第19話 【閑話】モコウ族の逃避行 チャミル。
その日、羊を追っているはずの大人達が慌ただしく駆けずり回っていました。
そして母さんがゲルに戻ってくると『移動よチャミル、用意して。』と告げられた。
私のモコウ族は遊牧民で、2ヶ月程で羊の餌の牧草を求めて移動するのです。
だけど、今はこの場所に来て2週間しか経っていない。なにか起きているのだろう、大人達の慌ただしさを見てそう思った。
私の部族は2千人余り。羊を飼い、羊の乳からバターやチーズ、ヨーグルトを作り、あとは草原にある山菜や茸の採取、鳥や小動物の狩りもして暮らしています。
ゲルを畳むので、中の荷物を弟のテジンと運び出します。テジンは4才、男の子なのに大人しい子です。
そうこうしているうちに、荷物を纏めた部族は戦士達を先頭に移動を始めました。
私の家族も7頭の羊を連れ、一台の荷車を、父と母が引いて東へと移動します。
だけど、今回の移動はすごく遠方のようです。何日も何日もひたすら移動しました。
「ねぇ父さん。どこまで行くの? こんなに遠くに行くのは、何故なの?」
父は顔を顰めて少し迷ったようですが、話してくれました。
「チャミル、テジンも良く聞きなさい。
今、うちの部族は、他の部族から追われて、逃げているんだ。」
「えっ、どうして、追われているの?」
「国の偉い人が戦争を始めてな。うちの族長はそれに反対したんだ。だが、他の部族はそうではない。そして、戦争を始めた者達と反対する者達で、今度は国の中で戦争が起きた。
そんな訳で、追われて逃げているんだ。
もし、他の部族が襲撃して来たら、お前達は母さんと逃げるんだぞ。わかったな。」
それからも、何日も移動を続けました。
そして、一月以上移動した時に族長のラピタ様が皆に告げられました。
「皆の者、聞いてくれ。我らはもう国の東端まで来ている。この先は海であり、船がなければ進むことができぬ。
我らを追って、他の部族の戦士達がもうそこまで迫っている。戦って敗れれば、奴隷にされる未来だ。
だが一つ道がある。南へ行くことだ。南の森は魔の森と言われ、凶悪な魔獣が闊歩しており襲われれば多数の死人が出るであろう。
それでも、何人かは生き残れるだろう。奴隷としての悲惨な未来より、ずっとましだ。
よって我らは、これより魔の森に入る。
皆、覚悟してほしい。」
誰も反対はしません。奴隷になるくらいなら、死んだほうがましです。
ただ私は、弟のテジンだけは、命に替えても守ろうと誓っていました。
「魔獣熊だっ、魔獣熊が出たぞ。戦士達は槍で囲めっ、弓を持つ者は目を狙えっ。」
魔獣熊は一頭でしたが、ものすごい速さでこちらに向かって来ます。
そして、戦士達が立ち塞がる間もなく、私達の前まで来ると、後ろ足で立ち上がりました。
その巨体は、ゆうに4mはあり恐ろしくて、身が竦んでしまいます。でも、私の後には震えて背中に縋り付く、テジンがいます。
私は、目の前で威嚇の咆哮を上げる魔獣熊の口の中に、渾身の力で引き絞った弓矢を放ちました。
そのタイミングで周囲の人達も魔獣熊の顔めがけて矢を放ち、十数本の矢が魔獣熊の顔を襲いました。そのうちの何本かは、魔獣熊の両目を潰して魔獣熊は狂ったように暴れています。
その魔獣熊を囲み戦士達が四方から槍を突き刺し、
「チャミル、よくやりましたっ。絶妙のタイミングで魔獣熊の弱点である口の中に、矢を当てました。見事です。」
ラピタ様が褒めてくださいました。皆んなも次々と褒めてくれますが、でもそれより、後にしがみついていたテジンを見るとにっこりしてくれたのが、一番嬉しかった。
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魔の森の中程の山麓に辿り着き、先頭の戦士が『柵があるぞ〜』と叫んだ時は驚きました。
