第2話 異世界でからあげを揚げて生きて行く

 俺たちが住むモーリオの町は穀物の栽培を主産業とする小さな町だった。


 どこまでも続く小麦畑。用水路を流れる澄んだ水。

 あぜ道を耕作用の牛とロバが行き交い、家の庭で放し飼いの雌鶏が鳴く。

 男たちは畑を耕し、女たちは内職に精を出す。


 長閑な田舎町。


 しかし、それは10年前の話。

 町外れにダンジョンができてから町の様相は一変した。

 ダンジョンが無限に生み出すモンスターと財宝を求めて冒険者たちが町に殺到。「冒険者ギルド」が町長一族を買収し、町はギルドの管理下に置かれた。


 以来、モーリオの町は「ダンジョン近くの宿場町」になった。


 そんな全ての原因となった町外れのダンジョン。

 その前にぽつんと立っている廃墟がある。


 二階建て。

 入り口は両開きの鉄扉。

 漆喰で塗り固められた外壁。

 出入りする者が誰もいない謎の物件。


 オヤジさんに尋ねたところ「町長が使っていた倉庫」だという。


「もうすっかり町長一家は商都住みだからな。冒険者ギルドからの土地代で気ままな隠居生活よ。残していった建物くらい管理して欲しいんだが」


 町長なのに町に住んでないってなに。

 頭が痛くなる話だが――こっちにとっては好都合。


 店舗兼住居としていい物件だなと俺はその倉庫に目をつけていた。


「あの倉庫って買えません?」


「いや、たぶん譲ってくれるぞ。処分するのも手間だし」


 オヤジさんはすぐ話をつけてくれた。

 土地・建物の権利書を俺の名義に書き換え、さらに処分費用として銀貨500枚を出させた。


 田舎のおっさんは異世界でもたくましい。

 そして気前もいい。


「持ち主はお前たちだからな。処分費用も受け取っておけ」


「悪いですよオヤジさん!」


「……バカ、俺の手間賃はもう引いてあんだよ」


 抜け目さえなかった。


 ありがたく処分費用を開業資金に。

 内装の改装などを経て、念願の店を俺は手に入れた。


 一階が売り場兼キッチン。奥に倉庫と事務作業スペース。

 二階が居住区。夫婦共同の寝室に書斎、応接室。

 裏庭には井戸に洗い場、小さな畑、そしてくみ取り式のトイレ。


 新居の完成初日。

 俺と嫁は手を握って完成した新居を見上げた。

 これからこの店で俺たちは生きていくのだ――。


「それで? ジェロはいったい何を売るつもりなの?」


 さっそくキッチンに立った嫁がエプロン姿で尋ねる。

 かくいう俺もエプロンを締めて準備万端。


 気分は新婚の前に料理人だ。


「やっぱり定番が大事だと思うんだ」


「定番?」


「うん、みんなが好きな食べ物」


「そんなものがあるの?」


「あくまで、俺がいた世界だけどね。大人から子供まで食べられて、嫌いって言う奴を見つける方が難しい食べ物――」


 ずばり「からあげ」だ。


 からあげ弁当はどこのコンビニ&弁当屋にもある超定番だ。

 逆にない店を探す方が難しいんじゃないだろうか。


 調理も簡単。

 肉を刻んで衣をまぶして揚げるだけ。

 油の管理さえ気をつければ誰でも作れる。


 というか俺が食いたい。

 異世界転移してから「からあげ」食えないの辛すぎる。


 まずからあげなら売るのも作るのも失敗することはない。

 俺はこの元いた世界の定番料理にかなりの自信があった。


 だが――。


「本当に作れるの?」


 嫁から返ってきたのは辛辣な言葉と冷たい視線だった。


「大丈夫だよ、鶏肉を油で揚げるだけだから」


「鶏肉ってどこで手に入れるの?」


「それは」


「揚げるって言うけど、菜種油も高いんだよ?」


「ぐ、ぐぬぬ」


 悔しいけれど嫁の言う通りだ。

 ここが異世界なのを忘れていた。


「とりあえず、必要なものをリストアップしよう」


「そうね」


 俺はテーブルに置いた紙に思いつくだけの材料を書き出した。


================


○からあげ

鶏肉  : もも肉1枚 or むね肉1枚

卵   : 2個

小麦粉 : 大さじ5杯くらい?

醤油  : 大さじ2杯

みりん : 大さじ1杯

酒   : 大さじ1杯

しょうが: 小さじ2杯

油   : 300㎖くらい?


