第5話 「気遣いの行方」

「気を使ってくれたのはありがたいけどさ……」


 いきなり二人きりは勇気がいるだろう。いや、クリスマスイヴまでに二人きりになることは多々あったけど、その時と今とでは状況が違う。俺の反応に疑問符を浮かべている店員。そういえばカップルかどうかを聞かれていたのを思い出した。


「……まだ、付き合ってないです」


 美佐が遠くで服に目移りしているのを見計らって返事をする。


「あ、そうなんですね~。あの……頑張ってくださいね!」


 店員が俺を応援してくれる。そこに私情を挟むのは店員として良いのか。いや、俺達に付いて色々話しかけられるよりはマシか。


「え、なになになんの話? なにを頑張るの?」


「なんでもねえよ。店員が来るのを防いでただけ」


「ふうん……で、これとこれどっちが良い?」


 最大の難問が来た。昔テレビで見たことがある。こういう場合は女子側は答えが決まっているらしい。なら、これはどちらが美佐の好みかを当てるゲームだ……っ!


「……どっちも似合うと思うよ」


「やっぱり、すっごく適当じゃない?」


「適当じゃないって!!」


 全力で頭を回した結果です。どっちを選んでも絶対に似合うということだけは分かるものの、どちらにも良い部分があるせいで比較されても答えは出せなかった。


「もうカゴがいっぱいだね。そろそろ買おっか」


「金は俺が出すよ」


「え!? そんなの良いって。あたしもお金ぐらい持ってきてるし……」


「大丈夫。寧ろ、出させてくれ」


 ここで格好をつけないと見せ場がない。服選びでまともに意見を出せなかった失態を挽回したいところだ。俺の固い意志に折れたのか、美佐は顔を伏せて呟く。


「じゃあ、お願いします」


「おう」


 山盛りになったカゴを持っていくと、レジにはさっきの店員が立っていた。


「いらっしゃいませー……って、あ」


「あ……これお願いします」


 なんかニヤニヤしてるのが腹立たしい。店員から目を逸らそうとレジの値段を見ると、表示されていた額は五万円。


「……」


 軽くなった財布をしまって、俺は思った。バイト、増やさなきゃな……



 他にも店を回って、お腹が空いてきた俺達は休憩がてらレストランに寄ることにした。両親には夜ご飯はいらないと連絡を入れておいた。


「芽依ちゃん、用事に間に合ったかな」


「間に合ったんじゃないか。多分、きっと」


「今日なんかふわふわしてるね。どうしたの? 何かあった?」


 美佐が心配してくれる。だが、正直に話すわけにもいかず、どうしたものか悩む。


「ふわふわってなんか可愛い表現だな」


「え、じゃあもやもやとかもくもくとか?」


「全部可愛い感じになってるだろ。そういうところも――」


 言いかけた言葉を途中で止める。話題を逸らせたので目的は達成している。このタイミングで頼んでいた料理が届いた。


「今、なにか言いかけた?」


「……なんでも」


 どんどん自爆していく自分に呆れる。気恥しくなった俺は黙々と箸を進める。しばらく食器と箸の音だけが響く空間。


「ねえ、あたしもサンタを信じてみたいって言ったじゃん」


「ああ、今朝話してたやつか。それがどうしたんだ?」


 登校途中のバスの中。そういえばそんなことを言ってい た。


「あたしね、サンタがいたとしたらこれを願うって決めてる願い事があったんだ。……なんだと思う?」


 まさか俺に振られるとは思っておらず、何の回答も用意していない。頭を働かせるが、美佐がサンタに願う程欲しいものなんて知らない。


「服とかアクセサリーとかか? でも、それは買えば良いだけだしな」


 美佐もアルバイトはしてるし、両親も裕福だから金に困ることはないだろう。サンタなんて不確実なものに頼る必要がある物なんて――


「ううん、違うよ。あたしが欲しかったのは、形のないものだから」


 美佐の顔は俺が今まで見てきたものと全く違うような感じがした。


「……ごめんね。変な話しちゃった」


「それはいいんだけど、結局正解は何だったんだ?」


 意味深に言葉を止められると気になる。だけど、俺の質問に美佐は何も答えなかった。


「んー、秘密」


「なんだよそれ」


 そう言って互いに笑い合う。ひとしきり笑った後、美佐が立ち上がる。


「そろそろ帰ろっか。時間も遅くなってきたし」


「そうだな。俺も……」


 その言葉の続きを発する前に俺のスマホにメッセージが届く。芽依からだった。


『このまま終電逃して泊まりにしちゃっても良いんですよ? 近くのホテルの情報を添付しときますね』


「……馬鹿野郎!」


 好きな人をいきなりホテルに誘うとか難易度が高すぎるだろう。


「蒼樹どうしたの? そんな売れない芸人さんのツッコミみたいなことしなくても……」


「やけに具体的な例えはやめてくれ」


 適当なやり取りで精神を落ち着かせて、俺はスマホをしまう。


「帰ろう」


「メッセージはなにがきてたの?」


「気にしなくて良いよ。下らないことだから」


『私の気づかいのどこが下らないんですか!』


「どこから聞いてんだよお前は!」


 メッセージでいちいち割って入って来るな。俺は辺りを見回すが芽依の姿は見えない。

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