第102話 「……ディートリヒ陛下は、特に帝国への恨みがお強いからな」

「ディートリヒ陛下は長子。本来なら次期皇帝となられるはずだったのが、弟であるエドウィンに皇帝の座を掠め取られたのだ。恨みに思うのも当然。それはエドウィンを皇帝と認めた彼ら帝国民も同罪である……そうだろう?」


俺に同意を得ようと問いかけるナディーン卿。

だが、俺が学校で習った限りでは、アウギュスト帝国は騎士が皇帝となる伝統。ディートリヒ陛下のクラスは賢者なのだから、皇帝になれずとも仕方ないのではないか?


「陛下はそれを変えようとされていたのだ。クラスによって就職先に制限があるなど前時代的だと。クラスに関係なく自分が成りたい職業を目指すことができる。そういう時代をだ」


なるほど。職業選択の自由。令和の時代を目指したというわけか……


「その道半ばにして皇位を奪われたのだ。その無念たるやいか程のものか……」


昭和の時代ですら職業選択の自由はあったのだから、異世界はそれより昔。士農工商による身分制度。江戸時代というわけだ。


「ということは何か? アウギュスト帝国であれば、修理工は冒険者になれない。そういうことか?」


「うむ。正統帝国であれば制限はない。まあ、修理工が冒険者になった所で稼ぐのは難しいだろうが……」


自分のやりたい仕事と、自分に向いている仕事は異なるというのは、残念ながら良くある話。クラスで就職先を制限するというのは確かに効率的であるのだが……


世の中、効率だけが全てではない。

修理工だとしても、剣を振り続ければ剣術を習得できるのだ。令和から転生した俺としては、やはり職業選択の自由を希望したいもの。つまりは今のまま正統帝国ディートリヒ陛下に着いていくのが正解であるのだが……


