第11話 満員電車で二人の世界

「電話電話…」




美優は巧の腕からスルリと抜け電話に出る。




「もしもし?」




急いででたため表示された名前はみていなかった。




「あ…ヒロ…」




明らかに男性の名前に巧は美優をギロリと睨み付ける。




「今日授業どうしたの?体調悪くなったの?」




『…いつ結婚したの?』




「あ…それはあの…」




巧が美優の電話に耳を当ててくる。




美優は巧から逃げようと思ったが、巧の腕で抱きしめられ逃げれなくなった。




『付き合っている人とかいたの?』




「えっと…あの…あ、あれは友達の!預かっていた指輪なの!」




『…何年一緒にいると思っているの?美優が嘘をつくトーンなんてすぐわかるよ。』




「あ…」




ここでヒロに話せば、絶対秘密の結婚と言われたのに早速ばらすことになる。




「貸せ。」




そういって巧は携帯を取り上げた。




「ちょっと!」




巧は携帯を取り上げてそのまま自分の部屋に入っていった。




「え!?ちょっと何するの?ヒロに何をいうの!?」




“ガチャ…”




巧は部屋の鍵を閉めて美優が入れないようにした。




「もしもし。」




『…お前が美優と…誰だ?どうやって美優と結婚した?』




「それを知ってどうする?」




『どうするって…』




「愛し合って結婚したって聞いたら、諦めるのか美優を。」




『それはッ…』




巧に美優も知らない気持ちを見透かされヒロは動揺した。




「幼馴染ならこれ以上つっこむな。美優がお前にいえない事情も察しろ。美優が困ることになるぞ。」




『言えない事情?』




「そうだ。」




『…美優と無理やり結婚して楽しいかよ?美優の気持ち考えたことあるのかよ!』









「ずっとそばにいて美優に告白もできないお前に言われる筋合いはない。」









そういって巧は電話を切った。




「あの声…日向巧だ…美優と日向はあのホテルではもう…?どうしてあの二人が結婚を…?」




ヒロは携帯をベッドの上に投げつけた。




“カチャ…”




「ヒロに何言ったのよ!」




美優は部屋から出てきた巧から携帯を奪い取った。




「別に。これ以上探るなって言っただけ。」




「…本当に?」




「そいつに直接聞けよ。」




「じゃあ、今からヒロの家に行ってくる!」




美優は荷物をまとめて巧の家を出ようとする。




“グイッ…”




鞄を持っていた手を巧が急に引っ張って抱きしめてきた。




“ドサッ…”




持っていたバッグは床に落としてしまった。




「行くなよ。」




「ヒロは大事な幼馴染なの。今日も大学休んだし…だから離してッ」










「好きな女が他の男のところに行くのを黙っている奴がいるのか?」









“ドキッ…”




引き止めてくる巧の目が子犬のような眼ですがってきて切なくなった。




「でも、ヒロは幼馴染で小さい頃から一緒にいて、そんな男女の関係のような感じじゃ…」




「…そんなにずっと一緒にいて、じゃあ何でわかんないんだよ?」




「え…?」




「…何でもない。送ってく。」




「いいよ、一人で行きたいし。」




「行かせないために家まで送るんだよ。」




「…私歩いて帰るよ?それでもついてくるの…?電車も乗るんだよ?」




「好きにしろ。とにかく危ないから送ってく。」




巧はキャップをかぶり美優のあとをついていく。




エレベーターでも二人は無言だった。




(本当についてくるつもりなの?)




美優が駅に向かって歩くと、巧も数メートル離れて歩いていた。




駅を目の前に美優は考え始めた。




(芸能人が電車とか乗っても大丈夫なの?それともバスのほうがいいの?今の時間もう終電間近だからラッシュ!?)




美優が立ち止まっていると巧も立ち止まっていた。




なんかストーカーみたいとお互いがお互いに思っていた。




結局ギュウギュウの満員電車に乗ることにした。




離れていた巧が美優の傍にきた。




「ちょっと見られたら…」




小声で巧に話しかけるが巧は無言だった。




(これだけギュウギュウだったらみんな自分で必死か。)




ドアが閉まり、ギュウギュウの電車が揺れ始めた。




(久しぶりにこういう電車乗った…)




美優は背も低いため周りの人からかなり押されぎみだった。




巧が美優の手を引き壁側に美優を立たせた。




「見てみて壁ドンしてる~いいなぁ私もされたい~」




近くにいたOLさんが話していた。




美優は自分の格好を見ると、確かに自分は壁側に立って、巧の片腕は美優の顔の横にあった。




(これが壁ドン!?近い…)




電車が揺られ、人がかなり揺れる。




いつもは人に押されて痛い思いをするが、今日は巧が体を張って守ってくれた。




(電車乗らなきゃよかった…可哀想なことしちゃった…)




