第2話 集まった7人
その国は海に囲まれており、領土には多くの小さな島が含まれていた。それらのなかには個人が所有するものがあった。その一つ、名を九頭島(くとうじま)という島がある。学習院のある教授が隠居先として買い取ったものである。
あるパーティーにて妙齢の女性がやせぎすの男性に話しかけていた。
「灰崎様、今度叔父さまの別荘で降霊会をいたしますの。もちろん灰崎様もいらっしゃいますね」
「おっと、急な話ですね。降霊会、ですか。それは面白そうですね。ぜひ参加させていただきます」
「うれしいですわ。えーと」
女性は話しながら手元のバックから小さなメモ用紙を取り出し読み上げる。
「場所は私の叔父様の別荘がある九頭島、あら、これは先ほど言いましたね。孤島ですので帝都中央港から船を出します。三日後の午前十時に港にいらしてください。特別な持ち物はいりません。二泊三日を予定していますので、着替えをご用意ください。これでよろしいかしら」
女性はこれらを一息でしゃべり、最後に確認の一言を付け加えた。
「はい、3日後の午前10時に港ですね。わかりました」
「お待ちしてます」
そう言い残して、女性は談笑している別のグループに混ざって行った。
みなさま、降霊会に興味はございませんか?
そんな女性の声が聞こえてきた。
灰崎は元気なお方だなと思いながら苦笑した。
それから頭の中の名士録を手繰る。
(さて、あの方の叔父となると、ああ一昨年学習院を引退された柳洞さんか。彼の別荘となれば、面白いものがありそうだ。降霊会の他に楽しみが増えたな)
パーティから3日後 午前9時50分
灰崎は帝都の港にいた。目の前には中型の蒸気船があり、船から執事服の男が降りてきた。
「あなたが灰崎様でしょうか?」
「はい、私が灰崎です。あなたは?」
「申し遅れました。私、この度皆様のお世話をさせていただきます馬頭と申します。柳洞様に仕えております。」
「よろしくお願いします」
「では早速乗船なさいますか」
「はい」
「かしこまりました。お荷物をお持ちいたします」
「いえ、お構いなく。それよりも他のお客様はどちらですか。ご挨拶をしたいのですが」
「はい。今回この船は灰崎様をお迎えするだけのものでございます。他のお客様はすでに島にいらっしゃっておりますのでご挨拶は不要でございます」
「そうでしたか。お手間をかけます。ちなみに九頭島まではどのくらいかかるりますか」
「はい。一時間を予定しております。島に着きましたら、皆様の顔合わせを兼ねた昼食会をよていしております」
「わかりました」
この船の中には洋室と和室の両方があり、それぞれの部屋に部屋の雰囲気に合わせた飲み物とお菓子が机の上に置かれていた。灰崎は和室を選んだ。少しすると船が大きく揺れ、出航の汽笛が鳴る。灰崎は甲板に出る。天気は晴れ、波も高くなく微風が吹いている。
絶好の海日和である。
「着きましたよ。ここが目的地の九頭島でございます」
午後11時 船は九頭島の港に到着していた。
「灰崎様、荷物をお預かりいたします」
「いえ、むこうでもいいましたがおかまいなく」
「いえ、使用人として、主人の前でお客様のお荷物をお預かりしてないのは主人の顔に泥を塗ると同じ。帝都港ではお言葉に甘えてしまいましたが、こちらではお願いいたします」
灰崎は馬頭の言葉にいたく感銘をうけた。
「わかりました。馬頭さんの立場に考えが及ばす失礼いたしました。荷物をよろしくお願いします」
馬頭は頭を下げて応じる。
「お預かりさせていただきます」
九頭島に到着した灰崎と馬頭は島の港で待機していた車に乗り込んだ。車は海岸沿いの道を走る。しばらく走ると一軒の屋敷が見えてきた。屋敷の前に車が止まり、二人は降りる。玄関前には着物を着た老人がいた。
「ようこそおいで下さいました。私はこの家の所有者であり今回の降霊会の主催者、柳洞源蔵でございます。以後お見知りおきを」
「初めまして。灰崎忠弘と申します。柳洞さんのお噂はかねがね」
「はは。こんな隠居老人をおだててはいけなません。
立ち話もなんです。招待客も揃ったことだし昼食にしましょう。
馬頭、頼むぞ」
「はい。あとは仕上げだけですので、灰崎様のお荷物をお持ちしたらすぐにお召し上がりいただけます」
