第10話 巧の秘密
『今日はグラタンがいい。』
たった一言のメールが朝携帯に来ていた。
お互いの家の鍵は交換したから持ってはいた。
「でもなんとなく勝手にあけるの気が引けるなぁ…」
大学の授業が午前中で終わる予定だったので午後から行っていいかメールした。
『合鍵で。指輪もってこい。』
「この返信何?合鍵でってことは家にいないってこと?でも行っていいってことかな?」
実は指輪はお互い結婚式をしたあと箱になおしていた。
美優が大学生なので指輪は卒業してからすることになった。
「家に戻ってくるの面倒だから、このまま指輪もって行こうかな。」
美優は鞄の中に指輪の箱を入れた。
「美優、おはよう。」
家の鍵を閉めているとヒロが話しかけてきた。
ヒロとは家が近所だし、大学の授業も重なることが多く、こうやって会うことも多かった。
「ヒロ、おはよう。」
「一緒に大学行こう。今日のレポートやった?」
「え!?レポートなんてあったっけ!?」
「この間教授が今日までだって言ってたよ。」
「え~ちょっと待って!」
美優は鞄の中をがさごそ漁る。
「え!?これかな?違うな~」
鞄の中身を漁っているうちに指輪の箱を落としてしまった。
“コツッ…”
箱が落ちたはずみで開いてしまった。
「美優これ…」
「あ…」
「これ…結婚指輪なんじゃ…どうして?」
「えっと…」(どこからどう話せばいいんだろう)
「美優、結婚したの?」
「え~っと…結婚…した。ごめん!言わなくて!」
「いつ!?誰と!?」
「…ヒロ?」
いつもは穏やかなヒロがすごい剣幕で美優に迫ってくる。
「ヒロごめん!話せば長くなるから今度絶対話すから!とにかくレポートしなきゃ!単位落ちちゃう!」
そういって美優はダッシュで大学に向かった。
(ヒロにばれちゃったけど何ていおう…契約結婚なんていったら怒るだろうな~)
美優はレポートを完成し、講義にも出席したがヒロは出席しなかった。
(朝一緒に来たのに…)
ヒロのことが気になりつつも、巧の家に行かなきゃいけなかったので、とりあえずヒロには夜連絡することに決めた。
「美優帰っちゃうの?サークルは?」
「ごめん!今日は用事があって帰る!」
美優はスーパーに行きグラタンの食材を買ってから巧の家に向かった。
“ピンポーン”
「ん?インターホン?どこ?」
美優はインターホンカメラの場所がわからず玄関にとりあえず向かう。
(アイツだったら入ってくるよね?返事しないほうがいいのかな?)
「…神田さん、いるんでしょう?」
「え!?」
いきなり名前を呼ばれて驚いた。
「あの…」
「日向の仕事関係の者です。ここ、開けてもらっていいかしら?あなたと話がしたいの。」
「あ、はい。」
ドアを開けると赤いふちのあるメガネをかけた、20代後半ぐらいの髪が長い、スタイルのいい女性が立っていた。
「初めまして、橘と申します。」
そういって女性は頭を下げてきた。
「あ、神田です…」
“カチャン…”
玄関のドアが閉まった瞬間、穏やかな表情をしていた女性が不機嫌な表情に一気に変わった。
「あなた!なんてことしてくれたの!顔を叩くなんてありえないわ!」
「え!?何のことですか?」(さっきまでニコニコしていたのに怖い…)
女性はいきなりテレビのリモコンを手に取りテレビをつける。
『メイクで隠されているようですけど、ちょっとお顔が叩かれたような感じになっていますが、それは喧嘩か何かでしょうか?』
『そうですね。はい。』
『男と男の喧嘩なんでしょうか?…それとも、お相手は女性なんでしょうか?』
テレビの中ではテレビリポーターが巧と話をしているのが映っていた。
「え?え!?」
美優は自分の目を疑った。
テレビの右下には【あの日向を引っ叩いた女性は誰か!?】と書かれている。
『…女性ですね。』
『女性というのは彼女なんでしょうか?』
カメラのフラッシュがテレビで見ていても眩しいくらいだった。
『彼女っていうか…家族みたいなものですね。』
「はぁ~」
橘は巧の記者会見を見ながらため息をつきソファに座る。
『家族って…ご結婚されているんですか!?』
『…』
巧は黙りながらニヤリと笑った。
『最近ミューっていう女の子飼っているんですよ。』
『…飼っているというのは?』
『猫ですね。俺は好きなんですけど、中々懐かなくて…でも可愛いですね。食べたいくらいに。』
『日向さんの猫になりたいと思う女性はたくさんいるでしょうね。』
橘がテレビを切る。
「え?え…ちょっと待ってください。巧って…芸能人なんですか?」
「あなた本当に何も知らないのね…巧が言っていたとおりなのね。」
