第52話 エルフ侵攻軍 臨時司令室。

エルフ侵攻軍 臨時司令室。


エルフの国攻略のため、サンフランの街に待機する神聖第3軍。

兵1万5千を指揮する隊長の元へ副官が報告に訪れる。


「なにい?! 偵察に出た兵士が戻って来ないだと?」


「はい。2人1組で哨戒に出たきり戻らない者が10組20名。それに加えてエルフ狩りに出ていた冒険者たちも戻らないと……」


ダン。大きな音を立てて机を叩くのは、神聖第3軍の隊長。イワンコ上級大将。

髭と眉毛を伸ばしたその顔は大きな身体もあいまって、どことなく獣を思わせる。


「おのれ! つい先日も4名が戻らなかったばかりだというのに……」


バーン。勢いよくドアが開き新たな兵士が1名入室する。


「大変です! 街を出た近くの森で兵士24名の遺体が見つかりました! いずれも衣服を剝ぎ取られた上に矢傷の痕。エルフどもの仕業です!」


「エルフのクソどもがあ! 出撃! 第3軍、全軍出撃だあ!」


ドカーン。遂にはイワンコ上級大将は机を叩き壊し、雄たけびを上げる。


「お待ちください。出撃とは言いますが、いったいどちらへ?」


「決まっておろうがあ! ニューデトロの街だ! クソエルフどもがウロチョロ出来ぬよう徹底的にしつけてやる!」


「ですが、我々はサンフランの街を押さえたばかり。今は拠点を固め、本国から到着する第2軍を待っての侵攻がよろしいかと」


壁ダーン。振るわれたイワンコ上級大将の拳は、副官の顔のすぐ脇を抜けて壁に叩きつけられていた。


「黙ってろ! その拠点を守るために攻めるんだろうが! それとも何か? 貴様はこのまま兵士が殺されるのを黙って見ていろとでも言うのか! ああ?」


「そうは申しておりません。ですが、これまでとは異なるエルフの動き。もしや我々を誘い出そうと……」


「なーにが誘いだ! エルフなどベッドの上で男を誘うしか取り柄のない脳無しどもではないか! それなら望みどおり犯しつくしてやろうではないか!」


「ですが、第1軍が本国へ一時帰国している今、我々第3軍の戦力だけでは……」


ここまでの侵攻作戦。最も戦い、最も大きな手柄を挙げているのが神聖第1軍。

その分、損害も大きく、サンフランの街を奪取した時点で部隊再編のため一時帰国していた。


その代わりに派遣されるはずであった神聖第2軍であるが……


「だいたい第2軍はダンジョン都市から出たモンスターの対応で到着が遅れるというではないか。いつ来るか分からぬ連中を待って、勝機を逃したらどうするつもりだ! ああ?」


ここまで連戦連勝。破竹の勢いで勝利を重ねるエルフ侵攻軍。


エルフの要衝リジェクション砦を落としたことで、この先、首都まで大した防衛は存在しない。各所で談笑する兵士にもエルフへの恐れはなく、この勢いのまま進軍するべしと盛り上がりを見せるほどに、その士気は旺盛であった。


「ですが、出撃するにもサンフランの街の防衛はどうされるのですか? 第3軍の全軍が出撃しては街が手薄となり、もしも敵の急襲を受けては……」


「守備隊が1千もおるであろうが! 兵が1千もおってエルフが怖くて眠れませんなどと寝言を抜かす者がいるなら連れてこい! 俺が教育してやる!」


さらにはサンフランの街近郊にはエルフ狩りの冒険者パーティも常駐している。

仮に奇襲があるなら、真っ先に冒険者パーティが発見、報告が届くだろう。


「ですが、全軍1万5千が出撃しては補給が……せめて補給部隊の準備を待って……」


「なーにが補給だ! 補給なんて物はエルフどもから分捕れば良いだろうが!」


「ですが、今後の統治を考えますと現地調達は可能な限り避けるべきかと……」


なおも食い下がる副官に対して、顔と顔がくっつかんばかりに口を寄せるイワンコ上級大将が吐き捨てる。


「ですが、ですがと、お前はデスガ国の人間か? ああ? なーにが統治だ。エルフどもは人間ではない。モンスターだ! モンスターを相手に統治もクソもあるか! 貴官……まさかとは思うが、神の教えを忘れたわけではないだろうな?」


「ですが、神の教えにはエルフを殲滅しろとは……」


「黙ってろ! ヴァレンチン少佐。どうも貴官はエルフの国への侵攻に向かないようだ。荷物をまとめて本国へ帰るように。いいな! これは命令だ!」


「……はい」


ここまでの侵攻作戦。

イワンコ上級大将が率いる神聖第3軍は後詰めとして備えていたため、大きな損害はない代わりに、大きな手柄も挙げていなかった。


第1軍、第2軍ともに存在しない今。

第3軍が手柄を独占する絶好の機会。


偵察兵によればこの先、ニューデトロの街は兵士と住民あわせて2千程度。

対する神聖第3軍の兵力は1万5千。

仮に副官の言う誘いだったとしても、兵力差を考えれば圧勝である。


イワンコ上級大将は室内に控える武官に、出撃準備の指示を下すのであった。




バタン。執務室のドアを閉じて副官、ヴァレンチン少佐は退出する。

あまりに至近距離からイワンコに怒鳴られ続けたヴァレンチンの顔は、唾に塗れていた。


「……まったく! なんだあの男は! 誰がデスガ国か! エルフの動き……あえて死体を見せびらかすように森に残している。なぜだ? 俺たちを誘いこむためだ。きっと何か罠がある。なぜそれが分からない!」


ハンカチを取り出して顔の汚れを拭い去った副官は、そのままハンカチを床に叩きつけるよう投げ捨てる。


「何を荒れておるのだ?」


「貴様たちは……?」


副官の前に現れた男たち。総勢10名。


「我らもようやく街に着いたので、イワンコへ挨拶に来たのだ」

「ぐふふ。今回もエルフを捕えて持ち帰るでござるかのう」

「いやはや。エルフは金になって良いのう。エルフ様様じゃて」


神聖教和国のAランク冒険者パーティ。


「バビロンズフォース。貴様たちも来ていたのか……」


総勢10名からなる熟練の冒険者でなっており、神聖教和国内で暴れるエルフ将軍を捕えたことで名を上げたパーティ。特にリーダーの実力は抜きんでて秀でている。


「リジェクション砦では、手柄をシャイニングホークに取られたものだが」

「ぐふふ。今度は我らが手柄を立てるでござる」

「ふぉっふぉっ。我らも今やSランクパーティじゃからのう」


エルフ将軍を捕えたバビロンズフォース。

その功績によりSランクパーティとなって、エルフの国へやって来たのだ。


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週間ランキング1位ありがとうございます。本日17時にもう1話投稿します。

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