優しいギャルの時田さんは愛がおもい!?
さきはひ
プロローグ:Even though you leave this world, I stay still for your love.
いつかのように、桜が舞っていた。
着慣れない〈タキシード〉などという服に身を包んだ僕は、外に出て、その光景を見つめていた。
ゆっくりと、ひそやかに。
ひらひらと、でも、確実に。
降り積もっていく白っぽい花びらは、世界を少しずつピンク色に染めていく。
――結婚――。
それが自分にも関係あることだと感じられるようになったのは、いつからだろうか?
子どもの頃、映画やアニメに結婚式が出てくるのを見ても、いまいちピンと来なかった。
作り物だからしょうがないのかもしれないけど、教会とかブーケトスとか、出てくる物があんまりキラキラしすぎてて、どこか別世界の出来事に感じられたものだ。ちょうど、剣や魔法が飛び交うファンタジーのお伽話で、最後にお姫様と結ばれるみたいに。
でも、それは誤解だ。
異世界の物語とは違って、〝結婚〟は、本当に起こりえる。
必ずとは言わない。でも、もしも色んな条件が揃い、そして選ぶのであれば、現実になる出来事だ。
だけど……彼女が一番すきだと選んだ春の日が、あの作り事の世界みたいに、
ちょっとあまりに綺麗すぎるせいだろうか?
なんとなく僕は、『自分がこれから結婚する』という実感が持てないまま、結婚式の本番を迎えようとしていた。
「―――あげピー、待った?」
そこへ、後ろから。
出逢った時と同じように、僕のあだ名を呼ぶ声がした。
準備が出来たら控え室に行くと言ってあったのに、どうやら彼女の方から出てきてしまったようだ。
「あ、あそこで待ってていいのに。そんな動いたら――…」
振り返った僕は、思わず息を呑んだ。
「大丈夫大丈夫。どうせこれから動くんだし。それよりさ……どーかな、これ?」
そこには、花嫁の姿があった。
ドレスの腰部分は、しっかりとしたコルセットスタイルになっていて、グラドルも羨むような彼女の体型を引き立てるようにフィットしている。そこからは丈の長いフレアスカートが、足下にかけてふんわりと広がり、花の精霊のようだった。
でも。幻想的なドレスが単なる清楚さだけで終わらないのは、それを
彼女の顔。元から長く濃い睫毛と、意志の強さを感じさせる目は、もしもアイシャドウがなかったとしても際立っていただろう。
肌の光沢は
そう。ありふれた物語とは明らかに異なる現実、その1。
僕の結婚相手は、
彼女は僕の視線を感じたのか、少し照れくさそうに笑いながら、ふわりとスカートを持ち上げて一歩前に進んだ。
「――似合ってる?」
頬を染めながら、彼女にしてはぎこちない、精一杯の笑顔。
僕はそれが、彼女の――時田みいなの――場合は、いつもの強がりだっていうことを知っている。
それでも僕は、その問いかけにただ頷くことしかできなかった。
「似合ってるよ、とき………みいな」
つい
「そ?………よ………」
「よ?」
「良かったぁぁあ!!
あげピーも、カッコいいよ…?
うん……超カッコイイ……」
みいなは恥ずかしそうに、ベールに顔を埋めた。
「ウフフッ、奥様も旦那様も、とてもお綺麗ですよ。では最終確認ですが――…」
『探し物はなんですか?』と訊いてきそうな笑い声を立ててから、スタッフの女性は説明を始めた。
☆★☆★☆★☆
それから、僕らは式場の前で待機する。
これが恋愛モノの漫画やゲームだったら、間違いなくエンディングのシーンだ。しかし僕らにとっては、終わりどころか始まりでもある。
〈では、新郎新婦の入場です!〉
スタッフさんの手で、教会の扉が開かれる。
僕たちは手を取り合い、式場へと足を踏み出した。
外の桜舞う景色から一変して、中は荘厳な静けさに包まれていた。ステンドグラスから差しこむ光が淡い色彩を床に落とし、祭壇まで真っ直ぐに伸びる真紅のカーペットが僕たちを導く。
会衆席には親族や、招待された知人たち(まぁ、ささやかな数だけれど)が整然と座り、皆が静かに僕らを見守っていた。
足を踏み出すごとに、僕の頭の中では様々な考えが渦巻いていた。
僕らは、これから結婚する。
これから彼女と一緒に新しい生活を始める。その覚悟は有り余るほどあったはずなのに、いざこの場に立つと、頭の中が真っ白になり、
――これは本当に、正しい選択なんだろうか?
