第一話

 多分、私は生きていたらいけない存在なんだろう。呼吸をして、誰かと関わって普通の日常生活を歩むことさへも罪なんだろう。私が生きていると、周りの人が不幸になる。そんな考えをし始めたのは、小学3年生のころからだ。

 私が学校から家に帰ると寝室から母の声がした。玄関には、お母さんの靴ともう一つ大きい靴があった。お父さんの靴は黒色だが、ここにあるのは白色のスニーカ。きっと新しく買ったものだろうと思った私は、お仕事がないので遊んでもらえるということを期待して母の声がするほうに急いで向かった。

 ドアの隙間からお母さんと知らない男の人がキスをしている姿が見えた。あのときの私は純粋だったと思う。やっている行為の意味を知らず、乗り込んではいけない境界線を越えてしまった。


「お母さん、その人だあれ?なんで、キスしてるの?」


 私は不思議そうに母のもとへ向かった。母は最初は驚いた様子だったが、私の言葉を聞くと男の人の肩をたたいて、笑ってこう言った。


「んん~これはお友達にするものなのよ。お父さんのものとは、別の物なのよ。このことをお父さんに言うと私が不幸になっちゃうから内緒にね」


 本当にこのころの私は純粋だ。例えるなら、真水。いや、水素水と言ったほうがいいか。私は、わかった、お母さんを不幸にさせないよ、と敬礼して言った覚えがある。それから、頻繁に母とその男の人とのやり取りを見るようになった。多分お母さんも内心はうまく隠せていると思っていたのだろう。


 ある日の朝、母が会社の人と食事に行くと言って家に出た。お父さんは困った様子で、そんなこと急に言われても……とつぶやいていた。気になった私は理由を聞くと今日はサプライズでご飯を食べに行く予定だったらしい。


「お母さん、お父さんとの約束破ったの?」


「そうだね……」


 お父さんは苦笑いした。その様子を可哀そうに思った私はお母さんに仕返そうとあの約束を破ってお父さんに話してしまった。


「じゃあ、私もお母さんとの約束破る。お母さんはね、お父さんに内緒で他の男の人とキスしてたのよ。しかも、最近はよくやってるよ。お母さんは、お父さんに言ったら不幸になるからって言ってたから仕返ししてあげたよ」


 自慢げに言った言葉を聞いたお父さんは、喜んだ顔をしてなかった。真逆の暗い、そして何かに怒っているような顔をしていた。私は約束を破ったことがいけなかったのだと、叱られてしまうと思ってごめんなさいとすぐに謝った。お父さんは深呼吸をして優しい声で、震えた手で私の肩をつかんでこう言った。


「なあ、結衣。もしもだけど、お母さんが新しいお父さんを連れてきて僕と離れ離れになることがあったとしよう。その時、結衣はどうする?」


私はすぐに答えられなかった。


「無理に質問してごめん、ごめん。そうだな、どこか遊びに行こうか」


 苦しそうに、それでも優しく言ったときの、あの顔が今になっても思い浮かぶ。そしてそれは悪夢のように呪うかのように私を襲う。もしあのとき、私が約束を破っていなければ、こんなことにはならなかったのか。そもそもお母さんが原因なんだろうけど……。この選択が正しかったことなのか、それとも間違っていたのか、その真偽はわからない。


 それから数日後、お父さんとお母さんは離婚した。もちろん、私はお父さんに引き取られた。


 お父さんは男一人で私を高校生まで支えてくれた。しかし、高校入学の日、別れは突然やってくる。






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サヴィーライフ 青井 柚希 @aoiyuzuki0913

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