第17話(1) デート?

 土曜日。二時十五分着の電車に乗り込んだ私は、ざっと車内を見渡す。


 ――いた。


 というか、ソフィアちゃんの方が私を先に見つけ、こちらに移動してきていた。


 今日のソフィアちゃんの格好は、水色のワンピース。腰の部分がキュッと締まっていて、彼女のスタイルの良さがとても際立きわだっている。


 可愛い。可愛過ぎる。私の友達、可愛過ぎん?


「無事合流出来たね」


 そんな心情などおくびにも出さず、私は目の前で立ち止まったソフィアちゃんに、そう笑顔で告げる。


「乗る車両教えたんだから、合流出来るに決まってるでしょ」


 まぁ、確かにその通りなのだが……。


 今日ソフィアちゃんが乗る車両は、先程ラインで送られてきており私も把握していた。だからこそ、この車両に乗り込んだのだ。

 しかし、なんらかのトラブルで合流が遅れる事もあるかもしれない。例えば、電車の遅延。車両の番号間違い。それから――


「ねぇ、今から行くショッピングモールには、いおは何度か行った事あるの?」


 私のどうでもいい思考を、ソフィアちゃんの質問がさえぎる。


「うん。この辺じゃ一番大きな商業施設だしね」


 買い物はもちろん、映画を観る時にもよく使う。小さな物は近くにも何件かあるが、ちゃんとした物は今から向かうショッピングモールを除くと車で一時間くらい掛かる所にしかなく、必然的に使用頻度ひんどが多くなる。


「ふーん。じゃあ、今日のエスコートはいおに任せて良さそうね」

「え? エスコート?」


 そう言われてしまうと、途端に責任が大きくなったように感じるから不思議だ。気持ちの問題なのは分かっているのだが……。


「もう。しっかりしてよね。私は初めて行く場所なのよ」

「うん……。頑張がんばる」


 お店の配置は大体頭に入っているし、後はどのルートを通るかだけだ。

 広いからな。無駄に歩き回らないでいいように気を付けよう。


「最初は、どっちから見ようか?」


 という事で、まずは情報を仕入れる。


「水着からかな。そもそも、そっちが主なわけだし」

「なるほど」


 言いながら、頭の中でシュミレーションしてみる。


 水着が売っているのはあの辺だから、駅から一番近い出入り口から入った場合ルートは……。よし、これなら。


「ねぇ、いおの好きな色って、何色?」

「え? 何、急に」

「水着選びの参考にするから」

「あぁ」


 そういう事か。

 好きな色、好きな色ね……。


「白とか黒とか?」

「黒はともかく白は合いそう。いお、肌白いもんね」

「そ、そうかな?」


 自分ではよく分からないが、確かに日焼けをすると肌が赤くなってしまうため、そうならないようには気を付けている。


「そういうソフィアちゃんは、何色が好きなの?」

「うーん。私は特に色にこだわりはないかな。服も自分に合うかどうで選んでるから、色はバラバラだし」


 言われて思い返してみれば、ソフィアちゃんの私服に統一性はなく、色だけでなく種類や肌の露出度にさえこだわりはなさそうだった。


「でも、いおが白なら、私は黒にしようかな。その方が二人で並んだ時、対比になって目を引きそうだし」


 対比。何と何が対になるのか。言わずともそれは明白だ。陽と陰、華やかさと地味さ。太陽と月。言い方は様々だが、つまりそういう事だろう。そういう意味では色の担当は逆だが、それがむしろいいコントラストになるかもしれない。


「いおは普段、どんな水着着るの?」

「え? どんな? 露出の少ないワンピースタイプとか?」」

「肌出すのに抵抗あるタイプ?」

「そりゃ、ねぇ?」


 ソフィアちゃんのように容姿に恵まれていれば別だが、私みたいな人間は率先して肌を出してく事を良しとしない。需要もないだろうし。


「ふーん」


 そう言ってソフィアちゃんが、私の全身を意味ありげな表情でなめまわすように見る。


「な、何?」

「ううん。なんでもないわ。楽しみね、水着選び」

「……」


 私は今のやり取りで、むしろ不安が増したのだが。


 本当に、ソフィアちゃんに任せて大丈夫だろうか。はだか同然の物が出てきた時はさすがに逃げよう。逃げるが勝ちとはよく言ったものだ。勝てない戦いに挑む程おろかな事はない。