――僕らはこれからも、変わらずにいられるだろうか?
――そして、天国の母も、祝福してくれるだろうか?
もうとっくに解決済みなはずの問題が、なぜか最終ステージで蘇ってくる、以前倒したはずのボス敵みたいに次々と押しよせてくる。
『何やってんだ俺……今やらないで、いつやるんだ!!』と胸の中で
祭壇の前に辿り着き、その場で姿勢を正す。待機していた司祭がやってきて、うやうやしくお辞儀をすると、ありがたい話を始めた。当然、僕の頭には何も入ってこない。
――あれ、指輪交換ってどっちからやるんだっけ? さっき打ち合わせの時、なにか言われてたっけ? ていうか、いま持ってなくていいの……?
「では、新郎へ問います。その健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、これを敬い、これを助け、死が2人を分かつまで、妻、みいなを愛することを誓いますか?」
「ち、ちかい……」
司祭からの問いに、なんとか返事だけはしなければと、
嗚呼、
「……………そんなの、誓えない」
「は?」
顔を上げた。
司祭は驚きの息をこぼしたが、僕の方はむしろそれを吸っていた。
会場がざわつく。この花嫁のことをよく知っている人達だけが、こみ上げてくる失笑をこらえ、フシギと静まりかえっていた。
僕はというと、一体なにが時田さん(彼女の
……うん。なんとなく、答えの予想はついた。
時田さんは言う、
「死んで分かれ別れになちゃうなんて、いや………。
せっかく、……やっと、あげピーと結ばれたのに……。それで終わるなんて、
もう、絶対に、イヤなの。
天国へ行っても、地獄へ行っても………。
生まれ変わっても、あたしは永遠に、
この人だけを愛することを誓います!!!!」
鐘が鳴る。
祝福の鐘が。
果たせるかな。
来し方・行く先、さらには人知を超えた時の彼方でさえ、僕への愛を誓う。
そんな
うん、そうさ。理想的で・合理的なフィクションとは異なる現実、その2。
彼女が僕に対し、ヤンデるといっていい愛情の持ち主であること。
この事実を知らなかった者にとっては当然かもしれない。啞然、呆然とする司祭や親族、式に参加してくれた知人たちで、会場は静まりかえった。
だけど、最初は誰だっただろう? その中から、ぽつり・ぽつりと、手を叩く音が聞こえ。
それに連られて、
時田みいなは少しだけ顔に掛かっていたベールを上げ、僕と目を合わせた。
「ね。いいよね、あげピー?」
いかにもギャルらしい茶髪に見える、両サイドの少し長い部分。僕から見てその右の方だけが、ほんのりとピンク色に染まっていた。
……その意図を。伝えたい
変わらないけど、変わっていく。
変わっていくけど、変わらない。
これが彼女の、答え。
そして、僕の答えだ。
僕は手を伸ばし、もう片方のベールを上げる。
彼女に答えるべく、さらに近づく。
僕は、思い出していた。
そう―――。あの日も「時田さん」は僕の前にいた。
高校生の頃。はじめて教室で、彼女と出逢った時。
彼女の持つ2つの個性。
その時から彼女は、ギャルっぽい雰囲気を電気のように、ビリビリ出していて。
そして同時に。まるで宙から地球に落ちてきた隕石みたいに重く、時に破滅的でもあり、だけど時に救世主的でもある――。
僕への、とっても強い想いを抱えてくれていたということを。
~ A Kind Gyaru, Tokita's Love is Absolutely Crazy!? ~
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