ズドン


「ぎゃー」「うおおお」「正統帝国ばんざーい」


ステージ上でギロチンの刃が落ちるたび。


ズドン


「ぎゃー」「うおおお」「正統帝国ばんざーい」


捕虜の悲鳴が轟き、味方兵士の快哉が響き渡る。

出陣前の景気づけだとしても、令和に生きた俺には少々刺激が強いこの催し。


帝国を恨みに思うのも分からないではないが、その追及は上層部や将校までに止めるべき問題。命令に従うだけの兵士まで巻き込まなくともとは思うが……


異世界には異世界の常識があり、郷に入っては郷に従えともいう。

日本においても戦国時代。根切りによる一家根絶やしは日常茶飯事、よくある話だったというのだから、ギロチンこそが異世界の常識。


「……あの。シューゾウ様。わしらは帝国のドワーフ」

「正統帝国にとっては憎むべき敵ですさかい」

「やっぱり、わしらも処刑されるんですやろか?」


補給馬車の荷台。幌を上げておっかなびっくり顔を覗かせるドワーフたちの姿。


「ん? 帝国のドワーフ? どういうことだ?」


問い返すナディーンには答えず、俺はドワーフたちを車内へ押し戻す。


「お前たちは馬車から顔を出すな」


やれやれ。郷に入っては郷に従え。か……


だが、異世界には異世界の常識があるように、俺には令和の常識がある。

敵対する者を全て根絶やしにする。それは俺にとっては戦国時代の、過去の常識。令和に生きた俺が真似る必要はない。


馬車の幌を下ろしドワーフを隠した所で。


「ナディーン卿。陛下が出陣されるならメントス城の確保は間違いないだろう。よって俺はこれよりエルフ王国へ向かう」


帝国の脅威に晒される故郷ダミアン村であったが、メントス城を奪還できたならもう安全。そして、北部侵攻軍が敗北したとなれば、南部侵攻軍も撤退するだろう。


これ以上、俺がこの田舎城に居座る理由はない。


「随分と急だな。お前は伯爵となったのだ。もう少し戦況が落ち着けば領地も決まるだろう。それまで少し休んでいけばどうだ?」


帝国兵の処刑に熱狂する城内。

祭りの熱に浮かされ誰もが狂気に走りかねないこの状況。

これ以上にドワーフたちを、ソフィを城内に留め置くのは危険である。


「ナディーン卿。俺は領地に興味はない」


「ほう? 何故だ? 伯爵とはいえ領地がないのでは男爵にも劣るぞ?」


何故だも何も、俺が興味を持つのは女体のみ。つまりは。


「俺にとっての領地はこの世界。世界に暮らす全ての人々が、俺にとって守り慈しむべき領民である」


世界と連帯するのが、令和のスタンダード。

領地を貰い正統帝国に縛り付けられては、世界と、他国の女性と連結できなくなる。


「……それで休むことなくエルフ王国へ向かうと言うのか?」


「教和国の狂信者により何の罪もないエルフたちが、俺にとっての領民が今も被害を受けている。伯爵である俺が行かずにどうするか?」


何せエルフは美人ぞろい。

教和国の狂信者どもには、1人たりとも渡すわけにはいかない。


「うおー! さすがはシューゾウ様や!」

「人間だけやない。わしらドワーフや!」

「エルフまで助けようとするんやから!」

「現人神様や! わしら何処までもお供するでえ!」


だから、お前らドワーフは車内に隠れ黙っていろという。


「シューゾウ。お前という男は……私も何も考えず、ただ領民のために戦いたくもあるが……」


「いや。ナディーン卿は陛下の親衛隊。国を、陛下のことをよろしくお願いする」


一緒に来てくれるなら心強くはあるが、立場が異なるのだから無理というもの。


「シューゾウ伯爵。その、僕たちダミアン騎士団は、どうすれば……?」


盛り上がりを見せる周囲の様子に困ったようなマルクス団長。


「マルクス団長は俺に代わり、ダミアン村のことを頼む」


マルクス団長が率いるダミアン騎士団。

彼らの守るべき領地はダミアン村なのだから。


「でも、シューゾウ伯爵が、エルフたちのために。いや、世界のために戦おうというのに、僕たちだけが……」


「マルクス団長。いくら俺がトリプルクラスとはいえ全てを守ることはできない。ダミアン村は俺の生まれ故郷でもある。どうかよろしく頼めないだろうか?」


「うん。シューゾウ伯爵。ダミアン村のことは僕に任せてくれ」


俺とマルクス団長はがっちり握手。


そもそもが俺が戦うのはエルフ美少女からの感謝が目当て。

マルクス団長。すでに既婚者とはいえイケメンフェイスを持つこの男。エルフ王国へ連れて行くなら俺のエルフが寝取られかねない危険がある。連れて行けるはずがないのであった。


「でしたら、私ともお別れですわね」


マジかよ……いつの間に現れたのか。ドロテお嬢様の姿。

だが、俺とお嬢様は婚約した身にして夫婦は一心同体。そもそもが俺はヤリたい盛りの青少年。離婚、1人放り出されては犯罪行為に走りかねないのだが?


「離婚も何も、婚約というだけで結婚してませんよね?」


はい。


「でしたら今の私はダミアン男爵の娘。マルクス団長の妹。ダミアン村を守るのは、私の義務でもあります」


つまり?


「ここで兄と一緒に留守を守ります。まあ……その、暇があれば貴方のお義父様、お義母様とも仲を深めつつ、婚礼に備える。そう言いたかっただけです」


ドロテお嬢様のクラスは戦闘力に乏しい神官。連れまわした所で足手まといとなる落ちしかない。ダミアン村で義父と義母の世話をして貰えるなら、それがありがたい。俺の分の親孝行もお願いしておくとしよう。


「そもそもですね。私がエルフの国へ行っても仕方ないでしょう? エルフは美人ばかり。そんな中で私が……イライラしそうですわ」


ドロテお嬢様も美人であるが、あくまで田舎村たるダミアン村の美人でしかない。

だが、全体的にスレンダーなエルフに対して、お嬢様は豊満。何の問題もない。


「えーと。カルフェは、どうしよう?」


どうしようも何もない。


「カルフェは俺と同行してくれ」


何せ本来の威力は出ないとはいえ神槍を持つのだ。

教和国と戦うに当たり、戦力的に必須。同行は絶対である。


「でもカルフェもエルフの国。不安かも?」


大丈夫である。


「カルフェお姉ちゃん。エルちゃんが一緒なのです」


確かにエルフは人間に対して排他的な所がある。

だが、それも最初だけのこと。エルフたちの役に立つということを証明すれば、その態度はコロリと変わる。以降は熱烈な歓迎を見せてくれるのは、俺が証明済み。


カルフェは神槍を持つのだから、活躍しない方が難しい。

何も心配はいらないのであった。


「シューゾウ伯爵。もしも何か困った時は、シューゾウ伯爵が困ることはないかしれないけど……その時は僕やドロテに相談して欲しい」

「ダミアン村は貴方の生まれ故郷なのです。必ず戻って来るように」


最後にマルクス団長、ドロテお嬢様と抱擁の後、俺は帝国軍から奪った補給物資をイグノース城の倉庫へ搬入。わずかな食料だけをストレージに残して城門へ移動する。


「シューゾウ。お前、帝国賢者ライナルトをどうするつもりだ?」


道中。歩く俺にだけ聞こえる小声でささやくナディーン。


「……ナディーンには言い忘れていたが、帝国賢者はエルフ王国に亡命した」


「まあ、わが国に敵対しないなら良いが……だが、気をつけろ? ドワーフの件といい、他人の耳に入っては陛下に対する叛意と受け取られかねんぞ?」


ズドン


「ぎゃー」「うおおお」「正統帝国ばんざーい」


通り過ぎる城内。お祭り騒ぎを背景に俺とナディーンは握手を取り交わす。


「……私の忠義は正統帝国にある。シューゾウ。お前とは戦いたくない」


「同感である」


ナディーンと別れた俺は、城門に待機する馬車へと乗り込んだ。

同行するのはエルちゃんとカルフェ。そして新たに仲間となったドワーフ美少女のソフィとドワーフ野郎が9人。合計13人を乗せた馬車は、一路エルフ王国リジェクション砦を目指して出発する。

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