第7話 支部長の勘とデビュー戦
「ここに来るのも久々だな⋯⋯」
俺は装備一式をカバンにしまうと、王都にある冒険者ギルドへとやってきた。
目立たない程度に気配を消し、中に入る。
ここには冒険者だけでなく、依頼者も足を運ぶ。
だから俺が入るのも決して不自然ではないが、変に記憶されたくない。
どうですか? モブ感出てますか?
なんて人には聞けないが、まぁ大丈夫だろう。
冒険者ギルドには二種類の掲示板がある。
受注待ちと、受注済みだ。
受注済みの掲示板に貼られた依頼をざっと眺める。
俺が今考えているのは、剣の実演販売。
冒険者たちの前で、ベルンさんが作った剣の良さをアピールする事だ。
その結果、冒険者たちが剣を欲しがって武器屋に注文してくれれば、俺の成績に繋がる。
だがアピールする上で、一つ難点がある。
──街中での『抜剣禁止』の法律だ。
街中で、一定以上の長さの刃物を抜くことが許されるのは、貴族や一部の職業だけで、その他の者は禁止。
例外として鍛冶職人の敷地内や武器屋、訓練所などはその性質上、剣を抜くのは許されている。
それができないと商売にならないからだ。
あとは自宅。
厳密に言えば違反なのだが、武器を研いだり、訓練したりといった用途が主なため、事実上黙認されている。
だが、冒険者ギルド内は、全面禁止だ。
冒険者達も、行政からの依頼任務、正当防衛や武器屋での品定め以外は、街中で剣を抜いてはいけない。
血気盛んな冒険者に抜剣を許可すると、あちこちでトラブルを起こす可能性が高いからだ。
むしろトラブルが頻発したので、禁止された、という流れなわけだが。
法律だけでなく、冒険者ギルドも自主的にガイドラインを設け、違反者には厳しく対応している。
違反の回数が多い冒険者は警告の上、最終的にはライセンス取り消しなどの厳しい処分が下される。
だから冒険者ギルドの中で、剣の実演販売をする事はできない。
なので、俺が今回実演販売するのは法律の制限が及ばない場所、即ち──現場。
冒険者たちの仕事中にお邪魔して、ベルンさんの剣の良さをアピールする。
仮面を身に付けるのは、リスクヘッジのため。
冒険者時代に色々な依頼をこなした関係上、俺に恨みを持つ者が多いのだ。
そんな俺が素顔で剣を振り回し、それを悪人共に見られたら
『あの太刀筋は⋯⋯あの時のアイツだ! あんなツラしてやがったのか、捜し出して報復したろ!』
なんて事になりかねない。
そうなると、今の職場や知り合いに迷惑がかかるかも知れない。
だから正体を隠すのがベストだ、と判断したのだ。
内容と受注日から、てこずっていそうな依頼を頭の中に叩き込み、訪問スケジュールを組む。
目星を付けた依頼数は十五。
到着時に解決していたり、入れ違いになってしまう場合も考えられるので、ちょっと多目に見繕う。
それぞれの依頼発生場所を、頭の中で地図と照らし合わせ、現場での行動時間を一時間程度とすると⋯⋯。
「全部回るのに、だいたい二週間前後、か」
足の速さには自信があるが、自分の実力を過大評価はしない。
不眠不休ならもう少し期間を縮められるが、少しゆとりを持たせるぐらいで丁度良いだろう。
冒険者時代、己を過信して死ぬ奴らを嫌というほど見てきた。
同じ愚は犯さない。
クビを宣告されて、今日で約一週間。
今の考えを実行し、二週間を費やして成果が出なければ、ほぼクビが確定だろう。
それに、実際現場を回るにしても高いハードルがある。
──街を離れる許可を貰うため、支部長をどう説得するか、だ。
──────────────────────
「しばらく街を出たい? なぜ?」
俺が部屋を訪れると、支部長は書類仕事をしていた。
街の外で営業活動し、しばらく武器屋回りや報告に来れない旨を俺が伝えると、支部長は手を止め、理由を聞いてきた。
まあ、当然か。
「理由は⋯⋯詳しくは言えません」
「ふむ⋯⋯」
支部長は何か考えている様子で黙った。
