第15話【解放】

 世界的に有名な暗殺組織【解放ディミティス】は、今から数十年前に作られた組織である。元は一国のレジスタンス組織であり。一度壊滅したと思われたものの。復活し、今ではその勢力を世界まで発展させている。


 最近出来た組織でありながらも、現在そこに集められたメンバーは一人一人が一国を揺るがしかねない程の強さを持っていた。


 その筆頭が【起死回生】と呼ばれる男。本名は不詳。世界各国からそう呼ばれていた。彼が組織では【ナイン】と呼ばれている事実すらも世界は知らない。



 彼がボスに出会ったのは。今から十数年前。



 彼が十歳の頃であった。


 ◆◆◆


「やっと……やっとだ」


 その頃ボス――本名、『エルリック』は。悲願を叶えようとしていた。

 その悲願とは、自分の親を殺した敵を討つ事。


 彼の両親は有名な資産家で。その間に生まれたエルリックは天才であった。


 物覚えが良いとかそういうレベルでは無い。幼少期で既に十を超える言語を習得していた。


 それはスポーツに関してもそうだった。


 チームワークが大事なスポーツのはずなのに、たった一人で盤面を揺るがしかねない程の実力。そして、その頭脳も合わされば文字通り敵なしであった。


 しそんな彼を……両親は愛情深く育てた。


 将来は資産家を継いでも良し。スポーツ選手になるのも良し。


 何をしても一流から頭一つ抜きん出る彼は、幸せな日々を過ごしていた。


 その日が終わったのは彼が十五歳の時。



 エルリックが塾帰りに家に帰ると。両親は死んでいた。


 惨たらしく、首を切られ。その生首が皿の上に乗せられていた。



 すぐに彼は通報した。完全に頭が真っ白となっても、彼は出来る限りの事をした。



 そして。




 彼は警察に捕らえられそうになった。


 ありもしない証拠が積み重なり。家に警察が来た時、エルリックは思い出した。


『私達は国に狙われている』

 と、時折父は口にしていた。今、政府の実権を握っている人物は戦争を仕掛けようとしていた。その為に徴兵制度まで復活かせようとしていたのだ。


 それを父は色々な政治家を買収し、止めていた。全ては愛する息子を戦地へ向かわせないようにするために。



 エルリックは逃げて、逃げて。とある人物に拾われた。



 それは【解放ディミティス】を名乗る。反政府のレジスタンス組織であった。



 彼はその組織に入り。その才能を駆使してみるみると地位を上げていった。


 やがて、ボスの右腕と呼ばれ始めた頃。エルリックが二十の時であった。



 遂に。父の仇を討つ時が来た。


 エルリックは諜報等にも長けており、戦闘から暗殺まで幅広く行っていたのだ。


 そして。彼は遂に、両親を殺した男を殺した。


 胸がスっと晴れ。もうこれで死んでも良いと思える程――充足感に満ち溢れていた。



 その最中。当時のボスから連絡があった。



 それは、自分の死が近い事を告げるものであった。



 エルリックはすぐに指定された廃工場へと向かった。そこには――


 青白い顔をした、今にも死にかけそうなボスの姿と。二人の子供の姿があった。



 十にも満たない子供。その姿に疑問を覚えながらも、エルリックはボスに駆け寄った。


 そして……ボスから聞かされたのは。信じられない話であった。



「【解放】が……全滅?」

「ああ。エルが向かった矢先。政府にアジトが突き止められた。全員死んだよ。……その中、俺は逃げ出した。一つ気掛かりな事があったからな」


 エル、とはエルリックの愛称である。ボスはそう言って、視線を向けた。――二人の子供へと。



「こいつらァ俺の子供だ」

「子供……子供!? ボスの!?」

「あァ。なんだ? 意外か? 意外だろうな。……話ってのはこれだ。二人を連れて逃げろ」


 その言葉にエルリックは目を丸くした。


「そうだなァ、出来れば国外が良い。この国の上は全部腐ってやがるからな。それと」

「ま、待て。ボス。まだボスは助かるんじゃ」

「あ?無理だ。この二人を攫いに行った時に毒打ち込まれちまった。だから、最後まで話を聞け」


 エルリックはボスの言葉に……渋々頷いた。


「まず。【解放】は壊滅した。お前が新しいボスになっても、ならなくてもどっちでも良い。国外……そうだな。日本なんかで平和に暮らしてもいい」

「……なぜ、日本なんだ?」

「そりゃ俺の母国だからだよ。……それと。なるべくこの二人には自由にさせろ。向こうで酷ぇ扱いだったらしいしな。やりたい事をやらせてやってくれ」


 エルリックはまた、ボスの言葉に頷く。


「……そろそろだな。ああ、この二人の紹介がまだだったな。二人とも。前に来てくれ」


 ボスの言葉と共に、二人の子供は前に出てきた。


 一人は女の子で、もう一人は男の子。……女の子はぎゅっと男の子の手を握っていた。どちらもかなり美形で、将来はさぞ異性にモテるだろうと想像できた。……しかし、男の子の方はかなり酷い事になっていた。


