第16話 愛とは結婚とは?

週末――




美優はヒロの家でのことが気になったが、大学祭の忙しさで悩む余裕がなかった。




美優たちはお好み焼き屋の出店を出すことになっていて、朝から食材をきっていた。




「やっぱ美優は切るの早いし、きれいだよね~」




「そうかな?」




「もう私なんか疲れちゃったよ~」




「いいよ、私やっとく。なんか今日はずっと切っておきたい感じ。」




食材を切っている時は無心でいられた。




巧にもここ数日会っていなかった。




お互い忙しかったから今日会えるのは久々で嬉しいが…巧がどういう風にくるのか不安だった。




「ねぇ、美優。ちょっとちょっと!」




「え?何?」




「あの人が美優を呼んでくれっていうんだけど知り合い?」




指された指先の向こうをみるとB系の格好にドレッドヘアー、キャップを被っている男性が立っていた。




「いや…知らないんだけど…てかなんか怖いよね…」




ただ立っているだけだったが、近づくなというオーラがすごかった。




「だけど神田美優っていってフルネームで言ってたよ!中学とかの同級生じゃない?」




「あ、あの…神田美優ですけど…」




美優が恐る恐る近づくと男性が美優に近づいてきた。




(何?何?私この人に何かした?)




「久しぶり、美優。」




「…ん?」




聞き覚えるある声に反応し、キャップの下から顔を見る。




「たくッ…」




巧が美優にいきなりキスをしてきた。




久しぶりのキス…とうっとりとしていた美優だったが、ここが大学だったことに気づいて巧から離れた。




「ちょっと、ここ大学…」




巧はニコニコと笑いながらいった。




「タクね、俺。」




「あぁ~わかった。」




「間違ったらまたキスするからな。」そう耳元で囁いてきた。




「今のみた?」

「やっぱヒロとは付き合ってないんだね~」

「でもヒロのほうが格好よくない?」




ヒロのほうが格好いいという言葉が耳に入って巧が不機嫌になってきた。




「ぜ、全然わかんなかったよ…あまりのかわりぶりで…」




「ヘアメイクに頼んでやってもらった。」




「うん…すごい、たぶん誰もわかんないかも。」




「ねぇ、美優。その人…」




愛が話しかけてきた。




「あ、この間話していた…タクっていうの。友達の愛。」




「初めまして…」




「初めまして。」




そういって巧は愛に手を差し伸べた。




「え…?」




「ちょっとちょっと!」




美優は巧の耳元で話しかけた。




「握手は普通にしないよ。」




「あ、ごめんごめん。」




「あはは、面白い人なんだね、タクさんって。」




「そうでしょ、あははは。」




「せっかくだから休憩してタクさんと回ってきたら?」




「あ、うん。いい?」




「行っておいでよ。」




「これが学園祭か…」




「初めてきた?」




「うん…」




巧はキョロキョロと辺りを見渡す。




「ふふ、食べたいものある?何か食べようよ。」




「…美優のご飯食べたい。最近ずっと食べてないから。」




「あ…そっか、そうだったね。じゃああとで焼きそばでよかったら作るよ。」




「あとは…」




「美優を食べてないな…」と耳元で囁いてきた。




美優は顔が徐々に赤くなってくる。




「今夜俺の家に来いよ。」




「う、うん…あ…」




「何?」




美優の目線の先には映画研究部の看板が立っていた。




「映画研究部?」




「ヒロが映画上映しているの…」




「俺、映画観たい。」





「え?ちょっと…」(何となく二人で入るの嫌なんだけどな…)




