第8話 イエス取りは営業の基本

「死ねぇええええっ!」


 俺が現着した瞬間、物騒な叫びを伴った盗賊による一撃が冒険者パーティー、その先頭にいた人物へと繰り出された所だった。


 このままだと斬られる──俺の潜在顧客が!


 ガキィィン!


 間一髪であいだに割り込んだ。

 盗賊の剣を俺が同じく剣で受け、防ぐ。


 攻撃が当たる事を確信していたのだろう、男の瞳は驚愕を表すように見開かれていた。


「なっ⋯⋯てめぇ、どこから現れ⋯⋯」


 相手の誰何すいかを最後まで許さず、俺は盗賊たちの位置関係を確認し⋯⋯。


(⋯⋯ここだっ!)


 盗賊へと蹴りを食らわせる。

 蹴られた相手は、奴らの仲間たち数人を巻き込みながら吹き飛んだ。


 うん、完璧な方向。

 計算通りだ。


 これにより、盗賊と冒険者パーティーの間には一定のスペースができた。


 今、斬ることは可能だった。

 だが──。


 貴重な実演販売の為にある、せっかくの、試し斬り用の素材からだ

 簡単に減らすのはもったいない。


「た、助かりました⋯⋯ありがとうございます」


 盗賊に斬られる直前だった冒険者が俺に礼を言ってきた。

 非常に礼儀正しい行為ではあるが⋯⋯困った。


 助ける→お礼を言われる。


 この一連のやり取り──ここに来るまでに考えていたマニュアルに無い!


 ちょっと強引かも知れないが、無理やりマニュアル通りに話すことにしよう。


 自分で考えた営業トーク、その初披露の舞台。

 普段、どうしても人と話す時にボソボソと話してしまうが、『アレ』を使えば⋯⋯!


「フシュルルルルル⋯⋯」


 俺が修めた流派に伝わる呼吸法で、息を深く吸い込む。

 冒険者時代を含め、実戦では使う事が無かった技──。


 吸気しながら、丹田で気を錬成する。

 今から行うのは、流派に伝わる発声法。


 戦神流闘法──『声圧せいあつ』。


 ちまたでも有名な技、戦闘咆哮ウォークライに近い。

 戦闘咆哮ウォークライは戦士に高揚感をもたらすという効果メリットがある。

 反面、敵からの注目ヘイトを集めるという難点デメリットもあるが、敵を引きつけるという意味では、後衛から見ればメリットとも言える。


 うちの流派ではそこに、『気』を乗せて、一部のドラゴンが使用する、麻痺咆哮バインドボイス効果も付ける。

 竜の麻痺咆哮バインドボイスは、強力な個体になると長時間効果が持続するが、声帯の事なる人間が使用しても、その効果は一瞬。


 だから基本的に単独行動ソロだった俺には、これまで使用する機会はなかった。


 なぜかというと、別に注目なんて集めたくなかったからね。

 麻痺バインド効果があるとはいえ、むしろ目立たず、サクッと斬る方が楽だし。


 その『声圧』を、俺が考えた営業トークで発する。


 名付けて──『営業咆哮セールスシャウト!』


「盗賊退治のぉおおおっ! 依頼を受けたらぁあああ! 思ったより相手が多かったぁああああ!」


 俺が叫ぶと、物理的な衝撃を伴った声が盗賊団、冒険者パーティー含め、全員の動きを止めつつ、注目を集めた。

 これなら、叫ばなくても聞こえるだろう。


 そして高揚感から恥ずかしさは消し飛び、人との会話が苦手な俺でも前向きに営業できる!


 いいぞ! 営業咆哮セールスシャウト

 思ったより効果は抜群だ!


 さっき助けた冒険者に、先ほどより声を抑えて聞く。


「⋯⋯そんなご経験、ありますよね?」


「えっ?」


 その返事は違う! 求めてないっ!

 念を押すように、再度聞く。


「依頼書に書かれた数より盗賊が多かった、そんな経験ありますよねッ!」


「は、はい、あるっていうか、今まさにそうです⋯⋯けど」


 お、良い返しだねぇ!

 良い流れだ!