その体は、顔はボロボロの傷だらけである。


「優。日本語で優しいと書く、らしい」


 エルリックは日本語も話せるし、書く事も出来る。


 きっと彼が名付けたのだろうと思ったが……ボスは首を振った。


「俺が付けた訳じゃあない。向こうで付けられた名前だ」

「……そう、だったのか」

「ああ。それと、この子が――」


 ざっ、と。土を踏む音がした。




「名前を、呼ぶな」

 静かに。その男の子は言った。


「あのクソ野郎共に呼ばれた名前なんざ要らねェ。俺は、あの名前は嫌いだ」


 酷く刺々しい言葉。……しかし、それだけ酷い扱いをされていたのだろう。


 よく見れば、その手足には酷い裂傷や火傷痕が残っていて。弾痕のようなものまであった。


「……だそうだ。良ければ、こいつに新しい名前を与えてやって欲しい」

「……今すぐは無理だ。だが、ボスの命令とあらば。近いうちに名付ける」

「ああ、頼んだ。……そろそろ、だな。目が霞んできちまった。……二人とも。最後に顔を見せてくれないか?」


 ボスの言葉に二人は前に出て。膝を着いた。



「あぁ……すまなかったなぁ。もっと早くに助けに行けば良かった。あんな扱いをされてるなんて。すまなかった」

「……」

「……こっちこそ、ありがとうございます。助けてくれて」


 男の子は無言で。女の子――優は、お礼を言った。



「何かあったらそこの人を頼るんだぞ。彼はとても頭が良いから。全て解決してくれるはずだ」

「分かり、ました」

「……ああ」


 静かに二人が頷いた。そして。


「エル。君もありがとう。右腕になってくれたから、俺はボスで居られた。復讐も終わったんだ。好きに生きろ」

「……こっちこそ。ボスが拾ってくれたから、死なずにすんだ。どれだけ感謝してもし切れねえよ」


「ああ。それじゃあエル。地獄でまた会おう」


 その言葉を最期に。ボスは言葉を発しなくなった。



 それからは忙しい日々が続いた。


 車は検問を抜ける事が出来ず、かと言って公共交通機関だと補足されかねない。


 エルリック一人だけならば逃げるのは簡単だろう。しかし、子供二人を連れて、となると難易度は跳ね上がった。


 ただ、二人は賢く。騒がない子だったのが救いか。国を抜けるまで一ヶ月はかかるだろうと予測していたが。その半分程で抜け出す事が出来た。


 ひとまず、向かう先は日本。ボスの別荘だ。


 偽造パスポートを使い、三人は日本へと入る。


 そうして何事もなく、別荘まで着いた。少し田舎の、一軒家。


「ひとまずはここで暮らす。部屋割りは……あー、お前ら二人は同じ部屋で良いか?」


 エルリックの言葉に優がこくりと頷く。その手は相変わらず弟の手を握ったままだ。


「そうだな、まずは生活用品を買ってこないと。二人で留守番、出来るか?」


 またもやエルリックの言葉に優が頷いた。よし、とエルリックが出かけようとした時だ。


「……な、なぁ! ボス!」


 弟が。エルリックをそう呼んだ。エルリックは目を丸くしながら振り返る。


「俺、アイツらが憎い。殺したい」

「だ、ダメだよ! 殺しなんて」

「……姉ちゃんは憎くないのかよ! 俺は……俺は絶対に殺す。何があっても」


 姉に反して、弟は目を鋭く尖らせた。その瞳には……小さく。しかし、確かな狂気が宿っている。



 エルリックはこの歳でもう『壊れて』しまったのかと。酷く焦燥した。


「……憎いよ。だって、私の代わりに貴方が傷つけられたもん。憎くないはずが……ないよ」

「だったら!」

「でも!」


 弟の言葉を優が遮った。


「貴方が殺しをする姿なんて、もっと見たくない。また、怪我をするかもしれないのに……どうしても殺したいなら。私が。お姉ちゃんがやってくるから」


「まあ待て。その話は一旦後にしよう」


 これ以上話を進める訳にはいかない。頭も冷えるだろうと、その問題を先送りにして。エルリックは出かけたのだった。



 エルリックが帰ってきてからも話し合いは熾烈を極めた。


 優は頑として譲らない。弟も譲らない。さすが姉弟だと……あの人に似てるなとエルリックは思いながらも悩む。


「それに、助けてくれた恩人まで殺されたんだぞ!」

「でも……ダメ!」

「……なあ、このまま平和に暮らしても良いんだぞ? 学校にも通える。友達だっていっぱい出来るぞ?」


 エルリックの言葉に……弟はギッ、と睨み返してきた。

「……人なんて、信じられるか」


 それは酷く冷たい言葉だった。地雷を踏んだかとエルリックは焦る。


 そんなエルリックを見ながら……弟は部屋へと戻って行った。



「……やっちまったか」

「……私達。母親に売られましたから。玩具として」


 エルリックへと。優は話し始めた。


 どんな扱いをされていたのか。



 なんでも、優はあと数年もしないうちに。クソ政治家どもに輪姦される運命だったらしい。


 安くで抱ける。そういうロリコン向けの娼婦として。


 その成長を待つ間。何をされていたかと言うと……。



