第24話 トリアス王子の飢餓体験と戦慄。
10才になりました。一年以上ご無沙汰していたナルト王国に来ています。
王城で陛下達に挨拶を済ませると、トリアス
「ジル、知恵を貸せっ。バルカ帝国のことだ。
あそこは我々より北国のため、例年のように冷害に見舞われており、食糧不足に悩まされているのだが、今年は特に酷いらしい。
それで、バルカ帝国から食糧の購入を打診されているのだが、その対価が国土の一部を割譲ときている。もう、財政も底をついたらしい。
我が国が大陸に領土を持っても仕方がない。
しかし、食糧を手に入れられなければ、かの国の者達は飢餓に苦しみ、自暴自棄になって、また、我が国に攻め寄せるかも知れぬ。
なにか、いい知恵はないか。」
「兄上、いつもジル君を頼ってばかりですね。
ジル君は私の婚約者とは言え、他国の方ですよ。少しはご自分で、お考えくださいっ。」
「はぁ、面目ない。考えているさ、この一月、眠れない夜が続いているよ。」
「
見に行けば、領土に代わる対価が見つかるかも知れないですよ。
いや、
それとも断って、バルカ帝国の罪もない女や子供達を飢え死にさせ、恨みを買って戦争しますか。そんなことをしたら、俺はナルト王国と縁を切ります。
人でなしの次期国王がいる国と付き合いは、ごめん被ります。」
「ジル君、そんなに兄上を無能扱いしなくても、、。」
「違うよ、無能だと言ってるんじゃないよ。
民を見捨てる『人でなしと』言ってるんだ。
他国の民だから、死のうが関係ないとでも?
俺がこの国を助けたのは、王族のためじゃないよ。この国の罪もない民を救おうと思ったからだ。民をないがしろにする者は俺の敵だ。」
「いやっ、俺だってバルカ帝国の民をないがしろにしようとする訳じゃなく、、。」
「じゃ、簡単でしょ。無償で食糧を援助すればいい。」
「いや、しかし、そうすればバルカ帝国の面目が立たないかと、、。」
「面倒くさいなっ。バルカ帝国もナルト王国も王族なんて必要ないんじゃないですか。
面目が立たなければ、自決でもすればいいでしょう。王族一人の命と、何十万もの国民の命、どちらが大切ですか。」
「シルバラ、俺は帰るよ。二度とこの国には来たくない。シルバラは今すぐ選べ。俺のところへ来るか、別れてナルト王国に残るかだ。」
「そんなの決まってるわ。ジル君のところよ。
兄上、ご機嫌よう。民を助けることを、躊躇するなんて最低っ。そんな兄上が治める国にはいられませんわ。」
「えっ、えっ、ジル君、シルバラ、待って。」
「兄上、まだ分かりませんか。あなたは、人として最低ですっ。
何が一番大事か、分かっていません。あなたが王位を継げば、ナルト王国は滅びます。」
そう告げると、王城のナルト王の執務室に向かった。そこには、ナルト王と宰相がいた。
「陛下、本日限り、俺はナルト王国と絶縁します。訳は、くそ王子に聞いてください。
ではこれで失礼します。」
「父上、私もナルト王国と絶縁します。今日まで可愛がってくださり、ありがとうございました。さようなら。」
「ま、待たんか。誰か、王子を、トリアスを呼んで参れっ。」
さっさと王城を出た俺とシルバラは、郊外に着陸している飛行船に乗り込み、ナルト王国を後にした。
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ナルト王国の王城では、ナルト王が宰相以下重臣達を集め、トリアス王子にジルとシルバラが突然去った訳を問い質していた。
「なるほど、ジルは帝国からの食糧援助を迷うお前を、人でなしと言うたか。」
「しかし陛下、王子が迷うのも無理からぬことかと思いまする。対価が領土とは、厄介なだけにございますれば。」
「なんじゃ、宰相。そちも人でなしか。対価など、二の次じゃと、どうして判からぬ。
まずは、帝国の民を飢餓から救うために、食糧を援助するか、しないかじゃ。それを迷うとは呆れるわい。
トリアス、儂はお前の育て方を間違えたわ。
飢餓の地獄の苦しみを知らぬか。今からでも遅くないか。今から一人でバルカ帝国に行ってバルカ帝国の民の苦しみを見て来い。
それでもまだ、迷うようなら王位には相応しくないな。廃嫡じゃ。
騎士団長、トリアスを、捕虜を開放した対岸まで送り届けよ。食糧は一日分、いいな。」
「父上、なぜですか。食糧援助を迷うことが、それほどいけないことでしょうか。」
「それを、自分の目で確かめて来いと言うておる。もし、途中で死んでも、お前には一人で生きる力がなかったと諦めるわい。」
「 • • • • • 。」
「殿下、参りますぞ。」
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【 トリアスside 】
俺には、何故ジルがあれほど激昂したのか、分からなかった。
ましてや、シルバラや父上にまで『人でなし廃嫡する。』とまで言われた。納得が行かぬ。
魔の森に一人、置き去りにされてしまった。
躊躇していても仕方がない。バルカ帝国に向かうしかない。
