第10話
婚約破棄まであと少し。
その言葉に不謹慎とは思いながらも、嬉しさを抑えきれないセシリア。
だが彼の次の言葉に、眉を顰めた。
それは、レナードの悪友をメーガンに会わせるのだという。
「彼は俺が留学していた先での友人で、砂漠の国ユーリン王国の第二王子なのです」
「まぁ・・・アミール殿下ですか?」
「ご存じでしたか・・・さすがはセシリア様」
「先日、料理長と香辛料の話をしていて、調べましたらユーリン王国が織物と香辛料が有名なのを知ったのですわ」
「その通りです。彼とは学生時代そりが合わなくて取っ組み合いの大喧嘩をしましてね。それ以来何故か良くつるむようになったんです」
「大喧嘩を・・・まさに拳と拳で語り合う!ですか?憧れますわ・・・」
「いや・・・そこまで大層な事では・・・」
レナードはキラキラとした眼差しを向けられ困惑しつつ、セシリアの可愛らしさを堪能する。
普通の令嬢であればドン引きしそうな内容も、さすがは「破天荒王女サンドラ」の娘。
憧れますわと、深窓の令嬢はまず言わない。
そんな意外な面を見る度、レナードはセシリアに惹かれていく。
これ以上、俺を好きにさせてどうしたいの!?・・・と叫びたいほどに。
未だキラキラとした眼差しを向けてくるセシリアに、コホンと咳ばらいを一つして、邪な感情を笑顔の仮面で隠した。
「来月、彼がユーリン王国代表として我が国を訪問するのです。彼の仕事は二、三日で終わるのですが、そのあと七日ほど俺の屋敷に滞在するのです」
「それは楽しみですわね」
自分の事の様に喜ぶセシリアは、贔屓目なしに可愛らしい。レナードは、息も絶え絶えである(脳内は)。
「えぇ。実は彼はこの国には自分の後宮に迎える妃を探しに来るのです」
「後宮・・・確か、アミール殿下は既に側室が三人ほどいらっしゃるのでは・・・・」
セシリアの表情は一変し、ほんの少し不快そうに眉根を寄せた。
正確には「いた」という過去形になるのだが、あえてレナードは訂正しなかった。
メルロ国もタナビ国も一妻一夫制。王家も例外ではない。
だが他国では、正妻の他に側室や愛妾をたくさん持つ国もあるのだ。ユーリン王国の様に。
セシリアは未だ熱愛中の両親を見て育っている為、父が他の女性に愛を囁くなどあり得ないし、想像すらしたくない。
ユーリン王国には沢山の妃を持つようになった歴史的背景もあるのだろうが、それでもセシリアには許容できない事だった。
「まさか、メーガン様を側室に・・・?」
それはやりすぎではないかと、セシリアはレナードに詰め寄る。
「落ち着いて、セシリア様。俺はアミールに彼女を紹介はするけど、一応、婚約者としてです」
婚約者として紹介・・・その言葉にセシリアの胸はずきりと痛む。
「セシリア様は優しいのだね。アミールがメーガンを気に入るかは別として、彼の後宮を紹介するわけではないよ。今はまだ俺の婚約者なわけだし」
「でも、そのように誘導されるのでは?もしそうなのであれな、私は同じ女として見過ごす事はできません」
ユーリン王国の側室に入る女性たちは、ほぼ政略によるもので女性たちの意思など全くないものだと聞いている。
オアシスに建つ国は、地下資源も豊富で潤沢な資金を持っている。貧しい国は支援を得るために、金持ちの国へ娘達を売るのだ。
確かに高位貴族や王族の結婚は、個人の意思など関係なく、婚姻によって家同士、国同士を結びつける事が使命のようなものなのだが。
だがここ最近の世界情勢としては、その様な考え方や風習も無くなりつつあり、王族以外は恋愛結婚が多くなってきている。
王族とて、全くの政略ではなく恋愛結婚も最近では、まだ少ないが見られるようになってきていた。
そんな時代を逆行するような国も、未だにあることは否めない。その国にはその国にしかわからない事情があるのだから。
険しい顔をしてレナードを見るセシリア。レナードにとっては、一生懸命に威嚇している子猫の様にしか見えなくて、ただ可愛いだけ。
ここで可愛いなんて言ったら、嫌われるな・・・と、レナードは真剣な表情に変えた。
「一つ誤解を解くけれど、俺はメーガンをアミールの側室に押す気はないですよ」
「本当ですか?」
「本当です。俺は俺の策で婚約破棄を向こうから言わせたいのですからね。そうでなければ、公爵家と王家から難癖付けられる可能性がありますし」
「確かに・・・」
「それに、他者の手を借りなくても婚約破棄は簡単なんですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。メーガンにお金を使わせなければいいだけなのですから」
メーガンの浪費癖は聞いている。噂でその使いこむ額を聞いてはいるが、セシリアはちょっと大げさに言っているのだと思っていた。
だから興味本位でなんとなく聞いてみたのだ。いくら位使っているのかを。
レナードが答えたその金額にセシリアは、声にならない悲鳴を上げた。
「う・・嘘ですよね?ちょっと・・・大げさに、言ってるだけですよ、ね?」
「いいえ、事実です」
きっぱりと爽やかな笑顔で答えるレナード。だが、その目は爽やかさの欠片もない、死んだ魚の様な目だった。
レナードが毎月支給している婚約者の為の予算。
それはとてつもなく半端ない金額だった。それから毎回、足が出ているのだという。
その分は王家と公爵家が負担。そうなれば当然メーガンへと苦言を呈する。そして不満の矛先は、金を出さないレナードへ。
我慢の限界が来れば、メーガンがキレて婚約破棄を突きつけてくるだろう。
メーガンは、思い通りにならない事には我慢ができない人間なのだから。
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