そして続いて『人がいるぞっ。』という声が聞こえました。
柵の中には数十人の人達がいて、岩を掘っているそうです。岩で城壁でも造るのかしら。
そうこうしているうちに、柵の中に案内され清らかな井戸水と、少しして焼き立てのパンと具だくさんのスープをいただきました。
なんということでしょうか。こんなに柔らかくて美味しいパンは『生まれて初めてだわ』と母も言ってました。
塩の味だけじゃない具だくさんのスープは、味わったことのない美味しさで、テジンが夢中になって食べていました。
夜は、板の家で女性と子供、老人だけですが、柔らかい毛布に包まれて眠ることができました。男前はゲルの中です。でも夜通し焚き火の周りで酒盛りをしてたようです。
一晩をそこで過ごすと、翌日の昼前には大きな船が何艘もやって来て、私達を運んでくれました。
船で約2時間程、グランシャリオ領の港に着きました。部族の全員を運ぶには、2回になるとのことでしたが、ラピタ様達と女性と子供が先に向かいました。男達と羊は後からです。
グランシャリオの港に着くと、町の華やかさに驚きました。きれいに整った広い道に、二階建ての家々が建ち並んでいます。
人だかりがある建物が何と聞くと、品物を売るお店だそうです。そんなお店が何軒も並んでいます。
私がテジンの手を引いて歩いていると、お店の中からおばさんが出て来て、二人に果物をくれました。
「まあ、まあ、遠くから無事によく来たねぇ。これはおばさんからのプレゼントだよ。二人とも食べながらお行き、美味しいよ〜。」
「「おばさん、ありがとうっ。」」
あとで聞いたら、梨という果物だった。
この町はなんて優しい人ばかりなのだろう。
私達は、牧場という羊や山羊、牛や鳥を囲いの中で飼っているところにやって来ました。
傍に私達が住むゲルが建ててある。自分達のゲルの大半は、魔の森の密林でやむを得ず捨てたのでとても助かりました。しかも広くベッドには柔らかい布団や毛布もありました。
各々のゲルが決まり、牧場の大浴場に案内されました。石鹸で身体を洗いシャンプーで髪を洗うと、もの凄くいい香りがして身体が軽くなりました。
それに温かいお湯に浸かると、この上なくいい気持ちでした。
浴場から出ると、大広間で食事が出されたというか、自分で取りに行ったのです。
主食は、何種類もの米のご飯やサンドイッチパスタやピザ、うどんもありました。おかずの料理も肉や魚介野菜の料理が数しれず並んでいるのを自分で、好きなものを好きなだけ取って食べます。
皆、こんなご馳走は初めてだと大興奮です。大人にはコップ一杯だがワインかビールが出され、女性と子供には果汁ジュースが飲み放題。
魔の森の苦難も忘れる一時となりました。
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グランシャリオ領に来て、2ヶ月後には牧場から少し離れた草原の海辺に、私達部族の村『モコウ村』ができました。
病院や学校はありませんが、村役とショッピングモール、商店名とがあり、独身者用の団地寮とプレハブ建築の住宅が並んでいます。
病院や学校へは、無料の乗合馬車で町の中央に行きます。
部族の者達は、牧場で牧畜をする他、チーズ作りなどの加工工場や領主館の近くの各種工房或いは村内の商店や職人と幅広く仕事を指定います。
ラピタ様がモコウ村の村長ですが、ほとんど不在です。
領主のリズ夫人がナルト国から帰られてから意気投合し、二人で服飾デザインをしているからです。
なお、モコウ族の伝統衣装とナルト王国の伝統衣装を融合させたグランシャリオファッションは一大ブームを起こすのですが、それはまた別のお話になります。
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