「ふむ、では行こうか」
一行は食堂に移動する。
「皆様、今日はお越しいただきありがとうございます。ここに集まった方々の中には互いに面識がない人もいらっしゃるでしょう。食事の前に自己紹介の時間をもうけさせていただきます。私は柳洞源蔵でございます。昨年まで学習院で民俗学の教授をやっていました」
「私は藤原英子と申します。叔父様が降霊会をすると聞いて参加しています」
「次は私たちが。私は椿一豊、隣が妻の徳江です。前々からオカルトに興味があり、妻共々お邪魔しています」
一豊の横に座っていた女性が一豊に合わせて頭を下げた。
最後の参加者が立ち上がる。金髪碧眼の見た目からして外国人のようである。彼は流暢な日本語で話だした。
「初めまして。私はベンジャミン・ジョーンズといいます。
英国から来ました。柳洞さんのご支援で学習院に通っています。今回は柳洞さんのお手伝いで来ました」
「私は灰崎忠弘と申します。先日のパーティで藤原英子さんにお誘いいただきました。よろしくお願いいたします」
「私は柳洞様にお仕えさせていただいている馬頭でございます。
何かございましたらお気軽にお申し付けください。」
「うむ。これで降霊会に参加する七人の自己紹介が済んだな。さぁ昼食にしよう。乾杯」
「「乾杯」」
昼食は和やかに進んだ。馬頭の作る料理は基本に忠実な洋食だった。
「ごちそうさまでした」
「みなさんに楽しんでいただけて嬉しいです。
「柳洞さん、よろしければ書斎を見せていただけませんか。柳洞さんの研究に関心がありまして」
「もちろんいいですとも。ついでに降霊会の説明もしましょう」
「ほほう。「動物憑き」「山窩の実態」「邪馬台国論考」。興味深い書籍場から理です。おや、隅にあるこの本は、無銘際司書」
「ああ、旅先で入った古書店で見つけまして。中身はラテン語で書かれていて、まだ読めていません。そんな本よりみんなかけてください。降霊会の説明をします」
馬頭をいて皆が席に着いたのをみて柳洞は話し始める。
「まず今回の降霊会は特定の誰かの霊を呼び出す、というものではありません。もっと上位の、なんといいましょうか、神と考えればいいですかね。そういう存在からお告げをいただく、という形です」
それから柳洞の話は続き、最後には自身の私的なオカルトの研究の発表会となった。この島に集まった面々は降霊会に来るだけあってオカルトにも興味があり、討論は馬頭が夕食の支度ができたと呼びに来るまで続いた。
夕食後は遊戯室でビリヤードをするもの、まだ語り足りないとオカルトについて討論するもの、明日の降霊会に備えて早めに休むもの様々であった。
2日目の朝、人々は欠けることなく食堂に集まった。
「皆さん、おはようございます。本日午後3時よりお待ちかねの降霊会を執り行います。午前中の行動は自由ですが12時からの昼食の後は心を鎮め、降霊会に集中するために屋敷の中で過ごしてください」
「わかりました。午前も午後も私は柳洞さんの蔵書を読ませていただきたいのですがよろしいですか」
灰崎は柳洞に許可を求める。
「どうぞ。お気に召すものがあるといいのですが。しかし無名祭祀書は今修復しているので見せられませんが他の本ならいいですよ。椿さんと淑女の方々はどうしますか」
「私は釣りをたいのですが馬頭さん、釣り竿などはありますか」
「はいございます。島の西側によい釣り場がございますのでお勧めです。釣果を期待させていただきますね」
「期待に添えるか不安だな。きみはどうする」
一豊は妻の徳江に話しかける。
「徳江さんは私と一緒に山歩きをしますの。馬頭さんのお料理の為にお腹すかせなくちゃ」
徳江が話すよりも先に英子が話した。
「はい、その予定です」
徳江も消えるような声で応じる。
「皆さんの予定が決まってよかったです。ベンジャミン君は悪いのだが午後の準備を手伝ってくれ」
「はい先生」
食事も終わり、招待客は各々行動を開始する。釣りの為に道具を確認するもの、山歩きに適した服装に着替えて出かけていくもの、ノートとペンを持って主の書斎へ出かけていくもの、様々であった。
そして時間は過ぎ太陽が空高く上るころ外に出た者たちが帰ってきて、昼食の時間である。
