第二話 大好きなお婆ちゃん、テレジア

 アレ以来ずっと、あたしは両親へあからさまな態度を取り続けてきた。けれど未成年だから、やり過ぎることはしなかった。家から出されたら生きていけないということは分かっていたし、自分の身の程も弁えていた。

 その上で、宗教関連の行為だけは断じて拒否し続けた。食事の前のお祈りはダンマリを決め込み、毎週行ってた教会堂への集まりの参加もしなかった。

 両親はそれでもいつも、なんとかしてあたしが"教え"に従った行いを出来るように何度も小言を言い続け、時には声を荒げたりもしたが、両親はあたしへの真っ当な愛情と、その"教え"によって手を上げることはしなかった。それが、あたしが安全に家で反抗を続けられる理由でもあった。


 事態が急変したのは中学生の頃だ。突如、あたしはその宗教の研修旅行のようなものに参加させられることになり、一ヶ月ちかくの間、協会の運営する寮と学校施設で他の信者家庭の子達と集団生活をして過ごさなければならなくなった。

 あたしは焦った。教会の人達は子供を"矯正"するために色んな手段を使う。それこそお祈りをしなければ、まずご飯は食べさせて貰えないだろう。形式だけで表面上は穏便に過ごす事も出来るが、その頃からあたしは意志が強かった。


 これは戦いなのだ。お爺ちゃんの善意を虚仮にして、教義を都合の良いように使った許されざる集団との戦い……


 結果、あたしは集団生活三日目から食前のお祈りを唱えていないのがバレて目をつけられ、それから二日間ハンガーストライキをする羽目になる。

 結局耐えかねて逃げ出して、頼った先は両親ではなくテレジアの家だった。


 テレジアは父さんの母親……あたしのお婆ちゃんで、例によって信心深い、典型的な信者だった。いち信者に過ぎないが、寧ろ修道女の長老と言った方が納得できる。そんな風貌をしていた。

 宗教嫌いのあたしがどうしてそんな人の家に行ったかって?理由は簡単。テレジアはあたしの両親と違って、他人に思想を押し付けようとしないからだ。つまり彼女はただ自分の指針の一つとして上手く宗教を使っているだけで、孫娘のあたしに同じ振る舞いを強制するなんて事は一切しなかった。

 だからあたしはテレジアが好きだ。普段は両親が食前の祈りをする間、ムスッと仏頂面のあたしも、テレジアとご飯を食べる前は優しい気持ちで、彼女が小声で唱える祈りを聞いて待っていた。

 その祈りが少し長くても、全くイライラしなかった。強要されていないという事は、彼女の儀式を見守るのも無視するのもあたしの自由なのだ。それだけで気持ちに余裕があった。あたしはいつもテレジアを待って、彼女が祈りを捧げ終えた同じタイミングで、一緒に「いただきます」を言ってご飯を食べ始めた。


「先に食べてても良いのに、優しい子だねぇ」

「一緒に食べるから美味しいんじゃん!」


 そんな会話を毎度交わしていた。

 あたしが研修旅行から逃げ帰った時、テレジアは本当に驚いた様子だった。両親からは何も聞いていなかったらしい、そして彼女はあたしに温かいスープを出してくれると、すぐ両親に電話を掛けて大喧嘩を始めた。


「強要するなと言ったろう!?メアリーは賢い子なんだ、あんな奴らと一緒に過ごさせてバカが感染ったらどうするつもりだい!」


 スープを一口ずつ口へと運んでいたあたしの耳に聴こえたセリフは、あたしを何日かぶりに笑わせてくれた。

 テレジアはあたしを買い被り過ぎるくらいに評価してくれてたんだ。幼い頃にテレジアから聞いた事を、あたしは今でも鮮明に覚えていた。


「メアリー、あんたはアタシに似て美人だし、頭も良い。それに爺ちゃんに似て手先が器用だ……でもよくお聞き。優しくする人は選ぶんだよ、誰かれ構わず心を配ると価値が下がる」

「価値?あんまりよく分かんないけど……人には優しくするべきじゃないの?」

「教えではそうさね。けどあんたの優しさはそう簡単に配って良いもんじゃない。あの教えは、本当に気配りの出来ないバカどもに向けたもんさ。あんたは根っから優しいんだから、渋るくらいで丁度いい。世の中にはバカが多いからね、自分が優しくされたのを勘違いして、それが当然だと思って驕り始める奴もいるのさ。それで自分には価値があるって、自信にする奴らまで居る。そういうバカに下手に優しくして調子に乗らせちまう、ただ優しいだけの人だってバカなのさ……」

「テレジア、バカバカ言い過ぎだよ。そんなに沢山言ってると自分がバカになっちゃうよ」

「おや、心配してくれるのかい?メアリーは本当に優しいねぇ……」


 高校生になった今では、テレジアの言ったことがよく分かる。あの時言ってたバカってのは、他人の善意を利用する悪人達の事だ。そしてそういうのに警戒せずコロッと騙される人達も、同じく愚かだと言いたかったのだ。あたしは絶対に、バカにだけはなりたくなかった。

 

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