第3話 異世界日本食レビュアーズ
買い物を終えて自宅に戻るとほぼ夕刻。
西日が朱色を帯びてくる中、俺はエプロンを巻いてキッチンに立つ。
キッチン中央のテーブル。
まな板には鶏のもも肉。そして、その横に鶏卵。
冒険者時代によく通った酒場で譲ってもらったものだ。
まずは、包丁で鶏のもも肉を一口大に切っていく。
「ったく、なんでウチがこないな田舎のダンジョン前まで来ないかんねん」
「ジェロ、なんなのこいつ? さっきから文句ばかりで腹立つんだけど!」
「なんや田舎猿? 誰に向かって口利いとんねん?」
「なによ陰険狐! 文句があるなら帰りなさいよ!」
「ジェロはんが『ぜひ食うて欲しいもんがある』って言うから、わざわざついてきたんやろが! 客やぞ客! お客様になんやその態度は!」
「なによまな板!」
「なんやと乳牛!」
俺の背中で壮絶な口げんかを繰り広げる嫁と卸問屋の若女将。
キャンティがいるのは他でもない。
彼女にからあげを食べてもらうためだ。
俺の「賭け」とはキャンティに「料理を試食してもらう」こと。
食品卸を営む彼女なら料理の善し悪しは一口で分かる。
納得してもらう自信があるからこそ俺は彼女を招いた。
もちろん多忙な卸問屋の若女将が駆け出し弁当屋の話をまともに聞くはずない。そこで「俺が作るのは東方由来の調味料を使ったものです」とカマをかけたのだ。
はたしてキャンティはその誘いに乗った。
ただ――。
「ったくなんやねん、この失礼な田舎猿は」
「だから、失礼なのはアンタよ陰険狐!」
「ジェロはんこんな差別主義者を店で働かせとったら評判落ちまっせ!」
「店員じゃなくて嫁よ!」
「ほなそれこそ大変や! 商売するなら、嫁はもっと都会的で品のある大人の女にするべきや! そやなたとえば――ウチみたいな?」
「いい加減にしなさいよ!」
ミラとキャンティの相性がここまで悪いとは思わなかった。
口を挟むと泥沼になる。
調理に俺は集中した。
ボウルに醤油大さじ2、みりん大さじ1、酒大さじ1を加える。
すりおろしたしょうがを入れ、鶏肉を投入してよく揉み込む。
肉に下味を染ませながら菜種油が入った鍋を火にかける。
ぐつぐつと黄金色の液体が煮立ったら次の工程へ。
もう一つボウルを取り出して鶏卵をそこに割る。殻が入っていないか確認し、菜箸で卵をしっかりかき混ぜる。
「二人とも、油が跳ねるかもしれないから気をつけてね」
「「はーい」」
タレに漬け込んだ肉を卵にくぐらせて小麦粉をまぶす。
油の中に落とせば、「ジュウゥウ!!」と食欲をそそるいい音がした。
鉄鍋を満たす薄茶色の塊。
鍋から香る衣の揚がる匂い。
そして昇り立つ熱気。
これこれ。
これぞ油モノの醍醐味。
「……なんだろ、すごくいい匂い」
「……ほんまやな。嗅いだことない匂いやのに涎が出てくる」
喧嘩をしている女性も自然に黙る。
やっぱり向こうで美味しいものは異世界でも美味しいのだ。
かまどの火を消して油切り用のバットにからあげを移す。
二度揚げは――小さめのサイズだから不要だろう。
山盛りのからあげをテーブルで待つ嫁と若女将の前に置いた。
「お熱いうちに召し上がれ」
「「いただきます!」」
競うように二人はからあげにフォークを伸ばした。
小さな口に茶色い衣が消えると、すぐにその頬が綻ぶ。
さきほどまでけんけんと口やかましく言い争っていたのが嘘みたいに、二人はご機嫌な笑顔を浮かべると、はふはふと息を吐いた。
それそれ。
その顔が見たかったんだ。
「ジェロ、これ美味しいよ!」
「なんやこの柔らかい鶏肉は! 煮込んでもこんな風には仕上がらんで!」
「……えへへ、もう1個食べよ」
「こら、乳牛! ずるいぞ!」
「いいじゃない。旦那の料理を食べる権利が妻の私にはあります」
「そしたら、ウチはジェロはんの取り引き相手や!」
しまった。
こりゃ材料の量を間違えた。
俺の分がないぞ。
早い者勝ちとフォークを伸ばす嫁と若女将。
すっかり異世界料理の虜になった二人を尻目に、俺は小振りなからあげを指で摘まんで口に放り込んだ。
うん。
からあげだ。
なんの変哲もない転移前に食べてたあの味だ。
「あれ、ジェロってば泣いてるの?」
「どないしたんやジェロはん?」
別に元いた世界に思い入れなんてない。
ない、はずなのにな。
久しぶりに口にしたからあげはなんだか胃と心に沁みた。
◇ ◇ ◇ ◇
「間違いない。これは売れる」
「でしょ」
「こんなん酒場で出したら、あっちゅうまに人気メニューや」
「あっちの酒場でも定番メニューでした」
キャンティはからあげに力強い太鼓判を押してくれた。
ただし。
「問題点は山積みやけどな」
「それはまぁ」
卸問屋の若女将らしく、同時に問題点も指摘した。
「東方由来の希少な調味料。揚げるのに大量に使う油。温度調整の難しさ。なにより価格設定。ジェロはん。これをホンマに銀貨1枚で売る気なんかいな?」
「高すぎますかね?」
「安すぎやドアホウ!」
キャンティが懐から手帳を取り出す。
材料をリストアップすると彼女はそこに原価を書き込んでいく。
はたして、からあげの材料費は――。
================
○からあげ
鶏肉 : 銀貨1枚
卵 : 銀貨1枚
小麦粉 : 銀貨0.05枚
醤油 : 銀貨3枚
みりん : 銀貨5枚
酒 : 銀貨10枚
しょうが: 銀貨2枚
油 : 銀貨2枚
合計 銀貨 24.05枚
================
「大赤字やで!」
目の当てられない数字に思わず血の気が引いた。
銀貨24.05枚って。
元いた世界の価値で2万4千円だぞ。
どんな高級弁当だよ。
え、異世界で食べるからあげって――高すぎ?