「皆様、本日の昼食のメインは椿一豊様がお釣りになった魚でございます」
「おお、これは大物だな」
「いやあ、なんとか面目躍如を果たすことができました」
昼食は大物を釣って陽気な一豊を中心に和気あいあいと進んだ。デザートも食べ終わったころ、柳洞は立ち上がった。
「みなさま、午後三時より降霊会がございます。朝にもお伝えした通り、今からは屋敷内でお過ごしください3時になりましたら奥の部屋にお集まりください」
全員がうなずき、昼食は終わった。
午後3時 唯一の明かりである蝋燭の火が灯る部屋に招待客は集められた。
椅子に腰掛た七人の手にはそれぞれ微妙に違う形をした小さな水晶が握られていた。
「みなさん、水晶は行き渡りましたね。これが今回の降霊会で触媒となる品です。さぁ目を閉じて、心を落ち着けて、手に持っている水晶にだけ意識を集中してください」
言葉に従い、7人は水晶に意識を集中していく。
イルイウクトュルンフアギン
イルイウクトュルンフアギン
柳洞が不思議な呪文を唱えている。
「なんだこれは」
ジョーンズの叫び声が聞こえた。
6人が目を開くとジョーンズの腰から下が椅子ごと地面に飲み込まれていた。
「問題ありませんよ」
柳洞の静かな声が通る。
「ベンジャミン君、君は確かに優秀な学生だ。
私の研究もよく助けてくれた。
でもね。大切なものを犠牲にするほど強い見返りが得られる。
そんな考えもあるんじゃないか。
私もね、辛いんだよ。君のような、一を聞いて十を知るような逸材の弟子を失うのは。
しかし、君を生贄にすればもっと知識を、もっと長生きできる。
私のような天才の進歩のためなら君1人の命くらい軽いと思わないかね」
柳洞は熱に浮かされたように、
芝居の主役のように、狂ったかのように1人喋り続ける。
そしてジョーンズの体はついに床に飲み込まれ見えなくなる。
「ああ、やっとだ。人数、星辰、土地の霊脈、触媒の水晶、生贄、全ての要素が揃った。これで私は全知になれる」
しかし柳洞の体は炭のように黒ずみ、崩れていく。
「なぜだ。本にはこのようなことは書いてなかったぞ」
「柳洞さん、その本とは書斎にあった無名祭祀書のことでしょう。
ああいった本は魔術の素養のない人間が読んでも出鱈目な記述しか読み解けない保護が掛かっているのですよ。まあ、今回は偶然で『何か』を呼び出してしまったようですが。それも人を2人も食えば満足でしょう」
「バカな、そんな、貴様」
柳洞の体が完全に崩れたことで声はそこで途切れた。
灰崎を除き、一同は状況を理解できずぽかんとしている。
「皆様、ここで起きたことは他言無用としませんか」
ひと足先に正気を取り戻した藤原がそう提案する。
「そうしたしましょう。本当のことを申し上げても信じていただけないでしょう。旦那様は今朝散歩中に足を滑らせて崖から転落した、ということにいたしましょう。」
5人は頷く。
「では一時間後に船を出します。こうなったら以上、この島に留まる理由もございません皆様、出発の支度をお願いします」
その言葉にそれぞれ自分の部屋へ戻っていった。
帝都へ向かう船にて灰崎と藤原が話していた。
「叔父様は自業自得でしたが、ジョーンズさんは本当に残念でした」
「ええ、そうですね」
灰崎は心ここにあらずと相槌をうつ。
(荷造りのときに筆記用具を忘れたふりをしてあの本をとりに戻ったら本がなくなっていた。今この船に乗っている人間にはとる時間はなかったはず。もしかして)
帝都中央駅
「はい。電報を承りました。
内容は
『エリザベスへ今から帰る。
日本の土産を楽しみに』
ですね。確かにお届けします」
男は駅で電報をうつとその足で改札を通ろうとするが駅員に呼び止められる。
「失礼しますよ。昨今は法律も厳しくなりましてね。外国の方には身分証の確認が義務付けられていまして。拝見できますか」
「ええ、どうぞ」
男は懐からパスポートを取り出し係員に渡した。
「どうも。お名前は、あー、なんとお読みするんですか。わたくし英語はまだ勉強中で」
「ベンジャミンと申します。ベンジャミン・ジョーンズです」
男は笑みをこぼした。
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