりが消えた。

「あっ、停電?真っ暗だ」

 部屋の明かりが消え、それまで部屋を飛び回っていた赤い玉の中の二つが、苛つく耳障りな音を出しながら紫色に光り始めた。三人とも、その音に聞き覚えはない。

「何の音だろう?」

「あっ何か出て来たぜ」

 赤い玉から出た紫色の光は、部屋の中央に3Dホログラムで二つの赤黒い物体を映し出した。ツヨシ達は興味津々で目を凝らしたが、それが何なのかまるで見当が付かない。赤黒い物体は次第に生物のような姿に変化した。赤黒い物体の型が見えた途端、宇宙人ミニモが頭を抱えて震え出した。ツヨシ達には何が起きているのか理解不能だ。

 いきなり、正体不明の赤黒い物体から声がした。

「ワシは、宇宙の支配者モノボラン大王軍を率いる炎の魔神シムキナ様だ」

それは、赤黒い粒状の突起物に包まれた南瓜のようであり、触手と尻尾が付いている気味の悪い化け物だった。赤黒い化け物の表面には幾つかの穴があり、中央の穴の二つが目のように赤く光っている。集合体恐怖の強い嫌悪感を抱かせる。

「この星の虫螻共よ、そこにいるプリン星の禿びと赤色の神石を我等に渡せ。そうすれば、お前達だけは大王様の家畜として飼ってやるぞ。虫螻共、嬉しいであろう」

 化け物がツヨシ達を虫螻と呼んでいる。唐突過ぎる事態の把握が出来ないツヨシは、初めて見るその化け物に強い嫌悪を感じた。見た目の気持ち悪さだけではなく、何となく全てが嫌な感じなのだ。

「虫螻って僕達の事?」

「当然だ。キサマ等如きに、このワシが直に声を掛けてやったのだ。有り難く思うが良い」

 勘に障る嗄声で何を喚いているのやらさっぱりわからないが、『虫螻』の言葉に悪意のある事はツヨシにもわかる。

「虫螻だと、ふざけんなバカ」

 タケシが感情的に言った。ツヨシにも、タケシと同じように「ふざけるな」と叫びたい気持ちが沸き上がって来る。

「お前みたいな化け物に渡す訳ねぇだろ」

「そうだ、お前なんかに渡すもんか」

 タケシが言い、連られてツヨシが叫んだ。ツヨシは化け物の見た目の気持ち悪さもあったが、それ以上に硝子を引っ掻くような甲高い嗄れ声と、高飛車なモノ言いに我慢が出来なかった。

「渡さないようだ。ばか、ばか、あっかんべえ」

 メグミがツヨシの背中に隠れて舌を出した。言葉だけ強気のタケシは柱に隠れて半身で見ている。タケシに連れて腹を立てたツヨシは、ちょっと複雑な思いになった。そもそも、別に腹を立てる必要などないし、こんな訳のわからない宇宙戦争ゴッコに付き合う事自体面倒臭いのだが、それでも理屈ではなくどうにも腹が立つのを抑え切れなかった。

「愚か者め・特別に・明日の朝まで・待ってやる・何が・一番得か良く考える事だな・ワシは炎の魔神シムキナ様で・ある・」

そう言って赤黒い化け物が暗闇に消えた。化け物が消えて部屋の明かりが点くと同時に、今まで部屋の中を飛び回っていた赤い玉は窓の外に逃げるように消え去った。

「ツヨシくぅん、赤いのがいなくなったぁ」

 階下から安心した母の声が聞こえた。ツヨシは『やっと赤い玉が消えた』と、ちょっと肩の荷が降りた思いがした。

「み、み、皆さん、ご免なさい。奴等の恐ろしさを思い出してしまって。でも、どんなに恐くても、ボクは奴等と戦わなくてはならないんです」

化け物の姿に震えていた宇宙人ミニモが申し訳なさそうな顔で気を取り直し、強い口調で言った。空元気のようであり、確信に満ちた重たい言葉のようでもあった。

「うぅん・」とツヨシが唸っている。

「どうしたの、お兄ちゃん」

「ミニモ君、僕達が戦わないと「いつか、さっきのヤツ等が宇宙を、地球を壊してしまう」んだよね?」

「はい。ヤツ等はそれだけの力を持っています」

 また、腹が立って来た。ツヨシは怒りを抑えきれない。何故かわからないのだが、ツヨシの正義感が急激に膨張した。

「決めた。モノボラン星人なんかぶっ飛ばしてやる、地球は僕が守る」

 ツヨシは唸りながら声を張り上げた。

「やった、お兄ちゃんがやる気になった」

「ヤバい、ツヨシがその気になっちまった」

 メグミが嬉しそうに言った。

「これでいいのだよ、ヘタレ君。その気になったお兄ちゃんに敵う者などこの世に存在しないのだ。ワタシ達が地球防衛戦隊ゴレンジマンになるのだよ。四人しかいないけど」

 メグミ隊員が満足そうな顔をした。ツヨシは優柔不断で気が小さいのが欠点だが、一度決めたら途中でやめる事はない。頑固さは誰にも負けない、こうなったツヨシは結構頼もしい。

 急遽結成された頑固ツヨシ率いる地球防衛軍は、早速状況の分析を始めた。

「じゃぁ、戦う為に今ある情報を整理しよう。まずも登らん星人は本当に明日の朝まで襲って来ないのかな?」

 ミニモが確信のある顔で言った。

「それは相当の確率で大丈夫です。ヤツ等は太陽の光がないと動きが緩慢になるので、今は宇宙空間で充電中の筈です。従って、夜の間にヤツ等が襲って来る事はないと考えられます」

「じゃあ、次の問題はどうやって宇宙を暴れ廻る赤い悪魔達と戦うかだよね」

「そうです、それが問題なのです。ボクのUFOには、ポンポコビームという当たればどんな怪物でも倒せるプリン星最強のビーム砲があのます」

「へぇ、やった」「凄いじゃねぇか」「それでやっつけちゃおう」

「あっでも、ちょっと欠点があります。えぇと、実は中々当たらないんです。でも当たりさえすれば倒せます」

「それじゃ、ダメじゃねぇかよ」

「どうすれば、いいんだろう?」

 宇宙人ミニモの『最強』の一言でツヨシ達のテンションが少しだけ上がり、また下がった。

「大丈夫です。僕のプリン星では、長い間神託の預言による赤い悪魔の調査研究が行われて来た結果、ヤツ等に大きな弱点がある事がわかっています」

「弱点?」「やった」

 一同が膝を叩き、再びテンションを上げた。ミニモが続けた。

「それは、酸素原子と水素原子の結合物である『神水』です。化学式では水素2つに酸素1つが結合した物質◇∽◎∽◇に、極端に弱いのです」

「神水?」「何だ、それ?」

「そして、何とこの地球には、その神水が個体ではなく液体として溢れる程に存在します。それは海と呼ばれているものです。更にそれだけではなく、神水が空から大量に降ってきます。それが雨と呼ばれています。何とかしてこの神水を奴等に浴びせる事が出来ればきっと勝てると思うのですが、でもその方法が見付からないのです」

ツヨシは何かを思い出した。

「あれ、海、雨、水素2つに酸素1つ、理科の授業で習ったぞ。ん、何だったかな。そうだ、H2O、水だ」

「はい。多分、それだと思われます」

「ミニモ君。水なら、そこにある熱帯魚が泳いでる水槽の中にあるよ」

「水槽の液体ですか、調べてみます」

 背後にある水槽をツヨシが指差すと、宇宙人の頭の中央からセンサーらしき細い針金のようなものがと出て、水槽まで伸びて中に入った。その瞬間、センサーは大きな音を出して震え、「うわぁ」と宇宙人ミニモが驚いてひっくり返った。

「ミニモ君、どうしたの?」

「何だ?」

「これは、ま、ま、ま、間違いなく神水です。それも、何とこれはB神水です」

「何、それ」

「そもそも神水とは水素原子2つに酸素原子1つが結合した液体物質ですが、希にそこに塩素原子が混合する事があります。その物質をB神水と言い、強力な殺菌力を持っています。この水槽の中の神水には、少量ですが塩素原子が含まれており、B神水に間違いありません」「それって凄いの?」

「モノボラン星人達は神水に溶けてしまいますが、B神水であれば触れただけで消滅してしまうでしょう。まさかこんなものが地球にあるなんて驚きです」

「水道の水がそんなに凄ぇのかぁ?」「唯の水道水なのにね」「やった」

「凄いです、これで戦えます。きっとヤツ等に勝つ事が出来ます」

 ミニモのテンションが一気に上がった。ミニモが話を続けた。

「皆さん聞いてください、実はもう一つ作戦があります。これもプリン星の調査研究の中でわかった事ですが、モノボラン星人はモノボラン大王の細胞分裂から生まれたクローン体で、ヤツ等はモノボラン大王を中心としたコミュニティの中でしか生きていけないと考えられるのです。地球の蟻や蜂の生態に酷似しています」

 短時間の内にパソコンTVとインターネットで習得したのだろうと思われる地球生物の生態を語るミニモに、ツヨシは感心した。

「だから、モノボラン大王を倒してしまえば良いのです。大王さえいなければ他のヤツ等は生きられません。但し、大王軍には先程出て来た炎の魔神シムキナともう一人の魔神がいます、まずはそいつ等を倒さなければなりません」

「そうなんだ」

「それから、忘れてはならないのは、モノボラン大王の戦闘能力です。モノボラン大王は変身すると戦闘力が爆発的に増加し、一瞬で星さえも破壊すると言われています。だから大王が変身する前に倒してしまわなければなりません。B神水と僕のポンポコビームで、二人の魔神、そして変身する前の大王を倒してしまいましょう」

「何となく勝てそうな気がしてきたぞ。宇宙を暴れ廻る悪者宇宙人なんかに負けるもんか」「やるぞ、おぅ」「おぅ」

 地球防衛隊の「B神水&ポンポコビーム作戦」に、ツヨシとメグミが元気に拳を突き上げた。たけしはメグミの後で頼りなさそうに拳を上げ、小声で「やるぞ、多分」と言っている。

