第20話(3) お母さん

「昨日、お母さんには言ったんだ。ソフィアちゃんと付き合ってる事」


 昼休み。昼食を食べ終え、話題が途切れたタイミングで、私はソフィアちゃんにそう話を切り出した。


 場所は、いつもの屋上に続く階段。そこに私とソフィアちゃんは、並んで腰を下ろしていた。


 十一月も中旬に差し掛かり、段々ここも寒くなってきた。

 そろそろ場所を移動しようかという話も出てはいるが、そこから先に進む事はしていない。

 結局、私もソフィアちゃんもここが気に入っているのだ。誰にも見られる事のない、二人きりになれるこの空間を。


「……お母さん、なんて言ってた?」


 どこか不安混じりの声で、ソフィアちゃんが私に尋ねる。


「おめでとうって」

「そう……」


 私の言葉を聞き、安堵あんどの息をくソフィアちゃん。


 多分、私が同じ立場でも似たような反応を取るだろう。そのくらい、私達からしてみたら相手の親から許しを得るというのは、大事な事であり大変な事なのだ。


「お父さんにはまだ言ってない」

「やっぱり、言いにくい?」

「別に何かあるわけじゃないんだけど、なんとなく、ね」


 この辺りはひどく感覚的な事なので、言葉では説明しづらい。というより、私自身よく分かっていない。


「まぁ、うん。分からないでもないかな」


 そう言ってソフィアちゃんは、苦笑いを浮かべる。


 母親と父親の扱いの違いは、子供にとっての一種のあるあるなのかもしれない。


「それで、っていうか、ソフィアちゃんにお願いがあって……」


 ここからが本題、ではないが、今回の話のきもである事は間違いなかった。


「何?」

「来週の週末、ウチに泊まりに来ない?」

「それは、顔出せ的な?」


 言いながら、ソフィアちゃんの顔がわずかばかりくもる。


 確かに、今の話の流れだとそんな風に聞こえねない。更に言えば、私の言い方も悪かったかもしれない。反省だ。


「違くて。単にお母さんがソフィアちゃんに会いたいだけで、深い意味とか全然ないから」


 手を振り、私はソフィアちゃんの言葉を慌てて否定する。


「いおのお母さんが?」

「うん。ソフィアちゃん可愛いから、お話したい、みたいな?」


 いや、その理由もどうかとは思うのだが、そこは事実なのでどうしようもない。


「なら、いいけど……」


 と言いつつ、まだ完全に警戒は解けていないようだ。


 無理もない。お母さんに私達の関係を話したという話の流れから、そこに繋がっているわけで、前後の話が無関係だと思う方がどちらかと言うと無理がある。

 それに、お母さんがそう言い出した事自体には私達の関係は関わっていないが、ここから先の話にはものすごく関わっている。


「そこでお父さんにも話そうかななんて……」


 都合のいい事を言っている自覚はあった。だからこそ、声は次第に小さく弱々しいものになっていく。


 おそおそるソフィアちゃんの表情をうかがう。


 予想に反し、ソフィアちゃんの口元はほころんでいた。

 そこに悩みや不安といった自身の感情は一切見受けられず、ただただ私に対する優しさや気遣いといった明るい感情があるだけだった。


「分かった。てか、私から言おうか?」

「え?」


 思いも寄らぬ提案に、私は一瞬固まる。


 それは、とても魅力的な話だった。私が言うよりソフィアちゃんが言った方がお父さんも反論しにくいだろうし、話もスムーズに進むかもしれない。

 いや、そうじゃない。お父さんの反論を封じるのが今回の目的ではなく、私達の事を認めてもらうのが今回の目的だ。だったら――


「私が、私の口からちゃんと言う」


 自分の父親への報告を人に任せてどうする。ソフィアちゃんに同席を求めている時点で偉そうな事を言えた義理ではないが、ここだけはゆずれない。譲ってはいけない気がする。


「そっか。頑張れ」

「うん。頑張る」


 私とソフィアちゃんの関係は、何ら恥じるものではない。だから、その時になったら、胸を張ってお父さんに言おう。この人が私の彼女ですって。


「けど、そうなると、いい、タイミングかもね」


 とソフィアちゃんが、突然明るい声を作って言う。


「何が?」

「お母さんに私達の事を話す」

「……」


 まぁ確かに、お母さんにはすでに話しており、来週にはお父さんにも話そうとしている。そして、週末にソフィアちゃんのお母さんと二人で会う。そう考えると、こういう展開になるよう私がお膳立ぜんだてしてしまったのかもしれない。知らず知らずの内に。


「認めてくれるかな」


 言いながら私は、首をかたむけ自分の顔をソフィアちゃんの肩に乗せる。


「大丈夫よ。こんな素敵な彼女他にいないもの」

「もう」


 ソフィアちゃんの手が私の髪をでる。優しく、大切なものを包み込むように。

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