 姉の前で。弟はいたぶられていたらしい。二人を買った奴が……そういう性癖を持っていたと。


「弟は……彼は、すっごく優しい子なんです。さっきのだって……自分の事よりも。私がずっと泣いてたから。私のために怒ってくれてたんです」

「……なるほどな」



 そうであって欲しい。エルリックは自分を納得させようと頷く素振りを見せた。


「……とりあえず、また話し合おう」


 エルリックも……個人的な事を思えば。あの国の上層部は全て殺したいと考えていた。


 自分の大切な場所を奪った奴らなのだから。



 その日の夜。エルリックは強烈な殺意に目を覚ました。


「何の用だ?」

「チッ……」


 そこに居たのは。包丁を持った、弟であった。


 弟は寝ているエルリックへ飛び乗り。その包丁を首に突きつけた。


「俺も仲間に入れろ。ボス」

「さもないと殺す、か? 舐めるなガキ」


 しかし。次の瞬間にはエルリックと弟の位置は逆になっていた。


「ぐっ……」

「弱い。この弱さで復讐? 不可能だな。入口で警備に捕らわれ。俺との繋がりがあると知られれば終わりだ」


 エルリックは包丁を取り上げ。弟の首に突きつける。


「死ぬんだぞ? もう誰にも会えない。お前の姉にだって会えない。怖くないのか?」

「ハッ! 死ぬことなんざ怖くねェ! 良いか、俺は絶対に殺しに行く。どうしても止めたいなら俺を殺せ!」


 エルリックの言葉にも弟はそう返した。





 その瞳には一切の怯えが見られなかった。






「……ああ、ボス。すまない。やはり、この子はもう壊れているよ」



 死を恐れない。それがどれだけ狂った事なのか……エルリックは理解していた。


 だからこそ……もう修復不可能な場所まで来ている事に。今、気づいた。家族の為に……彼は壊れてしまった。


 その時。扉が開いた。



「……ッ」


 優であった。


「ご、ごめんなさい。弟が、その、ご、ごめんなさい」


 状況を一瞬で理解したようで。優は慣れた様子で……土下座をした。


「な、なんでもしますから。許して……許してあげてください」

「いや、違う。別に本気で殺すつもりは無い」

 彼は慌てて包丁を離した。それと同時に弟はエルリックを蹴り飛ばそうとして、そしてエルリックから逃げ出した。


 それにまた優が顔を青ざめさせたが。エルリックは首を振った。


「……はぁ。とりあえずガキらはさっさと寝ろ。子供は寝れば育つ。タッパは相手を威嚇する上で大事な要素の一つだ。という事でさっさと寝ろ」


 エルリックがそう言うと。優は何度もぺこぺことお辞儀をしながら。弟を連れて部屋へと戻って行った。



 エルリックはため息を吐いた。



「復讐をするために生きてきた俺が、復讐をするななんて。言えるはずが無ぇもんなぁ」


 いつか押し切られそうだと。エルリックは寝る前に悶々と考え込んだのだった。


 ◆◆◆


 結局……エルリックが二人を止める事は出来なかった。


 彼を矯正するとしても……膨大な時間がかかる。幼少期に植え付けられた考え、そして精神は深く根付いてしまう。



 このままだと二人で暴走しかねないと。エルリックは了承した。



 ただし。


「連れていくのは一人。もう一人は日本ここで留守番だ。連れていくにしても、一年後とかそこらになるが」


 という事になった。幸い、仲間の目処は着いた。情報屋との繋がりが持てたからだ。


「それで、どっちが行くのか、だが。優を連れて行こうと思う」

「はァ!? なんッでだよッ!」

「お前は暴走する可能性が高いからだ。……優はそれで良いか?」

「はい。ありがとうございます」



 しばらくの間。二人と暮らしてエルリックは気づいた。

 この姉は。まだ間に合う、と。


 その為に……心を鬼にせねばならない。エルリックは。


 ……一度、壊れかけてしまっても。修復さえ出来れば良いと考えていた。


「とりあえず決定だ。一年後の春までに優に体力を付けさせる」

「だからッ! なんでッ! …………まさか、姉ちゃん。おい!」


 弟がエルリックに近づく。


「テメェ、姉ちゃんに何かしたのか?」

「ん? ……ああ、そういう事か」


 彼はこう考えたのだろう。

 優が弟を行かせないよう、画策した。……その為にエルリックと取引をした。幼い優に差し出せるものはほとんどなく……


「やっぱりテメェ!」

「待て待て。俺ァロリコンじゃねえ。というか性欲に左右されるほど子供じゃねえって」


 確かに。優が部屋に来た事はあった。弟を行かせないために。そして、生活費の『補填』として。その身を差し出そうとしてきていた。捨てられる事を危惧して、という事もあっただろう。


 まあ当然、エルリックは追い返したのだが。

『んな事したらあの世でお前らの父親に殺される。そういうのは好きなモンの為に取っとくのが普通だ。……ああ、そういや弟が大好きなんだろ? なら弟がそういう事を覚えた時のために取っとけ』