「えぇ、多分って何。チン○ン付いてるんでしょ、ヘタレ」

 メグミは、呆れた顔でタケシを嗾けた。

「あっはい。やるぞ、おぅ」

「全然ダメ。気合いが足りない、気合いだ」

 メグミのキャノンビンタがタケシの頬を捉えた。鮮やかな1ラウンドKO。

「あっ、ツヨシ君、大変です。タケシ君が白目を剥いてます」

「ミニモ君、気にしなくていいよ。いつもの事だから」

「いつも?ひぇぇ、悪魔のようだ」

 翌早朝、いよいよ宇宙戦争勃発の時が来た。ツヨシは殆ど寝ていない。

「出来た。あれっ、もう朝かぁ」

 ツヨシは昔から一度決めた事を途中でやめた事がない頑固な性格なのだが、如何せん気が小さい。昨日の夜も、あれこれと考えている内に眠れなくなってしまった。眠れない序でに、これから始まる宇宙戦争で使えそうな武器を徹夜で考えた。水鉄砲とポンプとタンクを組み合わせた圧縮空気式ダブルウォーターガン、水鉄砲と水道の蛇口を撒水用のホースで繋いだ新兵器スーパーウォータービームガン、そして新秘密兵器が机の上に完成していた。

「さてと、宇宙戦争だ」

 ツヨシは疲労感と満足感とが混ざり合った変に高揚した感覚の中で、欠伸をしながら妹を起こそうとした。二段ベッドの上段で、大の字でヘソまで出して寝ている天真爛漫な妹を見ていたツヨシは急に自己嫌悪で泣きたくなった。

ツヨシは「熟々自分は駄目な奴だな」と思う。勉強の成績がちょっといいだけで他には何も取柄がない。スポーツは絡きし駄目だし、他に自慢出来るものなんて何もない。心配な事があると気になって夜も眠れないし、それを誤魔化す為に役に立つかどうかもわからない道具を徹夜で必死になって作っている。それに比べて妹のめぐは大物だ。自分なんかより妹こそ男の子に生まれるべきだったんだろうなぁ、ツヨシは強くそう思う。ツヨシが嘆息すると、メグミが目を覚ました。

「あっ、寝坊した。お兄ちゃん、今何時?」

「えっと、5時3分」

「やった。決戦だ、決戦だ、宇宙戦争だ」

 ツヨシは思わず笑ってしまった。いつもの事なのだが、妹の底抜けの明るさは他人を元気にさせてくれる。ツヨシは改めて妹に感謝したい気持ちになった。

「メグ、今から地球防衛戦隊として地球を守りに行くぞ」

「おぅ。地球防衛戦隊隊員メグ、いきます」

 二人の地球防衛隊員が階下に勇壮に降りていくと、トイレの扉の前に母が立っていた。母はトイレに起きて寝惚けている。

「あれ、ツヨシ君、メグちゃん、どこへ行くの?」

「ママ、今から宇宙戦争が始まるんだ。僕達が地球を守らなくちゃならないんだ」

「地球を守る為に、メグも戦うんだよ」

「そうなんだぁ。ツヨシ君、メグちゃん、気をつけてケガしないようにね。二人で頑張って地球を守ってください」

 母は寝惚けたまま地球防衛隊を見送り、また寝てしまった。玄関でツヨシとメグが雨靴にレインコートに着替え、スイミングのゴーグルと撒水用ホースとダブルウォーターガンをそれぞれ持って「さぁ行くぞ」とドアを開けて外に出ると、タケシが立っていた。

「あっ、タケシ君、やる気満々だね」

「へぇ、先に来るなんてヘタレのくせにやるじゃん」

 レインコートに雨靴、大型ウォーターガンと背中には二層の水タンク、顔にはゴーグルと防塵マスクまで付けているのだが、いつもの元気小僧タケシの様子が何かおかしい。手足が硬直し直立不動だ。

「こいつ、もう泣いてやんの」

 メグミのツッコミに、タケシが涙声になっている。

「ばぁちゃんに買ってもらったウォーターマシンガンと防塵マスクで来たんだけど、4時30分くらいから待ってたら、段々恐くなってきてぇ、もう帰りたいぃ。ツヨシぃ、もう帰っていい、オシッコ漏れそう」

「4時30分だって、バカじゃないの。帰る、の、は、ダメ」

 タケシが泣きべそをかきながら言った訳のわからない事を、メグミが断ち切った。

「タケシ君仕方がないよ、僕だって緊張してドキドキなんだよ」

「はいはい、二人ともごちゃごちゃ言ってないで行くよ」

 ツヨシがタケシを慰めると、メグミが呆れ顔で言った。ツヨシとタケシは黙々と地球防衛隊長メグミの後に付いて決戦の地、徒歩1分の三丁目公園へ向かった。いよいよ、宇宙戦争が始まろうとしている。三丁目公園の時計は5時15分を指していた。

「皆さん、遅いですよ」

 空に浮かぶ黄色いUFOの上で、既に宇宙人ミニモが臨戦態勢で宇宙の悪魔と対峙している。空には赤いUFOらしき物体が音も立てずに飛んでいる。

「あぁ、いっぱいいるなぁ」

「い、今から戦いが始まります。み、皆さん気を引き締めてください」

 ツヨシの暢気な声とは逆に、宇宙人ミニモの声が緊張で震えている。決戦の時は直ぐそこまで来ていた。

 明けたばかりの薄オレンジ色の東の空に、無数の赤いUFOが飛び交っている。その中の数機が猛スピードでツヨシ達に向って突っ込んで来た、そしてそのまま目の前を飛び去った。ツヨシもメグミもタケシも「ん?」「あれれれ?」「あれ、何だこれ、あれれれ?」と予想外の事に首を傾げた。

 ツヨシの「小っちゃぁ」という気の抜けた声がした。確かに小さかった、UFOは何ともびっくりする程小さいのだ。星や銀河を破壊し続けて、宇宙を暴れ廻っているという宇宙の赤い悪魔モノボラン星人達のUFOが、何と灰皿程の大きさしかない。余りに驚きの事実に拍子抜けのツヨシが繰り返し言った。

「小っちゃい。何だ、こんなの楽勝じゃないか」

「だ、だ、駄目です、駄目です。ツヨシ君、奴等を甘く見てはいけません。奴等は赤い悪魔と呼ばれているのですよ。決して油断してはいけません。うぅぅ、恐くて震えが止まらない。あ、あ、あの炎の魔人シムキナがどこかにいる筈です」

 ツヨシとメグミが吐き捨て、さっきまで半泣きだったタケシが急にいつもの空元気小僧に変身すると、ミニモは焦りながらツヨシ達の気を引き締めた。ミニモの言う赤黒い化け物シムキナは無数の赤いUFO群の真ん中にいた。頭にそっくりの小さな黒紫色の丸い生物を乗せている。昨夜と同じ音のような嫌な声が頭に響いた。

「虫けら共め、良く逃げずにのこのこ来たな、取りあえず誉めてやるぞ」

 赤黒い化け物が叫び、白々と明けた天空を飛び回っていた赤いUFO群が一点に集結した後、右と左のそれぞれの塊に分裂して一斉攻撃態勢を整えた。

「虫けら共、頭が高い」

 赤黒い化け物シムキナの頭の上から声がした。シムキナの頭に乗っていた黒紫色の丸い生物はふわりとツヨシ達の前に降りて来て、居丈高な物言いで喋り出した。

「愚かな地球人共よ。この御神こそ、この宇宙に君臨する偉大なるモノボラン大王様を継ぐ炎の魔神シムキナ様であるぞ」

 小さな丸い生き物の講釈を追うように、今度は化け物が自ら叫んだ。

「どうだワシが恐いか?恐ければ泣き叫べ。虫けら共、さあ赤い光の石とプリン星のチビを渡せ、今なら許してやるぞ。ワシは優しい魔神なのだ。さあ渡せ」

「何かちょっと恐いな、でも渡すもんかぁ」

「やぁい、渡すもんか。ばぁか、ばぁか」

 ちょっとだけビビっているツヨシの背中に隠れるメグミの突き抜けるような声がした。ミニモは、メグミの更に後で震えながら見ている。

 見る間に、赤黒い化け物の身体の穴から湯気が立ち上った。

「虫けら共め、許さんぞ。皆の者、攻撃だ」

「ツヨシ君、み、み、皆さん、き、き、来ますよ。き、気を引き締めて」

 ツヨシは、メグミの「ばぁか」の一言で気持ちが落ち着いた。そして、心の底から涌き上がって来る怒りと自信を感じた。

「僕のダブルウォーターガンで全部倒してやる」

「俺は最新ウォーターマシンガンだぜ」

 タケシがいつの間にか自信満々になっている。

「ヘタレ、何でそんなの持ってんの?」

「東京の秋葉原で買ったんすよ」

「オタクか、お前は?」

 自慢気に言うタケシを突き放すメグミの横で、ツヨシは自らを鼓舞するように叫びながらウォーターガンを空に向けて勢い良く撃ち放った。

遂に三丁目公園で宇宙戦争が始まった。先手必勝、水鉄砲とは思えない激しい発射音を響かせてタケシのウォーターマシンガンが火を吹く。赤いUFOが悲鳴のような音を出して次々と地上に落ちていく。

「やった、俺ってスゴい」

「僕だって」「ワタシだって、負けるもんか」

 タケシの勇姿にツヨシとメグミは発奮した。ツヨシとメグミとタケシのウォーターガンが勢い良くUFOを打ち落とし、落ちたUFOはドロドロに溶けて蒸発した。

「わぉっ、スゲぇ。水に濡れると本当にUFOが溶けて消えちまうんだ。俺が一番だぜぇ」

「何言ってんの。ワタシが一番に決まってんじゃん」

 タケシが得意気に叫び、メグミが負けずに叫びながらダブルウォーターガンを連射した。ツヨシ達のウォーターガンに当たった赤いUFOは相変わらず奇妙な悲鳴を上げて地上に落ち続けている。ツヨシ達の怒濤の攻撃は終わる事なく宇宙の赤い悪魔を次々と蹴散らしていく。

