第37話 異世界 法治主義とは貴族虐待?

 父さまが王国全土の開発を進めるに当たって基本的な諍いを未然に防ぐために、法律の整備を命じていた。所轄は法務省である。

 まず最初に作らせたのは、汚職、贈収賄、不作為を禁じる収賄三法だ。

 というのも、法務省は多数の貴族派閥の利権の巣窟になっていたからだ。

 犯罪の刑罰も税の種類や税率も、貴族領主の裁量に任せるザル法制になっていた。そのまま捨て置くと、悪どい貴族が肥え太るばかり。 

 その粛清を行うために、法務省をまず革新することにしたという。

 次々と改正案を提出する法務省の職員を免職または逮捕した。期限までに提出しない職員も免職だ。その結果、残ったのは下級職員ばかりわずか三割。あとは収賄で逮捕、免職された。

 法務省の欠員は、民から募集、俺の倫理道徳と社会常識問題の試験で選抜したらしい。


 そうして、次に布告されたのは、税制改革。王国共通の税目と税率の統一を図ったのだ。

 また、税収は全額国庫に入れられ、貴族にはその収入額に応じた運営資金が交付される。

 これまで、思いのままに懐に入れていた収入は露と消えた。


 犯罪は、領主配下の警備兵が取り締まるが、処罰は領主ではなく、民衆から選挙で選ばれた5人の裁判官が行なうものに変わった。

 これで、領主貴族が贔屓することも庇うこともできなくなった。

 また、刑の処罰も法務省から細かく列記され違法な処罰が禁止された。


 これとは別に、財産、商売などの私的争いは法務省が直轄する民事裁判所で処理されることにもなった。

 さらに、貴族に対する不敬罪は、理由なく大衆の前で冒瀆した場合に限られ、裁判で真偽を問うことにもなった。


 このような法制改正により、貴族の横暴は限りなく制約されることになり、うっ憤が溜まった貴族の子弟の暴言、暴力騒ぎが続発し、その貴族家の廃爵が相次いだ。


 廃爵された貴族領は、王家の直轄領となり、二年任期の代官が置かれて、統治された。

 代官の下には、各種民衆の代表者が集まり、陳情、意見集約する仕組みが整って行った。




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【 とある代官side 】


「お代官様、今度の堤防普請工事。この越後屋にお任せ願えませんか。これはほんの手土産にございます。」


「ほう、越後屋。そなたに任せると、これまでになく、立派な堤防でもできるのか。」


「いえ、見かけは普通、しかしコンクリートを減らし安価に作ります。その分はお代官様と、この越後屋の儲けでございますよ。ふふふ。」


「越後屋、そなたも悪よのぉ。はははっ。

 誰か、誰かおらぬか。この大罪人、越後屋を牢にぶち込めっ。

 それから、越後屋の店や自宅を家宅捜査しろこれまで請け負った工事の資料を押収せよ。

 越後屋は、とんでもない、手抜き工事をしておるぞっ。」


「代官様、なかなかの役者ぶりでしたなぁ。」


「何を言っておるか秘書官。ああいう輩は事前に申せと言ったであろうが。」


「申し上げましたよ。悪人顔の商人だと。

 まさか、お代官様は、悪人顔の商人に善良な者などいるとお思いでしたか。」


「そうは思わんが、危ないところだったわい。 

 単なるお願いと聞き流して、賄賂を置いて行かれたら、俺の代官人生も終わっていたわ。」


「良いではありませんか、間抜け顔な代官様だから、騙せると思ったんですよっ。」


「へっ、秘書官、お前はぁ、言うにことかき、俺の顔を間抜け顔と言うのかぁ。」


「別に貶したのではありませんよ、褒めたのですよ。悪徳商人をころりと騙しましたから。」


 こいつ絶対、俺をおとしめているぞ。最近、多くの仕事を押し付けいるからな。その仕返しに違いない。

 妻が待っているのはお前だけではないぞ。




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【 とある貴族子弟 ゼルダside 】


「父上、俺は冒険者になりたいのです。」


「な、なにをばかな。お前はこの子爵家の嫡男なんだぞ。そのようなことが許されるはずがないではないか。」


「昨今の貴族など、なんの役にも立ちません。 

 ただ王城のいいなりに税を徴収し、警備兵を指揮するだけではありませんか。

 そんなことは、女でもできます。家督は妹に継がせてください。」


「し、しかしだなぁ、隣国との戦争にも備えなければならぬ。それが女の身にできるか。」


「心配要りませぬ。王城には優れた将、軍略家が揃っています。たかが子爵家の兵など指揮下に入れば良いだけです。」


「ぬ、ぬ、ぬ。」

  


 自由だと思って身を投じた冒険者だが、薬草採取やコブリン退治では実入りが悪い。安宿で暮らすのがやっとだ。

 かと言って、一人でオーガや魔獣熊など倒せるはずもない。

 どこかのパーティに入ろうとしたが、元貴族と知り敬遠された。自分の命大事に、仲間を見捨てて逃げるだろうってさ。そりゃ逃げるわ。

 なんで俺が人の身代りになって、戦わなきゃいけないんだ。


 そういう事情で、一人森をさ迷っていると、悲鳴や喧騒が聞こえて来た。

 急ぎ走って近寄って様子を覗うと、5人組のパーティが魔獣狼の群に襲われている。

 そのパーティには女性も二人いて、男達が二人を庇いながら戦っていた。

 魔獣狼の群は30匹以上いて、冒険者達は次第に負傷して不利になっていた。


 どうしよう、助けてやりたいが、ただ俺一人があの中に飛び込んでも、焼け石に水だ。

 そうだ火だっ。火はないけれど煙なら、、。

 俺は少し回り込んで、戦っている場所の風上に回ると、背負子を下して中の薬草を周りの枯れ草と一緒に火を付けた。

 生木の薬草は、燻ってもうもうと煙を出す。 

 俺はどんどん枯れ草を放り込んで火の勢いを高めた。燻煙は戦いの場所を覆い尽し、魔獣狼達は鼻が利く分だけ、ダメージがあるようだ。

 魔獣狼達の襲撃が緩んだ隙に、冒険者パーティは逃げ出すことができた。それを見届け俺も逃げ出した。


 次の日、薬草採取を終えて冒険者ギルドに帰ると、買い取りカウンターで後から声を掛けられた。


「あの、昨日助けてくれたのは貴方ですよね。

 ほんとうに助かりました。」


「おう、なかなか機転が効いた煙だったぜ。」


「お前に助けられるとは、思わなかったぜ。

 だが助かった、礼を言うぜ。」


「お礼に食事に誘いたいんだけど、どうかしら? 何か予定はある?」


 口々に話し掛けられて、呆けている俺は何故か涙が溢れていた。


「冒険者が、仲間を見捨てるわけにはいかないだろ、俺も冒険者だからな。」


「ちげぇねぇ、おめえは仲間の冒険者だっ。」


「さあ、皆んな行くわよ。仲間にお礼しなくっちゃ、今日は無礼講よっ。」


 その夜、俺は仲間の冒険者達から、冒険者の命がけの冒険談や飢餓や水がなくて、死に目に会った苦労話を聞いて、貴族の暮らしがどんなに楽かと思い知った。




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 貴族学園、最上級生の卒業課題論文のテーマが決まった。


『新法制の枠の中で、貴族としてできる最大限の破天荒なことを実行せよ。』


「げっ、破天荒だってよっ。ジル大魔王が言う以上、まともな発想じゃないことだぜ。」


「そうね、貴族の裁量でできる何かがあるってヒントだわ。いったい何かしらね。」


「きっと、今までの貴族がやってないことだ。う〜ん、じっくり考えなくちゃ。」


「そうだな。ここで一発喰らわせて、首席卒業すりゃ就職先は思いのままだぜっ。」


「破天荒、破天荒。そうだ、きっと以前は禁じられていたり蔑まれたことの中にあるはず。」



 卒論に取り組む者達の、ある者は貴族の館を歴史資料館に替え、観光名所にして入場料をせしめたが、家族のホテル暮らしであまり儲けにはならなかった。

 またある者は、捕まえた泥棒やスリを雇い、日当の他に一人捕まえるごとに褒賞を出した。

 しかし、泥棒やスリの間で疑心暗鬼が深まり集団での犯罪が一匹狼の犯罪に拡散し、次第に効果がなくなった。


 極めつけとも言えるのは、貴族直営のレストランを開業した者だ。貴族館の料理人を使い、豪華メニューを揃えた。

 しかし、世情に疎い貴族のこと。開業当初はもの珍しさから客が集まったが、値段が庶民的ではないので、次第に閑古鳥がないた。



 しかし、卒論で表彰を受けたのは、意外にも平凡なことをした者だった。自分達の領地に、新たな産業を起こした者達だ。

 破天荒と言えば破天荒。なにせ前代未聞のことばかりだからだ。


 一人は、森に楓や栗の木を植樹して、メープルシロップや栗の加工食品を目指した。

 もう一人は、湖でシジミ貝やニジマスの養殖を始めた。内陸の魚介が採れない地域で、まったくの新しい産業を起こしたのだ。

 さらに、もう一人は火山の近くで地熱が高く農業に適さない土地で、床のない農舎を建てて畑の土を持ち込み、半屋根にして日光を取り込み冬期間の野菜栽培を可能にしたのだ。


 要は、貴族は新たな発想で、新たな産業を領地にもたらして豊かにして行く。そんな使命を暗示していたのだ。




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 その日王城の大会議室に男爵、騎士爵の下級貴族が集められていた。父さまが企んだ派閥粉砕のための集まりである。


