第五話 初めての仲間
「はぁ、はぁ……」
テレジアの家を出てから約十分後、あたしはなんとか自分の家に帰ってきた。
自転車を漕いで町を横断している最中、気付いた事は2つ。一つ目は、まだゾンビが大通りを埋め尽くすような事態にはなっていないという事。本当にチラホラと、普段登校時に目に付くような人達が気力の無い足取りで歩いているだけだった。二つ目は、普段ならもっと居る筈の登校中の学生や、出勤前の大人達が全く居ないことだった。中央の交差点を通った時、南区の方から何か音がしていたのを除いて、町は依然として不気味なほど静かだ。テレジアの言葉が脳を過ぎる。
「ゾンビ達は意外と知能が高いかもしれない」
ゾンビ達が真っ先に通りに出て、闇雲に誰かを襲っていたとすれば、この小さな町では即座に通報される。そうしなかったということは、まずゾンビ達は同じ家の住人や知り合い、つまり近親者を狙って、静かに感染を拡大させている事は想像に難くない。
ビデオ屋で見掛けたフランクのおっちゃんも、テレジアの家に尋ねてきたリリーおばさんも、知り合いを訪ねたのだとすれば納得が行く。
しかしそう考えた時、また新たな疑問が浮かんだ。もしゾンビが一定数に増えるまで表立った行動を控えて待機しているとすれば、その統率を可能にしているものは一体なんだ?まずは発症後、家の中をくまなく探索して生存者を探す習性があるのかも。或いはゾンビになった途端、トランシーバーの様にゾンビ同士で連絡が取り合える……特別な共通意識があるとすれば……それを司る母体がいる?
そこまで考えた時、既にあたしは2階の自室のベッドの下からサバイバルバッグを取り出していた。
「よし、コレさえあれば取り敢えず……」
ガタンッ――
安心したのも束の間、下の階から音がした。タイミングからして声に反応した?あぁもう、あたしのバカ!なんで独り言なんて言っちゃったんだろう。誰か見てるわけでもないんだから、心の中で思えば良い事だった。あたしは新しく自分ルールの項目に"独り言禁止"と刻む。
「アアァァー?」
「ウヴァー……」
階段の上から階下の様子を伺うと、どうやらリビングに2人居る。あぁ、声の質からして間違いない。絶対に両親だ。
あたしは部屋へと戻ると、窓を開けて近くの木に飛び移って外を目指す事にした。流石に実の両親を金槌で殴るのは気が引ける。
「さよなら、二人でお幸せにね」
不思議と涙が出なかったのは、テレジアの時の方が悲しかったからというよりも、家出する時の感覚に似ていたせいだと思う。ちゃんと悲しかったハズだ、多分。この異常事態が落ち着いたら、後でしっかり悲しむ事にしよう。
あたしは一旦、木から屋根の上に登ると地図を広げて計画を立てる事にした。
今持っている装備は爺ちゃんの形見の金槌、ケータイ、財布、そしてサバイバルバッグ……中身は500mlの飲み水が3本、非常食のパックが5つに防寒具のシート、寝袋と細いロープ、懐中電灯、ピッケル、緊急信号用の発煙筒……なんとも頼りない。明後日くらいまでは持ちそうだが、早めに食糧は確保した方が良さそうだ。
長期的な生活を考えると東区の奥にある森を目指したいが、森の中で暮らすには今の装備では不十分だ。北区のショッピングモールに入っていたキャンプ用品店の事を思い出す。あの装備があれば何とかなりそうだけど……ゾンビが発生してる時にショッピングモールなんて!破滅ルートのお約束過ぎる、却下。
悩んでいると、地図の中、南区に赤いマークがしてあるのを見つけた。ここは、確か銃器を取り扱ってるサバイバル専門店だ!18禁のお店だから詳しくは知らないのだが、ネットで調べて高校を卒業したら絶対に行こうと思っていた。確かサバイバル用品の中に、キャンプ系のグッズも入っていた筈だ。ここにしよう。あたしは荷物を纏めると、注意しながら木を伝い下りて家の前に止めた自転車に乗り、南区を目指した。
中央通りの交差点から南区に入り、そこから数本目の角を左、次を右にと南東エリアの端の方へ進んでお店の前に着いた頃には時刻は8時を回っていた。普段なら学校の聖堂に同級生が集まる時間だ、今やあそこもゾンビの巣窟になっているのだろうか。いや、あの聖堂の入り口は狭くて、結構丈夫な扉だった。意外と立て篭もった生き残りの生徒達が祈りを捧げているかも知れない……そんな事を空想しながら、店の前に自転車を停める。
店の前は厳重なシャッターが閉まっていたので、裏口を探す事にした。南区のメインから少し離れているこのお店は、周りの家が大体取り壊され空き地になっている中、ポツンと立っている。周囲にゾンビが居ない事が一目で分かると、少し安心した。店を時計回りでぐるっと一周すると、裏口はすぐ見つかった。さてと……ドアノブを回してみるが、開かない。当たり前か。金槌を取り出して両手で思いっきり、ドアノブを叩いてみる。ガアアァン!と大きな音が響く。焦って周りを見渡すが、大丈夫。ゾンビは居ない。もし来るとしたら中に潜んでいる場合だが……中からも特に反応はなかった。ガン!ガン!ガン!何度も金槌を打ちつけると、だんだんドアノブが曲がってきた。よし、そろそろ……ドアとドアノブの接合部に出来た隙間に、ピッケルを挟み込み、更に金槌で叩く。カン!カン!……パキン!と音がして、ドアノブが取れた。今度は剥がれた部分から店の内側に向けて、ドアノブを叩き出す。無事に貫通した。