「気持ち悪いけど、大した事ないじゃん」

 メグミが楽しそうに次々にUFOを打ち落としている。その隣で、タケシが「やったぜ」と意気揚々に叫ぶと、一機の赤いUFOが背後から回り込み尻を噛んだ。

「ぎゃぁ、喰われる」と騒ぎ捲るたけしの尻に向けて、メグミ砲が火を吹いた。

「やった、ド真ん中命中。メグ、凄いじゃん」「えへへ、スゴいでしょ」

「ケツが痛てぇ、でも俺だって」

 尻の痛みを堪え、再びタケシが勇んでウォーターマシンガンを構えると、今度は遥か頭上から2機のUFOが急降下し、左右の耳に噛み付いた。

「ぎゃぁぁぁ、喰われた」

 嘆息するメグミがウォーターガンをタケシに向けた。余裕の一撃がUFOを確実に捉え、赤い2機がドロドロになってタケシの顔に滴り落ちた。ツヨシ達の大勝利が目の前だ。

 化け物の悔恨の言葉が頭に響く。

「おのれ虫螻共め、許さん、許さん、許さんぞ」

 狂ったように叫ぶ赤黒い化け物魔人に、ツヨシが勇壮に言った。

「煩い、化け物。お前は僕が絶対に倒してやる。さあ来い」

 ツヨシは珍しく興奮している。そもそも、ツヨシは好きな事以外に殆ど興味を示さない。何故なら面倒臭いのだ。他人を押し退けて目立つのも、論争するのも、喧嘩するのも、嫌いというより面倒臭い。でも今回は違う、何となく腹が立っている。だから、この化け物だけは自分が倒すと決めていた。

「許さんぞ。虫けら如きにビームを出すまでもない、ワシが喰い殺してやるわ」

 化け物が大口を開けて牙を剥き、ツヨシに向かって突っ込んで来る。ツヨシは静かに左手にウォーターガンを構え、化け物にどこかで聞いた事のある台詞を言った。

「化け物よ、お前はもう死んでいる」

 ツヨシの放ったウォーターガンが化け物の顔のド真ん中を貫く。

「こ、これはB神水ではないか?」と化け物が悲鳴を上げた。

「やった。お兄ちゃんの勝ち、お兄ちゃんカッコいい」

「それ、俺もやりたい」

 今度は、タケシがウォーターマシンガンで狙いをつけた。

「化け物よ、お前はもう死んでいる。これでも喰らえ」

 攻撃に倒れ掛けた化け物を後から狙う卑怯者タケシが、ウォーターマシンガンを連射した。化け物は顔だけでなく当たった部分も穴だらけになった。

「……何故、虫螻共がB神水を……あり得ん、炎の魔神と呼ばれたこのワシがこんな虫螻共に倒されるなど、あってたまるか」

「ツヨシ君、危ない」

 顔の中央と身体中に穴が空いた赤黒い化け物シムキナは、鋭い歯を剥き出しにして、再びツヨシに向かって突っ込んだ。宇宙人ミニモは慌てて叫んだが、ツヨシは少しも慌てる様子はない。

「大丈夫、こいつはもう死んでいる」

 そう呟いたツヨシが新兵器スーパーウォータービームガンの引き金に指を掛けた。同時に、直結した水道の蛇口から撒水用ホースを伝って勢い良く水が飛び出し、化け物の顔を撃ち抜いた。赤黒い化け物の顔半分が吹き飛んだ。

「大王様、申し訳御座いません……」

 赤黒い化け物シムキナが空中に飛ばされ、雷鳴とともに爆裂して砕け散った。思いも寄らず、ツヨシが宇宙を恐怖に陥れている化け物魔神の一人目を倒した。

「やった、お兄ちゃんスゴい」

「ツヨシ、スゲぇ。俺もやるぞ」

 余裕綽々の三人を他所に、宇宙人ミニモは落ち着きなく辺りを見回し、何かを探している。

「み、皆さん、ま、まだ油断してはいけません。どこかにいる筈だ、どこにいる?」

「ミニモ君大丈夫さ、もう僕達の勝利は見えたようなものだよ」

「ああぁっ、ツヨシ君。う、う、後に」

 ツヨシが満面の笑みを浮かべ勝利を確信する横で、ミニモは震えながら叫んだ。背後から光るビームがつよしの頬を掠めた。

「あっ、痛たったっ。何?」

 何事かと振り向いた瞬間、驚きの余りツヨシの身体が硬直した。そこには、真っ黒な雨雲に覆われた西の空を埋め尽くす程の、赤く瞬くUFO群が見えた。それは、まるで銀河の中で光り輝く無数の星々のようだ。

「星みたいに輝いてる」「いっぱいいる、キレイ」「すげぇ、オシッコ漏れそう」

「こ、これが奴等の恐ろしさです。倒しても、倒しても、次々とやって来るのです」

 宇宙人ミニモが怯えた声で言った。

「凄い数だ、数え切れない・」「キレイだけど恐い・」「ツヨシぃ恐いよ、あっ・」

 ツヨシは思わず見惚れ、メグミは立ち竦み、タケシは怖気にチビった。ミニモは、西の空の中で、他のUFO群よりも明らかに青く輝いている大きな物体を見つけて指差した。

「み、皆さん、あ、あ、あれです。あれが第二の魔神です」

 真っ暗な空の彼方からの不気味な青い暗黒魔人の声が響いた。

「オレはなぁ、モノボラン大王様に仕える暗黒魔人ヨムシワ様だぁ」

 青い化け物は青い大岩のようであり、真ん中に金色に光る目が光り、後部には尻尾が揺れている。

「シムキナに勝った程度でいい気になるなよ、虫螻共め。大王様は大変怒っておられるのだ。オレはシムキナのように優しくはないぞ。虫螻共をどうしてくれようか……」

 徐に近づいて来た巨大な岩石、青い化け物魔人ヨムシワは、ツヨシ達の上空で停止した。近くで見ると、その巨大さがわかる。青く光る暗黒魔人が精神波で告げた。

「決めたぞ、一瞬だ一瞬で消してやる」

 化け物全体が激しく振動し、青白い放電に包まれた。

「虫螻共、この雷光が何だかわかるか、これはプラズマだ。お前達がこの光に当たった瞬間に陽子ハドロンが電子レプトンに変化し、原子崩壊する。お前ら全員煙のように消え失せるのだ。どうだ、怖いだろう?」

 化け物の身体が激しく燃え、暴れる放電の火花が眩しく大きく踊った。

「ボ、ボクが何とかしなければ、でも足が竦んで動けない……バ、バリアー・オン」

 宇宙人ミニモは、やっとの思いで右手に持った棒状のスイッチを押した。

「虫螻共め、死ね」

 青白い放電の光塊がツヨシ達に向けて放たれた。光塊はツヨシ達に当たって爆裂し、周辺に大きなクレーター状の穴を空けた。

「わぁ」「きゃあ」「わぁ」

 その瞬間、ツヨシ達三人を不思議なドーム状の白い光が包んだ。三人は光の中で怪我一つしていない。

「ま、ま、間に合った」

 青い暗黒魔人ヨムシワは一瞬驚いたが、それが宇宙人ミニモのバリアだと気づくと悔しさを露にした。

「何、地球人如きが光子バリアだと。いや違うな、あれはプリン星のチビの仕業か、小癪な真似をしおって」

「み、皆さん、大丈夫ですかぁ?」

「うぎゃあ」「ふにゃあ」「ふぎゃあ」

「皆さんが無事で良かった。ちょっとだけ落ち着いたぞ。もう恐くなんかない」

 何が起こったのか良く理解出来ない三人は朦朧として叫ぶしかないが、叫んでいる場合ではない。ツヨシ達の敗北が、いや宇宙の危機が迫っている。

「そんなバリアなど吹き飛ばしてくれるわ。今度こそ邪魔はさせん、これで終わりだ。ん?」

 暗雲立ち込める天空に雷音が轟き、共鳴する小雨が降り出した途端、モノボラン星人達は悲鳴を上げた。青い暗黒魔人ヨムシワも驚きを隠せない。

「な、何だ、何だ。これは、神水ではないか、神水が落ちて来たぞ」

「ヨワシム様、これはこの星の雨というものに違いありません」

「くそ。何故神水が空から降って来るのだ。それにヤツ等が何故B神水の武器を持っているのかもわからん。この星は、一体どうなっているのだ。シムキナに勝ったのも満更マグレではないという事なのか……」

 青い暗黒魔人ヨムシワは、弱小の虫螻を相手に一捻りで終わると思われた地球での戦況に、悔しさを滲ませた。モノボラン星人唯一の弱点である水が天空から降り注ぎ、虫螻共と蔑む地球人が発出した水に塩素が含有する神水兵器に自軍の兵士達が溶かされていく。宇宙を暴れ廻る伝説の悪魔、恐怖の宇宙最強モノボラン軍と言えども、圧倒的に不利なそんな戦いを経験した事がない。

「ヨムシワ様、如何致しましょうか?」

「アレを出せ、アレを出して神水など凍らせろ。ヤツ等の武器も凍らせてしまえ」

 赤いUFO群の後方から、大きな氷塊のような生物が歌いながらヒョイと出て来た。何やら妙にチャラい。

「雪玉ロボット、コウリンよ、お前の出番だ」

「♪ボクハ雪玉ロボットコーリン、♪イェイ。氷ダ氷ダ、氷ダ氷ヲカクゾ、♪オウ」

「煩い、黙ってやれ」

「♪了解ダァ、♪イェイ」

 雪玉ロボットが現れると、いきなり激しく冷たい雪混じりの風が吹いた。

「あれっ、何だ、雪だ」

 ツヨシの頭上を雪が舞った。雪玉ロボットの出す冷たい風が、降り出した雨を一瞬の内に氷と雪に変えたのを確認した青い化け物は安堵し、空に輝くUFO群に向かって高らかに命じた。

「皆の者、これで何も心配はない。オレのプラズマビームとともに総攻撃だ。これで終わりだ。虫螻共よ、お前達は良くやった。もう消えろ」

「あぁ、やっぱり駄目だ。もう駄目なんだ……」

 遠くでまた雷が鳴った。青い化け物の狂ったような声が辺りに響き渡り、絶望的な思いがミニモに圧し掛かる。その時、どこからともなく空を突き抜ける甲高い声がした。

「ヤメロ・」「ソウダ・」「ヤメロ・」

 青い化け物魔人は突然の声に即座に反応したが、声の主の姿はない。

「気のせいか」

 青い化け物魔人は、気を取り直して最後通牒を突きつけた。

「命拾いしたな、虫螻共よ。だが、次はない。終わりだ、消してやる」

「ヤメロト言ッタダロ」「ソウダ言ッタゾ」「ヤメロト言ッタゾ」

 正体不明の声が再び頭に響いた。青い化け物は何かを準備するように一旦動作を止めた後、側面の穴を激しく輝かせた。次の一瞬、穴から一筋の青白い光が放たれ、直線状に伸びた青白い光は無造作に公園の時計台の文字盤に穴を空けた。硝子の砕け散る音が公園内に反響し、三人は驚き耳を塞いだ。

