十二 荒ぶる


 厳しい顔で童子を送り出してから、コマはさっさと新しい作りかけの注連縄しめなわを持ち出してきた。それを見てシシが、やれやれと肩をすくめる。


「年越し支度だから、注連縄はまだ途中なんだがなあ」

「形にはなっている。紙垂しでと共に俺達の霊力を籠めればいいんだろう」

「まあ消えたくないし、やるよ。やればいいんだろう」


 シシもコマも、一応神の眷属だ。石座神いすくらのかみの神気が揺らいだだけで存在が危うくなる童子わらしほどは儚くない。だがこのまま神気が薄らいだり、ご神体への御霊みたま降ろしが上手くいかなければその限りではないのだった。

 しかもこの、石座神とのつながりが弱まった状態で、神具を調え霊力を籠めるというのはやったことがない。

 疲れるな、と二人は嫌そうな顔を見合せて、同じことを考えている相棒にニヤリと笑った。


 神棚に向かって紙垂を捧げ頂き、フッと霊力を吹き込んで、縄に挟み込む。

 二枚ずつそうしただけで、いつもよりゴソッと力が削られるのがわかってシシはゲンナリした。コマも覚悟はしていたものの、かなり効くようで渋い顔だ。

 中央の最後の一枚はシシとコマで共に持つ。向かい合って顔の前に捧げると、額を合わせて短く祝詞のりとを唱えた。


「祓い給え、清め給え、守り給え、さきわいい給え」


 裏表からフッと二人の霊力を籠め、注連縄に収める。力が円く繋がって、神を引き留める神具ができた。

 さて、これを運んで神を鎮めなくてはならない。


「あと必要なのは御饌みけ御酒みきと」

「榊は」

神籬ひもろぎでよかろう」

「いい加減だな」


 コマが呆れて笑う。人がやるからこそ儀式という形が必要なのであって、彼らはそこまで縛られない。

 笑っていられるうちにどうにかしなければならないのだから、いい加減にもなるのだ。



 童子は無事だろうか。

 たけるの学校は終わる頃のはずだが、会えなければ勝手に健の家に入り込んで家に依ってしまえと言っておいた。童子への思いがある健の部屋辺りになら、依れるはずだ。

 神籬の力だけでは童子を長くは守れない。消える前にどこぞに依ってくれれば後で迎えに行くこともできるのだから、なりふり構わず生きてほしかった。



 なんとか支度を整えてお堂を出ると、北から真っ黒な雲が湧き空を覆い始めていた。

 北の雨降山あふりやま阿夫利神あふりのかみが荒ぶり出したのだ。

 雲を見るに山の方ではもう豪雨になっているだろう。稲妻が光り、遠くでドオンと落ちた音がした。

 その稲光の中に妙な影を見て、二人は息を飲んだ。


「おい、あれは」

烏天狗からすてんぐか!」


 雨降山の烏天狗が放たれたということは、思ったより阿夫利神はいかっていらっしゃるのかもしれなかった。




「すごい雲。これは降るなあ」

「だな。部活休みになるはずだぜ」


 昇降口を出た健と宏樹は、北側の空を埋める雲に、うへえと肩をすくめた。

 十一月にもなって何故ゲリラ豪雨なんだろう。警報が出たので部活は中止して全生徒帰宅、となっている。二人も急いで校門をくぐった。


「タケル!」


 そこでオロオロしながらしがみついてきたのは、健と同じ年頃の少女だった。

 やや古くさい形のセーラー服を着て、肩近くまで伸びたボブの髪――――。


「ざ、ざーさん!?」


 健はびっくり仰天した。年齢と服装はいつもと違うが、それは童子だったのだ。

 こんな所でこんな格好で何を、と思ったら童子は必死ですがりついてきた。


「タケル助けて、川の中洲に子どもが取り残された!」

「え?」


 健は青くなった。

 川で溺れることについては少々思うところがある。しかも子どもと聞かされては、身体が固まるのも無理はなかった。

 健の、一番嫌な記憶だった。






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