第8話 クロエさんと第2ラウンド
―――コンッコンッ
「どうぞ。」
扉がノックされたので返事をすると、外からこの酒場のマスターらしき人間が部屋を少し覗くようにして入って来た。
「大変申し訳ないのですが、そろそろ閉店のお時間でして。……本来であればご退出いただきたいのですが、どうやらその状況では無理そうですね。」
私ではなく寝ている彼の方を見ながら少し苦笑するマスター。その表情はどこか微笑ましい光景を見ているような感じだったため、なんとなく彼のことを知っている人なのではないかと私は思った。
「そうですね。彼が疲れて眠ってしまったようなので身動きが取れませんね。あの、大変申し訳ないのですが、一晩この部屋を貸していただくことことはできないでしょうか?」
「そうですね。普段はそういったことはしないのですが。今回は特別ということにしましょう。その代わりと言ってはなんですが、これからも当店をごひいきにしていただけたらと思います。」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございました。」
「いえいえ。この光景はそれほどまでに価値のある光景なんですよ。それでは、失礼いたします。」
くつくつといたずらっ子がするような悪い笑みを浮かべながらそんなことを言うマスター。やはり彼とは長い付き合いのようね。
しかし、この状況どうしましょう。冷静になって振り返ってみると、どう考えても私が悪いわけで。いや、でも自分の技能が自分に掛かるとは思わないでしょ普通。どうやら彼の技能だったっぽいけど、時間制限が短くて良かったわ。危うく寝ているところを本当に食べちゃうところだったわ。
でも改めて見てみても、この子タイプだなあ。切れ長の目はかっこいいし、この黒髪も彼にすごく似合ってる。それからこの小さな体!昨日私が襲ったときの、あの私で包み込んであげてるって感じは、本当に最高だった!それにあのとろんとした表情は、話し合いの時の怜悧な雰囲気とは違ってギャップが最高だったわ!
ああでもこの子、あの【ブローカー】なのよね。……でも別に問題はないのか。機嫌を損ねたわけじゃないし、敵対してるわけでもないし。むしろこちらに取り込めれば戦力アップにも繋がるし。案外いい考えじゃない?
彼の考えは予測の範囲でしかわからなかったけど、どうやら私と似たようなことを考えているみたいだし。案外すんなりとこちら側に来てくれるかもしれない。
億劫だったこの会合も、終わってみればただのお見合いみたいになってしまったわね。まあ、お見合いにしてはちょっと乱暴が過ぎた感が否めないけど。
と、とにかく、私はこの子を生涯のパートナーに決めたわ!これほど容姿が好みで、考えが一致している人なんてそういるものじゃない。私の技能もフル活用して、なんとしてでも彼をゲットして見せるわ!
***
「……ぅん。」
寝起きだからかまだ頭が少しぼーっとしているのがわかる。なんか今日は起きたばかりなのにひどく疲れた感じがする。昨日はよく眠れなかったのかな。
まあでもそんなことより、今日の枕は非常に気持ちがいい。さらさらで、柔らかいけど弾力がしっかりあって、人肌くらいのぬくもりも感じる。それに、いい匂いもする。なんかこう多幸感で満たされるようなそんな感じのいい匂い。
ふわあ。いつまでも気持ちよく眠れそうぅ。すりすりすり。
「ぅん?あ、もしかしてお目覚めになられましたか?」
なんだか聞き慣れないような、それでいてすごく安心させられるかのような、何とも言い難い女性の声が頭上から聞こえてくる。……。……うん?俺昨日妹たちと寝たっけ?いや、たぶんそれはない。じゃあ昨日はどうやって寝たんだっけ?
昨日は【下界の女神】との会合予定だったから朝から準備して、早めに到着してアモ爺とチェスして、その後個室で【下界の女神】であるクロエさんとお話して、その後……。あれ、その後俺、どうしたっけ?
「どうやらまだお疲れのようですね。いいですよ。疲れが取れるまでここでお眠りください。」
そんな声を聞きながら頭を撫でられる感覚を覚える。ああ、これ気持ちいい。なんだか前世の母さんを思い出させるような無償の優しさを感じる。ああ幸せ。なんか頭もまたぼーっとしてきたし、二度寝、する、か……。
……。
……。
……。
って、ちょっと待て!今世に母さんはいないし、俺の知り合いの女性にこんな優しい言葉をかけてくれる人はいないだろ!!じゃあ今のは誰だ!というか俺今どういう状態だ!?
「ん?まだ起きなくても大丈夫ですよ。私の太ももの上でどうぞお休みください。」
ふ、太ももの上⁉え、どういうこと⁉もしかして俺、クロエさんの膝枕で寝てたのか⁉やべ、早く起きないと!
「す、すいません!つい気持ちよくて、じゃなくて、いや、あの、その、本当すいませんでした!!」
とりあえず記憶に微かに残っている前世の最大限の謝罪方法、土下座をソファの上で全力でする。これで許してもらえるはずないけど何もしないよりはましなはずだ。
「ふふ。【ブローカー】さん、どうぞお顔をお上げください。私も不快に思っておりませんので謝る必要はありませんよ。」
口元に手を当てて上品に笑いながら許しの言葉を俺に与えてくれるクロエさん。……やべえ、まじで天使だ。
「本当に申し訳ございませんでした。この埋め合わせは後日必ずいたします。とりあえず夜も遅いのでお家までお送りいたします。」
はああ。仕事でこんなにやらかしたのは初めてだ。最近大きい事件が連続で舞い込んできて疲れてたんだよな。そういうときこそ集中しないといけないのに、このていたらく。とりあえず当初の予定だけは果たすとするか。
「うん?あの、非常に申し上げにくいのですが、今は朝の7時ですので夜遅くはありませんよ?」
……え?