 マニュアル通りに進むと、テンションが上がるな!


「ですよねっ!」


 相手に同調を促す、いわゆる『イエス取り』を行い、次のマニュアルへと進む。


「だけど、そんな時に限って、持ってる武器が⋯⋯」


 言いながら、チラッと冒険者たちを観察すると⋯⋯。


 あっ!

 ヤバい!


 このままだと、マニュアル通りに行かない!


 冒険者パーティーを観察しながら、俺は失態に気が付いた。


 冒険者パーティーは四人。

 そのうち、剣を持っているのは、前衛の二人。

 二人とも──見映え重視ではなく、それなりに質の良さそうな武器を持っていた。


 俺が考えていたのは


 冒険者から質の悪い武器を借りる→簡単に壊れる→でもほら、ベルンさんの武器なら大丈夫!


 という流れなのに!



 どうするッ! 俺ッ! 

 ⋯⋯まあ、計画通りに行かないなら、修正するしかない。


 俺は周囲を観察し⋯⋯望みの物を発見した。

 それは盗賊の手に握られている。

 冴えてるぞ、俺。

 ここは──アドリブで乗り切る!


「すみませーん、ちょっとコレ、持っててください」


「えっ、あっ、はい」


 ベルンさんの剣を冒険者に渡し、盗賊団の方へと無手で歩く。

 奴らは突然現れた俺に、『営業咆哮セールスシャウト』の効果も相まって、呆気に取られていた様子だったが、その内のひとりが我を取り戻したのか⋯⋯。


「てめぇ! いきなり現れてバカデカい声出して⋯⋯なんなんだよぉおっ!」


 と叫びながら突進してきた。


 ラッキーだ。

 なんとソイツは、さっき目星をつけた奴だった。

 正確には──ソイツが持っている、シャルネス製の剣!


 冒険者から奪った戦利品なのか、自分で買ったのかはしらないが、盗賊が見た目気にしてんじゃねーよ!

 とは思うが、ここでは助かる。


「この仮面野郎! 死ね!」


 上段から打ち下ろされる剣を、俺は半身になって躱すと、相手の手首を横から素早く掴む。


 そのまま相手の肘に掌底を叩き込むと、骨が折れる音を伴いながら、相手は


「ギャアアアアッ」


 と叫び声を上げ、剣を取り落とした。


 俺は宙にある剣をそのまま掴むと、相手がやってきた事をそのまま返すように、上段から剣を振り下ろす。


 ザクッ!


 盗賊の頭蓋骨から胸骨までは、勢いで刃が食い込むが、質の悪さから剣がそこで止まりそうになる。


 もちろん、この時点で盗賊は絶命しているが──。


(ここは──派手な絵が欲しい!)


 ポーション売りもそうだった。

 まず、出血で客の気を引いていた。


 だからここは──中途半端な一撃では終わらせない!


「オオオオオッ!」


 力を込め、相手の股下まで強引に振り下ろす。

 盗賊の身体が縦に割れ、左右に倒れる中、俺は剣を確認した。


 うん。

 良い感じだ。

 思った通り──派手な絵ができたぞ!


 俺はその剣を持ったまま、冒険者達の元に戻る。


「す、凄い、人間って、あんな風に斬れるのか⋯⋯?」


 冒険者の呟きが聞こえた。

 ヤバい。


 また、マニュアルから外れそうになってる!

 見てほしいのそこじゃないから! 会話を修正しないと!


「見てくださいッ! 質の悪い剣だと、ひとり斬っただけで刃は欠け、剣も曲がってます!」


 そう、これこそ俺が欲した派手な絵。

 ぼろぼろに変化してしまった剣だ。


「いや、それは、脳天からあんな斬り方したら⋯⋯」


 さらにアドリブ、会話修正!


「人体って、意外と固いですからね、骨とか!」


「⋯⋯えっ?」


「骨って、柔らかいか固いかで言えば、固くないですか!?」


「あ、まあ、確かに⋯⋯」


「ですよねっ!」


 ふう。

 かなりアドリブに頼ったが、イエス取りに成功。


 今の所⋯⋯順調だ!

 

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