第5話

 日の日差しが、小さな窓口から入ってくる程度の薄暗い部屋。

 いや、部屋と呼べる代物とは言えないソコは、鉄の格子によって閉ざされていた、一つの区画。

 すくなくとも、木の床が存在している石牢とでもいえる場所に、一人の少女が横たわっていた。



 その少女の表情は、すでに感情というモノを損なわせ、流れだす涙というものは、とうに枯れ果てていた。



 何もすることができない、何もすることもない、身体を動かす気力さえ削がれてはいたが、その中でも、何も出来る事が無いために、物思いにふけるしかなかった。




 それは──


 自分という存在が、何故に生まれたのだろうか、私という存在は、何故に存在し続けているのだろうか……何度も繰り返すしかなかった。



 少女は、何度も同じことを、深く深く思い返していた。




 少女は、代々炎神に仕える一族の長の妾の娘として生を受けた。


 優しい母に恵まれ、そして炎神の一族としての役割をと、その愛くるしい容姿と、生まれた時の一族のならわしによる儀式で優れた能力を持っていると期待され、そして──妬まれた。



 しかし、育っていくと、期待の目は次第に消え去っていった。



 それは、少女の身体が問題になったからだ。

 生まれ出た時は、一族とかわらぬ肌の色をしていた。

 だが、それが年齢を重ねる度に、徐々に青紫にかわっていったのだ。

 それに釣られる様に、目の色も黒地に蒼い目になり、一族とはまったく異なる存在へと……



 先祖返りでは?という話もあったが、現代当主、つまりは現在の本家に連なる血筋には、その様な身体的な特徴を持ったものが記載されていない。


 一族の血が流れていないとさえ言われるのに、もう一つの理由もあった。

 それは、一族が持っているはずの"血の力が使えない"事も、その証左の一因にもなった。



 そうなると"異種族の種による子だ"という正妻の言葉により、その言葉を信じた父と周りの者たちから、母の地位は追いやられた。

 そして、実の父やその正妻、そして実子達から疎まれていく事となった。



 本家の父……頭首たちからは、自分たちの家族は下人という扱いとなったが、その対応が子供心に普通だと思った。

 いや、今ならわかる。思い込まされたと。



 自分は、一族とは違う存在であると、正妻やその実子、はては父であるはず存在からも、そういわれ続けた。

 だが母は、一族の血筋である事は間違いないと、強く強く教え解いていた。


 だが、その肌の色が問題になってからは、本家からは家族共々に虐げられる恰好で、与えられた仕事に従事する事で日常をすごしていった。



 年中、手にアザを作り、体中を酷使し、それでも生きていた。

 いや、""と言えなくもなかったが、その与えられる仕事を、辛いと思わない訳はなかった、けれども母親はいつも自分に優しくしてくれた。



『"サグア"には、必ず光が当たるわ。そう、眩い光を差し伸べてくれる方が必ず現れるから』



 そういっては、優しく抱きしめては、身も心を暖めていてくれた。

 それが、サグアの心を救っていた。救われていた。



 サグアは、眩い光を差し伸べてくれる人って、どんな人だろう?と、幼少の頃、読み聞かされた物語に出てくる、魔王を倒す勇者様の様な、悪い相手を成敗してくれる存在なのだろうか?と、思いを馳せていたこともあった。


 けれど、年齢が上がるにつれ、仕事の量は増やされ、辛い日々が続いては、そんな事も忘れ去られていた。

 だが、それでも、二人は幸せだったと思う。



 そして、サグアが16歳の成人を迎えた年に、母が他界した。

 原因は、過労による病死。



 私が、成人を迎えるにあたり、些細なお祝いにと、余計な仕事を受けていたらしい。

 その無茶が祟ったのか、私が成人を迎えて一月後の事だった。



 葬儀も何もなかった。

 一族の墓地にすら入れてもらえず、追いやられるかの様に隅の方に埋葬されるだけだった。



 それからは、サグアは母の分まで働かされる形になった。

 雑務をこなし、寝る間もおしみ、働いて働いて、働き続け……ついには、倒れた。


 

『もう使えんか……やはり、どこぞの奴の種を仕組まれたのか使えん奴だ。処分のしどきだな』



 その声は、父の声だったと思う。



『それで、どれぐらいになる?』

『魔人族の亜人ですか?勉強させてもらいますかね……。─────これぐらいでどうでしょうか?』

『娘のプレゼント代にもならんか、まぁいいだろう』

『ありがとうございます。では、衣類もこのままで持ち帰っても?』



 そう言っては、首から吊り下げたペンダントを引っ張り出す。

 それは、母からもらった、最後のプレゼントのモノ……



『かまわん。その様な汚いものなど一緒にな、処分の手間が省ける』

『了解しました。おい、運び出せ!ではでは、今後とも、ごひいきに』

『……もっと高く買い取ってくれるならばな』

『うへぇ、これは手厳しい』




 最後に見た父親は、ようやく処分できたとでも言った感じで、こちらを見下ろしていた。



 そして、ふたたび思いにふける……


 私という存在が、何故に生まれたのだろうか、私という存在は、何故に存在し続けているのだろうか……その深い考えに、何度も何度も繰り返すしかなかった……




「ちょ、こんなとこに入れるの?マヂで?トイレとかどうすんの?」

「うるせぇ!そこの壺にでもいれとけや、クソガキが!!」

「マヂで?嘘だろ?!衛生観念どうなってんだよ!」

「ゴチャゴチャとうるせえんだよ!だまって入ってろっていってるだろうが!こんのクソガキ!」





 ひとつの出会いによって、その世界が終わるときを、知らないままに──


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