とある老夫婦のものがたり

釈 余白

第1話 老人と魔竜

 あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ選択に、おばあさんは川へシヴァ狩りに出かけていきました。


※おじいさんの物語はこのまま、おばあさん編は第二話へ進んでください



 おじいさんが入っていった山は深い森、複雑な地形が道を迷わせる難所です。また、ところどころに魔法がかけられていて、道を誤ると山の入り口に戻されてしまうのでした。そして、一旦戻されてしまうと十日の間、再度上ることが出来なくなるという決まりがあるのです。


「さて、昨日はこの先の崖を伝って行って谷底へ落ちたんだったな。

 今日は手前の獣道へ入ってみることにしよう」


 手練れの冒険者でも苦労するこの山の頂上は神の頂と呼ばれており、踏破することでささやかな願いが一つかなうと言われていました。そしておじいさんは過去の過ちを清算するため、この山の頂上を目指しているのでした。


 道々には精霊のきまぐれによって生まれた様々な別れ道があり、適切に選択する必要があります。もちろん選択によっては命の危険もあり、簡単に頂上へ到達することはできません。



◇◇◇



 おじいさんは、何十年も前にこの世界へと召喚された勇者でした。当時この世界に突如現れ、人類滅亡の危機となっていた魔竜を倒すため、異界の力を振るった、いや、おじいさんを呼びだした神官たちによって無理やり力を使う羽目になりました。


 元々いた世界でおじいさんは、動物や魔物を手なずけ見世物用に売りつける調教師でした。しかしただの一匹たりとも命を奪ったことはありません。そのため最初は魔竜討伐を断わり元の世界へ戻してほしいと願いました。


 しかし国王と神官たちはおじいさんの願いに耳を貸しません。魔竜が討伐されたなら元の世界へ送り届けると言うのみです。元の世界が一番だと思っていたわけではありませんが、大きな不満もなく暮らしていたところに戻りたい、おじいさんはその一心で魔竜討伐に手を貸すことにしました。


 魔竜の力は強大でした。有能な調教師のおじいさんにとっても、魔竜を調教し支配下に置くことは容易なことではありません。馬を駆り、大鷲に乗り、時には鯨の背に乗り世界中を回り魔竜を追いかけました。


 数か月がたち、世界中ほとんどの都市は魔竜に焼き尽くされていました。もちろん王都も例外ではなく、おじいさんを呼びだした国王も神官たちもすでにいません。それでもおじいさんは諦めませんでした。きっかけはともかく、これほど強大な相手を自分の支配下に置いてみたいという欲求が、彼を突き動かしていました。


 そんな苦労の日々が報われたのか、ある時ひょんなことから崖下に魔竜が横たわっているところに遭遇しました。これは大チャンスです。


 おじいさんは迷わず魔竜の背中めがけて飛び降りました。背中の鱗は思っていたよりも固く、おじいさんは腰をしこたまぶつけてすぐに立ち上がることができません。それでも魔竜は横たわったままです。


 何かがおかしい、そう感じたおじいさんでしたが、まずは安全のためにも魔竜の調教が最優先です。相手が弱っているなら調教することはたやすい。こんな幸運な機会を逃してなるものか。


 おじいさんは得意のスキルを発動しました。


「テイミング! 我が力に応じ従え! 我と契約し僕となるがよい!」


 魔竜の身体全体が青白く光り調教の成功を示しました。それは巨大な体躯がおじいさんの支配下となり悲願が達成された瞬間でした。


「魔竜よ、お前からは今までのような強大な力を感じない。

 まさか死にかけているのか?」


「主よ、我はもう長くない。

 この世界の凍てつきが身体を蝕み、力を、生命を奪っていく」


「それならばなぜこの世界へ現れたのだ?

 お前もまた別の世界からやってきたのだろう?」


「その通りだ。

 我は強大な魔力を持つ少女によってこの世界へ召喚された。

 世界を破滅に導くために」


「世界の破滅を願う少女とは誰だ!

