僕と座敷わらし 時々こまいぬ
山田あとり
序の一 死というもの
着せられた白い半袖シャツと黒い半ズボンはすっかり汗で湿っている。
石段の両脇の
幼いなりに考え深げな顔つきの健だが、今はキョトンと小首を傾げている。この五日の間に自分の身の上に起こった出来事が理解できていないのだ。
何があったのかは、だいたいわかる。
川遊びしていて、健は足を滑らせた。深みにはまった健を引き揚げたのは祖父だ。健を岩に上げた祖父は水を呑み、沈んだ。
だけどその内容は、健の心に届いていない。
石段を上がり切ると、鳥居と狛犬とお堂と、思いの
ここでは毎年、町内の夏祭りがある。今年はもう終わっていて、健も綿菓子を買ってもらってベトベトになったものだ。
神域を囲む小笹の籔。あざやかな緑のもみじ。古びた桜。ここは石段の途中に比べ陽を透かす葉が多くて明るい。
知らず知らずのうちに身をすくめていた健は少しほっとして、神社の下に広がる町を振り返った。
聞こえるはずのざわめきが、今日の健には遠かった。
おじいちゃんは、死んだんだ。
健はあらためて、そう思った。動かなくなった祖父を、健は通夜の前から度々確認している。何度様子を見にいっても、祖父はまぶたをピクリとさえしなかった。
死ぬ、ということは健にだってわかる。
この季節、蝉がそこら中に転がって息絶えているし、車に跳ねられて事切れた猫だって見たことがある。
ただ人間が、しかも数日前まで一緒にご飯を食べ、遊んでくれていた祖父がそうなるというのは、まだ五歳の健には理解の外だった。
だが、静かな境内にぽつんと立ち尽くした健は唐突に得心した。
僕がいけないんだ。
風にザザザと鳴る杜に追い立てられるように不安が押し寄せて、健は辺りを見回した。少しでも身を寄せられる場所を求めて、お堂の縁の下にもぐり込む。
僕が足を滑らせたりしなければ、川で遊びたいなんて言わなければ、おじいちゃんは今も生きていた。
そう思ったらもう、健の目からは涙が溢れていた。うえーんと子どもらしい泣き声が喉からこぼれ、しゃくりあげるのが止まらない。
お堂の下の暗い隅から洩れ聞こえる子どもの泣く声など、下手をすると怪異か何かのようだ。だがそこに、恐れる風もなくニコニコと近づく者があった。
「タケル」
暗がりにひょいと入り健に寄り添ったのは、健よりも少し年かさに見える女の子だ。
長めのおかっぱ髪が
暗いはずなのにそんな姿がはっきりと見えて、今日はお祭りだったっけ、と健はびっくりして泣き止んだ。
「だれ?」
「だーれだ?」
にっこりと笑われて、健はキョトンと目を丸くした。
++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++
お読みいただいてありがとうございます。
序章は昔の、幼いタケル君の泣きべそのお話です。
お堂の暗がりに、おかっぱの女の子。
ホラー風味で始まりましたが、どうなりますか。
全十九話となっております。
もう少し、お付き合いくださいませ。
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