「あれは何?」

 ミニモが光の正体を説明し、更に絶望した。

「あれは、高出力レーザーです」

「レーザー、あのマンガに出て来るレーザー光線?」

「スゲェ」「カッコイイ」

「あぁ、やっぱり駄目だ……」

 三人がSF映画のワンシーンのような光景に驚きつつ嬉々とする中、ミニモが天を仰いでいる。その間にも、化け物は側面の穴を一つ、また一つと激しく輝かせ、穴から狂ったように青白いレーザーの光が撒き散らされた。三丁目公園のトイレの窓が吹き飛び、穴だらけになった壁が崩れ落ちた。

 化け物の攻撃は、予想を遥かに超えていた。その衝撃の大きさに、ツヨシはちょっと後悔していた。これは戦争ゴッコではなく、戦争なのだ。一時の感情に流されて、そもそも宇宙を暴れ廻る伝説の悪魔との戦い、宇宙戦争などに関わるべきではなかったのかも知れない。だが、今更降参して泣いて家に帰る訳にはいかない。地球の未来を担うツヨシ達地球防衛隊には勝利の二文字以外にはないのだ。とは言っても、覆い被さって来る恐怖は拭えないし、

 何よりも次の展開が全く読めない。

 小刻みに震えながら思案するツヨシに、遠くから近づいて来る足音がした。近づいて来た誰かは、ツヨシに不思議そうな声で問い掛けた。

「おい、お前等。まだ朝の6時前だぞ、何やってるがぁ?」

 降り始めた雨に、ビニール傘を差した大柄の少年が立っている。

「あっ、手前ぇはゴジラ」

 タケシが見覚えのある顔の少年に言った。

「お前ぇ等、こんな朝から何してるがぁ、馬鹿でねぇか?」

「手前ぇこそ、何でここにいるんだ?」

「決まってるがぁよ、田中ツヨシとケリ着けに来たんだがぁ」

「今はそれどころじゃねぇんだよ、とっとと消えろ」

「何だと、オレは泣く子も黙る井中小のゴジラだぁ」

 ゴジラが勇壮に叫んだが、ツヨシとタケシは場違いなゴジラの登場に呆然とした。

「虫螻の仲間か。馬鹿め、何匹集まろうが虫螻は虫螻だ。嚇かしてやれ」

「御意」

 ゴジラの背後で青い化け物魔人が見下すように叫ぶと、ヨワシムの頭上から降りて来た小さな化け物の目からビームが光った。小さな化け物のビームはゴジラのビニール傘に当たって跳ねて肘を掠めた。ビニール傘に大きな穴が開いた。

「うわっ、痛てぇ。な、何だぁ?」

 ゴジラは肘に火傷したような痛みを感じたが、状況が全く理解出来ない。ビームの方向に目をやったゴジラは、天空に光る青い化け物魔人と小さな化け物、無数に点滅する赤い光に驚き息を飲んだ。

「わぁ、田中。な、何だ、この化け物みてぇのは。気持ち悪ぃ……」

「虫螻の分際でワシを化け物だと?下等生物如きが小賢しい。喰い殺してやる」

 いきなり、化け物魔人がゴジラに襲い掛かった。

「ゴジラが喰われる」

 天空から青い化け物魔人を掠めて雷が落ちたが、化け物の勢いは止まらない。

「スゲぇ。目の前に雷が落ちたがぁ」

「ゴジラ、ごちゃごちゃ言ってねぇで、そいつをぶっ飛ばせ」

 ゴジラは、襲い掛かって来る化け物に怯むどころか、いきなりの出来事と肘の痛みに腹を立て、タケシの言葉に反応するように化け物を思い切り殴り、蹴り飛ばした。ゴジラの容赦のないケリで化け物が空に舞った。

「やったぁ」「スゲぇ、ゴジラのケリで化け物が吹っ飛んだ。やるな、ゴジラ」 

 ツヨシは、透かさずに徹夜で作った新秘密兵器、野球ボール大の三つの神水風船をゴジラに一つ、タケシに一つ投げ渡した。

「ゴジラ、タケシ君、その水風船を全部あの化け物の顔の真ん中にぶつけて」

「ん、意味がわからねぇがぁ。何だ、こりゃ?」

「煩ぇゴジラ、何も考えるな。ツヨシの言う通り、あの化け物に投げりゃいいんだ」

「お、おぅ」

 ツヨシ達の投げた秘密兵器が三度の嫌な音を響かせて、確実に青い化け物魔人の顔の真ん中にヒットした。三つの神水風船が当たる度に、水が飛び散り顔が溶け出した青い化け物、暗黒魔人ヨワシムが悲鳴を上げ、打ち上げ花火のように大空に弾けて散った。

「あっ、ああっ、す、す、凄い。あの宇宙最強の魔人達をこんなにも簡単に倒してしまうなんて。これが光の勇者の力なんですね」

 宇宙人ミニモは、伝説の光の勇者達の信じ難い力に改めて驚嘆した。

「やっぱりゴジラは凄い、ゴジラの呼び名はダテじゃない」

「やった、やった、やったぁ」

「ゴジラ、見直したぜ。流石は学校一の手のつけられない暴れ者、勉強は空っきし出来ねぇがケンカだけなら誰にも負けねぇ乱暴者だけの事はあるぜ」

「ふん、大した事ねぇがぁ」

 二人目の魔神をツヨシ達三人が倒した。

「皆さん、凄いです」

「ミニモ君、今度こそ僕達の勝利は見えたね」

 ツヨシが得意満面で言ったが、宇宙人ミニモの震えは止まらない。

「まだこの宇宙最強と言われるモノボラン大王がいます。ヤツがどこかにいる筈なのです。……考えるだけで恐いです。わっ、来たぁぁわわっ」

 遥か遠くで空が動く音がした。地響きが聞こえ、冷たい風がツヨシ達の頬を吹き抜ける。宇宙人の震えは更に激しくなり、ツヨシは何かわからない奇異な音が近づいて来るのを感じている。

「ミニモ君、あれは何の音?」

「わっ、わ、き、き、来てしまった」

「モノボラン大王ってヤツが来たの?」

「そうです。や、ヤツが来てしまったのです。シムキナやヨムシワなんかとは比較にならない程狂暴で恐ろしい怪物が……」

 急に吹き始めた風が震えている。裏山の向こう側から大きな何かが近づいて来るのが見えた。ツヨシ達には誰もそれが何なのか想像もつかない。

「あれは何?」「何だよ、あれは?」「何?」「今度は何だがぁ?」

 雨雲が立ち込める空に、黒く丸い巨大な物体が裏山を越えて空気を引き摺るように近づいて来る。何か得体の知れない不気味さが漂っている。良く見ると、黒い巨大な物体の至る処に赤く光る目がついていた。ミニモは、また頭を抱えて震え出した。

「あ、あ、あ、あ、あ、あれがモノボラン大王です。あ、わわわ……」

「おい田中、あれは何だぁ?山みたいにデカいのが空を飛んでるぞ」

「わからない、何だろう?赤い目がついてる」

 ツヨシ達は見てはいけないものを見た気がした。メグミは「お、兄ちゃん恐い」と言ってツヨシの背中に隠れた。ツヨシもちょっと震えている。タケシは声も出ない。

「おい田中、俺にはあれは何だや。何がどうなっているんだや?」

 ゴジラの問い掛けに、ツヨシは一瞬戸惑ったが、何とか伝えようと頭の中にある文章を羅列した。

「えぇと、この宇宙に悪い宇宙人がいて、神様が宇宙の平和の為にくれた光の石を持っているミニモ君を追い掛けて地球に攻めて来て、僕達はそいつ等と戦っていて、そこにゴジラが来たんだ」

「悪い宇宙人が地球に攻めて来た?わかった、アクウト星人が来たがぁ?」

「そうだぜ、ゴジラ。アクウト星人が地球に攻めて来たんだ」

 黒い大きな化け物は、裏山から徐々にツヨシ達の上空まで来ると動かなくなった。

 真下から見ると、一段とその極大さが感じられる。その化け物の横に丸い小さな赤紫色の生物がくっ付いていた。ツヨシ達がじっと見ていると、その丸い赤紫色の生物が空中を飛び、ツヨシ達を睨みながら、魔神達にくっついていた化け物と同じように居丈高に喋り始めた。

「虫螻共、控えろ。虫螻の分際で頭が高い。良く聞け、この御大神様こそは全宇宙の崇高なる支配者であらせられるモノボラン大王様である。恐怖せよ、泣き叫べ。頭が高い、恐怖の大王モノボラン大王様の御前であるぞ。控えろ、頭が高い」

 丸い赤紫色の化け物の喧しい能書きが終わり、漆黒の極大な恐怖の大王が静かに話し出した。

「ワシこそは、この宇宙の偉大な支配者モノボラン大王である。地球人達よ、お前達の勇気には感服した。このまま素直に赤い光の石を渡すが良い。それにより無益な戦いは終結し、我等はこの星から去って行くだろう。我等の宇宙の神聖なる戦いも終焉の時を迎えるのだ」

 これも勘に障る嫌な声だった。いや、これは頭の中に響いてくる声のようなものであって声ではない。それはつよしにもわかっていたが、それでも目の前の極大な化け物から響いて来るその音のような声は腹立たしい気持ちを掻き立てる。

「み、皆さん、だ、騙されてはいけませんよ。モノボラン大王がこのまま出て行く筈などありませんから」

「黙れ、小僧」

 モノボラン大王の表面に空いている無数の目から、怒りとともに押し出された赤い炎が落雷のように裏山の麓を直撃した。瞬時に裏山が燃え上がった。ミニモはツヨシの背中に隠れるメグミの後に隠れた。

