第20話(3) 体育祭(午後の部)
「ソフィ――こふ」
走り終わったソフィアちゃんに声を掛けようとした私に、突然横から何かが突っ込んできて、その言葉が途中で中断させられる。
「な、何?」
驚き自分の胸元を見る。するとそこには、木野さんの頭が。
「ありがとう。ホントありがとう」
顔を上げた木野さんは泣いていた。
いや、クラス順位が掛かってからといって、何も泣かなくても……。
「水瀬さんはやっぱり凄いよ。私のミスを取り返してくれた。水瀬さんのお陰で私……」
「いや、そんな……」
大げさ過ぎでしょ、たかが体育祭で。
それに、あそこから
……まぁ、一足飛びはさすがに冗談だが、それくらいソフィアちゃんは凄いという事だ。
「ううん。誰がなんと言おうと、あの時私に大丈夫って言ってくれた水瀬さんが、私の今日のMVP、ヒーローだよ」
ヒーローとはまた大きく出たものだ。大体、ヒーローというのは、私のような
「何してるの?」
抱き合い見つめ合う私達の元に、金メダルを首から掛けた、誰もが認めるヒーローが現れた。
しかしその表情と声は、どことなくいつも以上に平坦というか無理に抑えているというか、とにかく不自然さがそこから見て取れた。
もしかして、怒ってらっしゃる? なぜ? あ、この状況か。
「ほら、木野さん、ソフィアちゃん来たよ」
そう言って半ば無理矢理、私は木野さんの肩を掴み、二人の間に距離を作る。
「早坂さんもありがとう。私のせいで負けちゃうと思って」
「え? あ、うん。どういたしまして」
さすがのソフィアちゃんも、泣きながらそんな事を言われるとは思っていなかったのか、先程までの雰囲気がまるで嘘かまやかしのように、動揺丸出しの焦った反応をみせる。
「おーい。お疲れ」
そんな事になっているとは
「さくらー」
そこに私の時同様、木野さんが突貫を掛ける。
「ちょ、何? いくら嬉しいからって、紗良紗はしゃぎ過ぎだって」
木野さんの奇行には慣れっこなのか、秋元さんが苦笑いを浮かべ、それを正面から優しく受け止める。しかし――
「え? ホント何? なんで泣いてるの!?」
そんな秋元さんでもマジ泣きは予想外だったようで、下を見て木野さんの顔を確認した途端、一瞬でその顔と表情が焦ったものに変わった。
「さくらもありがとー。最初のリードがなかったら、もしかしたら
「あー」
その言葉で、秋元さんもなんとなく現状を理解したらしい。
ちなみに、木野さんの言う大惨事とは、比喩ではなく文字通り、人を巻き込んだ事故の事を指していると思われる。実際、距離が離れていなかったら、その可能性は
「紗良紗もよく頑張ったね。偉い偉い」
そう言って秋元さんが、木野さんの頭を撫でる。
「やめてー。今優しくされるともっと泣いちゃうから」
「何それ」
笑いながら秋元さんが、更に木野さんの頭を撫で回す。
文句らしき声こそ発するものの、木野さんも特に抵抗らしい抵抗はせずされるがままだ。
仲いいな、相変わらず。
「いやー、にしても、水瀬さんも早坂さんも凄かったー。さすが元陸上部って感じ?」
木野さんを胸に抱き抱えたまま、秋元さんが私達の方に視線をやり、そう声を掛けてきた。
「あれだけあった差を、二人で追い抜いちゃうんだもん。まさにいおソフィここに有りって感じのレース展開だったなぁ」
「あはは。ありがとう?」
いまいち喜びづらいその褒め言葉に対し、私は一応お礼を返す。
「まぁ、私といおが出たんだし、この結果は当然よね」
一方ソフィアちゃんは、本気なのかジョークなのかよく分からない返答をする。
ソフィアちゃんなら、どっちも有り得るんだよな……。
その後、残って私達を応援してくれていた男子メンバーと合流し、お互いの頑張りを
自分のレースの事で頭がいっぱいっぱいだったためよく理解していなかったが、どうやら総合優勝するには女子の一位が必須条件だったらしい。その上で今まで一位だった六組が三位以下の順位になれば、晴れて私達の優勝という事だったようだ。
ここまで言えば察しのいい人はすでにお分かりだと思うが、先程のレース六組は四位に沈み、我が四組は見事総合優勝と相成った。
それを聞いた時、喜びより先に安堵感が込み上げてきた。
みんなが目指した目標を達成出来た安堵と、足を引っ張らずに済んだ安堵。結局のところ私は。どこまで行ってもネガティブな思考の持ち主のようだ。
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