Ⅳ
ジメジメした炎天下、すり寄ってくる不快感を煩わしく思いながら、カレンは知らない道を歩いていた。声を掛けられ振り向くと、一人の青年が斧を振りかぶって襲い掛かってきた。包丁を取り出す間もなく、カレンの脳天は真っ二つに砕き割られた。
カレンは悲鳴を上げて飛び起きた。恐ろしい夢と現実に震え、それらから目を背けようとつい最近手に入れたエメラルドを取り出そうとして、すでにそれが消滅していることに気が付いた。
言葉も出せないほどの絶望を覚えた。再び虚空に穴が開いて、恐怖とともに激しい喪失感が襲ってくる。
「何かあった?」
マドリーヌが悲鳴を聞きつけて、部屋のドアを開けた。
カレンには、『ソレ』が宝石箱としてしか見ることができなかった。
空の花瓶を掴んでマドリーヌの頭に打ち付け、ふらつくソレの首を絞めた。頭から血を、口からは泡を吹いて、やがて宝石箱は白目をむいて息絶えた。
棚に隠していた包丁を取り出して宝石を探すと、今度は簡単に見つかった。黄色のトパーズが、その姿を現す。瞳に埋め込むような勢いでそれを眺めるが、数秒立たないうちに消えてしまった
カレンの靴が、流れ出た血で赤く染まる。
すると、まるで靴がひとりでに動き出すように、カレンは新たな宝箱を探しに孤児院の中を彷徨い始めた。
「いや……嫌だよぉ」
別の部屋に入って、眠っていた子供に襲い掛かった。絶叫が夜闇をつんざく。
「お願いやめて!」
そう叫ぶのは、カレン自身だった。
自身の手や足は、何者かに操られているように、決して止まることがなかった。
アメジスト、サファイア、ダイアモンド。
幾つもの宝石が子供たちの体から現れ、その度にカレンの世界は数瞬だけ一つの色を取り戻し、そして元あった白黒さえも奪って消えていく。
「ごめんなさい」
孤児院に生きた人間が居なくなる頃、カレンは街に繰り出した。
もうカレンの世界は、どんな色も残ってはいなかった。
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「……レン! ……カレン!」
目を覚ますと、途端に世界が色付いた。
「どうしたの? すごくうなされてたよ」
「……ユノ?」
カレンを起こしたのは、紛れもなくユノだった。夢を見ているのかと疑いたくなるが、今まで見ていたのが正しく夢であることに気が付いた。
カレンは自分の部屋を飛び出し、隣の部屋に駆け込むと、そこで寝ているマドリーヌの姿を認めた。他の部屋の様子も見るが、皆安らかに寝息を立てていた。
安心感のあまりカレンは力が抜けて、追ってきたユノの体に倒れこんだ。
「夢でよかったぁ~~」
泣き出したカレンを、ユノは訳も分からず慰めた。
今カレンが見ている世界は、宝石に負けないくらいに色鮮やかだった。
宝石と踊るはモノクロームの夢 天片 環 @amahiratamaki13
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