二 転校生


 月曜日から、たけるはこちらの中学校に転入になった。二期制の学校なのでちょうど後期からの在籍になるらしい。

 でも中一の後半なんて半端な時期の転校は少し気が重い。小二まではこの町にいたのだから知り合いもいるだろうが、みんなスクスク育って全然わからなくなっているかもしれない。

 何も変わらない、あの座敷わらしの方がおかしいのだ。


 学校が終わったら遊びに来てよ、と童子わらしは目を輝かせた。差し出された小指を断りきれなかったのは、あんな小さい子どもに誘われたら仕方ない。嫌だと言ったら泣くんじゃないかと思ったのだ。

 中学校なら心配ないよ、と童子は確信ありげに言っていた。だから報告に来ること、と。

 実際健が教室で前に立ち、「和地わち健です」と名乗ったとたんクラスの五、六人が心当たりのある顔をした。


「わっちゃんじゃん!」

「……ひろ君か」


 明るい声を上げて、ついでに手も上げてヒラヒラと挨拶してくれたのは上野宏樹うえのひろきという元気な奴だった。


 そう、昔ここらでは「わっちゃん」と呼ばれていた。健の方も宏樹の名前まですぐに思い出したのは、よく遊んだからというだけではない。

 川に遊びに行くのだけは断っていた健だが、他の子がしつこく誘っても宏樹はそうしなかった。さっさとみんなを連れて、じゃあまた別の遊びでな、と放っておいてくれた。健の事情を知っていたのだと思う。宏樹はそういう気の使える奴だった。


「転校生ってわっちゃんかよ。なかなか美少女とか来ないよなあ」


 学活が終わって下校となり、宏樹は健をつかまえて言った。健はその軽口が嬉しくなって笑った。


「僕でごめんな」

「しょーがねえ。彼女になってくれない美少女より、わっちゃんのがいいよ」


 ポンポンと肩を叩いて宏樹は行ってしまった。始業式の今日は午前授業だが、部活はあるらしい。宏樹は陸上部だそうだ。

 その様子を見ていた高橋小春たかはしこはるが呆れ顔になった。


「彼女とかより走ってる方が好きなくせになあ……」

「こーちゃんは部活やってるの」

「うん、合唱部」


 小春も幼い頃からの友達だ。真面目で恥ずかしがりの女の子だったと思ったが、人前で歌うようになっているとは。

 この中学校は三つの小学校が校区に含まれている。なのでクラスに他に何人かは知っている子らがいたが、皆それぞれに成長していたり、いなかったり。

 自分はどうなのだろう、と健は思った。他の皆からは、どう見えているのだろうか。



 神社に行ってみると、童子わらしは灰色の大きな犬と遊んでいた。

 お堂の階段に腰をおろし、その脇にゴロンと寝そべった犬をワシワシなでたり耳を折り曲げたりしている。

 その犬はなすがまま、まったく童子のすることを意に介していなかったのだが、健が鳥居をくぐった辺りで顔を上げた。童子がピョンと立ち上がって駆けてくる。


「タケル、制服ではないの」

「午前授業だったから、うちでお昼を食べてから来たんだよ」

「なんだそうか」


 童子は今日も着物だ。海老茶えびちゃ海老赤えびあか赤丹あかに埴色はにいろ。健にはわからない様々な赤を組み合わせた花菱の柄だった。

 着物というと健にとってはお祭りや初詣、七五三など、特別な日に着るものだ。だが童子にとってはずっと着てきた普段着なのだろう。

 昔、日本人が洋服など知らなかった頃から、童子はいるのかもしれない。


 のし、のし、と童子の後から犬がきた。

 がっしりと太い脚。和犬わけんのような顔つきで毛足は長いが秋田犬あきたいぬとは違う。ふわりとうねる灰色の毛は艶やかで、日があたると銀色にも見えた。

 犬は健を真っ直ぐに見た。その目に呑み込まれるような気がして健はつい、人にするように挨拶した。





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