美優はしょんぼりすると巧が耳元でささやいてきた。









「満員電車だとどれだけ触れても美優は文句いえねぇな。」




「え…イタっ…」




電車が揺られ、美優の頭が壁にぶつかった。




巧は空いていた左手で美優の頭を包み込む。




「いいよ、大丈夫だよ。」




「…」




巧は無言のまま下を向いていた。




(近すぎて爆発しそう…)




キャップの下から巧の顔を覗き込んでみた。




巧も美優の視線に気付き、美優を見つめ返してきた。




人に押されて、少し歪んだ表情のその顔に




美優は本当に巧に愛されているだということを実感した




体を張って自分を守ってくれている




自分も巧が愛しくて守ってあげたくて




もっと巧に触れたくて




触れてもらいたくて













巧に恋したんだ――










人がたくさんいるはずなのに




二人しかいない感じがして




美優の頭を支えている左腕が少しづつ巧へと引き寄せられる。




“コツン…”




巧の帽子のつばが美優のおでこにあたった。




二人は我に返って自分たちは満員電車に乗っていることに気付いた。




二人は満員電車でしようとしていたことに恥ずかしくなって微笑みあった。




「あ、日向巧だ!」




幸せだと感じた瞬間、一気に現実に引き込まれた一言だった。




そうだった、この人は芸能人だった。




巧は帽子を深くかぶった。




「本当だ~かっこいいよね。今度ドラマ主演で出るんでしょ~相手役の女の子とお似合いだよね。」




OLさんが話しているのは電車の中のポスターだった。




共演者の女の子とツーショットの写真で、美優からみてもお似合いのカップルだった。




(本当に可愛い…巧と私は釣り合わないのに…)





『次は○○駅~』




美優と巧は電車を降りて、また離れて歩き出した。




距離があるから話すこともできないし、お互い無言で歩いた。




(家に着いちゃうけど、ありがとうぐらい言っても大丈夫だよね?)




美優はクルッと後ろを向いた。




「…ありがとう!」




美優は家に上がっていく?と指でジェスチャーした。




巧は首を横にふり、家の中に入れとジェスチャーしてきた。




美優は玄関のドアをあけ、家の中に入った。




(本当に送るだけだったの…?家にあがるかと思ってた…)




美優は不思議がりながらも自分の部屋へ向かった。




巧は美優が家の中に入り、部屋の灯りがつくのを確認すると辺りを見渡した。




「おい、いるんだろ?ヒロ君。」




“ジャリ…”




ヒロが木陰から出てきた。




「この間美優の家に来たとき、思い出したんだよ。そういえば女優の真田楓の家が近くにあったなって…この間の誕生日パーティーに招待状出したことも。息子の名前がヒロだってこともな。」




「でも俺がここに来るってどうして…」




「きっとお前は俺が本当に美優の相手か確かめに来るだろうなって思ったよ。」




「…芸能人と結婚なんて、信じられないよ…それにどうして美優なんだ?」




「はぁ?」




「芸能界には色んな人がいるじゃないか…」




“ジャリッ…”




ヒロは巧に歩み寄っていく。




「綺麗な人だったり、スタイルいい人だったり、お金持っている人だったり…」




ヒロは巧の胸ぐらを掴んだ。




「どうして美優なんだよッ…!」




“パサッ…”




帽子が道路に落ち、巧のブルーの眼がヒロを睨みつける。




「その目…」




ヒロは掴んでいた手を下ろし、後ずさりする。




「お前本当に美優のこと好きなのか?」




「え…?」




「好きじゃないだろ。」




「何言ってるんだよ、俺はずっと小さい頃からずっとッ…」









「俺は今まで出会ってきたオンナで綺麗だと思ったのは美優だけだ。」









「巧、何しているの?あ、ヒロ…」




美優が駆けつけてくる。




「じゃあな。」




そういって巧はタクシーを捕まえて帰っていった。




「ヒロ、どうしたの?何話してたの?」




「美優は?どうして?」




「カーテン閉めようとしたら巧がまだいたから…あの、ヒロ、結婚のことだけど…」




「わかってる…俺だって母親が芸能人だからわかってる。」




「ごめん…ありがとう。」




「だけど…」




「え?」




「いや、今は結婚の理由は何だっていい。それより、アイツは、アイツの目はいつも片目がブルーなの?あれはカラコンだよね!?」




「え…いや雑誌とかは両目茶色だから、普段がブルーだと思うけど…」




「普段がブルー?」




「うん…」




「アイツ俺のことなんか言ってた?」




「ううん、別に…」




「そう…」




ヒロは巧が落としていった帽子を拾う。




「ヒロ、あがってく?」




「いや、俺ちょっと用事思い出したから帰るね。」




「え?そうなの?あ、明日大学行けそう?」




「うん…」




「じゃあ、明日ね。」




「美優!」




「ん?」




「辛くなったりしたら言って。いつでも相談に乗るから。」




「うん!ありがとう!じゃあお休み。」




「うん、お休み。」




“パタン…”




「まさか…だけど片目がブルーの瞳なんてそうそういない。」




ヒロは巧の帽子をギュッと握り締めた。









「美優は渡さない。」

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