そういって橘はソファから立ち上がる。
「巧はね、小学6年からこの世界に入ってずっと苦労してきたの。私たちも小さな事務所だったから…だけど18歳の時転機が訪れてそこから今じゃドラマの主演とかやるようになって…今からだっていうのに…」
そういって橘が美優を睨みつけてきた。
「結婚なんて!交際じゃなくて結婚なんて!」
橘は頭を抱えながら座り込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないでしょ!もうどうしてあのパーティーのとき、もっときつく言わなかったのかしら!」
「パーティー?」
「あなたあの子の誕生日のパーティーに来ていたでしょ?」
「あの時の…」
橘はあのパーティーで巧に大きな声で話しかけてきた女性だった。
「しかも聞けば契約結婚だっていうじゃない!あなたそれでいいの!?ていうか、あなた本当に日向のこと知らないの!?」
「私…テレビとかあまり見なくて…すいません。」
「はぁ~あなたの借金を日向が返したって本当?」
「…はい。」
「マスコミが好きそうな話よね。」
「それで?あなたはどう思っているの?」
「どうって…好きになろうと思っています…」
「あなたそんな台詞ファンに言ったら恐ろしいことになるわよ!」
「…すいません。」
「社長があなたに会いたがっているから、とにかく来てちょうだい!」
「い、今ですか?」
「社長も忙しいの!とにかくついてきて!」
橘は美優の手首を掴み、無理やり巧の部屋から連れ出した。
(社長って…このマネージャーさんが怖いから、もっと怖いのかも!サングラスに葉巻に…怖い!)
「俺は5歳で親に捨てられたんだ。」
「5歳で…?」
「川で倒れてて施設いきだよ。施設ではこの目で散々苛められたよ。悪魔だ、妖怪だって色々言われて…学校でも言われた。その場から逃げたかった。いやな思い出が多いからか小さい頃の想い出はほとんどない。」
「ご両親のことも覚えてないの?」
「…母親が、俺と同じ目をしていたことだけは覚えているよ。あと赤ん坊を抱っこしていたような気がする。きっと俺のこと邪魔になったんじゃねぇかな…それしか記憶がないんだ。」
背中を丸くして話す巧は、体は大きいはずなのに、なぜか子供のように見えた。
その寂しそうな背中に手を伸ばして抱きしめてあげたかった。
だけど今手を伸ばしたら同情になるような気がした。
同情は何となく巧は嫌がるような気がして、美優は伸ばしかけた手を下げてグラタンを作ることにした。
「今考えれば弱い人間だよな。逃げ出さずにそこで戦えばよかったのに…そこまでの精神力はその当時なかったんだろうな…」
きっと聞いているだけじゃわからないぐらいの壮絶な人生だったと思った。
しかもそれを経験したのは大人ではなく子供だ。
巧がこういう性格になったのはある意味仕方ないのかもしれない。
「逃げて、逃げて、走って…そしたらお腹空いて…あの事務所の前で倒れてたところを社長に拾ってもらったわけ。」
「そうだったんだ…」
「社長は…その時小さな事務所だったから、今の事務所があるのは俺のおかげだっていうけど、俺は社長に命と今の人生拾ってもらったから感謝してる。」
血は繋がっていなくても、二人は本当の親子のように見えた。
お互いがお互いに感謝をし、幸せを願っている。
そういう関係もあるんだと美優は思った。
「姉ちゃんもきついところあるけど優しいところもあるよ。」
「…姉ちゃん?」
「あ、マネージャーは社長の娘。」
「えー!」(雰囲気とか全然似てない…)
“ギシッ…”
巧はソファから立ち上がってキッチンへやってきた。
美優の後ろから抱きしめて耳元でささやいた。
「俺のこと興味持ってくれた?」
「…え?」
「色々聞いてくるから、興味持ってくれたのかなって♪」
「だ、だって一応結婚したんだし、色々知りたいなって…」
「まぁいいけど…グラタンできた?」
「あとオーブンで焼くだけ。」
「じゃあ美優は時間があるんだ。」
そういって巧は美優の耳を甘噛みしてきた。
“ピクッ…”
美優の体全体がピクンと反応した。
“ピリリリリリッ…”
巧の過去は私とは関係が全くないと思っていた
過去の話を聞いてもピンとこなかった
だけど本当は巧はお父さんとお母さんと一緒に暮らして
そういう人生を歩んでいたはずなのに
私のせいで辛い人生を歩ませてごめんね
巧と私とこの電話の主とは
あの頃と変わらない関係だね
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます