Gray hound  〜灰色の空に生きた猟兵〜

五十川紅

第一話 Welcome to the grey sky



「――以上で、ブリーフィングを終了する。何か質問はあるか?」


 怜悧な女性の声が、この堅苦しい任務説明の終了を告げる。

 俺の口からは質問では無く、堅苦しさと疲労感を吐き出すように、大きな溜息となって漏れ出ていく。

 それがどうにも、俺の師にしてオペレーターを務めてくれる画面越しの女性には、不快感を与えたようだった。


「お前まさか、訓練で私を被弾させたからといって、実戦を舐めている訳では無いだろうな」


「いや、そんなつもりはないですよ。ちょっと肩が凝るような話だったもんで」


「……やれやれ、どうやらお前には、技術以外の事も叩き込まなければいけなかったようだな。

 生きる為には、金がいる。金を得る為に、生命を賭けて戦場に赴く。

 それが猟兵イェーガーというものだろう」


 ふぅ。まーたはじまったよ。

 師匠は事あるごとに、猟兵がなんたるやを俺に説いてくる。

 少々、小煩いとは思いつつも、それが俺を案じているからこそ、くどくどと言ってくるのは分かってはいるのだが。


「聞いているのか。ザイン」


「聞いてますよ師匠せんせい

 作戦内容もちゃんと頭に入れたし、師匠のサポートもある訳でしょ? それに現地のマップもインストール済。何も問題無いでしょ」


「緊張感が無いのが問題だと言っている」


「ビビってガッチガチになってるよりは、良いでしょ」


「……口の減らない奴め」


 ま、実際は結構ビビってるんだが、上っ面だけでも平気なフリしてないと、まともにやれる気はしないしな。


「それでは、私の安寧の為に簡略におさらいをするぞ。

 今回の依頼は、テロリスト達が占拠した軍事施設の奪還だ。

 場所はユーラシア東部地域。かつては国家が存在していたが、現在は重度の汚染環境にあり、人間の生存圏では無くなっている。

 もたらされた情報ではテロリスト達の目的は、放棄された様々な軍事兵器の奪取。

 だが、軍事施設の迎撃機構も健在で、激しい抵抗が予測される。

 それ故、敵の射程圏外からアサルトブースターを使用し、強襲する。

 地上施設の破壊がお前の担当となる。

 それと、併設された弾道ミサイル発射設備の破壊に、お前以外にも猟兵が雇われている。

 機体名『アクア・レリスト』。搭乗者は『ベアトリス・ルメール』西側の猟兵だ。

 識別番号はEU-012。間違わずに僚機識別に入れておけ。向こうにもお前の番号を送信済みだ」


 EU……か。西側の国家所属猟兵が、よくこんなユーラシアの東側まで出てきたもんだ。

 機体名も、アクア・レリスト水彩画家とは、いやいや気取っているねぇ。


「了解。ベアトリス……ベアちゃんですね」


「あまり被弾はするなよ。修理代が掛かるからな」


 師匠は俺の軽口を華麗にスルーしたどころか、金の心配をなされていた。

 

「それが、これから戦地に赴く弟子に掛ける言葉ですかね」


「私なりの『無事に帰ってこい』だろうが」


「そですか……」


 まぁ、無傷とはいかないだろうけどね。


「さてと」


 起動シーケンスを開始すると、物々しいオペレーティングシステムが起動していき、機械の音声が俺の耳に届いてくる。


「生体認証――ザイン・アルベール。

 脳波接続――異常無し。

 バイタル――正常。

 搭乗者、異常無し。

 機体セルフカウンセリングを実施――。――。――。問題ありません」


 機械というのは急ぐという事を知らない。まぁ、人間のご都合なんて機械サマには分からんのだろうが、

 

「毎回こんなんで、緊急時にいきなり動かせんのかねぇ」


「緊急時は、私にそう告げて下されば、起動を行いながら各種チェックを行います」


「あ、そう。ったく。良く出来たAI様だね」


ポラリスは、有能ですから」


「さいですか」


 自分で有能とか言っちゃうのは、ちょっとねぇ? でも実際、優秀なんだから仕方ないんだけど。

 

