罪を償う

「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは、嬉しそうに口の端を吊り上げた、サラス中佐だった。


「サラス中佐……僕は今、忙しいんだ。用件なら後にしてくれ」


 僕はわざと頭を抱えたふりをしながら、サラス中佐に冷たく言い放つ。

 少しでも、困っていると見せかけるために。


「ハハ……シドニア将軍。この私であれば、あなたの悩みを解決できるかと」

「……どういうことだ?」


 薄ら笑いを浮かべるサラス中佐に、僕は訝しげな視線を送った。

 まるで、『貴様に何ができる』と言わんばかりに。


 だけど。


「実は、私は彼女……ミランダ=サモラーノ査察官とは旧知の間柄でして」

「……へえ」


 サラス中佐の言葉に、僕は興味を示してわずかに身を乗り出す。


「今回の件、私のほうで処理することも可能ですが……?」

「ふむ……だけど、当然ながら見返りを求めるんだろう?」

「さすがはシドニア将軍、話が早い」


 僕が乗り気になったのを見て、サラス中佐は相好を崩した。


「なあに、難しい話ではありません。この私を一階級昇進していただき、皇都へと転属となるよう便宜を図っていただきたいのです」

「なるほど、な……」


 さすがに一階級上の大佐となると、将軍職の者……つまり、侯爵位以上の爵位を持つ貴族でなければ、それを認めることはできない。

 となると、将軍職で最も若く、くみしやすい者といえばこの僕であると、サラス中佐は考えたんだろう。


 はは……だからこそ僕は、サラス中佐の配属を希望したんだけどね。


「なら、君に任せるとしよう……それで、調査結果と今後について、明日の昼にでも君とサモラーノ査察官、それにカサンドラ准尉の四人で話がしたいんだけど……」

「承知しました。そのように手配いたします」

「ああ……全てはサラス中佐にかかっているんだ。頼んだぞ」

「はっ!」


 敬礼するサラス中佐に僕は満足げに頷くと、彼は執務室を出て行った。


「さあ……あとは、明日で仕上げだ! これで僕は、晴れて青春をやり直すんだ!」


 僕は満面の笑みを浮かべ、拳を高々と突き上げた。


 ◇


「シドニア将軍、話はサラス中佐より伺っております」


 次の日の午後、目の前に座るサモラーノ査察官は昨日とは打って変わり、柔らかい表情を浮かべながらそう告げた。

 ふむ、サラス中佐は上手くやってくれたようだ。


「へえ……? どのように聞いているのかな?」

「もちろん、昨日の調査はなかった・・・・ことにする・・・・・、というものです」

「…………………………」


 査察官の言葉を聞きながら、隣に座るカサンドラ准尉は無言で紅茶を口に含む。

 昨日の調査の時もそうだったけど、上司である私が不正を働いたというのに何も言ったり庇おうとしたりしなかった。

 まるで我関せずを貫いているようにも見えるが、こういう時の彼女は油断ならない。


 ……まあいい。とにかく、次の段階・・・・へと進めることにしよう。


「どうして? 僕はもう覚悟を・・・決めてきた・・・・・というのに」

「「っ!?」」


 そう告げた瞬間、サラス中佐とサモラーノ査察官が息を呑んだ。


「フ、フフ……シドニア将軍、おっしゃっている意味が分かりませんが……?」

「ならもう一度言おう。僕は、覚悟を・・・決めてきた・・・・・

「何を考えているのですか!? この私が皇都本部に報告すれば、あなたは処罰されるのですよ!? 最悪、将軍職の剥奪どころか爵位さえも取り上げられてしまうことも……!」

「もちろん、僕は罪を……そして、罰を受け入れる! そのための身辺整理は済ませてある!」


 ああ、そうとも。

 この一か月間、僕は将軍職を辞するための準備を用意周到に進めてきた。


 これまでのシドニア家の財産……といっても、僕が一人で・・・遊んで暮らせるだけの分だけだが、既にセカンドライフを過ごそうと考えている帝国最西部の港町、“リスボア”へ運ぶ手筈は整えてある。


 私の後任についても、このような辺境最前線のサン=マルケス要塞に来たいと考える将軍は皆無だろうし、何より。


「サラス中佐……君のような指揮官がここに来てくれたこと、本当に嬉しく思う。君ならここを立派に守り抜いてくれるだろう。なあに、本来は将軍が司令官になるべきなのだろうが、そこはこの僕から君を推薦させてもらうよ……」

「っ!?」


 フフフ……僕を脅迫して昇進と転属を持ちかけてきたのだから、今さら断れまい。

 また、昨日の顛末の全てをカサンドラ准尉に残しておけば、あとは上手く取り計らってくれるだろう。


 このサン=マルケス要塞の、裏の支配者・・・・・として。


 もちろん、彼女に全ての重圧を被せることになるのだから、報酬としてリスボアの街に運ぶ財産を除いた残り全てを、彼女に譲るつもりだ。


 フフフ……完璧! 今度こそ・・・・僕の計画は完璧に実行されたぞ!


「ということで、僕は査察官と共に皇都へ赴き、全ての罰を受けてくる。カサンドラ准尉……決して止めないでくれよ……?」


 釘を刺すように、私は彼女に鋭い視線を向ける。

 聡明なカサンドラ准尉のことだ、自分自身がこんなくだらないことに巻き込まれるような真似はしないだろう。


 僕は満足げな表情を浮かべ、呆然とするサラス中佐とサモラーノ査察官、そしてカサンドラ准尉の前を通り過ぎ……っ!?


「ベルトラン将軍、ご心配には及びません。全ては片づいております」


 そう言うと、普段表情を変えることが滅多にないカサンドラ准尉が、ニタア、と口の端を釣り上げた。

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