巧は美優の腕を引っ張り中に入って椅子に座る。




映画といっても50分ぐらいのもので、ヒロが監督をしている作品だった。




「どうだった?」




「ヒロ…」




「役者は大根だったけど、ストーリー、カメラの切り替え、アングル、編集とかそういうのはよかったんじゃね?」




「…プロの人にそういってもらえると嬉しいよ。」




「ヒロ!」




「一瞬わからなかったけど…話をするとすぐにわかるもんだね。」




「お前は父親似なんだな。」




「俺は母さんのように演技はできないよ。アンタの演技力もすごいと思うけどね。」




「あ、次いこう!ね?」




今度は美優が巧の腕を強引に引っ張ってその場から去った。




「あ、ヒロ君!実はお願いがあるんだけど…神田さんとこの後…」




ヒロのファンの女の子がヒロに話を持ちかけてきた。




「ここでいつも講義受けて、私はここに座っていることが多いかな~」




美優は巧を講義室へ連れてきた。




講義室には誰もいなくて、巧と二人きりになれた。




巧も美優の隣に座った。




「俺も大学行っていたらこうやって授業受けてたのかな…」




「大学行きたいの?」




「美優と同じ大学で、同じ授業受けて、こうやって美優を見てたい。」




「え…」




巧は美優の頬にそっと触れて、今にも泣きそうな表情で見つめてくる。




「…どうしたの?なんか今日巧変だよ?」




巧は手は伸ばした手を引き戻し、教壇のほうへ歩いていく。




「美優。愛って何だと思う?結婚って何だと思う?」




「…え?どうしたの突然…」




「俺、愛も結婚も独占欲の塊だと思ってたよ。」




「…」




「だけど美優といるとわからなくなってきた…」



「巧…」




教壇から美優が座っている席は歩けば数秒でたどり着けるぐらい近いのに




お互い目をみつめあっているのに




テレビの中の巧より明らかに距離は近いのに




どうしてこんなにも遠く感じてしまうんだろう――




何だか見えない壁が、大きな壁が二人の間にはあるようにお互い感じた




『神田美優さん、神田美優さん、至急ステージに来てください。』




いきなりアナウンスが流れた。




「あ、私、行ってくるね。」




「…」




巧は何も言わず出て行く美優の後ろ姿を見続けた。




「あ、こっちこっち!」




「え!?何?」




ヒロのファンの女の子達が美優をステージの上へと引っ張り上げる。




『メンバーが揃ったので始めます!ラブラブカップルは誰だ!』




「え?カップル!?」




横を見るとヒロが立っていた。




「いや、私ヒロとはカップルじゃないし…」




美優がステージから降りようとするとヒロが腕を掴んできた。




「大学祭だから…やろうよ。」




ヒロにそういわれ周りを見渡すとステージの前には大勢の人がいて盛り上がっていた。




ここでステージを降りたら確かにいい雰囲気が壊れそうだった。




どうやらヒロのファンの子が勝手に美優とヒロをくっつけようと応募したらしい。




ヒロの切ない片想いをファンとして応援したいのだ。




「わかった…盛り上げるためだと思って…」




『じゃあまず彼氏の誕生日は!早押しです!』




「1月15日!」




美優が一番に答えた。




『じゃあ彼女の誕生日は!』




「9月7日。」




次はヒロが早押しで答えた。




『出場者は5カップルいますが、真田・神田カップル早いですね~』




『じゃあ次は血液型をお願いします。まず彼氏の血液型!』




「A型!」




『じゃあ彼女の血液型』




「O型。」




『またまた真田・神田ペアですね~次もちょっと彼らには簡単ですね~普段どれだけの付き合いをしているかがわかる質問です。じゃあ、彼氏の家族構成は!』




「はい!」




美優が早押しで一番に押した。




「お父さんとお母さんと、それから…」









「それから…?」









「…美優?どうしたの?」




『あれ~神田さん、大丈夫ですか?』




美優が頭を抱えて座り込んでしまった。




「美優、歩ける?あっち行こうか。」




「…頭痛い…」




『え~ちょっと神田さん体調が悪いみたいなので、ちょっと中断をさせてください…』




“ザワザワ…”




ステージにいる人たちのざわつく声まで頭に響いた。










『みゅう…!』





「みゅうって誰…?」




頭の中で誰かが呼んでいる気がするが美優は思い出せない。









「どけ!」




次の瞬間美優は巧にお姫様抱っこされていた。




「おい、医務室は?」




『あっちです…』




あっけにとられた司会者が案内する。




巧は隣にいたヒロをギロリと睨み付けた。




「美優を運べないんならそこをどけ!」




ヒロは巧の目力の迫力の強さに一歩下がった。




『…あの、真田さん彼女連れていかれましたよ…いいんですか?』




司会者に促され、ヒロは巧のあとをついていった。




「じゃあとりあえず一時は安静に。お大事にね。」




「はい、ありがとうございました。」




ヒロと巧が医師に頭を下げる。




美優は結局大学から近いというのもあって自宅に巧が抱っこして帰った。




ヒロも心配であとをついてきた。




「あちッ…」




巧はカツラとキャップを脱いだ。




「俺が診てるからお前は帰っていいぞ。」




ヒロは今まで巧に言われたことなどを思い出していた。




いつもここぞという時に美優を奪われたり、屈辱的なことを言われたり…ギュッと握った拳に力が入った。




「…何で?」




「は?」




「何で今頃現れた?」




「…はぁ?」




「せっかく美優も楽しく毎日過ごしていたのに…お前のせいでまたこうやってきっと倒れたりするんだ!」




「…意味がわかんねぇ。この間から何なんだよ。俺はあのパーティーの日に美優に初めて会って、その前はお前にも会ったことねぇよ。」









「本気で言ってるの?」










「……お前俺が子供の頃知ってるのか?」




「…」




「俺の母親知ってるのか?」




「…本当に覚えてないの?」




「俺の質問に答えろ!!」




巧が大声をあげてヒロの胸倉を掴む。




「…殴りたきゃ殴ればいいよ。でも俺は答えない。」




「ふざけんなッ…」




“ガッ…”




巧はヒロの頬を殴った。




「覚えてないほうが悪いんだろ!」




「何!?」




「…まったく覚えてないのかよ…」




「…お前に何がわかる…」




「え…」




「いきなり施設で、その前の記憶は母親の目と赤ん坊のことしか覚えてない。この瞳のせいで散々いじめられてきた。妖怪だ、悪魔だって…そういう記憶を封印して悪いのかよ!あんなお屋敷に両親揃って育ってきたお前に何がわかる!俺の何がわかるんだよ!!」




「ん…」




美優が苦しそうな声を出す。




「…俺外にでるから。」




巧は一度興奮を落ち着かせるためにタバコを吸いに外に出る。




“キィ…”




ヒロが中から出てきた。




「美優また寝たから…俺は帰るから。」




「…待てよ。」




「何?」




「美優は俺のこと覚えてないわけ?お前は俺のこと知ってるんだろ?」










「美優はお前のこと記憶から封印したんだよ。」









そういってヒロは巧の前から消え去った。




巧はタバコを吸いながら思い出そうとしたが、やっぱり思い出せなかった。




“カシャッ…カシャッ…”




考え事をしている巧には普段気をつけているシャッター音にも気づかなかった。




「…いい記事が書けそうだ。」




記者が写真を見ながらニヤリと笑っているのも気づけなかった…

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