そこでふと部屋の上の方についている水の入った丸時計を見てみると、その水時計は7時を表示していた。
「え。と、いうことは、私は9時間ほど寝ていたということ、ですか?」
「うふふ。そういうことになりますわね。」
彼女は何事もないかのように上品に笑っているが、さすがにこれは許されることではないことくらい俺でもわかる。だから再度土下座をしようとして。クロエさんに頬を両手で包み込まれる。
「ふぇ?」
「謝る必要はないと申したでしょ?これ以上謝られても私も困るだけで嬉しくありません。それとも、私を困らせるのが目的ですか?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、俺の目をまっすぐ見つめてクロエさんが問いかけてくる。……手が、手が柔らかくて暖かい…。
「いえ、そういわけではないのですが、さすがに申し訳が立たないと言いますか。あの、もう私にできることでしたら何でも致しますので、どうぞそれでお許しください。」
「……今、何でもっておっしゃいましたか?」
クロエさんが舌で唇をぺろっと舐めて潤わせながら俺にそんなことを聞いてくる。……ダメだってクロエさん。そんな魔性の女みたいな雰囲気出して来たら。ただでさえも寝起きで、どこがとは言わないけど大変だってのに。
「え、ええ。もちろんです。それくらいのことをした自覚くらいはありますので。」
「そうですか。では、私からお願いしたいことは二つあります。」
「は、はい。何でしょう。」
「私の生涯のパートナーになってくれませんか?」
「……。……。……。……。……。
……すいません。たぶん俺の聞き間違いだと思うんで、もう一回言ってもらっていいですか?」
「私の生涯のパートナーになってくれませんか?」
俺の頬を両手で包み込んで至近距離で俺の目を射抜きながら、真面目な表情で訴えてくるクロエさん。……ちょっと落ち着いて現状を確認しよう。
今現在俺の視界に映っているものの8割はクロエさんの白い肌。つやつやな白い顔の肌と、ぷるんぷるんとした綺麗な形をした真っ白な二つのお山がそれの正体だ。そして残りの2割が俺の目を射抜くように見つめてくる少しだけ横に長い大きな青い目と、上で綺麗にまとめられている赤くてさらさらとした髪。つまり、俺の視界のすべてをクロエさんが埋め尽くしているのだ。
……この状態で告白されて俺に断ることができるだろうか。というか、この状況だと俺じゃなくても男であれば断れないだろ。そう自分に言い訳して、意を決して言葉を発する。
「お、俺なんかで良ければ喜んで。」
後で考えてみると、この時もクロエさんは技能を使用していたのだろう。そうじゃないと昨日初めて会って10分少し話した人と結婚の約束なんかしないだろ普通。
「本当ですか!?やったー――!!ありがとうございます!!!」
クロエさんは感情を爆発させて俺に抱き着いてくる。……クロエさん、胸が顔に当たってるんです。これ以上はもう本当に、理性が持たないです。
「やった!やった!よし、それじゃあ続けて二つ目のお願いするね!」
興奮冷めやらぬ様子でクロエさんが話始める。口調が先ほどと違うけど、これが素なのだろうか。なんだか彼女に甘えられているようで悪い気はしない。というか、いい気しかしない。
「私にあなたのお世話をさせて?」
ん?お世話ってどういうことだ?俺は生涯のパートナーのことを結婚するんだと思ってたけど、もしかして彼女は俺をペットにするつもりだったのだろうか。別にそれでもいいんだけれど。……って何考えてんだ俺!?
「えーっと、どういうことですか?」
至近距離で少し興奮で顔を赤らめているクロエさんを見ながら真意を問いかけてみる。……あのお、吐息が顔に掛かって、なんかこう、いい匂いで、理性が、やばいんですけど。
「だ・か・ら、こーこ。寝起きだから仕方ないよね。私が癒して、あ・げ・る。」
耳元で吐息を混じらせながら囁き声で俺の脳に直接その甘い声を届けてくる。え、お世話ってそういうこと?……というか、もう本当にあと1㎜程度しか理性残ってないよ!?もう、本当にやばいから、やめてください本当に!!
「こ、これ以上は、や、やめてください。」
「……うふふ。そうは言っても、本当はされたいんでしょ?」
常に俺の耳に囁き声で話しかけてくる。その度にぞわっとする感覚が背中と頭に走るからもうやめてほしい。けど、本当は……うっ。
「あ、う、そんなことはないで、す。」
「大好きだよ。」
「ヒッ!!」
「好き。……好き。すーき。だーい好き。大好き。愛してる。」
「あ、ああ、あ。」
耳元でたくさん愛情を囁かれると18歳のこれまでただ真面目に訓練と仕事をしてきただけの男はどうなるか知っているだろうか。
「だから私に、身を任せて。」
「は、はいぃ。」
頭が真っ白になって、幸せな気分になって、もうなんでもいいやって気になって、特に何も考えず、言われた内容を受け入れてしまうことになるのだ。……もう、なんでもいいや。
「じゃあ、始めるね。」
「……。」
俺はそのまま半分気絶したような状態のまま何も抵抗できずに、……彼女の言いなりになるのだった。
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