「アサルトブースター――接続。

 作戦目標地点に到達後、自動的に接続を切り離しますパージ


「了解。んじゃま、いっちょ行きますか」


「健闘を祈る。……精々、気張る事だな」


 師匠の若干ドスの聞いた声援と共に、輸送機の後部ハッチが開放された。

 アサルトブースターの制御を、AI『ポラリス』に任せ、俺は機体の姿勢制御を行う。


「エクスパシオン。――行動開始アクト


 カタパルトデッキによって、勢い良く機体エクスパシオンが空中に投げ出された。

 一瞬の浮遊感と、視界に広がる灰色の空が、日常とは全く違う世界を実感させる。


「アサルトブースターを起動。四十六秒後に目標地点に到達予定です。

 ブースター解除後の、衝撃及び姿勢制御にご注意下さい」


「はいよっと」


 アサルトブースターなんて、カッコつけた名前を付けられちゃいるものの、詰まるところ、こいつは水平方向に吹っ飛ぶロケットみたいなもんだ。

 その最高時速たるや凡そ、時速二千km近くの速度を誇る。

 まぁ、そのぶん中に居る人間オレもしんどいんだが……。


 轟音と共に大量の噴煙を噴き散らし、まるで隕石の様に目標に向けて加速していく。


「こんときばかりは……人間辞めといて良かったと思うぜ……!!」


 高速巡航によって機体周囲が激しく振動し、容赦無くハラワタを揺さぶってくる。

 口から全ての内臓が吐き出されるような、強い嘔吐感と頭痛が起きてくる。


「バイタル――正常」


 (正常じゃねえよボケ! ぶっ壊れてんのかテメェ!)

 

 俺は操縦桿にしがみつきながら、内心でAIポラリスちゃんに悪態をついた。

 

「目標地点まで、三千…………二千…………千……五百……百……。

 目標地点到達。アサルトブースターの接続を解除します」


 背面の人殺しロケットが分離され、ゆっくりとした減速感を味わいながら、重力に引かれ、少しずつ地表に落下していく。

 俺は大きく深呼吸をして、吐き気と頭痛を振り払い、口の端から零れ出た涎を袖で拭き取った。

 

 電撃的に目標に到達した事により、幸いながら迎撃システムの起動がなされておらず、オレは落ち着いて脚部と背面に取り付けられたブースターを操作し、姿勢制御を行う。


 ――この機体エクスパシオンは脳波によって、生身の身体を動かす感覚で四肢が動く。

 ブースターなんかは、操縦桿とフットペダルによるマニュアル操作だが、敵性対象からの攻撃に反応して、AIが自動的に回避行動を取ってもくれるし、俺が攻撃によって武器を使用する際は、そうした緊急回避なんかも勝手にやってくれる。

 もっとも、敵さんの技量がそれを上回っていれば、攻撃は貰ってしまうから、結局の所、その辺の判断は俺が適切に行い、自分でこなすしかないのだが。


「何をしている。疾く施設の破壊に移れ」


 通信音声によって、オペレーターの師匠から早速お小言をいただく。


「熱源反応。

 総数三体――旧ユーラシア連合軍機体『玉鼎ぎょくてい』です」


「旧型とはいえ、最近のテロリストってのはMFマーシレス・フレームまで手に入れてんのかよ」


「奴等の資金源は不明だが、かなり大きな組織が背後にあると言われている。気を抜くな」


「了解」


 俺は愛機エクスパシオンの両腕に装備したアサルトライフルを敵の方向に向け、操縦桿のトリガーに指を掛ける。


 心臓の跳ねる様な鼓動が、骨を伝わり脳内に響く。

 緊張から冷や汗が頬を伝うが、歯を食いしばり、自分を鼓舞する様に、叫ぶ。


「ザイン・アルベール! 往くぜぇぇ!!」

 

 

 

 

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