 モノボラン大王が告げた。

「ではどうじゃ、地球の勇敢なる者達よ。特別にお前達をワシの奴隷として飼ってやろうではないか。嬉しいであろう」

「奴隷?」

「ツヨシ、段々腹が立って来た。くそっ何が虫螻だ、何が奴隷だ、化け物のくせしやがって」

 言葉もなく震えていたタケシの正義感がいつものように全てを超越した。空元気小僧のタケシが敢然とモノボラン大王に挑戦していく。

「おい化け物、何が虫螻だこの野郎。化け物のくせに生意気だぞ」

 巨大な恐怖の大王に向かって、ヘタレの空元気小僧タケシが怯む素振りもなく平然と叫んだ。それを見たミニモは震えながら驚いた。

「わ、わわ、み、み、皆さんは何故恐くないのですか?」

「ミニモくん、僕だって恐いけど大丈夫さ。皆で力を合わせればこんな化け物なんかに負ける訳ないんだよ」

「そうだぜ。化け物、俺が相手になってやるぞ。ちょっと恐いけど・」

「そうだぞ、こんなアクウト星人の化け物なんかオレがぶっ飛ばしてやるがぁ」

 ツヨシとタケシが確信をもって宇宙人ミニモを励ました。それなりに事情を呑み込んだゴジラも宇宙人ミニモを励ましている。

「ミニモくん一緒に戦おうって言ったよね。大丈夫だよ、皆で戦おう」

「そうだ、ボ、ボクもやるんだ」

 ミニモが気力を振り絞って立ち上がった。途端に恐怖の大王が雄叫びを上げた。

「虫螻如きに何が出来る」

「わわぁ、駄目です、駄目です、ムリ、ムリです。ボクなんかに出来る訳がない」

 宇宙最強の巨大な恐怖の大王の雄叫びに、再び宇宙人ミニモが震え上がった。だが、今度は井中小学校最強のゴジラが吠えた。

「ふざけるな、オレは、オレは井中小のゴジラだ。オレは井中小で最強だぞ、アクウト星人如きに地球は渡さねぇ。どこからでも掛かって来るがぁ」

「そうだ。どこからでも掛かって来い」

「そうだぜ」「そうだよ、やるぞ」

 ゴジラの能天気だが強気な一言で、ツヨシ達は再び自信を取り戻した。励ますゴジラの額に赤い#の印が浮かび上がった。小さな宇宙人が目を疑った。

「あ、あ、貴方のその額の#の印は特別な光の勇者、光を導く者ではありませんか」

「光を導く者?」

「そうです。光の勇者を導く勇者です」

「こいつが特別な勇者、導く者?」

 ゴジラの額に現れた赤い#印に呼応するように、今度はツヨシ、メグミ、タケシの額に勇者の赤いv印が光り出した。ミニモは驚き叫び、悟った。

「あ、あ、皆さんの額に光の勇者のv印が・そうか・そうだったのですね。ツヨシ君だけじゃなく、光の星である地球の子供達は全員が光の勇者だったのですね。それで、光の石がツヨシ君だけじゃなく皆さんに反応したんだ。今度こそ、ボクは本物の光の勇者に会えたんだ」

 ミニモは感涙に咽び泣き始めた。

「ミニモ君、泣いている場合じゃない。モノボラン大王を倒さなくちゃ」

「は、はい」 

 黒いモノボラン大王の体に付いた無数の目から激しく燃え上がる赤い炎の渦が次々と発現した。モノボラン星人の恐ろしさを知っている宇宙人ミニモはまた震え出した。

「虫螻共め、もう終わりじゃ、ぶち殺してくれるわ」

「わあぁわ、わ、わぁぁ駄目です。やっぱり光の勇者でもモノボラン大王に敵う筈がな、な、ないです」

 その時、またあの突き抜けるような声が頭に響いた。三度目だ。

「ヤメロ・アホ・」「ヤメロ・ボケ・」「ヤメロ・カス・」

「またか……誰じゃ、姿を見せろ」

 謎の声に宇宙最強の大王が狼狽し叫んだ瞬間、雷が大王の目の前に落ちた。宇宙を震撼させる程の赤い悪魔モノボラン大王が予想外の事の連続に思わず怯んだ。

 その時、ミニモは思い出した。ミニモのUFOには当たればどんな怪物でも倒せるプリン星最強のビーム砲、ポンポコビームが装備されていたのだ。ミニモがリモコンでビーム砲を操作した。

「い、い、今だ。当たれば凄いぞ、ポンポコビーム」

 ミニモは、震える手で二度とないだろうチャンスを掴もうと必死でビーム砲の引き金に指を掛けた。放たれたビームは一筋の光の矢となって勢い良く飛び、空中で銀色の金属の矢に変化すると黒光りするモノボラン大王の体に突き刺さった。

 モノボラン大王は絶叫し、巨体を小刻みに震わせた。

「や、や、や、やった、モノボラン大王を倒した。やった、やった」

「グググ・何じゃこんなもの。ワシは宇宙最強の王者モノボラン大王じゃぞ、こんなもので倒せるとでも思っているのか、莫迦め」

「そ、そんな・・」

 宇宙人ミニモは小躍りして喜びを表現したが、次の瞬間、驚愕して凍りついた。神の国プリン星最強を誇るポンポコビームで倒した筈のモノボラン大王は、身体に刺さった巨大な矢を弾き飛ばし、あっという間に復活した。

「虫螻共よ、ここまで良くこのワシに抵抗したものだ。誉めてやろう。お前達は良くやった。褒美にこのワシの最強の姿を見せてやる。恐怖の中で絶望するが良い」

 漆黒のモノボラン大王の全身が真っ赤に変わり、表面の赤く光る目が一層輝き出すと、真っ赤な身体の一部に亀裂が入っていく。そこからドス黒い塊のようなものが出現した。

「ワシの本当の姿を見た時がお前達とこの星の最後じゃ」

 奇妙な音を響かせ巨大な球体型のモノボラン大王の体型が変化し始めた。つよし達には何が起こったのかわからない。真っ赤に染まった化け物がドス黒いヒトのようなカタチに変わる様子は恐いというよりも気持ちが悪く滑稽だった。

「あっ、手みたいなのが出てきた」

「うげ、今度は頭と足みたいなのが出て来たぜ」

「これがワシの本当の姿じゃああ」

 モノボラン大王が全てを威嚇する雄叫びを上げた。赤く燃える上がる球形の悪魔の姿が一気に巨大なドス黒い人型に変化した。

「あぁ、こ、こうなったら、も、もう駄目です。最初からモノボラン大王と戦うべきではなかったのです」

 宇宙人ミニモの絶望的な声がすると、予想もしない事が起きた。突然、朱赤・蒼青・黄緑の三連の光の神石が、回転しながら空中に出現したのだ。

「あっ、光の石・」

「おぅ、ワシの神石じゃ、ワシの手に三連の神石が揃ったぞ」

 ミニモが命に代えて護って来た紅朱ノ天日と呼ばれる朱赤色の神石が、他の神石とともに目映い光を放ち、何かを叫び、細かく振動している。

「モウイイ・ヤメロ・」「モウイイ・クダラン・」「モウイイ・ツマラン・」

 三連の光の神石からあの三つの声が響き、回り出した。三連の神石は回転速度を増し激しく回り続け、発光しながら一つの白い光になり、そして虹色に輝く玉状の光になっていく。

「わぁ、キレイ」

「あ、あ、あれは、宇宙一美しいと言われる虹光の玉です。魔法陣が……」

 震える宇宙人の説明の途中で、虹色の玉の中に魔方陣が現れ、その中に白い何かが見える。

 メグミが「あ、誰かいる」と叫ぶと、また三つの声が響いた。

「光ノ戦士様ハ宇宙一強イ」「光ノ戦士様ハ宇宙一恐イ」「光ノ戦士様ハ宇宙一怖ロシイ」

 魔方陣の中から出て来た白い何かが次第にヒトの姿に変貌すると、三つの丸い光はその肩部分に留まった。

「あれこそ、伝説の『光の戦士様』です」とミニモが説明した。

 ツヨシ達は、相変わらず呆然と唯只管見ているしかなかったが、魔方陣から出てきた白いヒトの姿に気付いたモノボラン大王が狂喜した。

「あれこそ光の戦士に違いない。これで宇宙の秘宝はワシのものだ」

 興奮の余り、モノボラン大王は足と手を中途半端に出したまま絶叫した。

「光の戦士よ、聞け。三つの神石はこのワシが集めたのじゃ」

「……」「……」「……」

 三つの光の石は絶句し、そして憤慨した。

「嘘ヲツクナ」「ソウダゾ嘘ツキメ」「ソウダゾ嘘吐キメ」

 白いヒトの肩にくっ付いた三つの丸い光は、それぞれに指弾した。

「煩さい。ワシの願いを、このモノボラン大王の願いを叶えれば良いのだ」

 モノボラン大王はここぞとばかりに、光の戦士に向かって願いを叫んだ。

「光の戦士よ、三連の神石はこのワシが集めたのだ。約束通りに願いを叶えろ。光の戦士よ、ワシにこの宇宙の秘宝である「聖空の鍵」を与えよ」

 光の戦士はモノボラン大王の必死の叫びなど無視した。応答する素振りもない。

「光の戦士よ、約束通り・」

「煩い。宇宙の理を破壊した罪深き愚か者め、お前の願いなど聞けるか」

「何、話が違うではないか、約束を守れ」

 白いヒトは、モノボラン大王の願いを一蹴した。

「私は光の戦士、三連の神石を集めた者には光の神がどんな願いも叶えよう。だが、この宇宙の正しき理を破壊したお前の愚かな所業に、光の神は大変立腹されておられるのだ。お前の願いを叶える事など、ある筈もない。それよりも、お前は己が犯して来た大罪を償わねばならぬのだ」

「何だと、ワシは宇宙の支配者モノボラン大王だぞ」

「煩い、今より時を止める」

 光の戦士が手を翳すと、円形をした光の輪が現れた。

「宇宙・時空間・停止」

「ワシは宇宙一偉いモノボ・ラ・ン・大・」

 円形の光の輪が天空で弾けると、宇宙の時が静止した。

「ゾクイトサツサクビチミヲヤシウユ・勇者導・時空神聖宇宙・我・願・神来訪・」

 光の戦士の呪文の声が響き、一瞬で辺りは真っ暗になった。辺り一面に楕円形の光り輝く銀河らしきものが見えている。ここは宇宙なのか、それとも唯の真っ暗な空間なのか、どっちが上なのか下なのか。ツヨシ達はどこまでも落ちていくと思うと、次にはどこまでも昇っていくような不思議な感覚に陥った。何がどうなっているのか理解出来ない四人は叫び捲るしかない。

