第三話 あたしの住む町、ロガドゥ

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけてな」


 その日、あたしは自転車でいつも通りに家から学校に向かう……フリをして、テレジアの家へと向かった。


 中学の研修旅行事件以来、あたしはますます宗教への反抗心を強めた。だが同じく家族で、信者でもあるテレジアが味方をしてくれたことで、あたしはそこまで荒れる事もなく"奔放に生きる"方向で反抗期を謳歌していたのだった。

 両親は相変わらず過保護ではあったものの、あたしが研修旅行で餓死しかけたのをキッカケに宗教の押し付けは減り、良好な関係になった。めでたしめでたし……




 なんてね!問題はあたしが高校に上がる時に浮上した。なんと町には宗教系列の高校か、とびきり治安も成績も悪いヤンキー校の二つしかなかった!!!

 両親とは大喧嘩、あたしは勉強なんてどこでもできるって信じてたから、どうしても宗教系列の高校にだけは行きたくなかった。けど両親は将来に響くからと、ヤンキー校への入学に反対した。


「アナタは頭が良いんだから、聖アントワーヌ高校に受かれるでしょう?」

「ぜっっっったいにヤダ!!!!あたしはゴーティエ高に行く!!!」


 折衷案として、アントワーヌ高の受験だけ受けて、受からなかったらゴーティエ高で良い。という約束で試験を受けた。

 あたしは全力で、点を取らないようにテキトーに問題を解いた。試験時間の半分以上は寝てたんだ。けど、負けず嫌いなあたしは頭が悪くて落ちたって試験官に思われるのが嫌で、各教科のテストの中にある一番難しそうな問題だけを選んで解いた……それが運の尽きだった。

 合格発表の日の事を今でも覚えてる。あたしは受かってないと思い込んで番号の張り出された場所に向かった。そうしたら何故か、あたしの番号はそこにあった。


「アナタの娘のメアリーさんは、正直に申し上げて、天才です。コレは公には言われてませんが、実はうちの学校では試験の全教科に、中学生が解けない前提で一問だけ"捨て問"として、大学院生レベルの難問を入れてあるんです。今年の試験で全教科、その問題を満点解答していたのはメアリーさんだけでした。ぜひ特待生として……」


 合格発表の後、学校に呼び出されて三者面談した時の、校長先生のセリフだ。母さんはどれほど喜んだか知らないが、あたしはこの時ほど自分が愚かだと思った事はなかった。確かに歯応えのある問題だ、と楽しくなって解いたのは認める。けどまさか受かってしまうなんて。プライドなんて捨てて、四教科の答案用紙にデッカく「F」「U」「C」「K」と書き殴ってやればよかった。


 とにかく約束は約束だ。あたしは聖アントワーヌ高校に特待生として入る事になった。どうやら学費が特別価格になるみたいで、両親への経済的負担も減るからそれは、親孝行出来て嬉しかった。

 ただ毎週の月、金曜日は朝礼に神父が来て一週間のスローガンを説くミサを、水曜日は昼休みに礼拝堂に集まる事が決められていたので、あたしは毎週火曜日と木曜日しか学校に行かなかった。今日は水曜日。だからあたしは学校に向かわず、テレジアの家へと向かったのだ。


 あたしの住むロガドゥという町は山間部の田舎で、さっき高校が二つしかないと説明したことからも分かるように、そんなに大きな町ではない。自転車で三十分も掛ければ一周出来るだろう。元は炭鉱の産業で盛り上がった町だが、たかだか数百人規模のこじんまりとした田舎だった。

 しかしある時、当時の市長が宗教を基盤としてこの町を盛り上げようとスローガンを掲げた。それからこの町はじわじわと開発が進んで交通の便も発達し、今では数千人の町人が居ると言う。地元の人は信者とそうでない人の派閥に分かれており、町の中の方角でなんとなくエリア分けがされていた。

 元々のロガドゥだった区域は今の地図でいうところの南側のエリアで、北へと向かうほど新しく開発された街になっている。ヤンキー校と紹介したゴーティエ高があるのは一番古い南区。元から地元にあった高校で意外と歴史は長く、その周辺は治安が悪い事で有名だった。

