二人のいるお茶の間はしんと静まり返っていた。

 物の少ない古い若草家のお茶の間は狭く、開いたままのふすまの間からは真っ暗になった中庭が見える。

 そんな真っ暗な中庭には小さな光が灯っているところがある。

 それは蛍の光だった。

 鈴虫の鳴いている音も聞こえる。

 糸はそんな風景に目を向ける。

「もう、秋ですね」

 糸と同じように真っ暗な中庭を見て、湖はいう。

「はい。季節が過ぎるのは、本当に早いですね」糸は言う。

 糸と清志郎が結婚をしたのは春だった。

 桜が満開に咲いている神社で、糸は清志郎と結婚式を挙げた。その結婚式には湖も参加してくれていた。

 それから、糸のお母さんもその場所にはいた。

 糸のお母さん、若草高音は今はもうこの世界には存在していない。

 糸と清志郎の結婚式のすぐあとに高音は病気で亡くなってしまった。それはとても悲しい出来事だったけど、お医者さんのいった余命よりも長く生きることはできたし、なによりも糸たちの結婚式を見てもらうこともできた。

 それが叶って糸は本当に嬉しかった。(何度も何度もありがとうと糸は清志郎に言った)

 糸は一人っ子で、お父さんは糸が生まれてすぐに亡くなって、家族はお母さん一人だけだった。

 糸はずっとお母さんの高音と二人で暮らしてきた。(幸せだった)

 これからも、こんなふうにずっと二人で、生きていくことができると、子供のころの糸は勝手にそう思い込んでいた。

 糸がずっと秘密にしていたお母さんの病気に気がついたのは、ちょうど糸が清志郎と出会ったばかりのことだった。

 お母さんが倒れたとき、糸は本当に世界が終わるかと思った。世界が真っ暗になって、ふらふらして、一人で立っていることもできなくなった。

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