「わぁ、ここはどこなんだぁ?」「ここはどこだがぁ?」

「ジェットコースターみたいだ。きゃははは」

「ひゃぁ、オシッコ漏れるぅ」

 タケシがまたオシッコを漏らしそうになった。メグミはいつもの通りこの不思議な状況を楽しんでいる。宇宙人ミニモが持てる知識で今の状況を分析した。

「多分、ここが神聖宇宙に違いありません」

「そうか。ここが宇宙なのか、フワフワする」「きゃはは。浮いてるみたい」

「宇宙?ツヨシぃ、体膨れねぇぞ。それに息も出来るぜ」

 身体が宙を舞うような感じで浮き上がると、宇宙のようでありそうでないような真っ暗な空間の、ずっと々遥か遠くから、キラキラと光り輝く何かがやって来るのが見えた。

 メグミが最初に気づいた。それは眩しいくらいに美しく輝いている。

「あれは何だろう」「きゃっはっは。キレイ」

そのキラキラした何かは、近づくに連れて更に光り輝いてヒト型になった。光り輝くヒトは、ツヨシ達の前まで来るといきなり話し出した。

「私は光の神です」

 光の神と名乗る輝くヒトの肩に、赤いぷよぷよが乗っている。

「ワシは神の使い、ツカイやで。ミニモ君、オヒサやね」

「光の神様、ツカイ様、お久し振りです。その節は大変お世話になりました」

「光の勇者に会えて良かったね。実はあの時君に光の勇者の居場所を教えるの忘れとってな、直ぐに教えたろとは思ったんやけど、まぁ一つ貸しにしといてや。けど何ンもなしに光の勇者四人に会えるなんてな、君も相当強運やね」

「ツカイ様、光の星である地球の子供達全員が光の勇者なのでしょう?」

「違ゃう、違ゃう、そんな訳ないやん。地球上の子供の数が約18億人で、光の勇者が地球全体で約100人やから、光の勇者に出会う確率は1800万分の4やね」

「ひゃゃゃぁ」

 ミニモは、己の強運に驚くよりも光の勇者に出会えた事が単なる偶然であった事に驚き、背筋が凍りつくのを感じた。

 ツヨシとタケシは怪訝な顔で光の神を凝視している。

「あれが神様なの?」

「神様って本当にいるのか?」

「いるかいな、そんなもん」

 ツヨシは疑い深そうに眉を潜め、メグミもじっと光の神と名乗るヒトを見据えている。何故かタケシが関西弁になった。

 子供達の態度に光の神と名乗るヒトがあからさまに不機嫌な顔をした。

「皆さん、この方が光の神様ですよ、本物ですよ」

ミニモが気を取り直して必死で説明したが、ツヨシ達が眉にツバを付けている。

「私は光の神です。神は嘘を吐きません。ムカつくので直ぐに儀式を始めます」

 光の神と名乗るヒトが感情的にそう言った途端、部屋の明かりを点けたように急に辺り一面が明るくなった。周辺を見渡すと、五人は宇宙空間に浮かんだ城跡らしき場所にいた。

 神と名乗るヒトが言った。

「静かにしなさい」

「わぁ」「きゃぁ」「わぁ」「おぉぉぉ」

 四人は光の神の言う事など聞いていない。聞いていないというよりもどうして良いのかわからず騒ぎ捲るしかない状況だった。ゴジラまで叫んでいる。

今度は光の戦士が子供達に状況を伝えるように言った。

「今から光の神の発表がある。静かにしなさい」

 余りの騒ぎに光の戦士が制止したが、それでもツヨシ達の興奮が止まる事はない。

 その時、声がした。

「静かにせんかい、ボケ」

 正に、シーン・という擬態語が聞こえて来るかと思える程に、一瞬で辺りは静まり返った。何か聞いてはいけないものを聞いたような気がした。四人が黙ったまま目を瞬かせた。

「あれは絶対神様じゃないぜ。ウチのオカンの変装かも知れん」

「きっとそうだよ」

 子供達のザワつきを無視して、光の神は続けた。

「では発表します。今回は、あなた達四人が『神の願いが叶う者』です」

 光の神の一言に、再び静まり返った。

 四人は、何の事やら全く理解出来ていないが、それでも神は淡々と続けた。

「誰か望みを言いなさい。一人だけ一つの願いを叶えてあげましょう」

 水を打ったような静けさの中で、四人は硬直したまま呆然として立ち竦んでいる。

 光の神は更に続けた。

「望みを言いなさい。一つだけ叶えてあげるのですよ」

 ツヨシが首を振り「ありません」と答えた。それは勝手がわからない事もあったが、素直な気持ちでもあった。神はちょっと驚き、そんな筈はないだろうとツヨシを促した。

「望みはあるでしょう。この宇宙に存在する全ての財宝が欲しいですか、それとも全ての武器を凌駕する力を欲しますか、それともこの宇宙を支配する力を望みますか、何でも一つだけ欲しい願いを叶えてあげるのですよ」

 子供達の反応がない。確かに「この宇宙に存在する全ての財宝」やら「全ての武器を凌駕する力」「宇宙を支配する力」を欲するかと聞かれて、「欲しい」と答える小学生もどうかと思うが。

 光の神が途方に暮れた。

「未来を見通せる神さんの千視眼でも、この子供達の願いは見えないんでっか?」

「子供達の心は、湧き上がる水の流れの如くです。湧き上がる水の流れとは時の流れであり宇宙そのものです。この子供達の未来は見えても、次々に湧き上がる時の流れを捉える事は出来ません」

「そうなんでっか、ほなしゃぁないな」

ツカイが光の神の代わり、四人に向かって叫んだ。

「ガキ共、もう一回聞くでぇ。誰でもエエから一つだけ願いを言いなや、光の神さんが叶えてくださるでぇ」

 神の使いツカイが促した。ツカイの問い掛けに四人の反応がない。光の神が苛立っているのがツヨシ達にも伝わって来る。タケシがツヨシに小声で言った。

「ツヨシぃ、神様のオバハン怒ってるぜ、何か言わないとヤバイんじゃねぇかな」

「どうしよう」

 光の神の苛立ちがMAXに近い。

「では、仕方がありません。今回は特別に一人に一つの願いを叶えてあげましょう。さぁ、何でも良いので早く願いを言いなさい。早く、早く」

 再三の促す言葉に、ツヨシが言った。

「ありません。僕にはこの宇宙に存在する財宝なんか必要ないし、全ての武器を凌駕する力やこの宇宙を支配する力の意味がわかりません」

 ツヨシは、首を振りながらそう言った。至極当然だ、小学生がそんなものを与えられても使い道がない。タケシもメグミも流石のゴジラだって同じだ。

ツヨシは光の神の「何でもいい」で思いついた。

「あっ、そうだ。何でもいいなら、僕はお小遣いを値上げしてくれるように神様からママに頼んで欲しいです」

 今度は、光の神が目を白黒させてあぜん啞然とした。

「神が、お小遣いの値上げの御願いを、ママに、するのですか?うぅん、それは自分で言いましょう」

 それならと、今度はメグミが言った。

「ワタシは、友達のマキちゃんとケンカしちゃったから、仲直りしたいです」

タケシとゴジラが続いた。

「俺は店の手伝いが嫌いじゃないんだけど、もう少し遊びたいから、神様からばあちゃんに頼んでください」

「オレは、甘いものなら何でもいいがぁ」

 光の神は、「はぁっ」と深い溜息を吐いた。

「神への願いが、お小遣い、マキちゃん、遊びたい、甘いもの?」

 光の神は、頭を抱えてしまった。神の遣いツカイが硬直している。

「おいツヨシぃ、俺達ヤバい事を言ったんじゃねぇかな?」

「そうかなぁ、神様が何でもいいって言ったから・」

 四人はふざけている訳ではないし、おちょくっている意識も更々ない。思った事を単純に言葉にしただけなのだが、それでも両者が嚙み合う事は永遠にないのかも知れない。ツヨシ、タケシにも、メグミにも、ゴジラにもどうして良いのかわからない。

「うぅぅん・」

 光の神は、首を傾げ、腕を組んだまま固まってしまった。

「おい、ツヨシぃ。神様悩んじゃったぞ、どうする」

「本当だ、どうしよう」

 光の神とツヨシ達の間に、気不味い空気が流れている。

「ガキ共、神さんは忙しいんやから、早ぅ願い事を言わんかい」

 光の戦士が腕を組んで唸り続けている。硬直していた神の使いツカイも、どうして良いのかわからないので怒っている。

「こうなったら、仕方がありません。それでは特別の特別で、今回は幾つでも何でも願いを叶えてあげ・」

「神様、一つだけお願いがあります」

 光の神が半ばヤケクソになって言い掛けると、メグミが一歩前に出た。

 ツヨシは「えっ、メグのお願いって何だ?」と突然の事に驚いている。

「では望みを言いなさい。早く言いなさい。直ぐに叶えてあげましょう」

 光の神はほっと胸を撫で下ろし、「早く言え」と苛立ち紛れにメグミに催促した。メグミは、何かを伝えようと必死で言葉を探しながら願いを説明した。

「えっとね、神様。モノボラン大王をやっける力をちょっとだけ貸して下さい。沢山はいりません。モノボラン大王は色々な星で悪い事をして、今は地球でワタシ達が戦っていて、今やっつけないと、また同じように悪い事をすると思います。だからモノボラン大王をやっつける力をちょっとだけ貸して下さい」

 それは拙い言葉だったが、メグミの正直な気持ちだった。光の神は一瞬だけ躊躇し、そしてその小さな勇者を試すように告げた。

「わかりました、容易い事です。アナタに宇宙の悪魔モノボラン大王を凌駕する力を与えましょう。アナタはその力によって、モノボラン大王を倒しこの宇宙を支配する王となる事が出来るでしょう。でも、その代償として、願いが叶ったアナタの『魂は召還』されます。良いですね?」

「ショウカン?」

「ショウカンって何んだ?」「わがんねな?」

 ツヨシが神の『魂の召還』の言葉に慌てた。

「メグ、駄目だ。魂が召還されたら死んじゃうんだぞ。メグ、駄目だ」

「え、ええ?メグさん、駄目、駄目、絶対に駄目っすよ」「?」

 ツヨシとタケシは仰天したが、何をどうする事も出来ずに、唯々狼狽するしかない。メグミには、神の『魂の召還』の意味はわからなかったが、ツヨシとタケシの突然の慌て振りと、ツヨシの「死んじゃうんだぞ」の一言に一瞬たじろぎ息を呑んだ後、光の神の目をじっと見つめながら、真っ直ぐな気持ちをぶつけた。

「神様、『タマシイをショウカンする』の意味がわからないけど、直ぐにモノボラン大王をやっつけないと、また悪い事をして誰かが悲しい思いをすると思います。だから、ワタシ達が、どうしてもモノボラン大王をやっつけなくちゃならないんです。だから神様、力を貸して下さい。その為なら、ショウカンされてもいいです。でも、死んじゃうのはもっとお婆ちゃんになってからにしてください」