 まぁ、それはさすがにジョークだけど。どんな水着が出てくるのか不安なのは本当だ。


 とはいえ、ここでグダクダ言っても何も始まらないので、腹をくくってソフィアちゃんの常識と良心を信じる事にしよう。カップルコンの時も、結果的にはそれで上手くいったのだから、今回もきっと大丈夫だろう。




 ――などと考えた数十分前の自分をなぐってやりたい。


「これなんてどう?」


 そう言ってソフィアちゃんが、私の前に差し出してきたのは、明らかに布面積の少ない白いビキニだった。


 場所は、ショッピングモール二階の水着売り場。


 色々な種類の水着がある中、ソフィアちゃんが選んだのはよりにもよってビキニ。何を考えているのか。いやまぁ、あえてやっているのはなんとなく分かるのだが……。


「いや、だから、露出は……」

「試着。試着だけ、ね」

「……」


 そんな風にして頼まれては断りづらい。


「まぁ、試着だけなら……」

「この先が心配になるチョロさだわ」


 ぼそっとソフィアちゃんが何やら小声でつぶやく。


「なんか言った?」

「ううん。なんでもない。行きましょう、試着室」


 くるっと体を回転させられたかと思うと、ソフィアちゃんに背中を押され、あれよあれよという間に試着室まで誘導される。


「すみません、試着室使わせてもらいますね」

「はい。どうぞー」


 その途中で、たまたまいた女性店員さんにソフィアちゃんが声を掛け、試着室使用の断りを入れる。


「はい」

「……」


 試着室前で私は、ソフィアちゃんによって差し出されたビキニを無言で受け取る。


「試着するだけだからね」

「もちろん」


 必要以上に神妙な顔をしたソフィアちゃんに見送られ、私は一人試着室の中に入る。


 扉を閉めればそこは個室。誰の目も届かない隔離された空間だ。


 とはいえ、服を脱ぐのには僅かばかり抵抗がある。しかも、着るのはただの服ではなく、水着。どうしても、その事を意識してしまう。


 鍵を閉めると、私は心を落ち着かせるように一つ息を吐いてから、自分の衣服に手を掛けた。


 数分後、水着に着替えた私は、鏡で自分の姿を確認する。


 うん。これはちょっと……。


 ないとは思いながらも、扉を開け、一応ソフィアちゃんに着てみた感じを見せる。


「どうかな?」

「え? 普通にいいと思うけど?」


 即答。しかも、ソフィアちゃんに気をつかった様子はない。


「けど、さすがにこれは……」


 自分の体に自信がある人しか着られない代物しろものな気が……。少なくとも、私が着る物ではない。


「そう? うーん。じゃあ、これは?」


 私が着替えている間に持ってきたのか、ソフィアちゃんの手には別の水着が。


 その水着は今私が着ている物よりは幾分いくぶんか布面積が多いが、やはりビキニだった。

 色は同じく白。胸元にはひらひらしたフリルがついていて、胸そのものの形自体は隠れている。下もスカートタイプになっており、同じく体のラインは見えないようになっていた。


 まぁ、今着ているこれよりは……。


「はい」


 突き出された水着を、私は思わず受け取る。


「試着、してみて」

「……」


 笑顔の圧力。それに圧され、私は再び扉を閉め、鍵をかう。


 そうして私は水着から水着に着替える。


 鏡に映るのは、先程より布面積の増えた、しかしビキニを着た私の姿。


 これは……どうなのだろう? 一つ目の水着よりは有りな気がしているが、それは比較対象があるからこその錯覚なような気もするし……。


 鍵を開け、扉を開く。


「どうかな?」

「最高」

「最高!?」


 最上級の評価が出ちゃった。


 ソフィアちゃんはなぜだか私に対する評価が全体的に高めなので、鵜呑うのみには出来ないが、そこまで言われるとさすがの私もその気になってくる。


「いお自身はどう思うの?」

「うーん。まぁ、悪くはないのかなって」

「つまり、問題ないって事ね」


 まぁ、私の言葉をそう変換する事も出来なくはない。


「じゃあ、これにしましょう」

「うん……」


 なんだか、きつねにつままれたようなたぬきかされたような、そんな不思議な気分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る