 あたしの住んでいる北西エリアは、かつての市長が掲げたスローガンによって開発されたいわば新興住宅地。忌まわしきあの教会堂と、聖アントワーヌ校も同じ北区にあった。

 テレジアの住んでいる家は東区にある。南東エリアは古くから居住区として使われた地域で住み安く、治安も落ち着いていて、風情のあるエリアだ。あたしは町の中で東区が一番好きだった。映画館で言えば南区が断トツだけど、最近北区に出来たショッピングモールの映画館で同級生と大衆向けの娯楽映画を観る事も増えていたし、映画はテレジアと二人でコアなタイトルを借りて観るのが一番だから、やっぱりその点でも東区が好きって事になる。


 学校に向かう時には左折する道を直進して、あたしはテレジアの家に向かう。最初の頃、テレジアはあたしが学校をサボるのを悲しんだが、そのうち代わりに自習をする事で家に行くのを許してくれた。今日は自習が終わったらテレジアと何をしよう?そういえば前に喋った時、なんかの映画が観たいと言っていたっけ……

 あたしはテレジアの家へと向かう途中でDVDを借りる事にした。レンタルショップはモールにもあったが、北区のモールは午前10時からしか開いていない。あたしは自転車のハンドルを右へ向けた。

 南区と東区の境目にある個人経営のレンタルショップ『カサンドラ』は店長のリックがいつでも店を開けていた。リックは生活リズムが壊滅的で、早朝から深夜に掛けて常に店番をしていたが、日中は起きれずバイトが来なければ無人経営になるような、緩い店だった。何故潰れないのかは分からないが、今時ネットにも落ちていないようなコアな作品を取り揃えているから、知る人ぞ知る名店である。


「リックー!ねぇリック、居る?」


 あたしは店の中に呼び掛けると、返事が無い。店のドアは開いていたし、電気も点いてるからお店としては開いている。中で寝てるか、お菓子の買い出しにでも行っているのだろう。


「今日は何を観ようかな……と」


"ガタン!"


「え、なに……?」


 DVDを選んでいると、棚の奥から音がして、黒い人影がフラリと飛び出した。


「誰?あれ、フランクのおっちゃん??」


 出てきたのは、ジーンズに白いタンクトップ、エプロンに赤いキャップを被った巨漢。丸い顔を更に丸く覆うもじゃもじゃのヒゲ……帽子を取ると、もみあげで天パの髪の毛と繋がって完全にもじゃリングになるのだ。

 いつも町の交差点でキッチンカーからフランクフルトを売っている、馴染みのおっちゃんだった。フランクフルトを売ってるから、フランクのおっちゃんと呼ばれている。本名は知らない。

 確かリックは彼と仲が良いとか言っていた、飲み会終わりだろうか?フラフラしている……


「おっちゃん大丈夫?水でも持って来ようか?」

「あぁ、あああ……あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

「ちょっ、なに!やめて!!きゃああぁ!!」


"ガッシャーーーン!"


 フランクのおっちゃんはあたしが話し掛けると、酔っ払って分別が付かなくなっているのか、キャバクラよろしく触ろうとしてきた。間一髪で避けると、彼はそのままビデオの棚に頭から突っ込んだ。

 怖かった。いつものおっちゃんらしくない。優しい笑顔でトッピングやドリンクをオマケしてくれる、子供に人気のフランクのおっちゃんじゃない。酒が人を変えるとは聞くけど、ここまで変わるなんて……


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!う゛あああぁぁぁ!!!!」


おっちゃんは起き上がって、またあたしに向かって来ようとしているのか喚き立てる。しかしDVD棚に脚が挟まって、その場から動く事が出来ないでいた。


「おっちゃん落ち着いて!ね!救急車呼んであげるから!!じゃあね!!!」


 あたしはフランクのおっちゃんが暴れてる隙に店内から外へ飛び出した。この町であんなに人が暴れてるのを見たのは、夜の南区でラリって喧嘩してる人達を見た時以来だった。


「ヤバいヤバい、あのままで怪我でもされたら、次いつフランクフルト食べられるか分かんないよ」


 急いで鞄からケータイを取り出し、救急車へと電話を掛ける。


――プププ……プププ……ツーツーツー

「え?あれ?なんで??」


 繋がらない。何度掛けても、同じだった。


「もー!急いでるのに!」


 ケータイが故障してるのか、ならテレジアの家の固定電話を借りよう。あたしは自転車に跨ると、急いでテレジアの家へと向かった――

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