「こんなん銀貨1枚で売ったらやっとられへん! 酒場でも扱えん! 商都の大通りにある立派な門構えの料理屋で、メインディッシュとして出すようなもんや!」
「そんなたいそうな料理じゃないよ」
「せやかて実際こんだけかかってんねや!」
コスト高すぎ問題。
せっかくいいアイデアだと思ったのに――。
頭を抱えた俺に「せやけど」とキャンティが微笑む。
「まぁ、調味料についてはタダで卸したってもええ」
「えぇっ⁉ いいんですか⁉」
「ものは考えようや。ジェロはんの料理が流行れば調味料の需要ができる。そしたら輸入する量も増やせるし販路もできる。まぁ、先行投資やな」
なるほど。
調味料の需要が高まればキャンティが儲かるわけか。
それなら俺も遠慮せずに甘えられる。
「とにかく! ブレロー商会はジェロはんの弁当屋を全面的にサポートするで!」
「ありがとうございます!」
「きばってや! ジェロはんの作る異世界の料理にウチの店の命運を託すさかい! もしも失敗した時は、それ相応の責任は取ってもらうでな!」
「責任って?」
「そらもちろん可憐な乙女(の経歴)を傷物にしたんやさかい……」
妖艶に微笑むキャンティ。
何も言わずに彼女は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
つつつと背中を爪先でかいた和装の狐娘は、妖しく俺を見上げて頬を染める。
なにこの反応。
責任ってもしかして、そういう――?
「ジェロはん。ウチにアンタの頭の中――人生を預けてみやへんか?」
「違った! 異世界知識を求められるパターンの奴!」
「ウチとアンタで店を大きくしよや。異世界知識で大儲けや」
「別に結婚しなくてもいいですよね?」
「ジェロはん、結婚いうんは相手の人生を縛るための制度やで?」
「ヤベえタイプのヤンデレだこれ」
「心配せんでも仮面夫婦でかまへんから。こんなちんちくりんやさかいな、女扱いされんのは馴れてもうた。いくらでも愛人作ってかまへんで。それも男の甲斐性や」
「いや、キャンティは普通に魅力的な女性だよ」
ぼっと狐娘の頭から湯気が立つ。
黒髪から出る狐耳がピンと天を突くと、酒でも飲んだようにその頬が赤くなった。
さきほどまでの密着ぶりが嘘のようにキャンティが俺から離れる。
自由になったその手で、彼女は頬を挟むように隠した。
「冗談はよしてやジェロはん。心臓に悪い」
「冗談じゃないよ」
「嘘やん。せやったら――ウチとセックスできるんかいな!」
「……できると思うけど?」
「嘘や、ウチとセックスできるやなんて……」
「嘘じゃないって」
「異世界ではウチみたいな幼児体型とセックスするのも当たり前なんか?」
「普通に犯罪だね」
けどここは異世界だから。(重要)
俺の「17歳の嫁」と同じく「どう見てもロリ」といたすのを、この異世界が許すのならば全然余裕だった。彼女みたいなガチロリでもいたせる自信はあった。
完全にフィーリングで言っているが。
みるみるキャンティの顔が赤くなる。
桃色を通り越して林檎みたいな色だ。
見つめ合うキャンティと俺。
これまでの強気が一点、しおらしい乙女の顔をする若女将。
彼女は口元を手の甲で押さえると、耐えかねるように鼻先を逸らした。
「堪忍してや。うち男女の機微は分からんさかい……」
「キャンティ。もっと自分を大事にしなよ。君はこんなにも魅力的なんだから」
「そないなこと言うてくれるん、ジェロはんだけやわ」
「キャンティ」
「ジェロはん」
「嫁の前でなに浮気してるのよ――このすっとこどっこい!!!!」
ごんと頭に重たい感触。
振り返れば大鍋を握りしめた鬼嫁が、気炎を背中にくゆらせて立っていた。
そうでした。
俺、結婚していたんでした。
新婚ほやほや、新居で生活をはじめたばかりでした。
浮気はダメよね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ロリ狐娘に「セックスできるんかいな!」と迫られて「できるさ!」と男前に答えたい――という方は、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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