 メグミのお願いが終わると、神の目に光るものが見えた。

「おいツヨシ、神様が泣いてるぞ。ショウカンは大丈夫なのかな」「多分」

光の神は、その小さな勇者の真っ直ぐで正直な気持ちに応えるように、優しい顔になった。

「わかりました。小さな光の勇者よ、いえ光の子よ。天の仕組みを変える事は出来ません。でも今回は特別の特別で、アナタに力を与えるのではなく、ほんの少しだけ貸してあげましょう。光の子よ、その虹光の玉を魂で感じなさい、あなたが虹光の玉に生命を感じる事が出来れば、きっと光の戦士があなたを導いてくれるでしょう」

「神様ありがとう」

 メグミの目に涙が溢れそうになった。メグミは嬉しかった、良くわからないながらに自分の思っている気持ちが伝わった事が、何よりも嬉しかった。光の神が幼い我が子を見るような優しい目をした。

「光の子よ、そして光の勇者達と光の石を持つ者よ、あなた達の正義の心は試されました。その真っ直ぐな気持ちを、いつまでも決して忘れないようにしなさい。成し遂げる勇気さえあれば不可能などありません。その心が地球を、そしてこの宇宙を救うのです。全てはこの神聖なる宇宙の為に」

 次に、光の神が宇宙人ミニモに告げた。

「そして、光の石を持つ者よ、永い試練に耐えたあなたの勇気によってこの宇宙は救われるでしょう」

「神様、本当に有り難う御座います」

「これから、アナタは光の神の使徒、護る者となり人々を幸せに導いていかなければなりません。悪魔はその身を分け、常にこの宇宙を狙っています。でも、アナタはどんな時も勇気を持って立ち向かわなければなりません。勇気こそ神の力なのです」

 光の神がその言葉を投げると、ミニモの額にオレンジ色の護る者の印、Åが光り始めた。

 光の神は、飛び切りの顔で微笑んだ。

「ツヨシぃ、神様って笑うんだな」

「そうだね」

 再び光の神の周辺がキラキラと輝き出したかと思うと、その姿が宇宙に溶けるように消えた。神が消えると同時に、辺りはまた宇宙の深い暗闇に戻った。

 メグミは宇宙にふわっと浮かび、中空に漂いながら淡い光を放つ虹光の玉を両手で優しく包み込んだ。

「これが虹の玉、キレイだぁ。あっ、暖かい」

 心地良いその感触に目を閉じると、虹光の玉の淡く力強い光がシャワーのように身体の中に溶け込んで来る感覚に包まれた。メグミの額の赤いv印、勇者の証が一際大きなV印になってオレンジ色に輝き出した。

「ツヨシ、メグさんの勇者の赤いv印がデカいV印になってオレンジ色に変わったぞ」

「多分、あれが本物の勇者の印なんじゃないかな」

「オレの#印よりカッコいいがぁ」

「あれは勇者の中の大勇者、光の神の力を継ぐ光の子の印です。大勇者は光の戦士と一体になれると言われています」

「メグはスペシャル勇者って事なのか」

「スゲェな」

「やっぱり、オレの#印よりカッコいいがぁ」

 輝く大きなオレンジ色のV印を目視した光の戦士は、メグを誘なった。

「小さな大勇者よ。お前は光の神に認められた。そして今、お前は虹光の玉と一体化し神の力を発する事が出来る。これより願いを叶える為に私と同化する、良いか」

「はい」

 2メートルはあろうかと思われる大きな光の戦士が、小さな大勇者メグの後に立った。背を屈めて窮屈そうに動いている。

「ツヨシ、光の戦士がメグさんの後で踊ってるぞ。ラップかな?」

「いや東京音踊に近いね」

「おい、あれはゴレンジマンか?」

「そうだゴジラ、良くわかったな。ゴレンジマンの中の最強戦士のデカマンが俺達を助けに来てくれて、メグさんが新しいゴレンジマンになったんだぜ、スゲェだろ」

「そうかぁ、やっぱりそうかぁ。ゴレンジマンが来たんだがぁ」

 目の前で繰り広げられる現実にパニクに陥っているゴジラを、タケシが適当にあしらっている。

「おいツヨシ。メグさん、本当に大丈夫かな」

「多分、光の戦士だから、喰われる事はないと思う」

 タケシは心配そうに何度もツヨシに声を掛けた。妹の後に何か大きな2メートルを超えるヒトに似た白い生物がいる。普段なら慌てふためいて、ぶちギレてしまいそうなこの状況の中で、ツヨシは妙に落ち着いていた。根拠はないが、白いヒト、光の戦士が妹を守ってくれるような気がした。

「小さな大勇者よ、気持ちを込めて願い事を言わなければならない。さあ言え」

 光の戦士が大勇者メグミを促した。大勇者メグミが叫ぶ。

「モノボラン大王達が銀河や星を壊したり悪い事をやめて、良い子になりますように」

 メグミは、出来るだけ正確に願いが伝わるようにと考えたが、頭の中が整理出来ず結局思いつくままに願い事を言った。

 光の戦士の指先がオレンジ色に輝き、キュ・キィューン・と奇妙な音を発し、光の戦士が持っている強大な神の力が右腕から指先の一点に集中しそうで、しそうで、しなかった。

 光の戦士が言った。

「小さな大勇者よ、願い事が長過ぎる。それに、願い事に矛盾がある。モノボラン星人は元々別宇宙から来た戦闘の為だけの宇宙生物だ。従って、侵略と破壊をやめる事は絶対にない。もう一度気持ちを込めろ、矛盾のない願い事を短く言え」

「う、ぅぅん、う、ぅぅん」と脳みそを絞って考えたが、メグミの頭の中は真っ白になった。何を言って良いのかわからなかったが、出て来た言葉は至極単純だった。

 光の戦士が叫ぶ。

「大勇者よ、願い事を言って右手の人差し指で思い切り天を突け」

「モノボラン大王、消えてなくなれ」

 ドウゥゥン・と地震のように時空間が激しく振動した。メグミは全身が光の戦士と一体化した感覚を思え、心臓がドクン・と大きな音を立てた。身体の底から湧き上がって来る熱い感情のままに、メグミは右手の人差し指を天に向かって突き上げた。

 同時に、天空を突く光の戦士の右腕から神の力が人差し指の一点に集中し、轟音とともにオレンジ色に輝く光の槍が飛び出した。その瞬間、止まっていた時が流れ出し、宇宙人ミニモとツヨシ達、そして光の戦士が地上に姿を現した。

 メグミと光の戦士から激烈に飛び出した光の槍は、真っ直ぐに飛んで、中空に浮かでいたドス黒い人型に変身し掛けたモノボラン大王に突き刺さった。だが、モノボラン大王は悲痛な叫びを上げつつも、必死に光の槍を跳ね返した。光の槍が霧散した。

「何だ、こんなもの。ワシは宇宙に君臨する最強の大王だぞ、こんなものでワシを倒せるとでも思っているのか、馬鹿め」

 メグミが光の戦士の不出来に嘆息した。

「ダメじゃん、光の戦士。宇宙一強いんでしょ、しっかりしなさいよ」

「スマん。久し振りなので失敗した。次は大丈夫だ」

 光の戦士は照れ臭そうに笑うと、厳つい宇宙最強の戦士の顔に変身した。

「モノボランよ、人を、星々を、銀河を、そして宇宙の理を破壊した罪は重いぞ。それに、良くもこの私に恥をかかせたな、決して唯では済まさんぞ」

 厳つい宇宙最強の光の戦士が不敵な笑みを浮かべた。三度目の光の儀式が始まった。息がぴったりと合っている。光の戦士が叫ぶ。

「小さな大勇者よ、いくぞ」「ラジャー」

「大勇者よ、気持ちを込めて願い事を言え」

「モノボラン大王、消えてなくなれ」

 再び神の力が大音響とともに一点に集中し、光の戦士の人差し指から無数の光の槍が激しい勢いで螺旋を描きながら飛び出した。飛び出た無数の槍は、容赦なくモノボラン大王を縦横無尽に串刺しにした。

「グググ、こんなもの・」

 モノボラン大王は光の槍を跳ね返そうと激しく踠いたが、光の槍は大王の体を串刺しにしたままビクともしない。

「h@g@g@g@。0d6q6dqsb\w@、bk4a(4k4y/et@t0.bsfue。ezt4a(4k)b4t@0toq

@ej64xjt@7Zwh.kq@。ckv6qkdnijZwe\・)

(ぐぎぎぎぎぎ。ワシを倒したところで、この宇宙の運命が変わることはない。いつか宇宙の向こう側から大魔王様がやって来るのだ。その日を楽しみに待っていろ・)

モノボラン大王が悔し紛れに叫ぶ中、無数の光の槍は轟音とともに爆裂し、大王の身体が粉々に砕け散った。

「やった」「わぁい」「やったがぁ」

「ボク達の勝ちなのですね、やった……」

 嬉しそうに、ミニモとメグミとたけしとゴジラが踊っている。ツヨシも身体の底から込み上げて来る嬉しさにガッツポーズをしたが、大王の最後の言葉が気になった。

「本当にあの赤い悪魔、モノボラン大王に勝ったのですね……」

 宇宙人ミニモも、勝利が信じられないと言う顔で嬉しさを噛み締めながら、大王の最後の言葉が気になっていた。

 ツヨシとミニモが顔を見合わせた。

「ミニモ君、さっきのモノボラン大王の言葉はどういう意味なんだろう、また直ぐに赤い悪魔がやって来るって事なのかな?」

「そうですね、もしかしたら奴等がまたやって来るのかも知れません。でも、でも・その時はまた皆で戦いましょう。勇気の力こそ神の力なのですですから」

 ツヨシは、ミニモに同意した。

「うん、そうだね。その時は、きっとメグがまた無敵の戦士になるよ」

「きゃははは。やった、やった」

 予定無敵の戦士メグミが走り回っている。光の戦士は目を細めて、嬉しそうな顔で告げた。

「勇気ある者達よ、君達の勇気がこの宇宙を救った。三連の神石はそれぞれの神託の星に戻り、平和を創造するシステムが復活するだろう。勇気ある者達よ、いつかまた会おう」

「光の戦士ありがとう」

「さらばだ」

 光の戦士が消えると、夏の日に突如として勃発した宇宙戦争を掻き消すように、激しい雨が降り始めた。一寸先も見えない雨が四人を現実に引き戻した。

「わぁっ嵐だ」「雨すっごい」「スゲエ雨だがぁ」

「忘れてた、オシッコ漏れる・」

 メグミは突然降り始めた雨の中を楽しそうにはしゃいでいる。真っ黒な雨雲の中をモノボラン星人のUFO群が雲の向こうに飛び去って行くのが見えた。

 ツヨシは慌てて言った。

「あっ、ミニモくん大変だ。他の小っちゃいUFO達が逃げて行くよ」

「大丈夫です。奴等モノボラン星人UFO軍は、大王がいなければ生きられません。それに、この雷と風と雨で殆ど溶けてしまうでしょう」

 ミニモは、落ち着いた顔で、逃げて行くモノボラン星人を見ている。

空の上では、まだ雪玉ロボットの雪を掻く音が聞こえていた。暫くすると、雪玉ロボットのせいなのか雨は霙へと変わり、逃げたモノボラン星人のUFOが赤くドロドロに溶けて、街を赤い雪が包んでいった。

