愛しい人を手に入れるまでの、とある伯爵令息の話

ひとみん

第1話

「レナード・ペルソン!貴方との婚約は破棄するわ!この場にいる人達が証人よ!!」


とある貴族のガーデンパーティの真っ最中、ティラー公爵令嬢であるメーガンが赤みの混じった金髪をなびかせ、目の前に立つ美しい男レナード・ペルソン伯爵令息に向かって指をさしながら叫んだ。

彼は虚を突かれた様に美しい青い瞳をわずかに見開いたものの、何の感情も浮かべることなく「承知いたしました」と恭しく頭を下げた。

そして、ゆったりとした動作で顔を上げ「一応、理由を聞いても?」参考までに・・・と、付け加える。

そんな彼の仕草が気に食わないのか、メーガンはキッとレナードを睨むと、胸を張り堂々と叫んだ。


「あんたが、ドケチだからよっ!!」


水を打ったかのように静まり返る会場。

誰も動く事も出来ず、固唾を飲んで二人を見守る中、当人であるレナードがそっと息を吐き納得した様に頷いた。

「わかりました。では、公爵家の方へはこちらからご連絡させていただきます」

そう言うや否や踵を返し、急ぐ様にこの場を後にした。

その後ろ姿を見ながら周りの人達は「あぁ、彼女の気が変わらないうちにと急いでいるのだな」と詰めていた息をそっと吐いたのだった。



レナードは馬車に乗り込むと、大急ぎで屋敷に帰る様指示し、喜びを噛みしめるかのように緩む口元を手で覆った。


レナードがメーガン・ティラー公爵令嬢と婚約をしたのは約一年前。彼が十九才の時。

メーガンの・・・と言うよりもティラー公爵家たっての希望で結ばれた。

レナードの家であるペルソン家は爵位は伯爵であるものの、先々代が始めた商会の収益がちょっとした小さな国の国家予算位はある、大富豪なのだ。

領地を持っていない為に、この国のタナビ国王からは再三領地を持たないかと言われていたが、話が出る度お断りしていた。

伯爵家の人間は大人子供問わず根が商人。領地などと言う足枷にしかならないものは必要としなかったのだ。

しかも長男であるレナードは、それらを継ぐ者。

全てを約束された彼だが、家の商会とは別に隣国へ留学中に始めた商会を持っており、女性をターゲットとした商業展開を繰り広げた結果、飛ぶ鳥落とす勢いとはこういう事を言うのか・・・と言うくらい、実家の商会と肩を並べるまでになっていた。

そして昨年実家に戻り、王家主催のパーティーに出席した途端、婚約の申込が後を絶たなくなったのである。

商会の事もだが、それよりなにより彼の容姿に世の女性たちは目を奪われた。

少し癖のある金髪は光を浴びずとも美しく輝き、青空をそのまま閉じ込めたかのような清澄せいちょうな瞳。

天は二物も三物も与えてしまったのか・・・と、誰もが嫉妬と羨望の眼差しを向けてしまうほど美しく、さらに金持ちとくれば男女問わず放っておくはずもない。

自分自身も自覚は当然持ってはいたが、何もしなくても周りが勝手に纏わりつき囀る事に対し、疲弊していくのにそれほど時間はかからなかった。


そんな彼に目を付けたのが、四大公爵が一つであるティラー公爵その人だった。

この国、タナビ国の宰相をも務めている。

メーガンはティラー公爵の長女として生を受けていた。

だが彼女は、絵に描いたように我侭で癇癪持ち。王家と自分達四大公爵家以外は下賤な身分だと言って憚らないほど、傲慢で最悪な性格をしていた。

ティラー公爵の先代当主夫人が先代国王の姉であり、その祖母に可愛がられ甘やかされて育った弊害ともいえる。

だが、祖母だけが原因という訳ではない。と言うのも、ティラー公爵家はここ百年ほど男児しか生まれていなかった。

跡取は男児とされるこの国では喜ばしい事なのだが、男児ばかりしか生まれないというのは何かの呪いではないのかと、まことしやかに噂になる位は有名な話だった。

これまでの当主は「女の子が生まれるまで!!」とがんばったものの、全て男児と言う結果で終わっており、女性は嫁だけと言うむさくるしい家系となっていた。

そんな中で、何代かぶりに女児が生まれたものだから、もう大変。

屋敷中が歓喜するとともに、当主でもあるティラー公爵が上へ下への大騒ぎだった事は今も語り草となっている。

それほどまで待ち望んでいた女児。

何を言っても受け入れられ、否定されず与えられ・・・その結果、我侭を通り越し一国の女王にでもなったかのように傲慢になってしまったのだ。

公爵家がそれに気付いた頃は時すでに遅く、更生もままならない年齢になっていたという。


いくら家柄が良いとはいえ、癇癪持ちの我侭で贅沢好きな令嬢を好んで迎え入れようとする貴族などいるはずもない。

下手をすれば、破産どころの話ではないのだから。

そんな時に運悪くレナードが帰国。ティラー公爵に目を付けられてしまったのだ。

当然、公爵家からの求婚は速攻で伯爵家はお断りした。

公爵以下の爵位は下賤だと言い張っていたメーガンの噂も聞いていたし、あんなのが屋敷で好き放題し滅茶苦茶にされるなど、考えただけでも気分が悪くなる。

だが、公爵家も諦めるわけにはいかない。類稀な美貌もそうだが、何よりも潤沢な資産。贅沢好きのメーガンが散財しても潰れる事の無い金を持っている彼が最高の生贄だったのだから。

頑なに首を縦に振らない伯爵家に業を煮やした公爵家は、禁じ手に出る。

国王に頼み込み、王命を出してもらったのだ。

これには怒りを隠せない伯爵家。

国を捨て、他国へと亡命する事を告げれば、焦った様に国王は王命を取り下げ、公爵が頭を下げる事態に。

王命とは、こうも簡単に出したり引っ込めたりできるものなのか・・・・謝る位なら、初めから言うなよ!と、更に怒りが込み上げた事は言うまでもない。

伯爵家で運営している商会がこの国から撤退しようものなら、経済が立ち行かなくなってしまう。

それほどまでの影響力を持っているのだ。

そんな彼等に王命など、火に油を注ぐようなもの。はっきり言って、ペルソン伯爵家に愛国心はないのだから。


当然、結婚する気などさらさらないレナードだったが、婚約を了承するかわりにいくつかの条件を付ける事で国王達と契約を結んだ。

不良物件を押しつけられるのだ。こちらにも何らかの利益がなくては割に合わない。

厳しい状況に立てば立つほど、商人根性が発揮されるというのがペルソン伯爵家の人間。

そんなレナードもとい、ペルソン伯爵家の思惑を混ぜつつ、レナード有利となる条件に誰も何も言う事は無かった事に、内心ニヤリとする。


そして数か月後には婚約発表のパーティが開かれたのだった。

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