○麦飯

大麦  : 0.4合

米   : 0.1合


================


「ミラ。小麦粉と大麦と稲は、オヤジさんからもらえるかな?」


「大丈夫。タダで持ってけって言うと思う」


「よし! 頼りになるのは実家が農家の嫁!」


「それ褒めてるの?」


 そう言いつつも頬を赤らめて少し嬉しそうなミラだった。

 ともあれ、何が問題なのかが見えてきた。


 まず、絶対に必要なのは鶏肉。

 次に、調味料。

 最後に、卵だ。


「鶏って買うのに銀貨何枚だっけ?」


「5枚(5千円)かなぁ」


 5千円の弁当ってどんな高級料理だよ。

 鶏肉にするにしても卵を産ませるにしても手間がかかりそうだ。


 手や庭から材料が湧いてくれれば嬉しいなぁ。

 なんで俺には異世界転移特典がないんだろうか。


「とにかく、頑張ってねジェロ!」


 17歳の巨乳嫁はいるけど。


「私、夫の稼ぎが悪くて出戻るなんて、かっこ悪いの嫌だからね」


 けど、その嫁さんも結構シビア。

 ちくしょう、なんでこの異世界転移ってば妙な所で不親切なんだ。

 気持ちよくチートさせてくれ。


 とほほ。


「落ち込んでも仕方ないし。町で必要な物でも見てこようかな」


「あ、私も一緒に行く!」


 そんなわけで、夫婦二人で仲良く買い出し。

 ダンジョンと町の中心を行き来する乗合馬車。冒険者を降ろして空いている馬車で、俺たちはモーリオの町の中心へと向かった。


◇ ◇ ◇ ◇


 鍛冶屋で調理器具を揃えた俺たちは道具屋に入った。

 ここでミラとはお別れ。女性店員を捕まえて幼妻は服の売り場に消えた。

 新しい服を買うつもりらしい。


 せっかく看板娘もいることだし制服でも作ろうかな。

 メイド服。アンナ○ラーズの制服。いっそフー○ーズとか。

 いや、作務衣姿が一番いいかもしれない。


 嫁のコスプレ姿を想像してちょっと悶々。


 いけない。こんなことをしに町の中央まで出てきたんじゃない。

 頬を叩いて浮ついた気分を払うと、俺は食料品売り場の店員に話しかけた。


「尋ねたいことがあるんだけれど」


「はい、なんでしょうか?」


「醤油、みりん、料理酒という調味料に心当たりはないかい?」


「……さぁ、うちでは扱ってないと思います」


 ダメ元で聞いたがやっぱり異世界に調味料はなかった。

 まぁ、そりゃそうだ。異世界で醤油が出てきたらこっちがたまげるよ。


「珍しい調味料なんですか?」


「まぁ、おそらく」


「でしたら商都の卸問屋を尋ねた方がいいかもしれませんね」


「卸問屋か……」


「そういえば、ちょうど食品卸の若女将が商談に来ていて」


 なんて聞いた矢先、「パリン!」とガラスの割れる音が店内に響く。


「なに言うてんねんや! 葡萄酒を仕入れるついでに珍しい酒も欲しい言うから、わざわざ都合つけたんやないか! それをやっぱり預かれんとはどういう了見や!」


 続いて、女性の怒鳴り声。

 身もすくむすごい剣幕だ。

 冒険者やってても、こんな修羅場には出会ったことがない。


 思わず店員と顔を見合わせる。


 まさか、噂の卸問屋の若女将だろうか。

 これは早々に店を出た方がいいかもしれない。

 などと他人事でいられるのはそこまでだった。


「大丈夫や! この東の島国から仕入れた大吟醸――米から造った酒はなかなかの品やで! 出すとこに出したらすぐに人気になる! ウチが太鼓判押したるわ!」


「日本酒⁉」


 探していた調味料の名を聞いて思わず俺が叫ぶ。

 その声に「あん」と怪訝な声が返った。


 店の奥から顔を出したのは頭に耳を生やした狐の獣人。


 身長はちょっと低めで俺の肩くらい。

 黒く艶やかなおかっぱ頭に、つるぺたすってんどんの見事な幼児体型。

 異世界には似合わぬ着物姿に紋入りの半纏。


 ロリを確実に殺さんばかりのキャラだな……。


 ふりふりと尻尾と狐耳を揺らして彼女は俺に近づいてきた。


「なんや。さっき叫んだんはあんさんかいな」


「そういう貴方は卸問屋の女将さんで?」


「せやせや。小麦から酒まで食料品ならなんでも扱う卸問屋。ブレロー商会のやり手若女将のキャンティさんやで」


 ぽんと彼女は着物の帯を叩いて胸を張る。


「ほんで、あんたさんはどちらさん?」


 気まぐれかはたまた商談のクールタイムかキャンティが話しかけてくる。


 この幸運を逃す手はない。

 かいつまんで俺は身の上を彼女に話した。


 異世界から転移してきたこと。

 冒険者相手の弁当屋をやろうとしていること。

 そのために調味料を探していること。


「キャンティさん、醤油やみりんって知りません?」


「知っとるで。東の島国の調味料や、なんや自分詳しいな」


「お店に在庫とかって?」


「まぁ、試しに仕入れたんがあるけども……」


「買います!!!! 全部!!!!」


 一瞬、遠い目をしていたキャンティがはっと目を剥く。「何を言っとるんやこいつ」という感じだが、心なしか嬉しそうにも見えた。

 すぐに彼女は商売人の顔に戻ると、背中からそろばんを取り出す――。


「全部買う言うたけれども、なんぼするか分かってんのかいな。ざっと見積もっても、金貨5枚(金貨1枚=銀貨1000枚なので、五百万円相当)になるで?」


「……うっ、それはちょっと」


「兄ちゃん、これから商売しよいうのに世間を知らんなぁ」


「……すみません」


 ここは素直にあきらめるべきか。

 けれども彼女に頼らないと調味料が手に入らない。

 醤油だけじゃない。元いた世界の料理を作るにはいろんな調味料が必要だ。


 異世界の各地から食材を集められる卸問屋の若女将。

 その協力がぜひとも欲しい――。


「キャンティさん」


「なんや? 金貨5枚用意できるんかいな?」


「……儲け話があるんですけれど、一口噛みませんか?」


 俺はここでちょっとした賭けに出た。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 この「ロリ狐娘」と「嫁に内緒の背徳な関係」が見たい――という方は、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m

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