第13話
◆
ありえない、とは思わなかった。
目の前にいるスタンドアッパーは、武装勢力が使っている旧型のフェンリルⅢ型とはまるで違うが、すでに知っている情報を加味すれば、頷ける。
ヴァルバロッサ十字教国のメーカーであるアリアメル社が製造しているグラディエーターというモデルの最新版ともまた違う。俺が知っているグラディエーターよりもヴァージョンアップされた、本当の最新モデル。
どこの勢力がそれを使っているかも、分かろうというものだ。
アムン国軍を支援しているのはヴァルバロッサ十字教国なのだ。こんな山奥のゲリラ相手に大人気ないと思うが、しかしここはもはやある種の兵器実験場である。
スタンドアッパーの手が持ち上がる。
そこにあるのは五十口径を超える機関砲だが、スタンドアッパーはそれを片手で扱うだけの出力がある。
声をかけるまでもなく、頭を伏せた。
轟音の連なりとなった銃声に、様々なものが粉砕される音が重なっていく。
トレーラーが吹き飛ぶ音はあまりに大きく、一時的に俺の聴覚を奪うほどだった。
誰かが俺の体を引っ張り上げる。誰だ?
その誰かが俺を引きずるので、さすがに俺も自分の足で立った。そのまま駆け出す。
様々なものが炎上し、周囲には不気味に踊る影が無数に見えた。
俺を掴んでいるのは男、ヌダだった。何か怒鳴っているがよく聞こえない。
指差している先には倒れている小柄な影、ルザだった。俺は叫んだはずだが、自分の声も聞こえない。
ヌダと二人でルザを引っ張り上げる。震えている、生きている。
「トラックが隠してある! ここは終わりだ!」
やっとヌダの声が聞こえた。
「どこにある! 早くしないと発見されるぞ!」
至近距離を機関砲弾が突き抜けていき、木の幹が冗談のように一撃で消し飛び、さらなる砲火に粉砕される。
こっちだ、とヌダが森に分け入っていく。
さっきまでの日常的な光景は消滅していた。悲鳴、罵声、そして銃声と、殺人マシーンの駆動音。
「すぐに歩兵が来るぞ!」
俺はルザを抱えたままヌダの背中に叫んだ。ヌダは何も言わない。
樹木の間のスペースに、斜めになって停車している軽トラックが見えた。荷台には機関銃が載せられている。ヌダが隠していたわけではなく、アムン解放軍はこうやって物資を隠しているのだろう。土地勘がなければ、樹林の中は容易に迷路と化す。
「俺が運転する! お前が荷台で敵を牽制しろ!」
言いながら、すでにヌダは運転席に飛び込んでいる。俺はルザをどうするべきか迷い、荷台に上げた。俺も乗り込み、機関銃の状態を確認。いつでも撃てるようになっているのは、偶然だろうか。
ルザは震えてうずくまったままだ。
「これを掴め、ルザ! 振り落とされるぞ!」
まだトラックのエンジンはかからない。まるで嫌がっているようだ。その間に俺はルザに荷台にあったベルトを掴ませる。ルザの手はそれを握りしめたようだが、震える手にどれほどの握力があるかはわからない。
樹木が倒れる音。敵のスタンドアッパーは追撃に移ったようだ。同時に木々の間を進んでくる人間が見える。歩兵の制圧部隊。
「ヌダ!」
俺が叫ぶと同時に、それが合図になったようにトラックのエンジンがかかり、いきなり走り始める。揺れが激しいなんてものじゃない、全く道ではないところを走っているので、振り落とされるというより、放り出されそうだった。
俺は荷台に固定された機関銃を支えにして、同時に、引き金を絞った。
至近距離の銃声は耳を麻痺させる。銃火が激しく瞬き、視界が焼かれ、回復し、また焼かれるの繰り返し。
銃弾がどこへ飛んでいるかはわからない。敵の歩兵の動きを押さえられているかも不明だった。
引き金を引きながら、ディアナのことを少しだけ考えた。
彼女は出撃したが、入れ違いにおそらく国軍のスタンドアッパーがやってきた。国軍とはいえ、まさかスタンドアッパー一台だけで作戦を決行したりしない。スタンドアッパーは正規軍なら一個小隊で四台から八台程度だ。アムン国軍が経済的に弱いとしても、四台は用意しただろう。
最新鋭機四台に、旧型機一台でどれだけ抵抗できたか。
最新鋭機に乗っているのはゲリラ兵などではなく、正規の教育を受け、訓練を積んだ熟練兵だろう。
俺たちの置かれた状況を見れば、アムン国軍は、というかヴァルバロッサ十字教国は、ついにゲリラどもを根絶やしにしようと動き始めたのは間違いない。最新鋭の機体と、エキスパート、プロフェッショナルの操縦士の投入、さらに歩兵までも用意したかもしれない。さすがにヴァルバロッサ十字教国の人間ではなく、形だけの傭兵としただろうが。