「ミニモ君、本当に僕達が勝ったんだよね?」

「はい。今でも信じられない事ですが、あの宇宙最強の赤い悪魔モノボラン星人に勝利したのです。凄いです、凄いです。皆さんは宇宙の英雄です」

「へぇ、すごいんだ」「スゴい」「……」「オシッコ漏れる・あっ・」

 ツヨシ達の興奮は中々収まりそうになかったが、降り頻る雪の中でゴジラが独り立ち竦んでいた。ゴジラは、ツヨシに何か言いたそうに唇を噛み締めている。スッキリしたタケシが思い出した。

「そう言えばゴジラ、お前ツヨシにケンカ売りに来たんじゃなかったか?」

「ん?あぁ、そんな事はもうどうでもいいがぁ。お前ぇ達、今日は有り難うな・」

 ゴジラから予想だにしない言葉が口をついた。タケシもツヨシも耳を疑った。あのゴジラが、他人に感謝するなどという事があるのかと。

「あぁ?「有り難う」だぁ、何だそりゃ?お前、熱射病か、救急車呼ぶか?」

 タケシが茶化したが、ゴジラが何か思い詰めたように独り言を呟いた。

「今日は何だか良くわかんなかったけど、楽しかった。オレの家はよぅ、オレの家はお前等と違って物凄く不幸なんだがぁ。父ちゃんは呑んだくれで暴れてばっかで、母ちゃんは家を出たっきり帰って来ねぇ。兄貴はヤンキーで、昨日も街でケンカして警察から呼び出されて、オレが引き取りに行ったんだ。オレもゴジラって言われて皆に恐がられてるけど、本当は楽しくねぇ。本当は、オレだって・」

タケシがゴジラの言葉に突然怒り出した。いつもの空元気小僧の顔ではない。

「ふざけんなよ、馬鹿野郎。ゴジラのくせに甘ったれた事言ってんじゃねぇ」

「甘ったれてなんかいねぇ。お前等にはわからねぇんだよ・」

「ふざけんなよ、ゴジラ。何が「オレは不幸なんだがぁ」だ。俺にはな、俺には、呑んだくれの父ちゃんさえいねぇよ。母ちゃんにだって、会えるは一年に1回だけで、会えねぇ時だってある。でもな、だからって泣いたって何も変わらねぇんだよ」

 空元気小僧の眼に大粒の涙が零れ落ちそうだ。

「このツヨシだってな、ずっと、ずっと母ちゃんとメグさんと三人だったんだぞ。お前よ、弟を連れてヤクザに追い掛けられた事あるかよ。チンピラに家を囲まれて、石投げられた事あるかよ?そんな目に会ったって、ツヨシはお前みてぇに泣き言なんか言わねぇよ。自分だけが不幸だなんて思ったらな、大間違いなんだよ、馬鹿野郎」

 タケシの目から大粒の涙が零れた。

「タケシ君、もういいよ。僕達だけじゃない、皆きっとそれぞれに何か悩みを持っているんだよ。でも、泣いているだけじゃ駄目なんだ。光の神様が「勇気さえあれば不可能などありません」って言ってたじゃん。やろうと思えば出来ない事なんかないんだよ、僕達五人で宇宙の悪魔を倒したみたいに、やろうと思えばどんな事だって出来るんだよ」

「そうです。成し遂げる勇気こそ、何にも負けない神の力なのです」

「そうだよ。ミニモ君、僕は大人になったら宇宙飛行士になる。そして、今度は僕がミニモ君のプリン星に遊びに行くんだ」

「メグも行く」

「是非来てください」

「タケシ君も、ゴジラも、皆で行こうよ」

「ツヨシ、ごめんな。多分、俺は行けない。俺さ、TVに出るようになって母ちゃんと暮らすんだ」

「あっ、そうだよね。ゴジラ、じゃなかった村上君は何になりたいの?」

「オレは、無理かも知んねぇけど、東大に行って、人の為になる政治家になるんだ」

「馬鹿じゃねえか。人にケンカばっか売ってるヤツが『人の為に』だぁ、何が政治家だぁ。大体な、お前ぇなんかが東大に行ける訳ねぇだろよ」

「煩ぇがぁ。『やる気になれば出来ねぇ事なんがねぇ』んだろがぁ」

「ぎゃははは。お前は別だ、お前が東大に行ったら臍で茶が沸いちまうぜぇ」

「煩ぇ。やんがか、手前ぇ」

「上等だ、この野郎」

 真夏に降った赤い雪は何もかも洗い流すように、街を埋め尽くす程に降り続いた。その日から延々と三日三晩降り続いた後、何もなかったように溶けて消えていったが、TVや新聞は夏の珍事として暫くの間騒ぎ続けていた。

 東京からTV局の車が連なって街にやって来た。ツヨシ達はインタビューに答えてTVに映った。

「夏に赤い雪が降りました。原因は不明。UFOを見たという目撃も多数あるものの真偽の程はわかっていません。赤い雪が降った井中市からの中継です。子供達に聞いてみたいと思います。お名前は?」

「田中ツヨシです」「高橋タケシです」「田中メグミでーす」「ゴジラこと村上達也だがぁ」

「赤い雪を見ましたか?」

「田中メグミ10才です。将来宇宙飛行士になって宇宙に行きたいです。マキちゃん、ごめんなさい」

「あの、赤い雪を見ましたか?」

「田中ツヨシです。ママお小遣い上げてください」

「高橋タケシです。ばぁちゃん、母ちゃん見てる?」「村上ゴジラだがぜ」

「止めろ、止めろ、コマーシャル入れろ、ここで一旦コマーシャル。コマーシャル」

 生放送のTVニュース番組がぐちゃぐちゃになった。その後ツヨシ達は学校やら近所でTVぶち壊し四人組としてちょっと有名になったが、その中に村上ゴジラがいた事に学校中が仰天した。

「ツヨシ君、メグミちゃん、タケシ君、ゴジラ君、有難う御座いました。皆さんのおかげでプリン星に戻る事が出来ます。今度また遊びに来ます。ではお元気で」

 宇宙人ミニモは、ツヨシ達が見守る中、プリン星へ帰って行った。ミニモの黄色いUFOが真っ青な空の彼方に見えなくなるのを、四人はいつまでも見送っていた。

 こうして、ツヨシの六年生の夏休みが終わった。

 あの日から20年が過ぎ、ツヨシはJAXAの職員となり、結婚して二人の子供の父親になった。今は休日に子供達と遊ぶのが至福の時だ。庭で二人の子供が叫んでいる。

 メグミは、かなりの倍率を諸共せずに東京キー局の女子アナウンサーになったが、いつか必ず宇宙飛行士になると言っている。

 タケシは、大手芸能事務所のオーディションに見事に合格し、若手俳優として時々TVドラマに出て活躍しているが、今でも母子関係は秘密らしい。

 部屋のTVに、メグミとタケシとタケシの母が同じ番組に出ている、ツヨシには何となく不思議な感じがする。

「では、CMの後はお天気です」

 CMの間に、外を走る大音量の選挙カーから声がした。

「井中市のゴジラこと村上、村上達也です、村上達也を宜しくお願いします。前回に引き続き、皆様の幸せに向かって邁進する村上達也に清き一票を何卒宜しくお願い致します。明日の投票日には、ゴジラこと村上達也を・」

 ゴジラは、あの日以来吹っ切れたように人が変わり、苦労はしたが東大を出て市議会議員になった。

 ツヨシには、あの日の宇宙戦争がそれぞれに何かを変えた一日だったような気がした。あの夏の日の記憶は、ツヨシ達の中で遠く懐かしい記憶となり、そしていつか消えていくのだろう。そうやって、全てが記憶から消えていく事が自然であり、きっとそれが大人になるという事なのだと、ツヨシはそんな風に思っている。

「メグ、あの夏の日の宇宙戦争の事覚えてる?」

「何、それ。私はアナウンサーの仕事と宇宙飛行士試験の勉強で忙しいんだから、邪魔しないでよ。それよりお兄ちゃん、奥さんと子供がいるんだからさ、もっとしっかりしなさいよ」

「あっ、うん」

 ツヨシ自身もあの日の宇宙戦争が本当にあったのか、それとも幼い日の妄想だったのか今はもう良く覚えていない。

「お父さん大変だ、庭にUFOが落ちてた」「まゆが見つけたんだよ」

「UFO?」

 庭で遊んでいた二人の子供が、叫びながら家の中に駆け込んで来た。

 ツヨシは目を凝らしてUFOを探したが、それらしいものは何も見えない。妹のまゆが、兄の太一の頭上を指差しながら言った。

「お父さん、ほら。お兄ちゃんの頭の上に飛んでるでしょ?」

 まゆは興味津々でそれを追い、椅子の上に乗ってリコーダーの先で天井の隅を突いている。

「まゆ、何をしてるんだい?」

「UFOを突っついているだけだよ」

 ツヨシが訊くと、まゆの不思議そうな声が返って来た。ツヨシも不思議そうな顔で天井辺りを探したが、どこにも何も見えない。

「お父さんには見えないなぁ」

「えぇ?ここにいるじゃん。ここだよ、ここ。何んで見えないの?」

 まゆが不満そうにUFOを指差している。

 その時、遠い記憶の彼方から声がした。

『おめぇ、何言っでんだぁ?大人にこれが見えるわげねえべよぉ』

『おめぇ、これはUFOだでぇ。大人に見えねであだりまえだぁ』

『兄ちゃん、学習しねえやつだなぁ』

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時空超常奇譚2其ノ壱. サマータイム・スノー/僕らの宇宙戦争 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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