 その願いを受けてお前は世界中を燃やし尽くしたのか!?」


「私を呼び出した少女が、今どこで何をしているのかは知らぬ。

 ただ、世界を燃やし尽くしたのは願いを受けてではない。

 我はただただ寒かったのだ。

 しかしこの世界にはもう燃やすものは残っていない」


 確かに世界中のほとんどは燃やされ、大森林や田畑は残っていない。おそらく魔竜はその体温を高く保つために、世界へ薪をくべ暖炉としたのだろう。


 つまり誰も何もしなかったとしても、魔竜はその息吹で世界を焼き尽くした後、冷えた大地によって自身の命を保てず絶命していたということになる。


 今の今まで無駄なことをしていたのか。なんと無駄で無意味な時間を過ごして来たのか。おじいさんは、今更ながら自分の存在意義の否定だと苦笑していた。


「雄々しき竜よ、まだ飛ぶことはできるか?

 あと少しの間飛ぶことができれば、お前は死なずに済むかもしれん。

 ここから西へ飛んだところに火山が有り、そこには火よりも熱い溶岩が湧いているのだ。

 そこまで行くことができれば、命を繋ぐことができるだろう」


「真か、主よ。

 たどり着けるかわからないが、このまま横たわっているよりも可能性に賭けよう。

 西へ向かえばいいのだな?」


「そうだ、空からは真っ赤な溶岩が見えるだろう。

 その中へ飛び込むがいい。

 近くには火蜥蜴(サラマンダー)が生息しているからお前のいい餌になるだろう」


「感謝するぞ、小さき主よ。

 生きていたらまた会おう」


 魔竜はそう言い残すと西へと飛び立っていった。



◇◇◇



「まもなく山頂だと思うと昔のことを思いだしてしまうな。

 あの時以来魔竜とは会っていないが、支配下感覚は残っているから無事に生きているのだろう」


 おじいさんはひとり呟いた。


 結局その後、焼野原となった王国跡地へ戻ってはみたものの元の世界へ帰ることはできず、奇跡的に生き残っていた王女と所帯を持つことになり、王国復興のため働き続け今に至る。


 だが、王国復興とは程遠く、国土には魔竜の爪痕が深く刻まれたままの場所が多く残されている。それでも小さな村落が生まれ点在し、人々は田畑や山川の恵みによって細々と暮らしているのだ。


「さて、ようやく山頂へたどり着けたな。

 今回は何を願うとしようか」


 おじいさんは今まで何度かこの頂上へ来ていました。その度、精霊によって地形や魔法の罠が変えられてしまうので、何度も昇ってくるのは容易ではありません。それでも思い返すと、この六十年ほどで三度目の山頂踏破でした。


 初めて踏破したときの願いは、畑に穀物がみのりますようにと、二度目は濁ってしまった村の井戸が再びきれいになりますようにと願い、そして叶えられました。


「もうそれほど願うこともないしなあ。

 ここまで登ってくるのを目指すこと自体が楽しみみたいなもんさね」


 元々それほど欲もなく、ささやかな生活をしてきたおじいさんです。年老いた今、どうしても叶えたいような大きな願いはありません。山頂の大きめの岩に腰かけてしばし考えにふけっていました。


「そうだ、先ほど思い出したのも何かのお告げかもしれん。

 おおい! 神よ! 大昔に魔竜へ飛びついた時に痛めた腰を治しておくれ。

 これからも末永くこの山へ登ってこられるよう、元気でいたいんだよ」


『承知した。

 お主の願い、叶えよう。』


 おじいさんが願いを叫ぶと、どこからともなく声が聞こえました。するとおじいさんの足腰は急にしゃんとなり、まるで若者に戻ったような軽さになりました。


「おお、これならまた上ってこられそうだ。

 ありがとう、ありがとう」


 元気になって大喜びのおじいさんは、神様へ感謝してから大鷲を呼び、その足にぶら下がってふもとの家へ帰っていきましたとさ。

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