十四 座敷わらしの行く方


 あやかしの気配がわかるのだろう、河原に上がると子狸は童子わらしに抱きついた。それを姉妹か何かだと思ったのか、先輩達は晴れ晴れと笑った。


「いっやー、やったぜ、人命救助!」

「もうお姉ちゃんから離れんなよ」

「あ、助けたって警察に連絡しとこ」


 口々に言いながら帰っていく。宏樹もこちらを気にしながら帰ろうとしたのでたけるは呼び止めた。


「ひろ君、ありがとう!」

「おう」


 宏樹ははにかんで笑いながら、チラリと童子を見た。これは今度、あの子はなんだと根掘り葉掘り聞かれるのだろうと健は覚悟した。


 童子と並んでいる健はあやかしと同じ扱いなのか、他の皆が立ち去ると子狸はクルリと変化へんげを解いて脇の茂みに駆け寄る。そこから顔を出したのは、きっと親狸だ。

 親子狸は二匹並んでペコリとして、ザザッと森に帰っていった。


「タケル」


 童子は狸を見送ってもまだ、切羽つまった顔をしていた。ギュッと健の腕を取る顔色が少し悪い。


「タケルの家に連れて行ってほしい。このままでは我は消えてしまう」

「どういうこと?」


 健はびっくりして童子を見つめた。

 見慣れないセーラー服の中学生姿の童子。青ざめて泣きそうにも見える童子は冗談を言っているようには見えなくて、健はとりあえず急ぎ足で家に向かって歩き出した。ついてくる童子はほとんど泣き声だ。


石座神いすくらのかみ注連縄しめなわが切られて、神の気が乱れておる。神社の常世とこよが揺らいでしもうた。我のどころじゃのに」

「依り処?」

「座敷わらしは場所に依るじゃろ? 我を思うてくれる者の家か、神の気に溢れる場所に我は依りつく」


 神社のお堂ではなく、神域そのものに依っていたということらしい。そこが揺らいでいるので、童子の存在も危ういのだと言われて健も青ざめた。


「今は神気を籠めた神籬ひもろぎを持っておるゆえ、こうして外に出られる。じゃがもう保たぬ。タケルの家ならば依れるじゃろうから行けと、シシさんコマさんに言われたのじゃ」


 保たない、と言われて健は隣の童子を急かして小走りになった。遠くから雷鳴が近づいてくる。


 だめだよ、そんなこと言わないでほしい。


 そうするうちにポツリと大粒の雨が落ちてきて、見る間にザアザアと降り出した。


阿夫利神あふりのかみいかっておわす―――」


 バチバチと叩きつける雨粒に、二人はあっという間にずぶ濡れになった。


「シシさん達は?」

「石座神を祀る儀式を、やり直すと」


 カッと後ろが光り、ドオンと轟音が轟いた。雷が近くに落ちたようだ。

 はあ、と童子は息をあららげた。なんだか辛そうだ。心配になって振り向くと、童子がつまづく。

 慌てて手を伸べて受けとめようとすると、転んだ童子はスウッと健を通り抜け、へたりと道に座ってしまった。その道につま先が食い込んで見える。


 童子の実体が、消えかかっていた。


「ざーさん!」


 健は悲鳴を上げた。童子も蒼白になって自分の手を見る。雨粒が、その手を叩かずにすり抜けていた。


「間に合わなんだか……?」

「何言ってんだよ、立って! まだざーさんはいるんだから!」


 健は必死で童子を励ました。呼ばないと童子がもう消えてしまいそうに思えて怖かった。


 痛いほどの雨が、健を打ちつける。


 顔が濡れているのも雨だか涙だかわからなくなった。そんな健を見上げて、童子はふわりと立ち上がり言い聞かせた。


「我が消えても、悲しいことはない。我は痛くも苦しくもないのじゃ。ただなくなるだけゆえ」


 歩こうとしてくれているようだが進まない。さっきのもつまづいたのではなく、走っていた足が空を切ったのだった。


「我はただの意識なのじゃ。想われて在り、依り処があれば在る」


 依るべき神気をうしなって、童子は薄れていった。捕まえようとする健の手が、やはり空を切る。

 もう自分のかたを悟ったのか、童子はほんのりと笑った。


「すまぬ、タケル。依る処も想いもなくなってしまえば、我もない」

「嫌だよざーさん、消えたりしないで!」


 健は心の限りに叫んだ。


「僕が! 僕が想うから!」


 健が腕を伸ばす。

 叩きつける雨にかき消えていく童子に、健は精一杯の想いをぶつけた。






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