「皆の者、参集ご苦労である。これから話すことは、皆の命運に係ることである。

 それに先立ち、陛下からお言葉がある。」


「参集大義である。言うまでもないが、そなた等は余の直臣である。

 だが、長らく我が王国は、信頼して貴族達に預けた裁量、権力が代を重ねるごとに貴族達に勝手私物化され、王家の意向を歪め蔑ろにする者達も蔓延っておる。 

 よって、此度貴族を再評価致すことにした。 

 今後二代続けて、王家に功績なき貴族家は、降爵又は廃爵に致す。

 良いか、これまでのように上級貴族の顔色ばかり見ておると、痛い目を見るぞ。」


 陛下の言葉に、会場が凍り付く。どの貴族も今後どうすべきなのか、混乱している。


「さて、皆、混乱しておるようじゃなぁ。

 どうすれば良いのかは、アルファロメロ大臣から話しがある。心して静聴せよ。」

 

「さて、貴族諸君。これまで諸君は良く働いてきた。

 多額の税を搾取し、賄賂を受け取って、上級貴族につけ届けをして、栄華を貪ってきた。


 今後は、そのやり方が通じない。

 わかっていると思うが、税の超過徴収は認められない。賄賂を貰った商人の裁判にも、関与できぬ。

 つまり、諸君達は横暴な権力を失ったということだ。


 諸君らの生きる道は、王家への忠誠と貢献、その二つだ。簡単であろう、元々諸君達が果たすべきことだ。

 しかし、魔獣の被害を出さす、隣国の侵入を受けなかっただけではだめだ。

 貢献に値するのは、魔獣の種類や数を把握し、その討伐を何匹行ったのか報告がなされて初めて功績があったかどいか分かる。

 また、隣国が単に攻め寄せなかったでは、話しにならぬ。戦争の準備には、武器や兵糧の動きがある。その動きを報告しなければ、防衛しているなどとは言わぬ。


 さて、それらに関係ない諸君。諸君の食卓には新しいメニューが増えているかね。

 他領から買い求めて食べるだけでは、貴族の役目が果たせないのは分かるよね。 

 どのように作られたものか、自領でも作れるものか、もっと優れたものができないかと考えるのが、貴族の役目だよね。

 他領の物を真似るだけでは遅れを取るよね。

 常に、見るもの聞くものから、ヒントを探し新しい事を始められない者は、貴族には向いてないので、引退して実子なり養子に任せることを推奨するよ。


 諸君達に、功績の一端を紹介しよう。

 お三方、話してくれ。」


「それでは。我が騎士爵領は領地の8割が山林であり、小さな盆地の村でわずかな畑を耕し、薪や炭焼きを糧にして暮らしております。

 数年前、ある木の樹脂から甘い汁が得られると知り、植樹しました。また、木の実の有益な木なども。まだ、木々は若木で少量しか収穫できませんが、王都などで、人気であります。」


「我が領地も同じような土地がらですが、唯一違うのは、領地の真ん中に湖があることです。

 従前は湖で鮒や鯉の漁をしていましたが、大した漁獲ではありませんでした。

 数年前にある魚と貝を放したところ、湖に馴染んでいることが分かり、その魚を生け簀を作って餌を与えたところ、成長著しく漁獲となっております。

 また、貝も一定の場所で増えており、鯉の餌にもなり、食べても旨い貝であります。」


「我が男爵領は、皆も知って入るとおり、火山である畏怖山の麓に領地がある。

 領地の6割は、耕作に適さぬ火山灰地であるが、山麓には冬でも地面が暖かい場所があり、その場所で、茸舎や萌やし舎を作ったところ、失敗した。暖か過ぎたのじゃ。

 だが、息子がこれなら普通の野菜が育つと言い出しおってな。

 耕作しておる畑の土を運び、茸舎で栽培したんじゃ。まあ、日光が必要と屋根を半分壊してケロリとしておる息子に呆れたがな。」


 

 会場に集まった貴族達は、真剣な顔で三人を見つめていた。彼らの頭の中は自領を駆け巡っているに違いない。

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