我ながら、とんでもないことを言っている、という自覚はある。
通常業務をせず、街を出る。
理由は言えない。
しかもそれを言い出したのが、成績最低の営業マン。
ふざけてると思われても仕方ないだろう。
下手したら、この場でクビにされてもおかしくない。
緊張を覚えながら、支部長の言葉を待った。
「二、三質問がある」
「はい」
「売り上げのためか?」
「はい」
「言えない理由は?」
「ギルドに迷惑をかけたくないからです」
「ふむ⋯⋯法律には違反しないか?」
「はい、それはお約束します」
「わかった。行ってこい」
俺に許可を与えると、支部長は書類仕事に戻った。
あっさりと許可が出た事に驚き、俺がそのまま立っていると、支部長は再度手を止め、聞いてきた。
「ん? 行かないのか?」
「いえ、その⋯⋯良いんですか?」
「許可しただろう? あと、今後はわざわざ許可を求めに来なくてもいい。売るためなら、自分の判断で行動していいぞ」
「は、はい」
支部長はまた書類仕事に戻ったが⋯⋯。
釈然としないな。
「⋯⋯許可されたのが不思議って顔だな?」
「はい、まあ⋯⋯できれば理由をお聞かせください」
「君は理由を言えないのに、私が理由を言うというのも変な話だな」
「うっ⋯⋯すみません」
支部長は苦笑いしながら三度手を止め、理由を説明し始めた。
「一年前、君を面接した時⋯⋯正直に言って、この仕事に全然向いてないと思った」
「そう⋯⋯でしょうね」
一年前、俺の採用面接をしたのは支部長だ。
しどろもどろで、ほとんどマトモに話せなかった。
「本来なら不採用だろうな。だが、予感があったんだ。そして、今の君を見ていると、同じ予感がする」
「予感⋯⋯ですか?」
俺が聞き返すと、支部長は口元に笑みを浮かべて頷いた。
「『コイツは何かやってくれそうだ』そう思ったんだ。仕事ってのは理で進めるべきだが──勘は無視できないからな」
「勘⋯⋯ですか」
「ま、この一年その勘は外れっぱなしだったわけだが。私もそろそろ自信を取り戻したいんだがね、『俺の勘は当たるぞ!』ってね」
「⋯⋯うっ」
「そろそろ当てさせてくれ、アッシュ君」
それだけ言うと、理由の説明は終わりと言わんばかりに支部長は書類仕事に戻った。
簡単に言えば。
信じてくれたのだろう、俺を。
あるいは、自分の勘を。
なら──俺はそれに応えなければならない。
支部長の勘は間違っていない、それを証明しなければならない!
「失礼します!」
挨拶をして、返答を待たず部屋を出た。
──────────────────────
「やっと、やっと、見つけた⋯⋯」
街を出て、依頼が出されている場所を回ること三カ所、三日目。
遂にまだ依頼遂行中の冒険者パーティーを発見した。
しかもお誂え向きな事に、彼らは討伐対象の盗賊団と戦闘中だった。
冒険者パーティーは四人。
対して盗賊団は十人を少し超えている。
通常この人数なら騎士団から討伐隊が派遣される規模だが、おそらく盗賊団が上手く人数をごまかしていたのだろう。
人数差はあるが、戦闘は膠着状態。
前衛の二人が囲まれないように、上手く立ち回っている。
だが、数的不利な冒険者側が一人でも欠ければ、その拮抗はあっさり崩れるだろう。
素早く仮面と鎧を装備する。
「ふーっ⋯⋯緊張するな」
冒険者時代、戦闘前にこんなに緊張した事があっただろうか、と振り返る。
いや、あった。
初戦闘だ。
ゴブリンの掃討という、今思えば簡単な依頼だったが、それでも緊張した。
今も同じ緊張感が身を包む。
当然だろう。
これは──武器商人ギルド、新人営業マンのアッシュ、その実演販売デビューなのだから。
頭の中で、道中考えた営業トークを再度確認し⋯⋯。
「よし! いくぞ!」
俺は気合いと共に駆け出した。
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