最後の夏。~time-after-time

梅鶯時光

第1話 待ち合わせの階段

 あの日


 どうして俺は


 行くなと言えなかったのだろう


 どうして俺は

 

 付いて来いと言えなかったのだろう





 ひとつ年下の彼女と出会ったのは十九の夏だった


 バイクで走行していると


 イエロー・カットして強引に追い越す奴がいた

 

 コーナーの手前で急激に減速して俺のラインを塞いだ


「ふざけやがって、レーサー気取りかよ!」


 俺はアウトから回り込み、次のコーナーでインを突き前に出た


 ミラーで後方を見るとバランスを崩して転けそうになっている


「調子に乗りやがって、下手糞が!」



 山頂にある駐車場にバイクを停め


 缶coffeeを買い


 階段を登って


 誰も居ない展望台で大の字に寝転がって


 Short・hopeで一服するのが俺の決まりだった



「ねぇ、私にも一本ちょうだい」


 俺を見下ろし


 屈託のない笑顔で


 人懐っこく話し掛けて来た


 派手なツナギを着た女


 それが彼女だった


「お前はさっきの、ここは俺だけの場所だ。邪魔すんなよ!」


「ここは、皆の場所ですよーっ」


「チッ、一本やるからサッサと失せな」


 彼女は白い小さな手でタバコを持った


 俺は風を除けながらzippoに火を着けた


「ゴホッ、ゴッホ、うわぁ、不味マズい」


「ハッハッハ、お前タバコも初心者かよ! ダッセぇな」


「人は誰でも初めは初心者でしょ! 何よっ、カッコつけちゃってさ……」


 彼女は少し寂しそうに悲しい目をした


 俺は何故か、いたたまれない気持ちになり


 取り繕うように話し掛けた


「お前、良いバイクに乗ってるな。RG250Γガンマ、最新型だろ」


「エッヘン! Z400FXフェックスなんてもう時代遅れよ。アルミフレームが羨ましいでしょう?」


「別に羨ましくなんかねぇよバカ、2stの狭いパワーバンドが嫌いなんだ。お前みたいにフラフラするのはカッコ悪いし、何より危険だ」


「お前とかバカとか。おぬし、レディに対して失礼よ。さては彼女いないでしょ? あぁ、図星ね! 恋愛初心者じゃん。アハハッ」


 彼女は俺の顔を指さして笑った


 子猫の様にジャレ付いて


 何を言っても言い返して来て手を焼いた


「ねぇ、私が彼女になってあげるよ」


 一瞬、反応が出来なかった


「ふざけんな、バカ」


「照れちゃって可愛い! 強がらなくって良いよ。私が彼女になってあげるんだから。光栄に思いなさい」


「ケッ、しょってらぁ」 


「私はレイコ。君は?」 


「俺はサトル」


「チームは何処?」


「チームなんか入ってない。ひとりで走るのが好きなんだ」


「そう? 私は皆と走るのも大好き。腕を上げるためにチームの先輩と走るの」


 彼女のツナギのワッペンでチームが何処かは直ぐに分かった


 朝練と称して暴走ツーリングをやる事で有名なショップだった


 それからと云う物


 自称「俺の彼女」は何時も峠の入り口で待ち伏せをして


 俺のケツを突っ付いて来た


 そして、何時しかクロスラインで抜き返す様になっていた



「どう? 腕を上げたでしょ? もう私の事、初心者なんて言わせないよ」


「あぁ、良い走りだ。ビシッとしてる。でも、パワーウエイトレシオで勝っているだけだ。過信するなよ」


「あれー、男のクセに負け惜しみ? 分かった! 本当は悔しくて、家で泣いちゃうんでしょ?」


「泣くか、バカ! 年下のクセに、からかうんじゃねぇよ!」


 ひとりきりの俺の時間が


 彼女に占領されて


 白旗を揚げるのに時間は掛からなかった



「ねぇ、先輩とツーリングに行って、もっと腕を上げるからさ。そしたら競争しようよ、此処ここからふもとまで。良いでしょ?」


「下らねぇな、競争なんて」


「あー、ビビってるぅー、意気地無しねぇ」


「ビビってなんかねぇよ!」


 結局、展望台の階段で待ち合わせをして


 競走をする事になった


 見事に完敗だった


「言っとくが俺は19、18インチのTT100。16、18インチのお前の様に曲がれないだけだから、勘違いするなよ」



「参ったと言いなさい」


「参りました」


「うん、良い子。じゃあご褒美を頂戴」


「ご褒美? そんなモンねぇよ」


 彼女は人差し指で頬をタップして


 キスをせがんだ


 祝福のキスをする為


 唇を頬に寄せた時に


 彼女は顔の向きを変え


 唇と唇を重ねた



「ほら。 ビビってる 」



「マジで、ちょっとビビった……」


「可愛いんだ。ウフフッ」



 俺達は何時も展望台の階段で待ち合わせをして


 一緒に峠を攻めた


 峠を攻める事に飽きていた俺は


 彼女と海辺のツーリング・スポットに行く計画を立てた



「なぁ、今度の週末なんだけどさ……」

 

「私、朝練なんだ。国際Aと一緒に走るの。スゴイでしょ?」


「あぁ。 そうだな……勝手にしろ」


「何よ?  言って 」


「別に何でもないさ……じゃあなっ!」


「うん、またねっ!」



 峠を下って行く彼女の姿を見送った


 テールランプが光り


 ブレーキをリリースして


 ターンインを決めて


 コーナーに消えて行った


 それが彼女との最後だった



 何も知らない俺は 

 

 待ち合わせの階段で

 

 来る日も、来る日も


 彼女が来るのを待っていた


 


 時は過ぎ


 また夏がやって来た

 

 あの階段を登って展望台に行き


 タバコに火を着けた

 

 紫色の煙が空に溶けて


 走り去って行く彼女の


 排気煙の様に

 

 秋風に消えて行くのを


 俺は何時までも眺めていた

  


 ―― 終わり







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