第12話
◆
足音を聞きながら待ち構えていると、拠点へスタンドアッパーが進入してくる。
決められた細い道筋を抜け、整備スペース、という名の広い空間で、機体は人間が座るように腰を下ろし、両足を投げ出し仰向けに横たわった。
操縦スペースのハッチが開き、操縦士が出てくる。
パイロットスーツも着ていないディアナだ。髪の毛の汗を払い、地面に降りると俺に歩み寄ってくる。
「左腕の具合がどうもおかしい。八番か九番の人工筋肉の反応が悪い。ソフトが自然に補正しているけど、チェックして。それと、左膝が少し軋む。これは何か、土でも入っているかも」
了解、と答えて俺は水の入った器と瓶を押し付ける。
俺はルザに指示を出し、フェンリルⅢ型を補修する作業を始めた。膝のパッキングの様子をルザに任せ、俺は左腕の人工筋肉の稼働状態の履歴をチェックし始めた。
他の機体はまだ帰ってこないが、音も聞こえないから離れたところにいるのだろう。アムン解放軍はディアナには歩兵をつけるだけで送り出すくせには、他の三台のスタンドアッパーはチームを組ませて送り出している。三台が巧妙に連携できれば強力だろうが、四台あるのだか、二機のチームを二つ作ればいいとも思える。
人工筋肉は確かに少しだれていた。交換する必要がある。今日は収穫はなかったが、ディアナが敵機を撃破するたびに回収可能なものを持ち帰るので、周囲には廃品業者もかくやのスタンドアッパーのパーツが大量に散乱している。
俺はルザに声をかけ、膝の状態確認の進行を訊ねた。腕の人工筋肉を付け替えるとなると助手がいた方がありがたい。ルザの仕事が終わっていれば、と思ったが、彼は「パッケージに異常は見られません」と答えた。
ディアナが勘違いするとも思えない。膝を先に直すべきか。
そう思って取り付いていた機体から離れたところで、ふとディアナが目に入った。
頭上を見上げている。
俺もつられて上を見た。空は少し色を濃くしている。太陽はすでに木々の向こうへ消えつつある頃合いだった。炊き出しが始まっていて、夜の食事も間近だ。
「何が見える?」
そう問いかけると、ディアナが目を細めた。
「無人偵察機よ。見える?」
「いや、見えない。しかしここも危ないかもな。俺も前に無人偵察機を見た。そのあと、拠点がアムン統一戦線に砲撃を受けた」
「違う」
その言葉で、俺にもディアナの声が緊張しているのにやっと気づけた。
「何が違う?」
「あれはアムン国軍の運用する無人偵察機だわ。ヴァルバロッサ十字教国のメーカーが開発した、最新鋭のホークアイというモデルのニュータイプ」
「本気か。ホークアイだというのは想像できるとして、アムン国軍だとなぜわかる」
ディアナが答える前に歩き出した。
フェンリルⅢ型の方へ。
俺も続く。彼女の背中から返事があった。
「私がこの国に来た時、空港に実際に配備されていた。飾りじゃないと思う」
「国軍がアムン統一戦線と共同歩調をとり始めた、ということか?」
「そんな回りくどいことをすると思う?」
質問に質問で答えながら、彼女の意見がこれほどはっきりする理解できるのは不思議なものだ。俺にはディアナが考えていることがよくわかった。
「アムン国軍が来るってことか。にわかには信じがたいが」
「私のフェンリルⅢ型は動けるの?」
「まだ状態を確認している段階で、さっきのままだ。装甲パネルが何枚か外されているが」
「すぐ出る」
おいおい、と思わず声が漏れてしまった。
「ここの指揮官はブブだ。俺はお前の考えを理解できるが、ブブが理解できるかはわからんぞ」
「なら死ぬしかないわね。死にたがりを命をかけて守るのも不愉快だけど、仕方ないわ。傭兵だもの」
もうディアナはフェンリルⅢ型の前に立ち、作業着を整えると乗り込もうとする。そばにいるルザが困ったように俺とディアナを見比べていた。
迷っている暇も、考えている暇もない。
「パネルを戻せ、ルザ。出撃だ」
俺の指示に、ルザは無言で従った。
これで国軍が出てこなかったら、俺はいい笑いものだな。
そう思いながら、俺は視線を巡らせてブブを探した。近くにいたゲリラ兵を捕まえて居場所を聞くと、指揮所代わりのテントにいるはずだという。
駆け寄ってテントに押し入ると、将校に当たる数人が顔を突き合わせて地図を覗き込んでいた。全員が俺の乱入に不審そうにこちらを見る。
彼らに口を開かせる前に、俺の方から言った。
「無人偵察機が飛んでいる。アムン国軍の無人偵察機だという情報があった」
「情報?」将校の一人が獰猛な目で俺を見る。「どこからそんな情報があった? 国軍だと? 統一戦線の連中も無人偵察機を使っている」
「最新鋭の機体をか? それがアムン国軍に配備されていたという情報もある」
「だから、そういう話は誰からの情報かと聞いている」
言うのには勇気が必要だったが、命を失うよりはマシだ。
「ディアナだ。彼女がこの国に入国した空港で、無人偵察機を見ているということだ」
傭兵の言うことなど、と将校の一人が低い声で吐き捨てる。
「臆病風に吹かれただけだろう。理由をつけて、逃げるつもりなのだ。彼女はどこにいる? 何故、自分で伝えに来ない?」
「彼女は出撃準備中だ」
将校がいきなり机を叩いた。
「行かせるな! そのまま逃げる気だ!」
馬鹿な。
そう思った時にはテントの外で足音がした。人の足音ではない。機械の巨人の重く、低い足音。スタンドアッパーの足音だ。
止めろ! という怒鳴り声もその巨大な足音にほとんどかき消される。
「どちらにせよ、攻勢がある! 先に出撃させるのは理にかなっている!」
俺が怒鳴り返すと、将校が怒りに駆られてつかみ掛かってこようとした。
こようとしたが、それはできなかった。
遠くで何かが爆発するような音がして、不快な音が連なる。
頭上からの高い音があっという間に低い音へ変わる。
紛れもなく、砲弾が降ってくる音だった。
地面に身を投げだ出した時、至近距離で爆発音が炸裂し、一瞬でテントが吹っ飛ぶ。地面さえも波打ち、俺の体も翻弄される。
起き上がろうとして、また音が聞こえる。数がすぐにはわからない。
砲撃は念入りだった。拠点を完全に破壊する意図がありありと見えた。
問題は、前の砲撃とは規模が違うということだった。威力も違えば、撃ち込まれる砲弾の数も違う。どこの誰だか知らないが、ここら一帯を完全に耕したいとしか思えない。
舌打ちして、俺は爆炎の中で周囲の様子を確認した。
濃密に煙が立ち込めている。そこここの地面に大穴が開いているのがわかった。空気が熱い。
混乱の中でも少しずつ兵士たちが集結し、撤収の準備を始めている。
砲撃が不意に止んだ。
静寂。しかしいかにも不吉な静寂だった。
鈍い音が聞こえ始める。リズムを刻むような、規則正しい音。
来た。
最強の陸上兵器とも呼ばれるスタンドアッパー。
その巨体が、木々の間から進み出てくる。
俺たちが鹵獲して使っているフェンリルⅢ型、ではなかった。
そこに立っているのは、新品同様の最新鋭軍用スタンドアッパーだった。
頭部のカメラが、生贄を探す神のように、周囲を睥睨した。
(続く)
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