査察官の来訪

「これはこれは査察官殿、このような辺境までようこそ」


 サラス中佐が配属されてから一か月後、皇都より“ミランダ=サモラーノ”査察官が突然やって来た。

 もちろん、この私が不正を犯していないかどうか、調査するために。


「シドニア将軍。この私は査察官ですので、そのような馴れ合いは不要です」


 僕は右手を差し出して歓迎の意を示そうとしたけど、残念ながら査察官にジロリ、と睨まれ、握手は叶わなかった。

 サラス中佐とはずぶずぶの関係のくせに、清廉潔白な人物を演じるのは慣れているようだ。


 それにしても……。

 僕はサモラーノ査察官をまじまじと見る。

 うん、どう見てもクールで綺麗なお姉さんというのは査察官のような女性を言うんだろうなあ。

 見た目が子どもなカサンドラ准尉とは、圧倒的に違う。特に胸が圧倒的に。


 だけど、この冷たく真面目な印象を与えるようなサモラーノ査察官が、あのサラス中佐と関係に及んでいるということが、不思議でならない。

 そして僕は今夜、悔しさと羨ましさで枕を濡らすことになりそうだ。チクショウ。


「……何でしょうか?」

「……いや」


 おっと、一応・・女子であるカサンドラ准尉を見たら、ゴミでも見るような視線を返されてしまった。別に慣れているからいいけど。


「それでは調査を開始します。財務諸表、軍事計画書、備品・消耗品リストなどを全てご用意ください」

「はっ」


 カサンドラ准尉は敬礼すると、兵士達に指示をして僕達のいる応接室に書類を次々と運び込む。

 完璧主義のカサンドラ准尉だから、万に一つも書類にミスなどはあり得ないし、ましてや不正などを見過ごすような真似は絶対にしない。

 だから、今回の調査でこちらにとって不都合となるようなものは何一つ見つからないはずだ。


 ところが。


「へえ……これは、面白いですね」


 一つの書類を見つめながら、サモラーノ査察官は口の端を持ち上げる。

 調査開始からわずか一時間足らずで、この大量の書類の中から何かを見つけたようだ。


 ずさんな書類管理をしているのであれば、短時間で指摘すべき事項を見つけても不思議ではないが、カサンドラ准尉が確認した書類でそれは絶対にあり得ないと断言できる。

 つまり、最初からどこに問題があるか分かっていたということだ。


「シドニア将軍」

「何かな?」


 僕は余裕の表情を見せながら、査察官のそばに寄る。


「ここに記されている銃の発注ですが、伝票では五十丁となっているのに、その三倍もの額が支払われているようですが?」

「へえ……?」


 僕はとぼけながら、指摘された伝票をしげしげと眺めた。


「これは、サン=マルケス要塞の経理を行った者が、支払金額を水増ししているということのようですね」

「はは……というかこれは、懇意にしている鍛冶屋から僕が直接発注したもののようだな」


 サモラーノ査察官の言葉を、僕はすかさず否定した。

 そもそもこの書類を用意したのは、この僕なのだから。


「なるほど……では、これはシドニア将軍自ら行ったと?」

「そうなるだろうか……だが、それが何か?」


 鋭い視線を向ける査察官に、僕はなおもとぼけてみせる。


「フフ……ですが、同じように支払額が水増しされている伝票が何通もありますが、これらも全て将軍が行ったものということでよろしいのでしょうか?」

「は、はは……そうかもしれないな」


 答えにきゅうし、僕はハンカチで汗を拭く仕草をする。

 よし、これだけ証拠が見つかり、あからさまな態度を見せれば充分だろう。

 さあ……早くこの僕を糾弾してくれ。


「……まことに残念ですが、このようなものを見つけては、皇都本部に報告せざるを得ません。これだけの規模となってしまいますと、軍法会議ものですので」

「っ!? ま、待ってくれ! このようなこと、皇国ではよくある話・・・・・だろう! そ、そうだ、もしよければ、この件についてゆっくりと……」

「申し訳ありません。査察官である以上、調査以外でシドニア将軍とお話しすることはありませんので」


 そう言うと、したり顔のサモラーノ査察官は引き続き調査を行った。


 なお、隣のカサンドラ准尉から絶対零度の視線を向けられ続けたのはご愛嬌だ。


 ◇


「ふう……」


 今日の分の調査が終わり、僕は執務室の椅子の背もたれに体重を預け、息を吐いた。

 しかしまあ、面白いくらいにタイミングよく査察が入る上に、こうも見事に仕込んだ伝票を見つけるんだから、サラス中佐も意外とまめ・・だなあ。


 それに会計書類に精通していないと、あの膨大な書類から一か月に満たない期間で発見することなんて、たった一人では不可能に近い。

 最初はこの不正を告発されて将軍職をクビになることを狙っていたけど、意外に掘り出し物・・・・・かもしれないな。


 などと考えていると。


 ――コン、コン。


「どうぞ」

「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは、嬉しそうに口の端を吊り上げた、サラス中佐だった。

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