 と、冗談混じりに返した。……その後、エルリックはちゃんと冗談として受け取ったかと心配になったりしたが。まあ大丈夫だろうとすぐにその事は忘れた。



 そして、一年後。彼は母国の地を踏み締めた。



 一年間。優達を鍛えながらも、情報屋を通じて母国で有志を集い。


【解放】を復活させた。



 細かな作戦は置いといて。エルリックと優が担当する場所はとある大臣の暗殺。



 それは。【解放】を潰す作戦を考えた、優と弟を実の母親から買い取った男であった。




 そして。作戦当日。エルリックと優は無事に大臣宅へと忍び込み。作戦を遂行する直前までやって来た。


 大臣を縛り、口を塞いで。


「さあ、優。殺れ」



 優に。殺させる段階まで来ていた。



 優はカタカタと。ナイフを持つ手や足を震わせながら。その目は焦点が合わずにただ、恐れていた。



 そんな彼女を突き動かしているのは、弟を守りたいという純粋な思い。


 やがて。優は大臣の目の前までやって来て。そのナイフを振り上げ……止まった。


 その目から涙が溢れ。それでも、手を落とそうと力を込めて。



「時間切れ、だな」


 その瞬間。扉が開いた。


「動くな! 大臣を――」



 エルリックは慣れた手つきで優から奪い取ったナイフで大臣の胸と首を刺した。


「逃げるぞ、優」


 エルリックはそのまま優を抱いて逃げ去った。



「ご、ごめんなさい……ごめんなさい。あの子を……もう、あの子を……傷つけないで」


 優はうわ言のように。ただ、そう呟いていた。


 ◆◆◆


「優。気に病むことは無い。お前はただ優しい子に育った。……あの環境下でそれは、とても凄い事なんだ」


 エルリックはアジトに戻ってから。優を慰めていた。


「で、でも……これだとあの子が」

「……良いか? 優。その歳で現実を見ろとは言いたくないが」


 泣きじゃくる優へ。……エルリックは告げる。



「彼はもう、壊れている。治す事は……ほぼ不可能だ。復讐心。そして、歪んだ心を矯正する事は……とても難しい」


 エルリックは優に視線を合わせて。苦々しくそう言った。


 エルリックだって出来る事なら助けたいと思っている。――歪んだ心を持ってしまった子がどれだけ辛い思いをしているのか。知っていたから。


 彼はもう。日常生活を送る事は出来ない。価値観が『普通』と違ってしまったから。

 銃とは無縁な、平和な日本では。その価値観は周りと軋轢を産んでしまうから。




 狂った者は未来永劫狂い続けなければいけない。そうでなければ、正気に戻った時にはもう……現実と自分との差に気づいてしまい。廃人になってしまっているから。


 ただ、その未来を逸らす方法があるとすれば。


「お前は彼のサポートに入れ。家事を覚えてあの子の生活面を支えるんだ。……帰る場所を作ってあげるんだ」

「……で、でも」

