第21話 10秒で何をする?

“キィ…”




「美優?入るよ…」




「愛…来てもらってごめん。」




「ヒロ…美優は?」




ヒロがベッドを指差すと、そこでは美優は布団を被って寝ていた。




「美優…」




愛がベッドに駆け寄るが、美優の泣き声しかかえってこなかった。




「どうして離婚なんて…」




「美優も分からないみたいなんだ。」




「私、学祭の時しか二人のことみたことないけど、でも美優が倒れたじゃない?巧君が助けた時、あぁ、美優のこと好きなんだなって思ったよ…」




「…俺も巧の思いは本物だと思う。」




「ねぇ、美優。クリスマス前に何かあった?覚えてる?」




愛の呼びかけに美優が布団から出てくる。




「…ううん…それまで普通だった…」




愛は美優にティッシュを渡そうとテーブルにあるティッシュをとって渡す。




「これか…」




愛はテーブルに置かれていた茶色の封筒に目をやる。




封筒から離婚届を出し広げてみた。




「美優…雨でも降ってた?」




「…え?」




「それともこれ濡らした?」




「え?ううん…雨降ってなかったし、ヒロの車で帰ったし…」




「これ、よく見てみなよ。」




愛が広げた離婚届を見せてきた。




「ほら…所々文字がぼやけてる…巧君泣きながら書いたんじゃない?」




美優は離婚届に書かれた文字をよく見てみた。




確かに所々文字が水か何かが落ちたようにぼやけていた。




「巧君に何かあったんじゃない?」




「え…でも電話やラインは普通だったし、会ってなかったからわかんないや…」




「もしかして巧は美優を守ろうと――」



「え?何?ヒロ何か知ってるの?」




「ヒロ…知ってるなら教えて…」




ヒロは黙ってしまった。




「ヒロ!お願い!ね?」




美優が涙で腫らした目でヒロに懇願する。




「…わかった。ちょっと家に一度戻ってとってきたいものがあるから、待っててくれる?」




「え?うん、わかった。」



その頃巧は社長室に呼ばれていた。




「今日、真田楓さんがいらっしゃったわよ。」




「え…」




「今までのこと聞いたわ…あなたのことを会見で公にして息子として迎え入れたいらしいわ。」




「…今さら息子になんてなれるわけねぇよ。」




「確かに真田さんのその時の判断は間違っていたかもしれないわ。でもあなたもこの業界にいれば少しはわかるでしょ?所属している事務所によって対応も違うのよ。今回の会見も事務所は反対しているけど、今度こそはあなたを守るって…女優をやめるつもりみたいよ。」




「え!?」



「それまでいっぱい悩んだと思うわよ…」




社長は座っている巧のそばへ近づいてきた。




「ねぇ、日向…美優ちゃんのことも聞いたわ…離婚届を渡したってことも…本当なの?」




「…」




「あなたそれで本当にいいの?」




「…今が辛くても、きっと5年後10年後、これが正しかったって思えるはずだ。」




社長は巧の前にしゃがみ、手を握る。




「どうして私があなた達の結婚を許したと思う?」




「…俺には自由に生きてほしいから?」




「そうよ。だってあなたの人生はあなたのものだから。」




「…」




「それともうひとつ大事にしてほしいことがあるのよ。」




「もうひとつ?」










「“今”という瞬間を大事にしてほしいからよ。」










「…今?」




「確かに今回の答えが5年後10年後はお互い笑っている答えになるかもしれない…でもそれはお互いが生きていたらの話でしょ?」




「え…?」




「あなたはまだ若いからあまり経験したことないと思うけど、私みたいな年になると大事な人、仲間がいきなりいなくなったりもするの。わかりやすくいえば、大震災…たくさんの人が亡くなって、たくさんの家族が悲しみを抱えて生きてるわ。」




「…」




「残された者は思うのよ…愛してるって言えばよかった、抱きしめればよかった、ごめんって素直に言えばよかったって…」




社長は巧の手をギュッと強く握る。










「10秒後に死ぬって言われたら何をする?」










「10秒なんてあっという間よ。私がこうやって話している間にもう半分の5秒よ。たった10秒になるか、10秒もあるのか、それはあなた次第よ。」




「俺は…」




「グジグジ悩むなんて日向巧らしくないわ。」




社長はにっこりと微笑んだ。




「あなたに残されたのはあと10秒、どうする?誰かに伝えたい言葉あるんじゃないの?」




力が入っていた社長の手の力が緩む。




巧は社長室を慌しく出て行った。




「母さん…」




橘が社長室に入ってきた。




「いいの…?うちの看板俳優だよ?」




「…好き同士なのに引き離したら可哀想よ。」




そういって机に置いてある写真立てを手に取る。




「…父さんのこと、後悔しているの?」




「震災の日、結婚記念日だった…私を喜ばそうとプロポーズしてくれたレストラン予約してくれて…私が明日にでもできる仕事の後処理をあの日してなければ、一緒に…」




「母さん。」




橘は小さく丸まった母親の背中に抱きつく。




「父さんはきっと母さんを私に残してくれたんだと思う。」




抱きついてきた橘の手に社長も手を添えた。




二人は3.11の大震災の被害者家族だった。




“バンッ!!”




巧が慌しく車に乗り込む。




助手席に上着を置こうとすると、美優からのクリスマスプレゼントが目に入った。




巧は美優からのクリスマスプレゼントの中身を見て驚愕した。




「何でッ…待っている間これしとけよッ…」




海で会った美優は手袋もマフラーもせずに待っていた。





美優はきっとすぐ巧がくると信じてプレゼントも開けなかったし、コーヒーを買い続けたのだろう…




「…ッ」




巧は美優への想いをアクセルに込めて全開に踏んで駐車場を出た。






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