トラックの激しい揺れでは機関銃の狙いなど全く定まらない。俺は少しだけ冷静になり、弾薬を節約することにした。
したが、すぐそばに機関砲弾が連続して着弾し、根元から叩き折られた木が倒れこんでくる。
ヌダがハンドルを切り、トラックが避ける。俺はといえば、宙に浮きそうになったルザを抱えていた。
倒れてくる大木の下をすり抜けてトラックがついに道のようなところへ出る。
再び機関砲の咆哮が響き渡り、地面がえぐれ、土砂と泥濘が吹き上がる。
他の仲間はどこへ行ったのか。
ブブから以前、最終集結地と彼らが呼んでいる地点のことを教わっていたが、俺には森の中に紛れ込んでしまえばどこがどこなのか、方角さえもわからなくなる。こうなっては車を走らせるヌダだけが頼りだった。
後方を見る。歩兵は見えない。スタンドアッパーも見えない。
助かった、のだろうか。
瞬間、光が見えた。
何かを理解する前にそれがロケット弾だと気付いた。
ヌダに声をかける余裕はなく、俺はルザを抱きかかえた。
幸いにもロケット弾は直撃はしなかった。
しかし衝撃でトラックは宙に浮いた次に横転し、俺とルザは高く飛ばされた。
考えたことは、自分の安全ではなく、ルザの安全だった。
この勢いで木に叩きつけられたり、岩に衝突すれば骨が砕けて即死する。
不思議とそういうことが頭に浮かび、待ち構えている自分がいた。
俺の背中を打ったのは、固いような、柔らかいような、不思議な感触であり、そこに俺は沈み込むような形になった。
それも一瞬のこと、体が跳ね返され、バウンドし、また落ちる。
やっと自分が深い沼のようなところに落ちたのだと理解したのは、回転が止まってしばらくしてからだった。全身が痛む。痛むが、致命傷ではない。
奇跡だった。
ルザ、と声が漏れた。自分の声。そう、ルザはどうなった。
起き上がり、顔の泥を拭う。それでも視界がはっきりしない。全身が泥まみれだ。
「ルザ……!」
すぐそばに小さな体が見えた。ぐったりしている。慌てて駆け寄ると、ブルブルと細かく震えていた。怪我をしているとしても、ここで治療する余裕はない。追ってきているだろうアムン国軍がルザを捕虜として適正に扱ってくれる、という確信もない。
連れて行くしかない。
このまま放っておけない、と強く思った。
彼を背負いあげると体の震えが直に伝わってきて、胸が苦しくなった。
しかしまだ終わりではない。横転して車輪を空転させているトラックに歩み寄る。こちらが声をかける前に、上になっているドアが開き、ゆっくりとヌダが転がり出てきた。彼も泥の中に落ち、泥まみれになったが、俺と違って立ち上がれないようだ。
「ヌダ、行くぞ」
俺が声をかけると、唸るような返事があり、それでも彼は立ち上がろうとした。そして失敗し、倒れこんだ。
俺は一も二もなく、彼に肩を貸した。少年を背負った上に、成人男性に肩を貸すのは重労働だが、決して苦痛ではなかった。
生き延びるためだ。
生き延びなければならないからだ。
俺たちは先へ進み始めた。
重い足音が追ってくる。銃声が迫ってくる。
先へ進むしかない。
すぐそばで銃弾が泥をはね、木の幹を抉る。
それでも俺は足を止めなかった。
ヌダが木の根に足を取られて倒れ込む。俺はなんとか踏ん張ろうとしたが、俺の足も泥に取られた。倒れこみ、間近に泥の臭いを嗅ぐ。
「動くな!」
シンプルな言葉が背後から飛んでくる。
次には昼間のような明かりが俺とヌダ、ルザを照らしていた。
敵の歩兵たちが俺たち三人を取り囲む。すぐそばでスタンドアッパーの足音がする。木の間を抜けて、二台のグラディエーターの最新モデルの威容が現れ、機関砲を俺たちにピタリと固定した。
「投降せよ!」
訛りのあるアムン語。やはり外国人か。しかし今はどうでもいい。
万事休すだ。
俺は座り込んだまま、彼らを見回していた。
幸いにも、強い明かりで全てが逆光になり、彼らの表情、感情を見ずに済んだ。
俺は目を閉じた。
足音が聞こえる。
そう、足音が。
敵のスタンドアッパーも、それに気づいたようだ。
しかし、遅すぎる。
金属が引き裂かれる音が響き渡った。
(続く)
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