カレンが部屋から出ることが劇的に減った。ユノの葬式が終わってからしばらく経っても、それは変わらなかった。共用の部屋にいる時でさえ、心ここにあらずといった様子で皆を心配させた。


 リビングで機械的に食事の手を動かしているカレンに、同年代の子供が話しかけた。


「ねえ、外で一緒に遊ばない? 少しは気分も晴れると思うんだ」


「大丈夫」


 カレンは一瞥もせずに流した。それでも話しかけられると、一秒でも離れたいとでも言うように、さっさと食事を済ませて部屋に引っ込んでしまった。


「まだ傷は治っていないようね、マドリーヌ」


 為す術もなく見送る彼女——マドリーヌに、孤児院の先生が心労の溜まった声で話しかけた。子供たちの面倒を見る者として、カレンの傷を癒そうと苦心しているのだが、やはり一向に成果が見えないのだ。


「寄り添い続けるしか、方法はないのかもしれませんね」


 しかしそんなことは、当のカレンが知ったことではなかった。

 ユノの死ではなく、あのルビーが、ほとんどの思考を占有してしまっていたのだ。部屋から出ないのも、ずっとルビーを眺めていたいがためだった。


 モノクロームの世界に、ルビーだけが鮮烈な赤色で輝く。カレンの見る世界は、そんな風に変わってしまっていた。


 カレンは部屋に戻ると、棚の隅に隠しておいたルビーを取り出した。


「ああ、どうしてこんなに美しいのだろう」

 

 毎日毎日飽きもせず、ただそれを見るということだけを続けた。そんな日常が、どれほど過ぎ去っただろう。孤児院にいる全員が諦め始めた頃、カレンの目の前でルビーが赤い煙を噴きはじめた。煙は次第に増えていって、煙がのぼるたびにルビーが小さくなる。


「待って! 消えないで!」


 ルビーは熱を発しているにもかかわらず、カレンは火傷も気にせずに、手で囲って必死に守ろうとした。そんな抵抗もむなしく、やがてルビーは跡形もなく消え去った。


「そんな……」


 赤色を失ったカレンの世界は完全な白黒となり、ルビーがあった所には小さな穴がぽっかりと空いた。その穴が無性にむずがゆくて、ベッドにあったぬいぐるみを突っ込んで塞ごうと試みる。ぬいぐるみは入ったが、それで塞いでも結局無くならない穴の存在は、変わらずカレンの心を乱した。


「一体、どうすればいいの」


 どうしようもなくて、とりあえず穴のことは忘れることにした。


 穴を見たくなくて廊下に出ると、カレンの部屋を訪ねようとしていたマドリーヌに出会った。


「あ、カレン。調子はどう?」


「もう良くなったよ」


 その瞬間、穴が広がった気がして、カレンは逃げるようにその場を離れた。


「……全然良くないでしょ」


 取り残されたマドリーヌは、悲しげな瞳でカレンを見送った。

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