さて、進路をどうするか。聞いた話しでは、バルカ帝国を逃亡した遊牧民の一族が、羊の群れを連れて、この海岸沿いを辿り無事にグランシャリオ領に着いたという。
魔の森の中央まで行ければ、黒バラ城攻めで作った直線道路があるが、魔牛や魔狼達などがうようよしていて、俺一人では不可能だ。
よし、海岸沿いを行こう。
歩き出して3時間、この間に数回、魔獣虎に出食わしたが、海に向かって吹く風の風下にいたので、隠れてやり過ごすことができた。
魔獣虎は、単体で行動するので助かった。
だが、隠れ潜んだ時間があって、少しも進めないでいる。俺は休む時間も惜しんで、歩きながら食事を取り、海岸沿いを北へと向かった。
時間が惜しいので、夜も松明を作りその灯りを頼りに歩いた。何度か魔獣虎の唸り声や咆哮を聞いたが、松明の火を恐れたのか襲われずに済んだ。明方、海岸の岩場に割れ目を見つけ、入って眠った。波の飛沫が冷たく、背中に当たる岩も固くて痛かったが、疲れ切って眠ってしまった。
目が覚めると太陽が西に傾き、午後となっていた。岩場を少し歩くと遥か先に川が見え、なんとか日暮れまでに辿り着けた。
渇いた喉を潤し、持っている竹筒の水筒5本に水を補充した。5本もあるのは、騎士団長が持たせてくれたからだ。
『食糧は一日分と言われましたが、水のことは言われておりませんからな。』
そう言って渡してくれた、騎士団長の好意が嬉しく感じた。
どうやら、海岸沿いの一帯には魔狼はあまりいなくて、単体の魔獣虎や魔獣熊はいるが松明の火を恐れるようで、これは夜進んだ方がいいと思い、夜行での移動とした。
それから20日、わずかに見つけた木の実や山菜を生で食べ、何度も仕損じながら鳥を猟って、飢えと戦いながら魔の森を抜けた。
俺は生まれて初めて飢えの苦しみを知った。
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魔の森を抜けた俺は、腹が減りふらふらになりながら、人里を目指して草原を歩いていた。
すると、ふらふらの視界に子羊が現れ、それを追って一人の少女が近寄って来た。
「どうしたのですか。どこから来たのです?」
「魔の森を抜けて来た。ほとんど何も食べていない。」
少女は懐から小さな包みを出し、広げるとしばらく見つめた後、なにか一欠片を口に入れ、包みを俺に渡して来た。
包みの中には、一口サイズのチーズが3個あった。俺はそれを夢中で頬張った。そのチーズは、生まれてから食べた中で、最高の味がするようだった。
「ありがとう、きみのなまえは? どこの村に住んで居るの?」
「私は、ユリカ。ギカン族の娘よ。部族のいるところへ案内するわ。ついて来て。」
少女の後をついて行き、しばらくするとゲルが建ち並ぶ場所に着いた。部族の老人の前に連れて行かれ、ユリカが俺のことを説明した。
「旅人よ、悪いが振る舞ってやれるほどの食物がない。ユリカ、お前が連れて来たのじゃ。
お前の家族で面倒を見ろ。」
そう言われて、突き放された。ユリカは仕方なさそうに、俺を一つのゲルに案内した。
どうやらそこは、ユリカの家族がいるゲルのようであった。年寄りの祖父母と母親、ユリカの弟と妹だと紹介された。
父親は、ナルト王国への遠征に加わり、戻らなかったという。
ゲルの傍らで、母親が鍋に湯を沸かし、夕餉のしたくをしていたが、見ると羊の乳を入れてはいるが、中にはほんの少しの野草しか入っていないスープだ。
間もなく夕餉となったが、俺の前にはカップ一杯のそのスープと、チーズが2欠片置かれただけだった。
よく見ると、幼い弟妹には2欠片、老夫婦は1欠片、母親とユリカにはない。
もしかして、母親の分を俺に。ユリカは先程俺に与えたのでないのか。
「申し訳ない、もしかして俺のチーズは、母御の分ではないのか? 」
「大丈夫よ、私は1食ぐらいチーズを食べなくても。ユリカもがまんね。
今、部族の食事は一人一日、チーズが4欠片の配給なんです。
冷夏の不作が酷くて、農耕の民も困窮し羊毛や革製品と食糧が交易できないんですよ。」
「こんな量で足りるのか? 」
「足りる足りないではありません。これしかないのです。ただ、王様が他国から食糧を購入するので、それまで耐えよと言われています。」
「それができなければ、どうなるのだ。」
「あと1〜2ヶ月経てば、羊を殺して食べるしかありません。羊は家族なので、殺したくないのですが止むを得ません。
だけど、来年秋が来たとしても、羊がいない私達には、交易するものもなく羊の乳もチーズも作れず、飢えて死ぬ未来しかないのです。」
なんてことだっ、俺はこの人達を死に至らせようとしていたのか。
俺は、俺は、ナルト王国でそんなことを知らず、のうのうと生きていたのか。
なんて馬鹿なのか、人でなしどころか、人殺しではないかっ。
俺は、食べるものがなくて痩せ細っている、ユリカ達、幼い姉弟が死に行く姿を想像して、戦慄していた。
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