懐中電灯を取り出して、四角く開いた窓から中を覗こうとすると……ギョロリ。ちょうど向こう側から、こちらを覗く眼球と目が合った。
「きゃあああぁ!!!!」
「うわああぁぁ!!!!」
予想しない出来事に思わず叫び声を上げると、ドアの向こうの目玉も叫び声を上げた……
「へ?あれ?人間?」
「お、お前さっきから音がうるさ過ぎるよ!!入るんなら早く中入れ!」
「なによ!中に居るなら早く反応しなさいよ!」
「初めて外から音がしたんだ!ビビって悪いかよ!……あ、お前噛まれてないよな?」
男子は自分の事をジュースと名乗った。ゴーティエ高に通う不良の一人で、グループの集まりに遅刻して行ったから異変に気付けたらしい。彼の話じゃ昨日の深夜からゾンビが出始めたみたいだ。
「ジュースって変な名前」
「酒が飲めなくて、ジュースばっか飲んでたらこんな呼ばれ方したんだよ。けど本名は嫌いだからジュースでいい。覚え易いだろ?」
「まぁね。ジュースはなんでココに立て篭もったの?」
「メアリーと一緒さ、武器の多い場所が一番安全だから。あとここのドアはピッキング出来るって知ってた」
「へぇ、慣れてるんだ」
「まぁね。グループ内では下っ端だったけど、この腕だけは買われてたよ」
ジュースはハンドガンを握った右手を叩いて自慢げに言った。
「そういえば、よくハンドガン撃たずに待てたよね。ドア開く寸前なのに覗くの優先するのってかなり危険じゃない?」
「あはは、このドア鉄製だろ?一番安心する場所に背中預けたくてドアに腰掛けてたらアンタが来たからさ、腰抜けちゃったんだよね」
「はは!なにそれおっかしい!じゃ、銃を撃たなかった理由は?」
「笑うなよ?本当はビビって撃ちそうになったんだけどさ……セーフティーバー下ろしたままだった!」
「あっはははは!ベタ過ぎる!!ジュースがドジなお陰で助かったわ」
「笑うなって!でもオレも、訪ねてきたのがメアリーで助かったよ。他の人だったらまず脳天逝かれてただろうから」
「じゃお互い命の恩人って事ね!」
「そうだな……あ!記念に乾杯でもしようか。メアリーはゾンビ世界に入って3時間くらいだろうけど、オレは一夜過ごしてもう参っちゃってたんだよ」
「いいね!けどお酒飲めないんじゃなかったの?」
「勿論、コイツだよ」
ジュースの手には、瓶のジュースが2本握られていた。乾杯して一気に飲み干す。そういえば暫く水分を摂ってなかった。強烈な糖分が脳にグーッと昇っていくのが分かる。
「ップハアァー!美味しい!」
「世紀末に飲むジュースは格別だな!」
お互いに生を実感しながら、笑い合っていたその時だった。町中に大きな鐘の音が鳴り響いた。
『ゴオォォォーン、ゴオオォォォーン』
『カラアァァン、コロオォォン』
「これは……ゴーティエ高の鐘か?」
「それだけじゃない、ウチの学校のも鳴ってるよ!」
時計を見ると、時刻は9時6分。なんでこんな中途半端な時間に?
「ヴアァァ!!!」
「えっ、ちょ!中にゾンビ居るじゃん!聞いてないよ!」
「はぁ!?いや、ちゃんと倒したと思ったんだけど!」
「ああぁもう!、頭狙って頭!」
「ダメだ!店主ヘルメットしてる!!」
「グオォォォ!」
店から倉庫の狭い道を、体格の良いヘルメットを被った店主のゾンビが走ってくる。私は咄嗟に、飲み終わった瓶のジュースを地面に転がした!
「ブァッ!?」
転がった瓶は、ちょうどゾンビの靴の土踏まずに挟まり、そのまま走る動作に巻き込まれて空転。ゾンビはバランスを崩して勢いよく転倒した。「ナイスストライク!」「まだよ!致命傷を与えなきゃ」私は素早く駆け寄ると、ゾンビのヘルメットに向けてゴルフの要領で金槌をスイングする。ぱこん!と軽快な音がしてヘルメットが弾き飛ぶ。
「ジュース今よ!撃って!」
パァン!と銃声がして、店主の頭が破裂した。
「……ふぅ。なんとか倒せたわね」
「ごめん、てっきり死んでるものだとばかり……」
「まぁ確認を怠ったあたしの責任でもあるわ。今度からは早く言ってね」
「今度?」
「あれ、てっきりこれから長くバディになるものだと思い込んでたんだけど……あたしだけ?」
「まさか!いや、嬉しいよ。うん、今度からは気をつける!」
こうして、あたしはようやくゾンビ世界を生き残る冒険の、貴重な最初の仲間と出逢う事が出来た。
THE NICEST PEOPLE OF THE DEAD!!!! 秋梨夜風 @yokaze-a
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