第15話 過去の依頼

 ファルガンは再度酒瓶に口をつけると、顔をしかめた後に投げ捨てた。


「ちっ⋯⋯もう無くなったか」


 そのままフラフラと彼女へと歩み寄る。

 ファルガンの接近に、彼女は剣を構えて応じる姿勢を見せた。

 その姿に、ファルガンの眉がぴくりと跳ねる。


「その構え⋯⋯カムイの娘か。大きくなったな、確かカエデといったか」


「お久しぶりですね、ファルガンおじさま」


 構えながらも、彼女は額に汗を滲ませていた。

 彼女にもわかったのだろう。

 自分では、ファルガンには到底及ばない事を。


「あなたの噂を聞いて、この依頼を受けたんですが⋯⋯随分と落ちぶれたご様子ですね」


「それでもお前では及ばんよ」


「そうでしょうか? 英雄が凡人に討たれるなんてよくある話では? そっちの盗賊さん、どうやらおじさまを雇ったはいいものの、持て余してるご様子ですよ?」


 カエデは言いながら、盗賊のボスを指差した。

 ファルガンが振り向いて確認すると、男は


「えっ?」


 と驚いた表情を浮かべた。

 そう、これは彼女のブラフ。

 隙を見せたファルガンを討つべく、彼女は切りかかった。


 二の太刀を考えない、捨て身の一撃。


 ──戦神流皆伝技『一心』。


「くだらんな」


 彼女から繰り出された渾身の一撃を、ファルガンは手の甲で剣の側面を捉え、素手で払った。


 それを見て俺は飛び出した。


 そう、彼女は誘い込まれたのだ。

 この攻防は、ファルガンの方が一枚上手だった。


「あっ⋯⋯」


 大きく体制を崩し、彼女は転ぶ。


 そこにファルガンの剣が振り落とされる。

 


 ガキィィイン。



 俺は寸手のところで、ファルガンの攻撃を剣で受け止めた。


 そう、ここまでが恐らく──ファルガンの思惑。


「やっと出てきたか」


「⋯⋯流石に気付いてたか」


「竜の側で居眠りする兎はいないだろ?」


「あんたが兎? 謙遜が過ぎないか?」


「臆病さが取り柄でな。久しいなファントム⋯⋯いや、アッシュ=バランタイン」


 ちっ、コイツ⋯⋯。

 俺は今助けた女冒険者に指示をした。


「カエデ! 盗賊達を全員殺せ! 逃がすな、すぐだ!」


「⋯⋯兄さん?」


「惚けてる場合か! いいからやれ!」



 女冒険者の名はカエデ。

 十座楓カエデ=ジュウザは、俺の師である十座神威カムイ=ジュウザの娘だ。


 弟⋯⋯いや、妹弟子にあたる人物。


 カエデに指示を飛ばしたのち、俺はファルガンを睨み付ける。


「雇い主に忠誠心が無さ過ぎじゃないか?」


「酒も切れた。頃合いさ」


 ファルガンはそれだけ言って肩を竦めた。


「テメェ、いきなり現れてなんだぁ!?」


 状況を把握していない盗賊のボスが叫ぶ。

 俺はファルガンへの警戒を維持しながら、説明した。


「正体を知った悪党は──基本殺す。俺は今までそうしてきた。コイツはワザと俺の本名を言って、お前たちを殺さざるを得ない状況を作った。コイツはお前たちを見捨てるぞ」


「邪魔だからな、お前とやるのに」


 悪びれずに言うファルガンへと、盗賊が抗議する。


「そ、そんな! 旦那ひでぇや! 勘弁してくださいよ!」


 ファルガンは再度肩を竦めながら言った。


「すまないな、お前たちを守りながら戦える相手じゃないんだ、コイツは」


「良いのかしら? 盗賊達を殺したら──ニ対一ですよ? おじさま」


 カエデが立ち上がりながら言う。


「カエデ、恥知らずな事を言うのはよせ」



 俺が注意すると、彼女は非難がましい目を向けて言った。


「なぜですか! 私のどこが──」


「ファルガンはお前を殺せていた」


「⋯⋯は?」


「カムイの娘を、殺すわけにもいかんだろう」


 ファルガンが俺の推測を肯定する。


「お前は手加減されたんだ、二度も!」


 まだ状況がわかっていないカエデに説明する。


「ファルガンはわざわざ剣を弾かずとも、初手でお前を斬れた。次の攻撃も、ワザと俺が間に合うタイミングで打ち込んだ。言い換えれば、お前は二度ファルガンに命を救われた。なのに、ニ対一? 黙ってさっさと盗賊達を殺して、俺の戦い方から学べ! 未熟者!」


「⋯⋯わかり、ました」


 俺の叱責に、カエデは唇を噛みながら、不承不承頷く。


 カエデは叱られた八つ当たりをするかのごとく、盗賊たちを、容赦なく斬り捨てていく。



「ひっ! やめ⋯⋯」


「この、ぐあっ!」


「詐欺師が! 何が二百年⋯⋯うっ!」


 ──カエデによって斬られる盗賊達の断末魔が響く中、俺はファルガンを睨み続けた。

 



 過去は捨てたつもりだったが、まさか二人とこんな所で出会うとは。

 奇縁という奴だろう。


 この格好のせいなのか?



 冒険者時代に、ファルガンから受けた依頼。

 

『二百年無敗の伝説を終わらせてくれ』



 終わらせたつもりだったが──どうやら契約不履行らしい。

 


 

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