「あの子の心を今、埋められるのは優しか居ないんだ。あの子の大切な人は優しか居ない。俺は【解放】のボスとして動かなければいけない。だから、優。頼む」



 エルリックは頭を下げた。優はその言葉に。泣きながらも。頷いた。



 そして。上層部の半数が壊滅したのを見届けた後に。エルリックと優は日本へと帰った。


 ◆◆◆


「それで? ボス。次は誰を殺せば良いんだ?」


 彼は。【解放】の幹部となった。ボスからは幹部の称号である【ナイン】という名を貰い。


 ボスに並ぶ程の戦闘のセンス。そして、作戦立案の際は鋭く問題点を指摘する。


 優のお陰もあって、その心の底には優しさが残されていた。それが唯一の救いと言えばそうだ。


 しかし。


「……【ナイン】最近働きすぎだ。優の所に顔は出してるのか?」

「ルせェ。ンなこたしてる暇があンなら殺しに行く」

「生き急ぎすぎだ。お前はまだ若いんだ。もっとゆっくり――」

「ゆっくり? この世は一刻を争う状況だ。俺ァ一日休むだけで何千人の俺や姉貴が生み出されると思ってんだ? あ?」


 彼は。自分と優と同じような子を作り出さないよう。自分の手を汚していた。


 表では扱われない人身売買を筆頭に。関わった者を全て殺すというスタンスだ。


「……もうお前一人の体ではないんだ。お前が死ねばシルヴィや優が悲しむ」

「だから罪もねェ子供が死ぬ事は考えるなッて事か?」

「そうは言っていない!」


 エルリック……ボスは叫んだ。


「俺はお前が心配なんだよ。一日休んでお前が死ぬ確率が減るくらいなら。顔も知らない子供など――」


 そこまで喋って。ボスはまずいと思って口を閉じる。


 しかし、それは一足遅く。



「俺ァ手に届く範囲だけを守って満足するような偽善者にはなりたくねェ。かと言って手に届く範囲を疎かにするような能無しにもなりたくねェ。その為には力が必要なんだ。強くならねェといけねェ」

「……ナイン」

「人生ッてのは短すぎる。八十まで平和に生きて最後はヨボヨボのジジィになるくれェなら、四十まで命を燃やし尽くして死にてェんだ。あァ、もちろん殺り合うのは楽しい。生と死の狭間で揺らぐのが気持ちイイからこそ出来る事ではあるんだがな」


 彼はそう言って。背を向けた。


「俺の手は薄汚れた。血を、尊厳を、何もかも奪ってきた手だ。そんな手をアイツらの横に置きたくねェんだよ」


 そう言って。彼は立ち去ろうとして、止まった。


「あァ。俺が死んだ後は二人の事ァ頼んだぜ、ボス」


 最後に歯を鳴らして笑いながら。彼は去った。




「最後のが……本音だったんだろ。一度汚れたからってずっと汚れ続けるのは……疲れるだろ」


 ボスは悔しそうに拳を握った。



 それが。【解放】のボス。エルリックと、【ナイン】と呼ばれた彼の。最後の会話であった。

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